幻の花 ~ 第二十八章 巡礼小町

 元慶八年(八八四年)五月、石山寺を出発した小町は、途中、家来の雉丸の息子、鴨丸と合流し、諸国の仏閣霊場巡りを開始することにした。まずは自分の生まれた肥後国へ行ってみることにした。とはいえ、小町の肥後国への旅は、陸奥出羽の旅と異なり、従者が少なく、旅先に関係する縁者もわずかで、難儀が予想された。しかし、巡礼の旅であるので、小野氏は勿論のこと、在原氏や紀氏を頼りに、西へと向かった。初日、小町と鴨丸は難波の三津浜から摂津国菟原郡芦屋の里に行き、在原業平と縁のあるという屋敷の世話になった。かって三十年ほど前に厄介になった在原邸に立ち寄っても良かったのであるが、業平の後を引き継いだ棟梁の屋敷なので、遠慮した。少女の時、父母や姉と、この里に滞在した時のことが、懐かしく思い出された。世話になった屋敷の主人の母親は既に亡くなっていたが、昔、業平が領地に鷹狩りに来た時など、業平の身の回りの御世話をしていたという。小町は肥後国から都に戻る途中、初めて目にした秀麗な業平に、心ときめかせた時のことが、昨日の事のように蘇り、胸が熱くなった。屋敷の主人は、もしかして自分は業平の子かも知れないと話した。そして自分の名は業平の一字を頂戴して、芦屋業冬と名乗っていると自慢した。そういえば、何処か業平に似て鼻が高く、男らしいところが見受けられた。彼は業平が播磨に行く時や、筑紫に行く時、途中まで御供したこともあるという。そんなこともあって、この先、どんな所を訪ねて行けば良いか、種々、話してくれた。小町は改めて、亡き業平に感謝した。

 

          〇

 翌日、小町と鴨丸の二人は芦屋業冬の紹介もあり、播磨国須磨にある在原行平の別邸に泊めさせて貰った。そこには、かって小町が更衣、在原文子に仕えていた時の仲間の女性が住んでいて、二人ともびっくりした。小町は彼女と弘徽殿近くの后町で働いていた時の思い出話などを沢山した。二人とも若かった時代の失敗談などを語り合い、笑いころげた。そして互いに夢破れて年老いたことを嘆いた。小町は彼女に所望され、次の歌を詠んだ。

  須磨の浦の 知りたる家に 宿りせば

  昔の人の 香り懐かし

 

  海女の住む 浦こぐ舟の梶をなみ

  世をうみ渡る 我ぞ悲しき

 その歌を聞いて、彼女は昔、華やかなりし頃の宮中での日々が、もう二度と戻って来ないと嘆いた。小町は数日間、須磨で過ごした。

 

          〇

 須磨でのんびり過ごしてから、小町と鴨丸は同じ播磨国小野の里に住む長者、小野智生の屋敷を訪ねた。小野智生は小町の祖父、篁の弟、千株の孫で、鴨丸とは、顔見知りであった。智生は遠戚ではあるが、有名な小町の来訪を喜び、大いに歓迎してくれた。彼は小野氏の生まれであるが、何故か中央との関係が薄く、地方での裕福な暮らしに満足していた。それもその筈、国守や掾に従い地方で徴税の請負稼業をしていれば、充分な実入りがあるのであるから、何も都に出て、権力争いの渦中に呑み込まれる危惧は無かった。彼は仏門に入り、巡礼する小町を歓待し、まだ充分に残っている小町の色気に興味を抱いた。そして小町を口説いた。

「尼になって、遠い肥後国まで赴くことは危険で無茶なことです。いっそのこと、この里で、お暮しになっては如何ですか」

「それは出来ません。一旦、決めたことです」

「美しい貴女の為なら、この智生、何でも致します」

 小町は自分を褒めてくれる智生の誘いに心動かされたが、遍昭と約束した以上、計画を変更する訳にはいかなかった。災禍災厄を逃れての巡礼の旅。それを終え、小町は都周辺の寺で晩年を過ごすことにしている。小町はそのことを智生に話した。智生は、それを聞いて残念がった。男とは何と強欲なのであろうか。あんなに可愛い貞淑な妻がいるというのに、小町を口説こうとは。そこで小町は次の歌を詠んだ。

  ともすれば 仇なる風に さざ波の

  なびくてふごと 我なびけとや

 そして、それに簡単な手紙を添えた。

〈昨夜、御親切な御言葉を頂戴しましたが、私が貴方様に靡いたなら、私は貴方様を不幸にするだけです。男には、もうこりごりです。罪深い過去を懺悔し、仏に救いを求める、この私の勝手を、お許し下さい〉

 小町は、それらの文などを残すと、播磨国から次の地へと向かった。

 

          〇

 播磨国を出てから、二人は揖保川千種川を渡り、備前国を経て、備中国に入った。二日前、小野智生から教えて貰った小野澄行の住む清音村を訪ねた。澄行の屋敷は日間山の麓にあった。その澄行は備中守、小野常澄の子で、今は隠居して、小庵に暮らし、本家は息子、春道に任せていた。小町は、澄行の息子、春道に、同族の縁により、一夜、泊めて欲しいと依頼した。ところが春道は、長旅で疲れ果てた薄汚い鈍色の衣をまとった尼僧と乞食同然の従者を見て、屋敷に入れるのを拒否した。

「折角、訪ねて来られたのに、その顔の出来物が家人に伝染すると困るので、出来物が治るまで、我が家にお招きすることは出来ません。大変、申し訳ありませんが、裏山にある宝林寺に泊めてもらい、病気治療をなされては如何ですか?」

「私の顔に出来物が?」

「はい。顔中に赤いボツボツが沢山・・・・」

 小町は春道の言葉を聞いて、顔が熱くなった。そんな筈があろうか。小町は傍らにいる鴨丸に確認した。

「鴨丸。私の顔に出来物とは、本当か?」

「はい。数日前から」

 鴨丸は恐る恐る答えた。播磨を出立した頃、ポッと現れた出来物が、日毎に増えて行くのが、鴨丸には気になっていた。しかし言い出せないでいた。小町は播磨国で、小野智生に美しいと言われていたのに、この地に来て、顔中に出来物だらけと言われて衝撃を受けた。このことを教えてくれなかった鴨丸に立腹したが、鴨丸を叱責したところで治るものでもない。落胆した小町は春道にお願いした。

「宝林寺へお連れ下さい」

 春道は小町を連れて宝林寺へ向かった。宝林寺に行くと、窪地に小さな池があった。小町は、その水面に自分の顔を映し、自分の顔に沢山の出来物が出来ていることを確認した。そして、この寺で病気が治るまで、世話になることにした。

 

          〇

 小町は鴨丸と共に宝林寺に滞在し、膚の治療に専念した。尼になったとはいえ、顔は女の命。小町は朝日の昇る前に起床し、寺の裏山の綺麗な湧水で顔を良く洗い、それから日間薬師に祈願した。

  南無薬師 諸病悉除の 願い立て

  身より仏の 名こそ惜しけれ

 そして毎日、寺の井戸を鏡として、自分の顔を映しては、皮膚病の回復状態を確認した。それが終わると、寺の奥深くに身を隠し、木彫りの像を彫った。その間、鴨丸は小町の命令に従い、物を運んだり、庭を掃いたり、寺の手伝いをした。また時々、春道の家に行ったりした。七日目の朝のことであった。雨が降っていたが、小町は日課を休まず、蓑と笠をつけて裏山に出かけ、谷の湧水で洗顔した。それから日間薬師に行き、何時ものように祈願した。すると何処からか返歌が聞こえて来た。

  村雨は ただ一時のものぞかし

  己が身のかさ そこに脱ぎおけ

 小町は急いで仁王堂の両側の松に蓑と笠を掛け、寺の井戸に自分の顔を映した。何と不思議なことに、顔一面にあった出来物が、すっかり無くなっていた。小町は寺の住職にこのことを伝え、礼を述べて寺を出た。

 

          〇

 小町が全快したことを知ると、小野春道は小町を屋敷に招き、歓待してくれた。その全快祝いに、春道の父、澄行も参加し、三十年前に、小町が父、良実一行に連れられ、この屋敷に宿泊した時のことを話してくれた。全快した小町は、その話を聞いて微笑した。その美貌の笑みは春道の心をときめかせた。小町は春道が、じっと自分に見とれているのに気付くと、春道を惑わしてはならないと思った。そこで小町は春道に仕事のことについて質問してみた。

「今の季節のお仕事は種々あって大変でしょう。私たちに出来る御礼の仕事がありましたら、手伝わせて下さい」

「高貴な小町様にしていただくような仕事は御座いません」

「悩み事などは御座いませんか?」

「悩み事はあります。田植えの時に、蛭に手足の血を吸われて困っています」

「分かりました。明日、村人を田んぼに集めて下さい。私が天帝にお願いして差し上げましょう」

 小町が春道に約束したのを聞いて、鴨丸は呆れ果てた。調子に乗って出鱈目を言う小町が、狂っているのではないかと思われた。そして、その翌日、小野春道は村人を黒田の前に集めた。村人たちは見たことも無い美女の出現に驚いた。小野春道は、小町が都で有名な雨乞い小町であることを村人に紹介すると、畦道に坐り、小町の祈りに合わせ、天に祈るよう、村人に命じた。小町は黒田の中にある小高い場所に坐り、神懸りのまじないをした後、天帝に歌を捧げた。

  四方の峰 流れ落ち来る 五月雨の

  黒田の蛭や 祈りますらむ

 小町が祈りを終え、春道の屋敷に戻って行くのを見送ってから、村人たちは黒田に入った。村人たちは、びっくりした。黒田の蛭は人に吸い付かなくなっていた。春道は村人を代表し、感謝し、二人に、この地で暮らすよう懇願した。しかし小町は目的があるからと言って、春道の願いを断った。

 

          〇

 備中国を出た小町は、笠岡を経て、備後国の府中にある小野神社に詣で、旅の安全を祈った。小野長主の世話になり、三日ほど、そこに滞在した。その後、本郷などを通って、安芸国の府中に至り、更には安芸の一宮、厳島神社などをお参りした。あっちをフラフラ、こっちをフラフラしているうちに、六月も終わりとなり、七月となった。小町たちは多くの人たちに助けられながら、岩国、楊井、熊毛などに立ち寄り、周防国の府中に入った。そこで国司、紀安雄の弟、今雄に会い、都の様子なども伺った。今雄は兄、安雄が鋳銭長官と周防国司の兼務となり、兄の代理として任地に来ていると話した。また長門国の小野に立ち寄った後、長門国国司、橘子善を訪ねると良いと教えてくれた。今雄は小町の為に橘子善宛ての書状まで書いてくれた。都人らしい今雄の親切に、小町は深く感謝した。

 

          〇

 長門国では、三十年程前に立ち寄ったことのある縁戚、小野繁樹の家に泊めてもらおうと、小野の里を訪問した。夏の夕陽が落ちかかる頃、小町は小野繁樹の門前に立った。家の中は夕餉の仕度で忙しそうであった。門前の旅人に気づいた侍女が、主人に客人の来訪を告げた。それを聞いた主人が表門までやって来た。小町は主人に丁寧な挨拶をした。

「私は小野良実の娘、小町と申します。都から肥後の国の小野に赴く旅の途中です。幼い時、御宅に泊めさせていただいたことを思い出し、一夜の宿をお願いにお伺いしました。どうか一夜の宿を御貸し願いとう存じます」

 突然のことなので主人は一瞬、戸惑った顔をした。その主人は小野繁樹では無く、繁樹の家督を継いだ繁樹の子、小野吉村で、貫禄も備わっていた。彼は都で有名になったという小町のことを知っていた。しかし尼僧姿の小町が訪ねて来たのには吃驚した。だが何の疑いも無く小町を歓迎してくれた。

「これはこれは小町様。ようこそ御出で下さいました。幼い頃、お会いしたのを覚えております。狭苦しい所ですが、是非、お泊りになって下さい」

 小町は突然、訪問したのに、快く宿を貸してもらえて、嬉しかった。その為、その夜は旅の疲れも忘れ、小野吉村一家と都の話や思い出話などを沢山、語り合った。吉村は、かって小町と恋仲にあった小野貞樹が亡くなって、この地で眠っていると話してくれた。

「何故、貞樹様が、この地に?」

「我が家は小野篁さまの娘を出した家柄で、石見王様より、小野を名乗るよう命じられた家系です。伯父、小野貞樹も父、繁樹も、石見王様と篁様の娘、芳子様の子です」

 小町は吉村から貞樹の出生について語ってもらい、小野貞樹と父、良実の関係を知った。また石見国との繋がりも深く、伴善足も元気でいるとの情報を得て安心した。

 

          〇

 長門の長者、小野吉村は長旅で疲労している小町に、暫くの間、この里に留まり、休養するよう勧めた。鴨丸も体調をくずしていたので、それに甘えることにした。親切な吉村が小町の為に小庵を建ててくれたので、小町はそこに住み、小野篁、小野芳子、小野貞樹、小野繁樹等、一族の供養を行った。小町は鴨丸と共に、夏から冬になるまでの数ヶ月を、この地で過ごした。しかし肥後国へ赴くことを中断する訳にはいかなかった。年末になって、小町は肥後に出発する旨を、吉村に伝えた。吉村一家の者は、昵懇になった小町たちとの別れを惜しんだが、仕方のないことであった。小町は長門小野から、豊浦の赤間関に向かった。国府近くの安養寺に泊めてもらい、そこで、国司、橘子善と会った。紀今雄からの書状を渡すと、橘子善は、周防国とここは直ぐ隣の国であるのに、ここ数ヶ月、何処を徘徊していたのかと訊かれた。小町は小野の里で休養していたことを報告し、訪問が遅くなったことを詫びた。すると子善は笑い、豊浦で暮らさないかと、小町を誘った。しかし小町は仏門の身であるので、任地での寂しさを慰める為の女にはなれませんと断った。そして小町と鴨丸は年末の寒風の吹きすさぶ、海峡を、赤間関から門司崎まで船で渡った。橘子善は、都から来た美人の年増女にふられ落胆し、周囲の者に笑われた。

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海女の住む 浦こぐ舟の 梶をなみ 世をうみ渡る 我ぞ悲しき