幻の花

幻の花 ~ 第三十六章 幻想小町

さて、今まで小野小町の一生を記述して来て気づいたことがある。それは小町の生きた平安時代が、実に平成時代に似ているということである。戦乱の終わった後の平和な時代、まさに平安時代だったからである。この時代は諸々の天変地異や飢饉や事件があったに…

幻の花 ~ 第三十五章 随心院小町

延喜四年(九〇四年)春、小野小町は鞍馬山の尼寺、如意山青蓮寺から都の南、山科の小野の里に戻った。理由は、鞍馬の尼寺では悲しい知らせばかりで、耐えきれなかったからであった。父母や姉と一緒に暮らした小野の里での楽しい日々が忘れられず、この思い…

幻の花 ~ 第三十四章 尼寺小町

寛平七年(八九五年)秋、小町は鞍馬山の尼寺、如意山青蓮寺に戻った。住持の信法尼は小町が戻って来たので、とても喜んだ。小町は寺にある姿見の井戸で、寺から離れていた自分の顔を映し、骨と皮ばかりの痩せ衰えた自分の容姿を見て、びっくりした。関寺の…

幻の花 ~ 第三十三章 関寺小町

寛平七年(八九五年)七月七日、七夕の日のことであった。宇治の僧が歌の上手な老婆がいるという噂を聞いて、小坊主たちを連れて関寺近くにやって来た。村人に訊きながら老婆がいるという山陰の里を訪ねると、辺りには飄々たる冷風が吹いていて、夏草も花を…

幻の花 ~ 第三十二章 鸚鵡小町 

寛平四年(八九一年)小町は、かって四の宮、人康親王に仕えていた盲目の蝉丸が、曽祖父、小野岑守が創建した関明神にて琵琶の演奏をしているというので、思い出の逢坂の関に出かけた。尋ね尋ねして逢坂山の麓に行くと、人康親王からいただいた琵琶の名器を…

幻の花 ~ 第三十一章 墨染め小町

仁和二年(八八六年)初夏、都に戻った小町は、紫野の雲林院に訪問し、遍昭と素性に会った。そこは花山元慶寺の別院になっていて、遍昭親子が管理していた。遍昭は光孝天皇と若い時から親交があったので、光孝天皇から花山僧正と呼ばれ、宮廷からも重用され…

幻の花 ~ 第三十章  南海道小町

仁和二年(八八六年)、小野小町は新年を迎えると直ぐに、寒さが厳しいというのに、讃岐国に向かって出発した。まずは阿蘇山の北嶺に鎮座する阿蘇一宮神社に立ち寄り、初詣をした。そこは孝霊天皇の時代に創建されたという歴史を誇る神社で、楼内の奥に立派…

幻の花 ~ 第二十九章 肥後の里小町

光孝天皇の仁和元年(八八五年)正月、九州に入った小町と鴨丸は、筑紫国の宗像に立ち寄り、宗像神社の一つ、辺津宮に初詣した。それから那津にある『筑紫館』を訪ね、そこに宿泊させてもらった。この館は、その昔、小野の先祖、小野妹子が、隋の使者、裴世…

幻の花 ~ 第二十八章 巡礼小町

元慶八年(八八四年)五月、石山寺を出発した小町は、途中、家来の雉丸の息子、鴨丸と合流し、諸国の仏閣霊場巡りを開始することにした。まずは自分の生まれた肥後国へ行ってみることにした。とはいえ、小町の肥後国への旅は、陸奥出羽の旅と異なり、従者が…

幻の花 ~ 第二十七章 出家小町

元慶七年(八八三年)正月二十三日、下出雲寺に於いて、紀有常の七回忌の追善供養が行われた。小町はその式に出席し、沢山の人たちと一緒に、貴い真静法師の法話を聴いた。真静法師は、まだうら若い二十一歳の導師であったが、その説法は立派なものであった…

幻の花 ~ 第二十六章 つれづれ小町 

元慶五年(八八一年)の正月は、昨年末の清和帝崩御により、何とも晴れ晴れしない年始となった。山科の小野の里の小町の屋敷も、召使の数が少なくなり、庭の雪かきもままならず、近づく人も減り、小町にはすることも無く、寂しく心細い日々の始まりとなった…

幻の花 ~ 第二十五章 溜息小町

元慶三年(八七九年)正月三日、清和帝の護持僧、真雅が遷化した。真雅は内裏に宿直し、幼年からの清和帝を護持し続けて来た。清和帝は自分を教育してくれた真雅を失って悲しみに暮れた。同じ正月七日、真雅同様、清和帝の教育指導に当たっていたことのある…

幻の花 ~ 第二十四章 愛執小町

元慶元年(八七七年)正月、陽成天皇の母、高子は皇太夫人となり、中宮職となった。流石の小町も、在原業平と堂々と恋をし、清和天皇の女御になった高子に呆れ返っていたが、いざ新天皇の母になり、中宮になったと知ると、そのしたたかさに感心した。自分も…

幻の花 ~ 第二十三章 夢追い小町

小野の里で、侘しく暮らす小町は、現在の自分の身の上を、浮草のようだと思いはしていても、自分の女としての魅力を信じて疑わなかった。そんな小町の所へ、かって小町がお仕えした在原文子が、清和天皇の皇子を産んだという知らせが入って来た。その話を聞…

幻の花 ~ 第二十二章 浮草小町

貞観十五年(八七三年)四月、小野小町は従五位下内匠頭、大江惟章に言い寄られた。大江惟章は在原業平の縁者であり、背が高いことから、小町は惟章と付き合った。蓮恵から、どうせ遊びだから、惟章と付き合うのは止めておけと言われたが、少しでも楽な暮ら…

幻の花 ~ 第二十一章 鬼姿小町

貞観十四年(八七二年)冬、姉、寵子のいなくなった小野の里は寂しかった。小町は憂鬱な気持ちを紛らわせる為、時々、随心院にある母の墓参りに足を運んだ。或る日のこと、僧、蓮恵が小町を見つけ、声をかけて来た。 「先祖を敬う貴女の功徳は、有難く大切な…

幻の花 ~ 第二十章  母恋小町

人康親王を失った哀しみの小町に、尚も不幸が襲いかかった。同じ月の五月十三日、小町の母、文屋秋津の娘、妙子が死去した。妙子の父、文屋秋津は、大納言、文屋浄三の孫で、参議にまで昇進し、第一回の検非違使別当に任じられた人であった。兄弟にも立派な…

幻の花~第十九章  四の宮小町

貞観十一年(八六九年)正月、在原業平は清々しい新年を迎えた。自分と高子の子供が、天皇になる日を夢想した。その子供、貞明親王は二月になると、藤原良房らの計らいにより、皇太子に立てられた。業平も何故にか、三月、正五位下を授かった。業平は何も知…

幻の花 ~ 第十八章  卒都婆小町

貞観十年(八六八年)十月末、小野小町は出羽の国から帰京し、雉丸を連れて再び母のいる山城の国山科郡小野の里に戻った。小町の帰京を知った都の人々は、宮廷生活が忘れられずに小町が戻って来たのであろうと噂し合った。当然ながら清和天皇を始め、多くの…

幻の花 ~ 第十七章  帰り旅小町

貞観十年(八六八年)秋、小町は出羽に来た時と同じメンバーで、帰京の途についた。沢山の親戚縁者に惜しまれ、小町たち一行は雄勝の桐木田館を出発した。業平の帰える時と同様、出羽郡司、小野葛絵らに多賀城まで送ってもらい、それから信夫の里、小野の里…

幻の花 ~ 第十六章  桐木田小町

翌日、小町一行は、囚われていた陸奥の里に帰る人たちと別れ、出羽に帰る人たちと一緒に、恐ろしい地獄谷を出て、出羽に向かった。鬼首峠を越え、高松岳と神室山の谷間を越えると、そこは紫の桐の花咲く出羽の横堀であった。小町はそこで、一緒にいた出羽の…

幻の花 ~ 第十五章  みちのく小町

それから小町たち四人は那珂、高萩などを経て、三日ほどして、岩城の国、菊多の里に到着した。そこの宿で小町は無名の歌を宿の主人から受け取った。 恋しきに 命をかふる ものならば 死ぬはやすくぞ あるべかりける その歌の文字は見覚えのある文字であった…

幻の花 ~ 第十四章  東下り小町

貞観十年(八六八年)桜の咲く三月、深雪山に隠れ住んでいた傷心の小野小町は、体調も万全では無いが回復し、秘かに在原業平と会った。そして都に残して行く母と姉のことを業平に依頼し、こっそりと出羽の国へ出かけた。父、良実の墓参りが主目的であった。…

幻の花 ~ 第十三章  霧隠れ小町

貞観十年(八六八年)二月の或る日、侍医、当麻鴨継は太政大臣、藤原良房のいる染殿第に呼び出された。一体、誰が御病気になられたのだろうと、急いで駈けつけると、病人は何処にもいなかった。呼んだのは主人、良房本人であった。緊張する鴨継に良房が質問…

幻の花 ~ 第十二章    里帰り小町

神泉苑での雨乞い小町に続いての清涼殿での草紙洗い小町のことは、またまた都中の話題となった。そして、小町が在原業平に次ぐ大歌人であることが知れ渡ると、小町は身分が低いのに、常寧殿でも特別扱いになった。その為、小町は常寧殿にいることが息苦しく…

幻の花 ~ 第十一章  草紙洗い小町

貞観九年(八六七年)になると小野小町は清和天皇などに目をかけられ、その歌才を在原業平らと並んで、平安貴族社会にもてはやされるようになった。そこで清和天皇は二月十二日、宮中、清涼殿に於いて、『御歌合せ』を催すよう命じた。『御歌合せ』というの…

幻の花 ~ 第十章   歌姫小町

応天門事件のような恐ろしい事件があっても、小野小町は尚、在原文子と共に宮廷生活を続けた。そこで学べるあらゆることが、小町にとって滋養となった。特に雨乞いの勅命を成功させた事は、小町に自信を持たせ、清和天皇を取り囲む藤原氏や源氏の女御、更衣…

幻の花 ~ 第九章   忍び泣き小町

ところが世の中は、ままならぬものである。翌八月初め、思わぬ事件が起きた。事件は左京七条に住む備中権史生、大宅鷹取の息子が、ちょっとしたことから激しい喧嘩をしたことから始まった。喧嘩のあいては伴大納言の従僕、生江恒山の息子であった。大宅鷹取…

幻の花 ~ 第八章   雨乞い小町

貞観八年(八六六年)六月になると、長雨の五月と打って変わって干天が続き、人々は凶作を恐れた。旱魃が続き、稲や樹木が枯れ、酷暑が地を襲った。人々は、去年六月、政府が御霊会の営みを抑制する法令を出したのが、この猛暑の原因であると囁き合った。そ…

幻の花 ~ 第七章   流れ星小町

小町が宮仕えに慣れ始めた貞観八年(八六六年)閏三月十日の夜、大事件が起こった。内裏朝堂院真南の応天門が突然、炎上したのだ。何者かによって放たれた火は、乾ききった応天門をたちまちにして灰燼と化した。そればかりか、その炎は応天門の東西に立つ両…