まぼろしの侠客

 今はもう誰も知る者はいない。民衆の為に立ちあがり、命を捨てた愚かな侠客のことを・・・。

 

 

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 明治十六年(1883年)、江戸時代末期の幕臣小栗忠順を信奉する侠客、山田城之助は忠順が眠る上州倉渕村近くの土塩村山口という所で暮らしながら、中山道の傳馬の仕事をしていた。彼は若い時、江戸駿河台の小栗家に出入りしていたことがり、明治維新により、生まれ故郷に帰り、この仕事を始めたのである。時代は明治維新により、新政府がまだ発足したばかりの頃で、新日本政府の体制が充分に確率されておらず、あらゆる点において、不安定で、問題の多い時代であった。特に西洋かぶれし、ルソーの民約論を掲げて活動する若い思想家たちの判断は、理論と異なる予期せぬ障壁に突き当たり、混迷した。江戸時代の士農工商意識が身に焼き付いている民衆たちの気持ちを、一気に西洋の思想に変換しようとすることは、土台、無理な話であったが、彼ら若者は、その強硬策を試みた。この物語の主人公、山田城之助は、そんな時代に義賊風を吹かせ、新制度に不服を抱く百姓たちから信頼されると共に、若い武家出身の思想家たちからも慕われる不思議な侠客であった。

 

 

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 この日も城之助は、自宅の書斎に座って黙考していた。逸早く日本の近代化を目指していた幕臣小栗忠順を殺害した薩摩や長州の芋侍たちが、どんな政治をやるのか、その為すことひとつひとつに興味を抱いた。万民平等などといっても旧武士階級を士族、それ以外を平民とし、旧公家や大名などを新たに華族とするなど、全く自分勝手な身分制度の施行には呆れ果てた。地租改正、太陽暦の採用、徴兵制、学制改革通貨発行権を独占する日本銀行設立などについても、矛盾があるが、様子見するより、仕方無かった。それより身近な問題は、新井組の親分、新井信五郎から譲り受けた傳馬の縄張りを如何に守って行くかであった。信州に逃避した親分、信五郎に代わって高崎の牢屋で懲役一年半をくらってから、新井組の親分に就いた城之助にとって、まじめに農業をすることを嫌い、現金を求め、自分の所に集まって来る百姓たちを、如何に農業に復帰させるかが課題だった。城之助は明治九年(1876年)三月二十八日、新政府から佩刀を禁じられてより、小栗忠順のもとで用心棒をしていた時の武士の魂を取り上げられた上に、頭髪を長髪から丸坊主に変えて、長州人、楫取素彦県令のもとに仕える巡査に睨まれ、誠に苦痛極まりない日常を過ごしていた。そんな不満がつのる日、書斎の椅子に座り池の畔の紅梅が咲いているのを、ぼんやり眺めていると、何故か心が落ち着いた。梅の花の香り、鶯の鳴き声、筧の音などを感味していると、この世の憂鬱が薄らいで行くのだ。だが世間は、新井組の親分を退屈男にさせようとしなかった。子分の関綱吉が騒々しくやって来た。

「城之助親分。『有信社』の宮部先生が、乾窓寺で自由党の演説会を催すそうです。近くですので、見物に行ってみませんか。面白そうですぜ」

「宮部も斎藤と一緒で、熱心な奴じゃ。目的は国会開設請願の為の署名集めだろう。行っても疲れるだけじゃ。儂は止めとく」

 城之助は、折角、やって来た子分、関綱吉の誘いを断った。ところが綱吉は、引き籠っている城之助を外に引っ張り出そうと熱心だった。

「そんなこと言わねえで、俺たちに同行しておくんなせえ」

「そんなに行きたいんなら、亀吉とでも行ったらどうだ。奴は自由党に夢中だから、喜んで行くだろうよ」

「奴は、もうとっくに行ってますよ。会津河野広中先生が逮捕された時の状況を、伊賀我何人先生が話されるというので、朝から乾窓寺に出かけて行きましたから」

 それを聞いて、城之助は呟いた。

「羨ましいな。情熱に燃えている時の人間は。政府が国会開設請願を規制しているというのに、全くそれが眼中に無いんだから。何も怖く無いんだから。知らないということは恐ろしいことだ」

 城之助の〈恐ろしい〉という言葉を聞いて、綱吉は驚いた。何も恐れない親分、山田城之助の吐く言葉とは思えなかった。

「恐ろしいことですって?」

「恐ろしい話さ。この上州にも必ず官憲が乗り込んで来る。憎き右大臣、岩倉具視や参議、伊藤博文山県有朋らのやりそうなことだ。政商三井を利用し、板垣退助後藤象二郎を洋行させた隙に、自由党を壊滅させてしまおうという魂胆さ。つまり日本国を国民の自由にさせず、国民から租税を集め、軍備を拡張し、他国への侵略を行い、平安貴族同様、甘い汁を吸おうという考えさ。何という小汚い考えか。そして、この考えの実行に反対する奴は、片っ端から処罰する方針なのだ。亀吉たちは、それを知らない。自由党の理想論に酔いしれ、その演説会に参加し、気勢を上げることに喜びを感じている」

「すると亀吉は捕まるのですか?」

 綱吉は真剣な顔で城之助に訊いた。城之助には綱吉が亀吉のことを心配しているのが良く分かった。それなのに冷たく答えた。

「捕まるだろうな」

「親分。冗談は止めてくんなせえ」

「冗談か本当かは後で分かる。亀吉のことが心配なら、側について、見守ってやれ。新政府は王朝政権の復古安定の為に、信じられぬ程、厳しい統制をやるに決まってる」

 城之助の言葉に、綱吉の顔色が変わった。何かを感じたらしい。

「そんなら、亀吉が大変だ。親分、ちょっと様子を見て参ります」

「そうしてくれ」

「がってんでえ」

 綱吉は威勢の良い声を上げると、空っ風の真っただ中へ跳び出して行った。その綱吉の声と足音を耳にして、お手伝いの巴菜が城之助のいる書斎にやって来た。

「城之助様。今、出て行ったのは誰ですか?」

「関の綱吉だ。乾窓寺の自由党の演説会の様子を見に行った」

「皆さん、自由党自由党と言って騒いでいますが、このままで良いのでしょうか?」

 素朴な近所に住む独身娘の質問であった。百姓生まれの彼女にとって、今の若い男たちの考えが理解出来なかった。百姓は働く者。晴れた日は勿論、雨の日も風の日も、ただひたすら地べたに這い蹲って働くのが百姓。それなのに、男たちは野良仕事を女衆に任せ、博打をしたり、集会、集会と遊び惚けている。これで本当に良いのだろうか。男と女が共に協力し合い、汗水流して働かないで、豊作になる筈がない。巴菜の疑問に城之助が答えた。

「若い衆は武家政治から解放され、自由という言葉に酔っている。真実の自由が何であるかも知らず、政府の政策に反旗を掲げようとしている。危険なことだ」

「城之助様は、それを黙って見ているのですか?」

 巴菜は城之助をちらっと見ると、憤然と言った。きつい娘だ。

「燃え上がっている男を止めようとしても無駄だ。奴らは自由に魅せられ、危険であっても立ち向かって行こうとしている。維新により、丸坊主になったこの城之助の言う事など全く信じようとはしない」

「そんな事、ありません」

 その時、玄関の方から女の声がした。

「ごめん下さい」

 誰だろう。巴菜が玄関に出て行くと、そこには紫の着物の上に白い羽織を重ね着した派手化粧の女が立っていた。

「どなた様でしょうか?」

「与音と申します。城之助親分さんは、御在宅でしょうか?」

「どんな御用でしょうか?」

「親分さんに、お会いしたいのですが・・・」

「御要件を仰有って下さい」

「それは親分さんに直接、お話しする事ですので・・・」

 巴菜は、自分の問いに答えてくれない与音という女の態度に苛立った。理由の無い敵意が湧いて来るのを抑えられなかった。

「私は城之助の妻です。御要件を仰有って下さい」

「あんたが親分さんのお上様ですって?そんな嘘、誰が信じるものですか。親分さんはお久良さんと別れてから、独身を通すとあたいに言ってたんだから。そうで無かったら・・・」

「そうで無かったなら?」

「あたいが、とうのとっくに、お上様なっていたわよ。親分さん、いらっしゃるのでしょう。早く会わせてよ」

 そう言って与音が奥の部屋を覗こうとした。巴菜は怪しい女と思い、与音が玄関から部屋に上がろうとするのを制した。

「先生は御病気です。誰にもお会い出来ません」

 巴菜の強い口調に与音の態度が変わった。

「気の強い女だね。この壺振りのお与音と張り合うつもりかい?」

 巴菜と与音の間で火花が散った。二人は今にも玄関先で髪の掴み合いを始めそうな雰囲気になった。その時だった。

「二人とも、見っともないぞ!」

 何時の間にか城之助が二人の側に立っていた。城之助を見るなり与音が言った。

「あらっ、親分さん。御病気なのに、お騒がせして申し訳ありません。この女が〈城之助の妻です〉なんて言うものですから、つい、カーッとなってしまって・・・」

 城之助は巴菜を見た。巴菜の顔は真っ赤だった。

「済みません」

 嘘をついて詫びる巴菜は可愛かった。それに比較し、与音は壺振りという職業柄もあって妖艶だった。城之助は遠くからやって来た与音に訊ねた。

「ところで、お与音。何の要件で参った?賭場のことか?」

 与音は微笑した。

「城之助親分さんは、百姓たちの為に博打を禁止されたお人。その親分さんの所に賭場の話をもちかけるような野暮なこと、与音はしませんよ」

「では何用あって?」

「お好きな人を死なせたく無いという女の一心からです。この上州に官憲が乗り込んで来るという噂を耳にしたものですから、親分さんのところにお知らせに・・・」

 与音はそう言って色やかに流し目を送った。城之助は、それを聞いて与音に礼を言った。

「そうであったか。それはそれは有難う」

「当然のことをしたまでです。何かあれば助け合うのが、お仲間ですもの・・・」

 城之助は有難い無視出来ない情報を得て喜んだ。

「巴菜。何をボヤボヤしている。お与音さんを早く部屋に案内せんか」

「は、はい」

 巴菜は慌てた。何と言うことであろう。巴菜は与音を客間に案内しながら、心の中で呟いた。城之助様の馬鹿。

 

 

         〇

 同日、山田城之助の親友、吉田政造は、旧高崎藩士、深井寛八の家を訪ねていた。亡き父、重吉が書き残した明治十年(1877年)の安中教会設立計画に関しての新島襄とのやりとりの記録を、深井家の客人に渡す為であった。寛八に案内され、奥の八畳間に行くと、そこには懐かしい顔があった。

「失礼します」

「おう、いらっしゃい」

「ご無沙汰しております。しばらくぶりです。柳川町へは半年ぶりでしょうか?」

「そうだな。半年ぶりだな」

 深井家の客人、内村宜之は高崎時代を懐かしむように大きく息を吸った。

「岩井君は元気か?」

「元気です。私と何時も喧嘩ばかししています。見解の相違というか、男と男の対立というか、兎に角、顔を合わせれば喧嘩です」

「何故、そんなに喧嘩を?」

「岩井は迷っているのです。新生明治政府を夢見ていただけに迷っているのです。確かに徳川幕府が崩壊し、天皇家を中心とする新政府が誕生したものの、中味、つまり、やっていることは、徳川時代とそれ程、変わらないというのです。刀を外し、髪を七三に分けた洋服姿の連中が、天皇を中心にして、如何にも高貴に振る舞っているが、彼らはかっての若き志士、殺人鬼の集まりであり信頼できないというのです。士農工商の時代は終わり、人間自由平等といっても、華族様だ、大臣だと、品の悪い連中が、平安貴族を真似たお手盛り身分制度を作り、陰で優秀な知恵者を、日々、殺害しているからです」

 吉田政造の言葉を聞いて、内村宣之の顔が曇った。儒学者和算家である岩井喜四郎が悩んでいる姿を想像した。

「それで君に、その憤懣をぶつけているというのか?」

「そうです。岩井は分かっているのです。分かっているから、気心の知れた私に憤懣をぶっつけて来るのです」

「喜四郎は真面目な奴だからな・・・」

 宣之は窓越しに見える庭を眺めてから、友、喜四郎の愚痴を聞いて口論する政造を可愛く思った。政造の目は美しかった。政造は言葉を続けた。

「本日は、父の記録が見つかりましたので、その記録を持って参りました。海老名弾正が安中に来てからの新島襄先生とのやりとりと、教会建設予算などの記録です」

「有難う。君の親父さんには、鑑三のことで、種々、苦労をかけた」

 政造は父、重吉や喜四郎の父、岩井重遠に学問を習っていた鑑三少年に、独楽回しを教えた時のことを思い出した。不器用な少年だった。

「今、鑑三君はどうしているのですか?札幌農学校を卒業して、農商務省に勤務していると伺っていましたが・・・」

「今は農商務省を辞め、アメリカにいる」

「ええっ!何でアメリカに?」

「実は鑑三が安中の浅田家から貰ったタケという女が浮気して、離縁したのだが、復縁を迫るので、鑑三がアメリカに逃避しちゃってね」

「そうでしたか」

「今回は、安中教会設立の経緯と浅田タケが何故、クリスチャンになったのかを再確認する為に群馬に来たんだ。鑑三の自己愛と独善的行為に、親としても責任があるからね。昨日、浅田家に行って、お詫びを済ませて来てほっとしている。それにしても親馬鹿老人だね。こんなに遠い安中や高崎にまでやって来るのだから・・・」

「親馬鹿老人だなんて。内村先生は、行動的で、まだまだお若いです。板垣先生にしても、内村先生にしても、兎に角、行動的で、びっくりするばかりです。それに比較すると、私の父、重吉は亡くなるのが、ちょっと早かったです」

「全くだな。惜しいことをした」

 宣之は儒学者、吉田重吉を回想すると共に、その息子、政造が板垣退助に熱狂していることを知った。宣之から見ると、田舎暮らしの政造は現実を把握していなかった。板垣の政治生命が終わろうとしているのを知らなかった。〈板垣死すとも自由は死せず〉の言葉に酔っている。眼を覚ましてやらねばならぬと思った。

「政造君。君は相変わらず板垣先生か?板垣はもう古いよ」

「私は古いなどと思っておりません。何故、古いというのですか?」

「商人に金を出させて洋行するなんて、自由党の党首がやることでは無い。政治家は清く正しくなければならない。板垣は三井に金を出させることにより、金玉を握られ、自らを穢してしまった。もう板垣には政治家の資格が無い」

「そんな・・・」

「政造君。これからの時代は君たちの時代だ。日本を制覇した薩摩、長州、土佐、肥後の連中にシッポを振っている時代は終わりにしないといけない。上州には自由があり、夢が有る筈だ。上州人が日本国の自由の先鋒になり、日本国を東洋の一等国にせねばならない。このことは鑑三にも言って聞かせていることじゃが、私の信念じゃ」

 宣之の説得に政造の目が輝いた。政造は宣之の言った言葉を繰り返した。

「薩摩、長州、土佐、肥後の連中にシッポを振っている時代を終わりにして、この私達に自由の先鋒になれと・・・」

「そうじゃ。日本国は、日本で暮らす我ら国民、一人一人のものなのだ。薩摩、長州、土佐、肥後の者たちの持ち物ではない。大事な日本国民全員のものなのだ」

「内村先生!」

 政造は突然、宣之の前に平伏した。宣之は驚いた。

「どうしたのじゃ、政造君?」

「嬉しいんです。嬉しいんです。内村先生の幅広い御言葉が、涙が出る程に嬉しいんです」

 政造は泣いていた。恥ずかし気も無く大粒の涙を、ボロボロ流した。純真な奴だ。

「泣くな。政造君」

 宣之は出来るだけ優しい口調で呼びかけた。すると政造は着物の袖で涙をぬぐいながら言った。

「今日、内村先生にお会い出来て良かったです。高崎まで出て来て本当に良かったです」

 涙を光らせる政造を見て、今度は深井寛八が言った。

「政造君。内村先生の本心が分かったであろう。内村先生は君に今、流れている都会の風を知らせる為、君にここに来てもらったのじゃ。そして君たちに、これからの日本で活躍する場が充分にあることを教えて下さったのじゃ。日本国は薩摩、長州、土佐、肥後の連中のものでは無い。日本国は君たち若者のものじゃ」

 政造は二人の言葉に感動した。勘定奉行小栗上野介忠順の門下生であった自分らにとって、今や中央舞台に乗り出すことは不可能であると諦めていたが、内村宣之たちの言葉は、そうでは無かった。むしろ、その機会がこれからやって来るという励ましの言葉であった。政造は〈行ける!〉と思った。一時も早く、このことを喜四郎や城之助に伝えたかった。政造は内村宜之に安中教会設立記録を渡し、宣之から江戸の土産を受け取るや、内村宣之や深井寛八との再会を約し、高崎から新井村に向かった。

 

 

          〇

 新井村に戻った吉田政造は、数日後、山田城之助を自宅に招いた。

「城之助。儂はあんなにも感動したことはない。内村先生のあの言葉は天の声だ」

 興奮している政造を嘲笑うかのように城之助は政造の家の庭に目をやった。ここでも白梅が咲いていた。

「相変わらずだな、政造」

「相変わらずとは何だ」

「そうではないか。内村先生の言葉に感動したことばかり喋って、内村先生が政造にどんな事を話したのか、俺に説明しとらん。天の声だなどと言われても、俺にはさっぱり分からん」

 政造は、城之助に指摘され反省した。心が昂ってしまい、言葉足らずになっていた。

「すまん、すまん。実はこの前の休みの日、柳川町の深井寛八の家に行った。そこで内村宣之先生にお会いした。その時、内村先生は申された。〈これからの時代は君たちの時代だ。徳川幕府を倒し、日本を制覇した薩摩、長州、土佐、肥後の連中に尻尾を振っている時代は、もう終わりにせねばならぬ。富岡製糸場はフランス人、ポール・ブリュナの指導を受けて、世界最大規模となった。これもフランスと親交のあった小栗先生の前計画があってから実現した事業であり、上州人の賛同があって成功したことだ。この上州には自由があり、幸福が有る。君たち上州人はこれから自由の先鋒となって、日本国を東洋一の一等国にせねばならない。日本国は薩摩、長州、土佐、肥後の連中の持ち物では無い。政造君。日本国は、君たち、若者の日本国であるのだ。頑張り給え〉と。素晴らしい言葉だと思わないか?」

「そんなに素晴らしい言葉だろうか?」

 政造の問いに対する城之助の返事は冷めていた。政造はムッとした。城之助は政治に興味が無くなってしまったのか。

「城之助。お前は忘れてしまったのか。小栗先生のあの言葉を」

 すると城之助は、政造をキッと睨んで言った。

「忘れはせぬ。一言一句、覚えている」

「なら言ってみろ」

 すると城之助は小栗忠順がかって自分たちに演説した講義内容を長々と喋った。

「今は徳川幕府が潰れ、正統派が正統派と理解されない不思議な時代だ。日本国政府の使者として諸外国に出かけ、先進国の知識を吸収し、各国大使との国際交流を通じ、今、日本国に何が一等大事なのか分かっている人間が、正統と見做されず、異国人から得た耳学問薩長の意見が大事にされる時代は、どう考えても間違っている。私は自ら亜米利加国を訪問し、海軍所を見学した。自ら露西亜の艦長とも面談した。仏蘭西公使、ロッシュとも親しい付き合いをして来た。この私が目にし、手に触れた現実こそが、正しいと自分は信じている。信じているからこそ、私は陸海軍の伝習所を開設し、横須賀に軍港を設け、軍艦製造の為の造船所の建設、弾薬製造と鋳砲の為の鉄工所の創設を行った。また貿易商社を設立し、兵庫港を世界に向けて開港した。仏蘭西語学校を設立し、郵便局の創設も行った。また欧米各国が求める生糸の増産の為に繰り糸機械の導入などの検討も進めた。兎に角、あらゆることを計画し、あらゆることを実行に移した。この実行力こそは、徳川政府の力によるものである。このことは徳川政府が正真正銘、日本国の政府であるという証である。錦の御旗を掲げ、江戸に乗り込んで来た薩長政府が、あたかも日本国政府の如く振る舞っているが、薩長政府は暴力軍団の集まりであり、偽政府集団である。私は江戸城の大会議場に於いて、この悪しき薩長軍団を武力をもって潰してしまえと、提唱した。その主戦論が受け入れられれば、偽政府を撃破出来たものを、不幸にして私の請願は受け入れられず、徳川政府は薩長軍団に屈することとなった。誠に残念至極である。私はそれで、この上州に引き上げて来た。この私の慚愧と正しい世界に向けた知識を理解し、受け継ぎ、これからの日本国を、世界の一等国に導いてくれるのは、ここ東善寺に集まっている諸君ら上州人をおいて他にない。彷徨える日本国を救えるのは、この上州の若者たちをおいて他にない。諸外国の侵略から日本国を守るのは諸君らをおいて他にない。諸君らの若い力を、小栗上州は信じている。どうか諸君、これからは、この私に代わって日本国の先鋒となって頑張って欲しい」

 城之助の喋り口は、あの日の小栗上野介忠順に変身していた。政造は感激した。

「流石、城之助。良く覚えているな。その通りじゃ。儂は内村先生の言葉を聞いて、小栗先生に再会したような喜びを味わった。東善寺にいるような錯覚に陥った。荒川佑蔵、清水永三郎、岩井喜四郎、武井荒次郎、三浦桃之助、小林安兵衛、中山兼吉。皆が儂の周りにいた」

「懐かしいよなあ。あの頃は皆、若かった。塚本真彦も元気だった」

 二人は権田村東善寺での小栗忠順の講義に参加した若き日のことを回想し、懐かしさに浸った。

「そうだな。小栗先生ら幾人かが、薩長政府の襲撃に合って死んでしまい、もう帰って来ない。残った儂らが頑張らなくては・・・」

「政造。お前はまだ小栗先生の遺志を継ごうと考えているのか?」

「そうだ」

 城之助の問いに、政造の目は輝きを増した。城之助は執念深い政造に呆れた。

「お前、一人で革命が出来ると思っているのか?」

「いや。当然、城之助にも手伝ってもらうよ」

「呆れた奴だ。しかし、俺だけでは無理だ。柏木義円にも働きかけてみたらどうか」

「彼は越後生まれで、上州人ではない。それに楫取県令とも繋がっている」

「じゃあ、自由党の清水永三郎に声をかけてみようか。今、自由党の力は大きくなっているから・・・」

「あいつとは気が合わんが、兎に角、人を集める事が優先だ。仕方あるまい」

 何時の間にか城之助も政造の革命論に同調していた。革命を成功させる為には、その中核となる決起軍が必要だった。

「それに腕の立つ奴が要る。下館で教員をしている桃之助を呼ぼう。俺たちからの要請とあらば、仕事を捨てて、やって来る筈だ。しかし、それでも足らぬ」

「お前のところの子分を入れてもか?」

「勿論じゃ。こうなったら、信州にいる新井信五郎親分に言って、松沢求策にも声をかけて貰おう。そうすれば、少しは助けになってくれるであろう。しかし、成功するかなあ」

「成功させる。どんなことがあっても、成功させねばならぬ」

 城之助に、そう答えた政造の目は引き攣っていた。

 

 

          〇

 雨が紫陽花の花を濡らしている。休みの日は落ち着く。普段、柏木義円ら教員と子供たちからの尊敬を集め、子供たちに男女の区別無く、学問を教えている自分ではあるが、亡くなる前の小栗忠順の講義の言葉を思い出すと、政造は本業以外のことについて、つい考えてしまう。そんな政造のところに上原亀吉が訪ねて来た。

「先生。喜んで下さい。六月二十二日、板垣先生が、帰国されたとのことです」

 亀吉が吉報と思い、板垣退助の帰国を告げに来た。それを聞いた政造は亀吉の期待と裏腹に難しい顔をした。

「もう遅い。連中が外国で遊んでいる間に、全国の警察は刃の付いたサーベルを佩用するようになってしまった。もう手遅れだ。お前の信奉する自由党は、もう勝手に行動出来なくなっている。これからは、自由を叫ぶ奴は、何かの理由をつけられ、片っ端から処罰を受けることになるだろう」

「それは本当ですか?」

「本当だ」

「そしたら俺たちはどうしたら良いんだ?」

「決まっている。団結だ。団結して新政府を作るのだ。薩長の連中に左右されない、上州人を中心にした新政府を作るのだ。我々、上州人が小栗先生の教えに従い、日本国の自由の先鋒となり、新政府を作り、日本国を世界の一等国にするのだ」

 亀吉は政造の言葉にびっくりした。まだ、東善寺の小栗忠順の言葉を引きずっている。自分は土佐の板垣退助の『君主主義』と『民本主義』は対立せず、同一不可分であるという自由平等の精神に夢中になっているのに、政造は新政府を作ろうとしている。

「今の政府と違う新政府を作るのですか?それは革命ではないですか」

「そうだ。明治政府の本質は、薩長政治であり、官僚専制の貴族政治だ。我々上州人は板垣先生の考えに近い自由平等を旗印に、新政府を作らねばならぬ。日本国民の誰もが上下の差別の無い明るい生活が出来る国、世界の一等国にせねばならぬ。儂は、その為に立つ」

「それは本当ですか。板垣先生の考えに近いというなら、この亀吉も協力します」

「協力してくれるか?」

「はい。協力しますとも。これでも東善寺に通った一人ですから。でも何をやったら良いのです?」

 亀吉は、政造と話しているうちに、いつの間にか政造の世界に引摺り込まれていた。

「同志を集めることだ。物怖じしない同志じゃ」

「物怖じしない同志?」

「そうだ。今、生活に苦しんでいる連中を沢山、集めるのだ。生活に苦しんでいる連中なら、我慢強く、食う為なら何でもやる。巡査にも襲い掛かる」

「成程」

「しかし村内の連中は、駄目だぞ」

「何故です?」

 政造の目が厳しく光った。

「革命本部の正体が、何処であるか、直ぐに露見してしまう。従って村内で無く、少し離れた村の連中を同志にするのだ。これが革命本部を不明にして、革命を成功させる秘訣だ」

「では増田村の連中に声をかけるべえ」

 亀吉の言葉に政造は首を横に振った。それからカッとなって言った。

「愚か者!増田村は隣村ではないか。余りにも近すぎる。碓井郡内ではまずい。もう少し離れた所の村に行って同志を集めろ」

「じゃあ、諸戸村や菅原村の連中を同志にすべえ。連中なら甘楽郡だし、離れた村ということになる」

 亀吉がそう言うと政造は頷いた。

「知り合いはいるのか?」

「沢山います」

 亀吉には親戚もいるし、博打仲間もいるので、仲間集めに自信充分であった。

「では諸戸村と菅原村の連中に同志になって貰おう。まずは自由党員になって貰うという事で、人集めをしよう」

自由党員になって貰うという事で、人集めするとなると、『有信社』の宮部先生に名前を貸していただくよう、お願いしましょう」

 亀吉の提言は名案だった。『有信社』の名前を借りられれば、政造も城之助も亀吉も、党員として表面化しない。

「それは良い考えだ。宮部先生や杉田先生の名を借り、自由党員募集の拡大運動をやってくれ。今、流行りの自由党の名を存分に活用すれば、同志は嫌と言う程、集まる。革命はそれからだ。自由党員が最大限に膨張した時、一気に革命を起こす。そして板垣退助を祭り上げ、上州人の手で、新政府を作る」

「そうすれば、板垣先生の天下が来るのですね」

 亀吉は興奮した。亀吉は誤解している。亀吉に説明は面倒だ。

「そう言う事にしておこう」

「そう言う事にしておこうとは、どういう事ですか?」

 亀吉は政造の言葉に疑問を抱いた。矢張り説明せねばならぬ。亀吉には真実を説明しておこう。政造は亀吉に本心を語る決断をした。

「亀吉、良く聞け。板垣先生も、もとを糺せば官軍、薩長と同じ仲間、土佐の乾退助じゃ。公家出身の岩倉具視らと張り合って、自由党総裁ということになっているが、征韓論で、仲間割れしなかったなら、薩長と同じ穴の狢。そういった人物が、我らが計画する新政府の最高責任者になれるかどうか、はなはだ疑問だ。彼が皆が望む人物と言えるかどうか?」

「すると誰の天下になるというのですか?」

「我ら上州人の天下にするのさ。我ら上州人の力で、日本国民の為の正しい政治を行う新政府を確立するのだ。それが我らの狙いだ。この秘密は、他に発覚されては困る。亀吉。お前の胸の底深くに仕舞っておけ。決して他言してはならぬ。これは儂とお前の秘密だ」

「分かりやんした。この亀吉、口が裂けても、この秘密を他人に漏洩するようなことは致しやせん」

「分かったなら、直ぐに人集めにとりかかってくれ」

「承知しました」

 亀吉は吉田政造に会って、恐ろしいことになったと思った。しかし引き返すことは出来ない。政造はまだ小栗忠順の夢を果たそうとしている。

 

 

          〇

 暑い夏の日、懐かしい男が、土塩村の山田城之助のところにやって来た。巴菜は、その男を、城之助の部屋に案内した。

桃之助。良く来てくれた。お前と再会出来るなどと、夢にも思っていなかったが、どうしても自由党の仲間を増やしたくてな、お前に依頼文を送った」

「お前からの書簡を受け取り、嬉しかった。城之助の依頼とあらば、行かねばならぬと決めてやって来た。群馬も茨城も、そう遠く無い。ましてや自分の信奉する自由党の為とあらば、喜んで・・・」

 その男、三浦桃之助は、城之助の座っている座卓の前に、ドカリと座ると、ニンマリと笑った。権田村東善寺以来の顔合わせだった。巴菜が直ぐに持って来てくれたお茶を一口飲むと、城之助は桃之助に訴えた。

「この山奥の村では未だ自由党なるものがどんな政党であるか理解されず、百姓たちは、その根本思想を充分に吸収出来ないでいる。我が村は俺がいるからまだ良いが、妙義山麓の村々など、字を読める者が少なく、自由党員を増やせずにいる。これではいけないと思う。上州だけが時代に取り残されてしまう。それで弁舌の上手な桃之助に応援を頼んだ次第さ」

「何故、俺なんざに頼むんだ。上州の前橋には斎藤壬生雄、高崎には宮部襄など、優秀な自由党の幹部たちがいるではないか」

 桃之助には城之助の依頼目的が、旧友に会いたいだけの理由であって、その依頼要請が明確で無いような気がした。城之助は自分を見詰める桃之助の視線の中に懐疑の光があるのを見て、一旦、頷き、弁明した。

「お前の言う通り、前橋や高崎に自由党幹部のお偉さんたちがいる。しかし彼らは所詮、士族であり、本当の自由党の思想の良さを理解しておらず、その真髄を百姓たちに伝えることは出来ない。それに較べ、桃之助は教員。人にものを教える技術は、自由党幹部以上である。桃之助自由党の思想を分かりやすく演説してくれれば、百姓たちは、自由民権の素晴らしさを深く理解すると共に、即刻、党員に加わってくれる。だから、お前に来てもらった」

 桃之助は首を傾げた。

「教員ならば、岩井喜四郎や吉田政造がいるではないか。貴奴らなら説得も上手だと思うが・・・」

「喜四郎は駄目だ。あいつには算術のことしか頭に無い。政造は自由党を嫌っている」

「何故、政造が自由党を嫌っているのだ?」

 桃之助は不思議に思った。政造は日本国の先鋒としての夢を抱いていた筈だ。それなのに何故、薩長と対立する土佐の板垣退助の思想に共鳴しないのか。

「政造は板垣先生を信じていない。岩倉具視と仲間であった乾退助のことが、彼の頭から離れないのだ。七月二十日、岩倉具視が没したことを耳にすると、政造は大喜びした。彼は何度も繰り返し俺に言った。岩倉具視の馬鹿野郎。あくどいことをするから癌になんかなったんだ。いい様だ。小栗先生を斬首したりするから罰が当たったんだ。ざまあ見ろ・・・」

 桃之助は城之助のいう政造像を、信じられなかった。

「政造が自由党や板垣先生を嫌っているなんて信じられない。貴奴は以前、板垣先生を見直したという手紙を俺に送って来たことがある。板垣先生が国会開設の為の建白書を左院に提出したことは、人民の平等、天皇家の尊守及び国家の隆昌を約束するものであると、感動をした文章の手紙を寄越した。その政造が、板垣先生を嫌っているなんて・・」

 城之助は政造から話を逸らさなけらばならないと思った。政造は陰の人間でなければならないのだ。城之助は政造から話を遠ざける為、自由党に夢中の近隣の仲間の話をした。

「政造が、自由党に加担しようとしないのは事実だ。桃之助の知ってる自由党心酔者は、清水永三郎や小林安兵衛だ。二人は自由党思想を百姓に理解してもらおうと、演説会を定期的に開催している」

「あの小林安兵衛がか?」

「そうだ。京都から小栗先生の刺客として派遣されながら、小栗先生に惚れ込んでしまった、あの光明院の坊主が、自由党に夢中なんだから面白い」

「あいつも惚れっぽい男だ」

 桃之助は、権田村東善寺で机を並べたことのある人の好い小林安兵衛のことを思い出した。城之助も小林安兵衛のことを自分に似ているお人好しだと思っていた。

「俺と同じよ。世直しの為と思えば命を捨てる覚悟でいる馬鹿な男さ」

 城之助が、そう言って笑うと、桃之助も笑った。

「お前同様、安兵衛も変わり者だ。小栗先生を殺そうとしたことを懺悔して、仏門に身を投じながら、再びまた、人前に出ようとするとは・・・」

「それが日比遜、安兵衛の良いところよ。光明院の檀家たちは、彼が京都から派遣された刺客で、槍の達人であることを知らない。集会条令違反で、東京から逃げて来た自由党員だと信じ切っている」

「お前だって同じことさ」

 桃之助の言葉に城之助は皮肉を感じた。桃之助は何が言いたいのか?城之助は桃之助に訊いた。

「同じとは、どういうことだ?」

「俺は知ってる。お前が小栗先生の為に多くの者を消し去ったことを・・・」

 城之助は唖然とした。何故、三浦桃之助が、そんなことを知っているのか。だがたった今、桃之助は、城之助に向かって、小栗上野介の為に、城之助が人を殺めたことを知っていると言った。誰と誰を抹殺したことを知っているのか、素知らぬ顔をして探るしか方法は無い。

「ああ、俺は小栗先生の用心棒だったからな。小栗先生を襲った奴を殺したことは確かだ。だが何処の誰を殺したかは、覚えていない」

「分かっているだろう。岩倉具定、具綱兄弟が、小栗先生に差し向けた暴徒、鬼金と鬼定と、その子分たちのことだよ。金で動く虫けらみたいな連中さ」

 城之助はほっとした。あのことでは無かったのだ。城之助は桃之助に自分の感じていることを話した。

桃之助。小栗先生に鬼金、鬼定を差し向けたのは、岩倉兄弟では無いかも知れんぞ」

「ならば誰だというのだ?」

勝海舟のような気がするんだ。あの腰抜け野郎さ」

「そんな馬鹿な話が?」

「世の中というやつは、そんなものよ。海舟の奴、政敵、小栗先生を消したかったのさ」

 二人の話は弾んだ。英明な幕臣小栗忠順が殺され、裏切り者の勝海舟が、薩長政府の参議に任じられ、貴族風を吹かせている現実を、何としても、ひっくり返してやりたかった。二人は時の経つのも忘れて語り合った。かくして三浦桃之助は、群馬自由民権運動に没頭することとなった。

 

 

          〇

 明治十七年(1884年)三月二十二日、小林安兵衛日比遜が住職を務める甘楽郡一之宮町の光明院で、群馬自由党員による減租税の呼びかけの演説会が開かれた。この日は快晴で、桜の蕾も膨らみ、光明院の庭の周囲には白縮緬に墨汁で大書した幟旗が何本も立てられていた。

  身を殺して仁を為す

  官材の癒着を許さず

  天に代わって逆賊を誅す

  社会改革の気脈を貫通せん

  民の血と汗を絞り上げる者を許さず

 自由党員による呼びかけにより光明院の境内に集まった聴衆は千名以上になり、境内はいっぱいになった。三浦桃之助や上原亀吉は、小林安兵衛にもちかけた演説会の人だかりを見て、胸が躍った。弁士は越前自由党豪農民権家、杉田定一を主賓に迎えた。理由は、彼が福井県内で起きた地租軽減運動を指導した実績を語ってもらう為であった。また東京から宮部襄、高崎から長坂八郎、地元弁士として伊賀我何人、深井貞爾らが演台に昇った。燃えやすい群馬の聴衆は、弁士たちの話に夢中になり、この日の自由党員拡大運動はまさに成功そのものとなった。そして、その夜、一之宮町の料亭『旭屋』で百名程度での懇親会を催した。その際、桃之助は上原亀吉と小林安兵衛の向かいの席に座った。懇親会は宮部襄の挨拶から始まり、杉田定一が話し、演説会場提供者の小林安兵衛が一言喋り、長坂八郎が乾杯の音頭をとった。それからは好きな者同志、自由に話し、懇親を深めた。酒が入ると小林安兵衛が満足顔で桃之助たちに言った。

「盛況な演説会だったな。桃之助や亀吉に勧められて、うちの寺を演説会場にしたのが良かった。これで儂も安泰じゃ」

 桃之助は、喜ぶ安兵衛を見て苦笑した。亀吉は浮かれている安兵衛に酒を注いだ。桃之助が、今日の演説のことに触れた。

「ああっ、良かったな。ところで今日の講演で、宮部先生に『国会開設問題と自由』について話してもらったが、百姓たちには、難しくてほとんど分かっていなかったみたいだ」

 すると安兵衛が、宮部襄が遠くにいるのを確認してから、桃之助に言った。

「ああいう話は、お前がやれば良いんだ。宮部先生は確かに難しく話し過ぎる。宮部先生には、薩長の政府批判が似合っている。儂には長坂先生の話の方が面白かったよ」

「あの『学術一般について』か?俺には面白く無かった」

「何故だよ?」

 安兵衛は桃之助に、面白く無かった、分からなかったなどと言われて、演説会場を提供して上げたのに、ムカッとした。桃之助は安兵衛の怒った顔を久しぶりに見て、ちょこっと笑い、自分の感想を述べた。

「長坂の話は、俺の親父さんが、何時も喋っている弁舌に、余りにも似ていて、うんざりしたんだ」

「そういえば、桃之助の親父さんは『東洋塾』の塾長だったな」

「そうだ。俺はその親父さんの学問第一主義思想が嫌で、群馬にやって来たのさ。ところが長坂の奴、肝心な『地租軽減論』を話さず、学問興隆について話しやがった。〈生活向上の為には政治を良くしなければならない。政治を良くする為には学問を興隆させなければならぬ。学問の普及こそ国家繁栄の基礎だ〉などと、至極、最もな話をしやがった。聴衆がどう思ったか知らんが、俺には聞き飽きた言葉で、面白く無かった」

「矢張り、長坂先生には『地租軽減論』が似合うよな」

 そんな話をしていると、長坂八郎の『地租軽減論』という言葉を耳にして、見知らぬ若い自由党員が、桃之助たちの話に割り込んで来た。

「その通りです。長坂八郎先生の『地租軽減論』は抜群です。私は秩父の村上泰治といいます。十七歳です。本日、鬼石の新井愧三郎先生や中野了随先生とやって参りました。私は半月前、新井愧三郎先生と秩父村民との懇親会を開き、沢山の自由党員を加入させることが出来ました。その時、お招きした長坂先生の『地租軽減論』を聞いて感動した農家を回って、減税願いと併せて自由党員になるよう勧めますと、ほとんどの連中が、署名してくれました。誰もが、長坂先生の貧農救済理論に感銘したのです。長坂先生の『地租軽減論』は最高です」

 桃之助は、のぼせて言い寄って来た若者を見て、危険だと思った。十七歳の若者を百姓たちが本当に信頼して署名したのだろうか?

「村上君。確かに長坂先生の話は立派だ。だが、それを聞いた村人たちが署名してくれたからといって、彼らが本当に租税軽減願いの目的、あるいは自由思想なるものを充分、理解しているかは疑問だぜ。百姓たちのことだから、目先のことしか考えていない可能性が高い。署名については、自分の負債の利子をまけてもらう為の勘弁願いに署名したんだとしか、考えていないと思うよ」

「それはあり得る話だ」

 光明院、小林安兵衛は腕組みして頷いた。その桃之助の言葉に安兵衛が同感する態度を見せたので、村上泰治は焦った。

「でも、長沢先生の『地租軽減論』は素晴らしいです」

 桃之助は情熱的な若者を、じっと見詰めて言った。

「俺は長沢先生の『地租軽減論』が素晴らしく無いと言っているのでは無い。それ程、素晴らしいものなら、何故、今日、秩父の村人たちに話したと同じように、甘楽の百姓たちに同じ事を話してやらなかったのだ。聴衆が聞きたいと期待していた『地租軽減論』を語らず、『学術一般について』を何故、演題にしたのか。越前から来た杉田定一先生と話が重なると思ってか?このことに対して、君は疑問を持たないのか?」

「疑問?」

「そうだ。疑問だ。長沢先生が『地租軽減論』を喋らなかったのには、何か理由がある筈だ」

「それは何故でしょう?」

 村上泰治には分からぬことであった。桃之助は興奮した。この若者は何も分かっちゃあいない。

「質問しているのは俺だ」

 イラつく桃之助の興奮を抑える為、泰治に代わって小林安兵衛が答えた。

「それは監視の警察官が、富岡署長の小島金八郎だったからだよ。小島署長は、宮部先生が、県の警保課長をしていた時代の部下だったからな。あらかじめ小島署長が、宮部先生や長沢先生、照山先生に会って、集会条例に違反しないような演説会にしておくよう注意しておいたのさ。勿論、長沢先生も、宮部先生に過激な演説は慎むよう言われて、演題を、『学術一般について』に変更したのだと思うよ」

「そうでしたか」

 村上泰治は、安兵衛の理由付けに感嘆した。ところが桃之助は小林安兵衛の答えに対し、首を横に振った。

「そうでは無い。問題は長沢先生の腰巾着、照山峻三だ。彼はもと群馬の三等巡査だったが、巡査を辞めて新聞記者気取りで、あちこち徘徊している。茨城では、彼が自由党員であることに疑問を持つ者もいた。下館の『有為館』の富松正安先生は、彼のような男は、警視庁の回し者かも知れんから、注意するよう、俺たちに教えてくれた。照山は、長沢先生を隠れ蓑にしている政府の密偵の可能性が高い。彼にとって、今回の演説会で隠れ蓑を失う訳にはいかなかった。それで演題を変更した」

「照山先生に限って!」

 桃之助から照山峻三の話を聞いて、小林安兵衛や村上泰治は信じられぬと言う顔をした。上原亀吉は無言だった。桃之助は、自由党員にのぼせている泰治に念押しした。

「俺にも本当の事は分からん。しかし、村上君、秩父で活動するのにも、用心には用心を重ねた方が良いと思うよ」

 小林安兵衛は、話の進展を恐れた。桃之助の話が、照山峻三本人に聞こえでもしたら、とんでもないことになる。安兵衛は周囲を気遣い、桃之助と泰治の会話を制した。

桃之助。長沢先生も照山先生も、この懇親会場にいるんだ。聞こえたらどうするのだ。二人の悪口を言って、何も分からぬ秩父の若者をからかうのは止めた方が良いぞ」

「そうだな。俺も期待していた『地租軽減論』を聞けなかったもので、ついムカムカして、長沢先生を汚すようなことを言ってしまい申し訳無かった。遠い秩父から甘楽の演説会を聞きに来てくれた村上君の若さと情熱に乾杯するよ。これからは君たちの時代だからな」

 桃之助はそう言って、安兵衛や亀吉と一緒になって泰治に乾杯した。周囲にいた者たちが、何事かと驚いた顔をした。それは不思議な出会いの光景であった。

 

 

          〇

 甘楽一之宮の光明院での大演説会以後、自由党員加盟者が続々と増えた。この頃の農民は地租改正により、秣場、炭焼き場としていた共有林を政府に取り上げられたり、麦畑を桑畑に変更させられたり、不満が激化していた。特に国際不況の為、輸出生糸が引き取られず、農民は生活に困窮した。農民の中には地租改正により、折角、自己所有となった土地を担保に借金を重ね、ついには大事な土地を高利貸に手渡してしまう者も出るような状態になっていた。こういった状況下で救世主的演説を行う自由党員に対する農民たちの盛り上がりは、最高潮に達しようとしていた。その農民たちの暴発を予感した新政府樹立思想家、吉田政造は、革命を起こすのは今だと思った。彼は上原亀吉を呼んだ。

「亀吉。新政府決起の時は今だ。まず試みとして、どの程度、反政府思想の連中が集まるか試してみろ。八城村に自由党員を集め、それに賛同する百姓たちを集結させて、その数を読むのだ」

「政造先生は、俺たちに一揆を勧めるのですか?」

「勧めるのでは無い。何時も自由党自由党と言って走り回っている原動力を、もっと具体的に発散させてみたら、どうかと言っているのだ。自由党を中心にした新政府を樹立しようと思うなら、目に見える行動をせよと言っているのだ。行動せずして何故、薩長政府から離脱した独立政府を築くことが出来るというのか。じっとしていて何が変異変転するというのか・・」

 そう言われても、亀吉には自信が無かった。甘楽一之宮の大演説会は三浦桃之助の力を借りて成功させることが出来たが、八城村に甘楽や碓氷の連中を集結させるなんて。

「政造先生。俺たちには、まだそんなに人集めする力がありません」

 政造は、自信の無い亀吉を勇気づけなければならないと思った。

「力が無いだと。力などというものは、団結すれば、何十倍、何百倍にもなるものだ。それにお前の近所には、山田城之助という強い味方がいるではないか」

「山田城之助は博徒です。政府から睨まれている博徒です」

博徒であろうと、人は人。貴奴には沢山の子分衆がいる。貴様らが真剣に応援を求めるなら、儂と一緒に小栗先生に仕えたことのある男だ。良き助っ人となろう」

「あの城之助が?」

 上原亀吉には信じられ無かった。柏木義円らと教鞭を執る吉田政造が新井組の親分、山田城之助と関係があったなどと聞いたことが無かった。山田城之助は、何時も関綱吉たち子分衆を集めて酒を飲み、女たちをからかっている。そんな博徒の親分が、自分たちに力を貸してくれるなんて、有り得ることだろうか。しかし以前、亀吉が松井田宿で博打に負けた時、城之助は、もう博打は止めろと忠告してくれた。本当は優しい男なのかも知れない。きょとんとしている亀吉に、政造は尚も城之助の偉大さを語った。

「左様。山田城之助には長岡忠治を信奉する義侠心がある。民衆の苦しみを見捨てておく筈が無い。お前と行動を共にしている三浦桃之助とて、城之助の友じゃ」

「はい。それは知っております」

「また貴奴には最後の切り札がある。それは荒くれ男、二千人のことでは無い。もっと恐るべき、儂のみが知る切り札が貴奴にはあるのだ」

「その切り札は、そんなに効力のあるものなのですか?」

「ある。日本の歴史を変える程の偉大な力を有する切り札じゃ。板垣退助の弁説など問題ではない。大衆を動かす力じゃ。儂はお前たち自由党員と共に、日本国民の恒久平和を希求し、貴奴、山田城之助に賭けてみたい。自由民権。それは山田城之助が立ってこそ初めて実現されるものなのだ」

「城之助が立ってくれるでしょうか?」

 亀吉は半信半疑だった。しかし政造には自信があった。

「貴奴は要請があれば、きっと立つ。博徒とはいえ、儂と同じ岩井学校の門下生。必ずや民衆のことを思い、立ち上がる。その時こそが、日本の真の夜明けだ。板垣の如き弁説のみでは、世の中を変革することは出来ぬ。自由党の代表者を立て、早急に城之助に協力を求むべきだ」

「分かりました。早速、甘楽に戻り、村々の者と相談してみます。博徒の参加を好まぬ者もおりましょうが、その者らを説得し、城之助と共に反旗を掲げましょう」

 亀吉は政造の術中に嵌まっていた。彼は一之宮町の光明院にいる三浦桃之助や小林安兵衛と相談し、八城村で大演説集会を開催し、その場で決起の旗揚げをすることを心に決めた。政造は念には念を入れ、亀吉を盲信させた。

「亀吉。力こそ正義だ。このことは思い立ったら緊急を要する。儂からも城之助に亀吉に援助するよう依頼しておこう」

「お願いします。政造先生からの依頼を受ければ、城之助も応援してくれるに違いありません」

「兎に角、自由党員を八城村に集結させてみてくれ。伊賀我何人らを招き、演説会を開けば、直ぐに集結の様子が分かる。そこに集まった力に城之助の率いる新井組の力が加わったものが、独立革命軍の力だ」

「分かりました。その力を知る為に、甘楽と碓氷の自由党員を八城村に集めましょう」

 亀吉は政造に煽動され、妙義山麓の八城村で決起集会を実行することを決心した。

 

 

          〇

 翌日、上原亀吉は一之宮の光明院に行き、小林安兵衛と三浦桃之助自由党甘楽、碓井合同決起集会の開催について相談した。二人は、酒を飲んで、ムズムズしていたので、決起集会開催について待ってましたと賛同した。直ぐに手分けして自由党員に声をかけることになった。上原亀吉は翌々日、諸戸村の山田米吉宅を訪ねた。まずは八城村での決起集会について語り、その後、博徒、山田城之助の協力について、どう思うか米吉の意見を訊いた。

「米さん。碓氷の自由党の連中に、新井組の山田城之助が加勢しても良いと言っているらしいが、奴は博徒だ。山田城之助に手を借りることについて、米さんは、どう思う?」

「儂は博打うちは嫌いだ。山田城之助は博打を禁止した男だ。博打うちとは違う。それに今は、そんな事を言っている時じゃあねえ。一人でも頭数が必要な時だ。亀吉さん。儂は正直言って、新井組の子分衆、九百人の加勢が欲しい」

「そうは言っても、米さんたちの仲間が、新井組の加勢を快く受け入れてくれるかどうか?」

 亀吉にとって、城之助の子分衆を加えることによって、折角、集めた甘楽の自由党員たちが、分裂するのではないかと恐れた。それを察するかのように、米吉が言った。

「それは儂が何とか話をつける。皆だって説明すれば分かってくる筈だ。綺麗ごとを言っちゃあいられない。一揆を始めたら生きるか死ぬかのどちらかなのだ。戦さなんだ。亀吉さん。仲間は儂が説得する。どうか城之助親分に加勢をお願いしてくれ」

「分かった。帰りに城之助に当たってみる。ある人の助言で、城之助もその気になりかけているに違いない。必ず同意してくれる筈だ」

「ある人の助言とは、どなたの助言です?」

 亀吉は、米吉に問われて、しまったと思った。いけないことを口にしてしまった。亀吉は喋ってはならぬと思った。

「それは言えぬ。兎に角、城之助の事は引き受けた。一之宮、丹生、下仁田、富岡の方は光明寺さんにお頼みしてありますので、米さん、諸戸近隣のことを頼みますよ」

「任せておくんなせえ。菅原の吉五郎さんはじめ、重平、源吉といった連中は、必ず賛成してくれますので、安心して下さい。田畑を失ったら、百姓は終わりです。誰も彼もが必死なんです。きっと新井組の加勢を喜ぶに決まっています」

「そうだと有難いのだが・・・」

 亀吉は不安だった。心配で心配でならなかった。営々と築いて来た自由党員集めが無法者集団、新井組の参加によって、水泡に帰してしまっては困る。また一から遣り直さなければならない事になりかねない。しかし悩んだところでどうにもならない。今はただ、甘楽、碓井合同決起集会を八城村で開催する為の党員集めが優先だった。

「ところで米さん。その後、党員は増えましたか?」

「はい。増えました。諸戸では佐藤新造、田村市五郎、石山松五郎、佐藤竹次郎らが、仲間に入ると言って来ました」

「それは凄い。菅原では、どうですか?」

「菅原は堅物が多く、諸戸のように上手く行きません。土屋倉吉や阿倍久蔵を説得しているのですが、中々、思うように言う事を聞いてくれません」

「ま、頑張ってみて下さい。俺たちの熱意が、いつの日にか、彼らにも分ってもらえる筈です」

「そうだと良いのですが・・・」

 山田米吉は菅原村での人集めに苦労している風だった。しかし時は待ってくれない。亀吉は小林安兵衛、三浦桃之助や吉田政造と、決起日時を決めてしまっていた。

「いずれにせよ、さっき話したように、三月三十日の正午過ぎ、伊賀我何人先生を招き、八城村で決起集会を開きます。可能な限り、沢山の仲間を集めて参加して下さい」

「分かりあんした。竹やりと莚旗を準備して皆と八城村に参ります」

 すると亀吉は米吉の肩をポンと叩いた。

「じゃあ、頼みましたよ」

 それに米吉が頷くと、亀吉は逃げるように闇の中に消え去って行った。

 

 

          〇

 上原亀吉ら自由党の決起に無法者集団、新井組を参加させることを亀吉と約束した吉田政造は、半年ぶりに土塩村の山田城之助の屋敷に出かけた。何時もだと松井田宿に出かける城之助が新井村の政造のところに立ち寄るのだが、今回は城之助に一肌脱いでまらわねばならぬので、政造の方から城之助の屋敷に出向いた。城之助に会うなり、政造は言った。

「城之助。いよいよ革命の機会が訪れたぞ。それで、お願いにやって来た」

「どうしてもやるのか?」

 城之助は再確認した。政造は恐ろしい形相で城之助を見た。その顔は国を憂い新政府樹立を呼びかけた小栗忠順の話に同調した時の政造の顔であった。

「やらねばならぬ。異国の侵略から日本国を守る為には、平安貴族社会を目指す薩長の連中に左右されない、万民自由平等の世界を目指す政府を作らねばならぬ」

「政造。桃之助はお前の事を〈政造は板垣先生を捨てた!〉と嘆いていたぞ」

桃之助の信奉する板垣先生の思想は間違っていない。小栗先生の思想に近づきつつある。だが根本が違う」

「その根本とは?」

「日本国の国家元首天皇でもなければ征夷大将軍でも無い。自由平等を約束された主権者たる国民一人一人の投票によって選ばれた者が国家元首であるべきである。その国家元首選挙は五年ごとに行われることが理想だ。これが小栗先生の国家政治の根本思想だ。従って、板垣先生の考えは、まだまだ生温い。今、日本国は尊王軍と幕府軍との内戦による国民の被害と疲弊を救済することが急がれている。王朝政治を目指す薩長政府を倒し、理想的政府を樹立させる必要がある。その為には革命しかない」

薩長政府を敵に回して戦さを始めるというのか。そこまでしなくても・・・」

 城之助は革命に気が進まぬ態度を示した。今の新井組の首領の生き方に満足しているのか。政造はそんな城之助の態度を無視して、自分の考えを城之助に押し付けた。

「城之助。儂は真剣なのだ。今、日本は一等、大事な時期に立っている。あれ程、民衆が崩壊を夢想した徳川幕府が、いざ崩壊してしまうと、民衆は明治新政府に対して、新しい夢を描く。しかし、結果は新しい身分制度が生まれ、自由平等が抑制されている。それで民衆は、その夢を実現することは出来ると思うか。出来はしない。だから板垣先生は、全国、津々浦々をめぐり、自由民権を叫んでいるのだ。されど、それは空しい。言葉ほど空しく頼りないものはない。小栗先生の夢を実現させる為には、武力闘争だ。城之助、お前が立たなければならないのだ」

「この俺がか?」

「そうだ。力こそ正義なのだ。力を示してこそ初めて、夢は可能となり得る。そしてその力を民衆の力に置換する時、城之助、お前は真の男となり得る」

 滅多に称賛しない政造に称賛され、その気にさせられそうになり、城之助は慌てた。江戸の内村宣之の革命論に触発された政造に迫られ、城之助はしどろもどろになった。

「政造。おだてないでくれ。俺は博徒だ。博徒が何故、民衆の上に立てるのだ。何故、政治を変えることが出来るのだ」

「城之助。お前は儂と違う。お前には子分九百人と地回り、数千人がいる。お前は既に彼らの上に立っているではないか。彼らはお前を『日本一の大親分』と信頼し、お前の子分衆になっているのだ。自分たちを守ってくれるお前の力を信頼しているからなのだ。彼らは決して博打うちのお前を信頼しているのでは無い。男、上州城之助を信頼し、自分たちの生活の平穏と繁栄を願っているのだ。借金取りが来ても、城之助がいれば怖く無い。官兵が来ても、城之助がいれば怖く無い。明日の飯に窮しても、城之助がいれば助けてくれる。人の出来ぬことを城之助がやってくれる。子分たちにとってお前は救いの神なのだ。その子分たちが今、求めているのは何か。それは自由平等だ。城之助。お前は今、農民決起と共に、その子分たちのことも考え、立つべきなのだ。上原亀吉は、それをお前に求めている。自由民権を旗印に・・・」

 政造の説得には迫力があった。

「政造。おだてるのは止めてくれ。城之助は、もう血を見るのは嫌だ。小栗上野介を襲う奴を殺したり、味方であった者を殺した悪夢は、夜毎、俺を苦しめる。城之助はこれ以上、悪夢に悩まされたくない」

「城之助。それが儂たちの宿命なのだ。生誕と同時に与えられた運命なのだ。そして、このことを遣り遂げられる男は、この日本に、お前、一人しかいない」

「そんなことは無い。内村先生や襄先生やお前のように立派に学問を修められた方々が沢山いるではないか?」

 その城之助の言葉に政造は首を横に振った。

「いざという時、学問が何になる。川に溺れた時、学問が何になる。頼りになるのは川を泳ぎ切る腕力であり、脚力である筈だ。今、民衆求めているのは、そういった剛健強固な力だ。政府に真正面から対峙出来る力だ。かの大前田栄五郎亡き今、この上州で、それが出来るのは城之助、お前一人だ。亀吉の話では、菅原や諸戸などで、沢山の農民たちが、お前の協力を求めているという。亀吉と相談して、直ちに行って助けてやれ。それがお前の天から与えられた使命だ」

「政造。俺は今も鎮台に監視されている博徒だ。その俺に百姓と共に暴れまくれと言うのか?」

「苦しんでいる民衆の為だ。それに鎮台や警察は、お前を恐れて、土塩村や新井村、増田村に姿を現さぬではないか。お前が現れれば彼らの方が逃げて行くわ。城之助。お前の近所の亀吉は必死になって頑張っている。亀吉や亀吉を信じる民衆の為に協力してやってくれ。儂も無力を振り絞って協力するつもりだ」

 政造の真剣さに城之助は政造が小栗忠順の『革命論』を実践しようと決断したのだと気付いた。こうなっては、もう逃げ場が無かった。

「かくも明確にお前から協力を求められるとは思わなかった。総てが、お前の絵空事かと思っていた。幼少の頃より机を並べて学問を共にし、小栗先生に仕えた政造の依頼とあっては、この城之助、断る理由が見つからねえ。大いに協力しよう。そして日本国に本当の自由が到来する日を期待しよう」

「有難う、城之助。儂は嬉しい。強き良き友を持ったことは仕合せである。お前の賛同に儂は心から感謝する。政府からの重税、物価の高騰、鉄道敷設の負担金、農地の耕作変更など、苦しみに苦しめられている農民たちが、城之助の支援を知ったら、どんなに喜ぶであろう。儂は喜ぶ農民たちの顔が見たい。そして城之助が加勢してくれることを、真っ先に亀吉に伝えてやりたい。亀吉と行動を共にしている桃之助だって、喜ぶに違いない」

 政造は、そう言って城之助の両の手を握った。城之助も両の手を握り返して、二人はしっかりと互いを見詰め合った。ついに革命に足を踏み入れる時がやって来た。

 

 

          〇

 明治十七年(1884年)三月三十日、自由党員、上原亀吉の呼びかけにより、自由党員とそれに賛同する農民たちは妙義山麓の八城村で決起集会を行った。集まった農民たちは、竹槍と莚旗を持って行動した。光明院の小林安兵衛に、この日の演説を頼まれた伊賀我何人は、八城村の演壇に立ち、得意顔で自由党の素晴らしさを弁じた。

「現政府は国民同志の争いを回避しようとした徳川幕府から、武力で政権を奪い取り、今では、その主導権を巡って薩長土肥で内部抗争を繰り返している。王制を復古させはしたが、やっていることは平安時代への逆戻りだ。こんな政府が長続きする筈がない。これからは自由党の時代である。我ら日本国民は自由で平等でなければならない。本日、我ら自由党を信奉する者がここに集まり、皆さんの多くが今、速やかに自由党に加入されれば、徴兵は免除となり、租税は減ぜられる。従って私は、まだ入党していない人たちに一時も早く、自由党に入党することを勧める・・・」

 と、突然、集まっている農民たちの中から警棒が上がった。伊賀我何人はびっくりした。小林安兵衛も上原亀吉も慌てた。警棒を持った男は叫んだ。

「その演説、待った。その内容、国家安全法を妨害する演説と認める」

 男は集会を知り、派遣された臨監の警察官で、演説内容に問題ありと判断し、待ったをかけたのである。ところが熱弁を振るっていた伊賀我何人は、自分の演説にちゃちを入れる男の事を洒落臭いと思い、怒鳴り返した。

「何を言うか。お前は一体、何者だ!」

「私は松井田分署の署長、吉川迪である。政治に関する演説会は、三日前に警察署に届けて、認可を受けることになっている」

 吉川署長は落ち着いていた。その目は尋常で無かった。伊賀我何人は身の危険を感じた。逃げなければと思った。

「儂は講演を頼まれ、演壇に立ったまでだ。届け出については知らない。届け出は当然、成されていた筈じゃ」

「届け出だけでは無い。貴様の演説内容は、正しく無い。政府を誹謗する間違った演説である。公衆の安寧に妨害ありと認むる愚かなる内容である」

 伊賀我何人は、自分の演説を愚かなる演説とけなされ、カッとなった。

「お前ら犬に、儂の演説内容の真意が分かってたまるか!」

 大勢の前で、『犬』と言われて、吉川署長は激怒した。

「兎に角、演説を中止しなさい。演壇から降りなさい!」

 吉川署長が怒鳴っても、伊賀我何人は演壇から降りなかった。更に大声で聴衆に叫び訴えた。

「皆さん。見て下さい。この犬たちを。この犬たちは言論の自由を阻止する現政府の手先です。臭い物には蓋をしろ。これが現政府のやり方だ。こいつら犬の言う事を聞いていたら、それこそ昔に戻ってしまう。言論の自由が無くなってしまう」

「止めろと言ったら止めんか!止めないと、ひっ捕まえるぞ!」

「ひっ捕まえられているのはどっちの方だ。政府に首輪を付けられ、ワンワンワンか!」

 聴衆が、ドッと笑った。

「もう許せん。お前ら、伊賀我何人を取り押さえろ!」

 吉川署長が激昂し、連れて来ていた部下に、伊賀我何人の逮捕を命じた。そして吉川署長は演壇の上にいる伊賀我何人を引き摺り降ろそうと、伊賀我何人の袖を引っ張った。すると我何人が怒鳴った。

「この唐茄子野郎!」

 我何人の鉄拳が、吉川署長の頭上に落下した。

「痛てえ!殴ったな、伊賀我何人。もう許さん。徹底的に傷めつけてやる!」

 吉川署長が部下と一緒に伊賀我何人に猛然と襲いかかった。小林安兵衛も上原亀吉も、このままでは我何人が逮捕されてしまうと思った。安兵衛は側にいた中沢丈八に命じた。

「伊賀先生が危ない!丈八。先生を助けろ!」

「丈八。何をしているのだ。先生、先生。こっちへ来て下さい」

 中沢丈八が吉川署長とその部下たちと取っ組み合いをしている間に、機敏な町田鶴五郎が、伊賀我何人を助け出した。しかし、そうは問屋が卸さなかった。伊賀我何人と鶴五郎の前に、大男の刑事、藤田錠吉が立ちはだかった。

「鶴五郎。伊賀を離せ。伊賀は罪人だぞ。こちらへ大人しく渡せ!」

「渡せぬ!」

「渡せぬなら、お前から捕まえてやる」

 藤田錠吉が伊賀我何人を庇う鶴五郎に迫っているのを見て、吉川署長が叫んだ。

「良いぞ、錠吉。鶴五郎を叩き潰せ!」

 中沢丈八を取り押さえながら、警察の力を示すのは、この時とばかり、吉川署長は、部下に鶴五郎を攻撃させた。錠吉の殴る蹴るの連続に、鶴五郎は血だらけになり卒倒した。警察の余りもの乱暴を目にして、竹槍を持った農民たちは攻撃を恐れ、その恐ろしさにガタガタ震え上がった。吉川署長は農民たちへの見せしめの為、気を失った鶴五郎を錠吉に強引に突っ立たせた。そしてサーベルを抜き、冷たい刃を鶴五郎の頬に当てた。鶴五郎がかすかに目を開けた。小林安兵衛は竹槍を握り締めた。桃之助も胸の匕首に手をやった。その時であった。吉川署長と鶴五郎の正面の人だかりがパッと割れた。

「錠吉。手を放せ。鶴五郎から手を放せ!」

 錠吉が声の方角に目をやると、そこには関綱吉ら子分衆を引き連れた山田城之助が立っていた。黄色いドテラを着た城之助を見ると藤田錠吉は身の毛が弥立った。

「上州城之助。何時の間に・・・」

「鶴、安心しろ!俺が来たからには、お前を警察には渡さない」

 その城之助の面構えを見て、鶴五郎は血まみれになった顔を歪ませて笑った。吉川署長は慌てた。乱闘になるのではないかと危惧した。乱闘になり、自分たち警官が袋叩きになるのを恐れた。

「城之助親分。親分は今、自分が何をしているのか分かっているのですか?」

「分かっている。喧嘩の仲裁に参ったのじゃ。この中には俺の可愛い子分が沢山いる。こいつらを罪人にする訳にはいかねえ。吉川署長、ここは大人しく引いておくんなせえ」

 城之助の言葉に吉川署長は胸をほっと撫で下ろした。

「分かった。城之助の顔に免じて、今日の事は勘弁するが、二度とこんなことを起こさぬよう、親分からも皆に注意してくれ」

「申し訳ありません」

 城之助は、サーベルを元に戻した吉川署長に深々と頭を下げた。それから子分衆に言った。

「てめえらも頭を下げぬか」

 子分衆は慌てて吉川署長に頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

 農民たちもそろって頭を下げた。

「解散!解散!」

 吉川署長はサーベルを振り上げ、自分を励ますように大声で叫んだ。

「みんな、解散だ!」

 関綱吉が散ろうとしない農民や子分たちに解散を命じた。山田城之助は三浦桃之助に近寄り、今回の決起集会は準備不足であったなと伝えた。吉田政造は、この有様を松井田城の城址の上から、望遠鏡で眺めていた。そして、これだけの人数を集められれば、集会ごとに、二千人が二万人、二万人が二十万人、二十万人が二百万人と十倍に増加し、革命は成功すると確信した。

 

 

          〇

 伊賀我何人と吉川署長との騒ぎは、新井組の親分、山田城之助の仲裁により治まったが、それは一時のことであった。松井田分署の鬼刑事、藤田錠吉は伊賀我何人を逮捕する寸前に、邪魔に入った町田鶴五郎たちを、許すことが出来なかった。錠吉は我慢しきれず、新堀村の町田鶴五郎ら数名を二日後に逮捕した。それを知った城之助の子分、関綱吉が、松井田分署に鶴五郎らを貰い下げに駈けつけると、吉川迪署長が、綱吉に言った。

「この中の誰かが自首すれば、総てが丸く収まる。これ以上、逮捕者を増やしたく無い。誰かに自首を勧めてくれ」

 関綱吉は、捕まっている連中、一人一人のことを思った。この連中には年老いた父母や女房や幼い子供がいる。鶴五郎の母親は病気で寝込みがちだし、女房は足が弱っている。幼い子供は補陀寺の仕事を手伝い、何とか食い繫いでいるが、鶴五郎が捕まったらどうなるのか?綱吉は鶴五郎たちの兄貴分として、どうすれば良いのか思案した。その結果、綱吉は自分が自首するのが一等良い方法であると考えた。

「誰か一人と言っても、演説決起集会を開いたのは俺たち与太じゃあねえ。自由党の連中だ。鶴五郎たちを捕まえたのは、お門違いも甚だしいんじゃあねえのかい?」

「何を言うか。あの現場で、うちの藤田錠吉と町田鶴五郎の格闘を見たであろう。鶴五郎たちが、警察の邪魔をしたことは誰が何と言おうと明白である。誰か一人、自首すれば他の者は許してやる」

「分かった。じゃあ、俺が自首する」

「何でお前が?」

「牢にぶち込まれている連中には罪はねえ。子分の行動に気づかなかった俺の監督不行き届きだ。あいつらには家族がいる。俺が牢に入るから、あいつらを解放してくれ」

「そうか。分かった」

 吉川署長は、関綱吉の申し出を受け付け、町田鶴五郎らを解放した。替わって関綱吉が獄中の人となった。そして、関綱吉は、禁錮十年を言い渡された。四月三日、町田鶴五郎と神宮茂十郎は警察の汚いやり方に激怒した。罪人でも無い関綱吉兄貴が自分たちの身替りになって獄中にいるかと思うと我慢ならなかった。二人は夜になるのを待った。横川村に住む鬼刑事、藤田錠吉が帰宅したのを見計らい、藤田錠吉宅を襲った。錠吉の家に放火し、錠吉と斬り合いの格闘をした。二対一なので、錠吉に沢山、傷を負わせることが出来た。ところが、火事を見つけて近所の人たちが大騒ぎし始めたので、鶴五郎と茂十郎は裏藪に逃げ込んだ。二人とも錠吉同様、かなり負傷していた。

「大丈夫か、鶴ちゃん?」

「下っ腹を刺された。痛くてしょうがねえ。これじゃあ、捕まっちゃう。早く横川から逃げねえと・・・」

「そうだな」

「早く俺んちに行くべえ。あっ、いててて」

「鶴ちゃん、大丈夫か?」

「茂ちゃん。俺はもう駄目だ。先に一人で逃げてくれ。俺は動けねえ」

「何、言っているんだ。かかあの居る所に行くんだ」

 そう言い合っている時、追いかけて来た連中の声が聞こえて来た。茂十郎は慌てて鶴五郎を背負って立ち上がった。鶴五郎は必死になって茂十郎の首にしがみついた。茂十郎は走った。走って走って走った。やっとのことで新堀の鶴五郎の家に着いた。だが既にその時、鶴五郎は茂十郎の背中で死んでいた。逃走中に息絶えたのだった。鶴五郎の家の戸を叩き、家に入れてもらうと、鶴五郎の妻と娘が、鶴五郎の死体に取りすがって泣いた。鶴五郎の母親がオロオロしている茂十郎の頬を、思いきり、殴った。

「だから言った事じゃあねえ。お前さんも傷だらけじゃあないか。良く見せろ!」

「平気だよ。大丈夫だよ」

「大丈夫じゃ無いよ。手当してやるから、横になりな」

 茂十郎は上がり框に横になって、鶴五郎の母が傷の手当てをしてくれている間、しばらく目を閉じた。追っ手の足音が聞こえて来るような気がする。こうしてはいられない。茂十郎は鶴五郎の死体を鶴五郎の家に届けると、天神山を越え、新井組の親分、山田城之助のもとへ逃げようと思った。しかし、城之助の怒った顔が目に浮かび、城之助のところへ行くのを止めた。ふと高瀬に住む清水永三郎の優しい顔が目に浮かび、高瀬に向かった。ようやく高瀬に辿り着き、清水永三郎の屋敷の戸を敲いた。こんな夜遅くに誰かと、永三郎が蝋燭に火を点けて現れた。血相を変えている茂十郎を見て、永三郎は驚いた。

「どうした、茂十郎?」

「綱吉兄いの仇を取って来た」

「何だと!」

 永三郎が灯りを近づけ良く見ると、茂十郎は血だらけだった。その血に染まった顔で、茂十郎は唸るように言った。

「横川へ行って、藤田錠吉を半殺しにして来た」

「ええっ?それは本当か。お前、一人でか?」

「新堀の鶴五郎と一緒でした」

「鶴五郎はどうした?」

 永三郎が訊くと、茂十郎は震えながら答えた。

「錠吉にやられた。背負って逃げたが、高墓村で息を引き取った。遺体は何とか鶴五郎の家まで、送り届けた」

 主人、永三郎が誰かと話しているのを耳にして永三郎の妻が起きて来た。彼女は事情を直ぐに察知し、素早く動いた。彼女が差し出した水をガブ飲みすると、茂十郎は、傷口に手をやった。それを見て永三郎が心配した。

「傷は大丈夫か?」

「鶴五郎の家で手当てを受けた。鶴五郎のお袋にぶん殴られたが、少しも痛く無かった」

「何で相談もせずに藤田錠吉を襲った?」

 清水永三郎にとって、何故、茂十郎たちが、錠吉を襲ったのか分からなかった。その問いに茂十郎は答えた。

「鶴五郎も俺も、綱吉兄いが禁錮十年を喰らうなんて思っていなかったんだ。錠吉の野郎が、俺たちを捕まえたのが、そもそもの始まりだ。その俺たちの貰い下げに来てくれた綱吉兄いに、松井田の吉川署長が嘘をついたんだ。〈代表者一人が自首すれば、入牢者も親分も先生たちも、百姓も、皆んなが救われ、綱吉兄いの罪も軽くて済む〉と言ったもんだから、綱吉兄いは、俺たちを救う為に代表して、自首したんだ。ところが警察の連中の言う事は総て嘘っぱちで、綱吉兄いは十年もの間、牢屋にぶち込まれることになっちまったんだ。あの日、城之助親分が来て、無事解散となったのに、錠吉の奴が、俺たちを捕まえたものだから、綱吉兄いが禁錮十年を喰らうことになったのだと思うと、俺も鶴五郎も悔しくて悔しくて、錠吉を許せねえと思った。それで、錠吉の家に放火し、あいつを刺した」

「何という馬鹿なことをしてくれたのだ。お前たちの兄貴、関綱吉は、親分、山田城之助のことを思い、自首したのだ。梅久保の藤田錠吉が嘘を言った訳では無い。八城村での警察との乱闘は、まさに反逆罪だ。お前らの親分、山田城之助は勿論のこと、あの場にいた伊賀我何人先生をはじめとする我々自由党員は、皆、死刑にされても不思議で無い状況だったのじゃ。それを関綱吉が一人で罪を被ろうと買って出たのだ。自分の親分や子分、我々、自由党員を救うが為に・・」

「綱吉兄いが・・」

「それなのにお前たちは火に油を注ぐような事をしてくれた。お前たちは大馬鹿者だ」

 何時も優しい清水永三郎に怒鳴られ、茂十郎は愕然とした。

「申し訳御座いません。そうとは知らず、俺たちは何という馬鹿な事をしちまったんだ。清水先生。俺はどうしたら良いのです?」

「逃げるしか方法はあるまい。お前だけでは無い。我々、党員も危ない」

 清水永三郎は神宮茂十郎に大変な事をしてくれたものだと説教しながら、こんな博徒たちと一緒にいたら、自分自身も危ないと思った。茂十郎はまだ気が動転していた。

「何処へ、何処へ逃げたら良いのでしょう?」

「そう慌てるな。松井田の吉川署長も、部下を襲われ、気が動転していることであろう。先ずは晩飯を食べ、私の家で一泊してから考えれば良い。夜中にジタバタしたって、何にもならねえ。まずは酒でも飲もう」

「申し訳ありません」

 神宮茂十郎は、永三郎のことを勇気の有る大きな男であると感じた。永三郎の妻が用意した着物に着替え、晩飯をいただき、永三郎と酒を交わし、茂十郎は泣いた。何と優しい先生なのだろう。茂十郎が落ち着きを取り戻したのを見計らってから、永三郎は茂十郎に訊いた。

「それにしても茂十郎。お前は何故、儂の家に来た?城之助の所へ、何故、行かなかったのだ?」

「鶴五郎がやられちまったので、どうしても新堀に寄らなければならなかったんです。それに城之助親分と相談もしねえでやったことだから、清水先生の所しか来る所が無かったんです。勘弁しておくんなせえ」

「頼りにされるのも有難いことだが、困ったものだ。儂は県会議員だぞ。その儂の家で殺人犯を匿ったとなると大問題だ。今夜、儂の家に泊った事は誰にも言うな。そして明朝、暗いうちに逃亡することだ」

 茂十郎は頷いた。茂十郎は県会議員の永三郎が、自分の事を迷惑がっているが、致し方なく一泊させてくれる事を決めた気持ちが身に染みて分かった。有難かった。

「迷惑をかけて申し訳ありません。朝一番で失礼させていただきます。本当に申し訳ありません」

「なあに気にしなくて良いさ。儂はお前たちの味方だ。困っている連中を助けるのが、儂の役目だ」

「先生!」

 茂十郎はまた涙を流した。

「儂は明日、東京へ出発する。宮部先生に会う。茂十郎。お前は妙義山中に隠れ、当分、じっとしているんだな」

「はい」

 こうして逃亡者、神宮茂十郎は、県会議員、清水永三郎の屋敷に一泊し、翌朝、まだ明けやらぬうちに、永三郎と別れた。永三郎は東京へ、茂十郎は妙義山中へと向かった。茂十郎と鶴五郎に刺された藤田錠吉は、苦しんだ挙句、四月六日、吉川署長らに看取られながらこの世を去った。

 

 

          〇

 藤田錠吉殺害事件を吉川署長が中央に報告したことにより、群馬自由党員の取り締まりが一層、強化されることになった。この事件を由々しきことと判断した警視庁は、このまま放置しておいては政府への反抗が拡大するのではないかと判断し、具体的に群馬の逮捕予定者を列挙し、四月十五日、中堅自由党員を一斉逮捕することを決定した。四月十日、群馬各地の警察署に国事探偵が配置された。その知らせが山田城之助の耳に届いたのは前日、四月十四日、ぎりぎりのことであった。知らせは上原亀吉が持って来た。

「城之助先生。大変です」

「何が大変なのだ?そんなに蒼い顔をして」

「照山峻三は矢張り、政府の密偵でした。三浦先生の言う通りでした。三浦先生は照山が鬼石町自由党演説会で長沢先生の『学問一般について』の講演を行い、長沢先生や新井愧三郎らの演説と共に集会条令に違反すると、照山を秘かに逃亡させ、秩父の村上泰治の家に連れて行きました。そして村上泰治の家で、照山峻三、村上泰治、中庭蘭渓、若林真十郎、三浦先生、それに俺の六人で酒を飲みました。その時、三浦先生は照山に誘導尋問をかけたのです」 

桃之助のやりそうなことだ」

 城之助は笑った。だが亀吉は真剣だった。

「そうなのです。三浦先生は、鬼石で長沢先生や新井愧三郎、高津仲次郎がひどい目に遭遇しているであろうに、照山を煽てたんです。長沢先生の『地租軽減論』や照山先生の『学問一般について』の演説を褒め称え、中沢先生と照山が政府側に立ち、新政党を立ち上げれば、立派な政治家として中央で通用するに違いないと・・・」

 城之助は更に笑って言った。

「調子に乗った照山は、桃之助に乗せられて、尚も余分な事を喋ったというのだな」

「その通りです。照山は酒に酔って、宮部先生をはじめとする同志をののしりました。板垣退助の自由民権は薩長による維新政府に対抗しても、何の益も無いと。そして照山の友人である警視庁差回しの国事探偵によれば、群馬自由党決死派の逮捕は、四月十五日だとほのめかしたのです。だから秩父自由党員諸君は、大隈重信に取り入って、うまくやっている渋沢栄一のように鞍替えすべきだと・・・」

 亀吉の、その話を聞いて、流石の城之助も慌てた。

「四月十五日といえば明日ではないか!」

 まずい。余りにも早すぎる。用心していたことだが、藤田錠吉殺害事件が、思わぬ方向へ発展してしまったようだ。

「はいそうです。明日です。更に照山は喋りました。群馬の主な逮捕予定者は、山崎重五郎、久野初太郎、深沢寛一郎、新井愧三郎、吉田文蔵、長沢八郎、清水永三郎だと・・・」

「吉田文蔵とは誰だろう?」

 城之助には吉田文蔵の名が気にかかった。亀吉も吉田文蔵の名前を聞いた時、もしやと思ったらしい。

「俺も聞いたことの無い名なので、もしや政造先生のことではないかと照山に、〈吉田文蔵とは何処の誰か〉と質問しました。すると照山は〈私も知らない人物だ。私の聞き違いかも知れない。下田文蔵だったか、吉田政蔵だったか、はっきり覚えていない〉と言うのです」

「まさか、政造の名が・・・」

 二人とも不安な顔をした。しかし政造は自由党員では無い。別人であろう。心配したところで、どうなるものでも無い。

「それで桃之助はどうした?」

「三浦先生は照山が国事探偵に加担していることを確認するや、中庭蘭渓と若林真十郎を家に帰し、俺と泰治の妻、おはんさんに照山の御酌をさせておいて、照山を殺そうかと泰治に持ち掛けました」

「それで桃之助は、照山を殺したのか?」

 亀吉は首を横に振った。

「いいえ。泰治は言いました。〈照山は俺と南関蔵、岩井丑五郎の三人でやるから、三浦先生は早く甘楽に戻って、仲間を逃亡させてくれ〉と・・」

「そうか」

「三浦先生は泰治の意見に納得すると、翌朝、俺と一緒に甘楽に戻ることにして、俺と富岡で別れました。三浦先生は自由党員に声かけした後、一之宮の光明院に寄って、仲間と逃亡すると言っていました。俺は三浦先生の命令に従い、安中経由で、ここに戻って参りました」

「ご苦労であった」

 城之助は、亀吉からの報告を聞いて、今は動かないで、じっとしていることだと思った。警察の動向を的確に把握し、臨機応変に対処するのが賢明であると考えた。亀吉は城之助から、何か指示があるかと思ったが、指示が無いので訊いた。

「城之助先生。これから同志に連絡したいと思いますが、どう致しゃしょうか?」

「連絡の必要はない。お前がちょこちょこ動けば、怪しまれる」

「でも清水永三郎先生や吉田政造先生に、このことを・・・」

「清水永三郎は江戸へ行ってしまった。吉田政造は自由党員じゃあ無い。俺は博徒。警察が来ようが、何しようが、俺たちは自由党とは全く無関係だ。何も慌てる必要は無い。誰にも知らせるな。亀吉。お前が逃げたいと思っているなら、信州依田の信五郎親分のところへ行け。光明院の安兵衛たちも、そっちへ逃げるだろうから・・・」

「でも・・」

「分からぬ奴じゃな。何をぐずぐずしている。早く行け!」

 城之助に言われ、亀吉は急いで自宅に戻ると、家族にことの次第を告げ、直ぐに村を出た。翌十五日、甘楽の小林安兵衛、三浦桃之助、神宮茂十郎ら十七名の自由党員は身の危険を感じ、下仁田から秩父に向かって逃亡した。ところが秩父に入ろうとする十八日、秩父の若き党員、村上泰治が、、密偵、照山峻三を杉の木峠で殺害したとの情報が入り、警察が秩父に殺到しているということから、慌てて進路を変更した。一行は神流川沿いに白石から十石峠を越え、佐久へと逃れた。

 

 

          〇

 政府の密偵、照山峻三を杉の木峠で射殺した村上泰治は、秩父宮郷に住む侠客、田代栄助宅に逃れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波濤を越えて『応神の巻』⑤

■ 宋及び呉との交流

 

 応神二十五年(420年)三月、百済の直支王が逝去した。直支王は倭国に人質として送られ、その後、倭国の兵に伴われ帰国し、百済王に即位して、東晋から使持節、鎮東将軍、百済王に冊封され、東北に沙口城を築くなどして、頻繁に威嚇を繰り返す高句麗への対抗姿勢を見せていた。その直支王の死は百済国内での不安と権力抗争の原因になりかねなかった。任那からの急使の知らせを受けた中臣烏賊津は、直ちに百済、直支王の逝去を応神天皇に報告した。

「陛下。大変で御座います」

「烏賊津。何をそんなに慌てている。そちらしく無いぞ」

百済の直支王様が薨じられました」

「何じゃと!」

 中臣烏賊津の報告に、応神天皇は驚嘆の声を上げた。十六年前、互いの活躍を誓って別れた、あの直支王が死んでしまおうとは。

任那の木羅斤資が、逸早く駈けつけ、百済の佐平、余信と国政を執っているとのことです。後継を誰にすべきか、陛下の御指示をいただきたいとの事で御座います」

「ならば、直支王の長男、久尓辛王子を百済王に任ぜよ」

「久尓辛王子様は、まだ若う御座います」

「朕も若くして即位した。任那から木羅斤資が行って補佐をすれば、立派に国王の役目を果たすことが出来る。それに解丘や張威という立派な臣下がいるではないか。久尓辛王子を百済王に任ずるよう、任那の真若大王と木羅斤資に伝えよ」

 応神天皇の指示は明確であった。烏賊津は応神天皇の直支王に寄せる気持ちを察した。

「分かりました。早速、使者にその旨を伝えましょう」

「して直支王の死は倭国以外にも報じられているか?」

「今のところ、高句麗新羅には勿論のこと、百済国民にも、秘密になっているとのことです」

「それが良かろう。半年間、このことを秘密にしておくよう、百済任那に伝えよ」

 応神天皇は直支王の死を、半年間、隠蔽するよう烏賊津に命じた。

「しかし、いろんな国民行事が御座います。その時はどう致しましょう」

「木羅斤資の息子、木満致に直支王役を命ぜよ。彼なら年齢も近かろう。きっとうまくやるであろう」

「それは名案に御座います。木満致であれば、立派に直支王役を演ずることが出来ましょう」

 中臣烏賊津は、応神天皇の咄嗟の判断に感心した。確かに直支王に似たところのある木満致は直支王の代行を務めるのに適任かも知れなかった。応神天皇は、直支王の後継を支持してから哀しい顔をした。

「それにしても、人の命とは果敢無いものだ。数年前まで、寝食を伴にしていた朋友を失おうとは・・・」

「誠に哀しいことです。私も直支王様が倭国に滞在中は、時々、百済について語り合った間柄。陛下と同じく、人の命の果敢無さを感じております」

 応神天皇は天を仰いだ。

「直支王は誠実な男であった。あの時は朕も若かった。三年という短い月日であったが、彼とは政治や学問について、しばし時を忘れ、議論し合ったものだ。もう十六年にもなろうか。昔のことであるが、まるで昨日の事のように思い出される」

「我が国からの援護もあってか、直支王様は百済国王として、立派に、その職責を果たされました。高句麗や燕や新羅の攻撃を受けながらも、立派に国を守り、平和な時代を創って参られました」

「彼はまた外交も上手であった。必要とあらば、沢山の若者を他国に派遣した。朕の要請により、阿直岐王仁、真毛津ら、沢山の優秀な者たちを、倭国に派遣してくれた。朕と彼とは何とも言い難い友情の糸で結ばれていた。朕と彼とが力を合わせれば、世界は意のままになると思って来た。それが・・・」

 応神天皇は窓辺に凭れて、涙を流した。烏賊津にとって、応神天皇の涙を見るのは、武内宿禰が亡くなって以来のことであった。

「残念なことで御座います。しかし哀しんでいては直支王様も喜んでくれないと思います。私達は直支王様の推進して来た政治を、久尓辛王子様に継承してもらわねばなりません」

「その通りである。その為に何か良い方法があるか?」

 応神天皇の問いに烏賊津は即答した。

倭国の若者を、久尓辛王子様の側近として、数名、派遣致しましょう」

「それは良い考えじゃ。早速、その人選に入れ」

「若者の人選は王仁先生に、お願いしようと思います。王仁先生の弟子の中から優秀な者を選出してもらおうと思います」

「物部大前や大小橋や大伴室屋も、その仲間に入れよ」

 応神天皇百済の派遣者を指名した。烏賊津は自分の息子、大小橋を指名され、驚愕し、慌てて反論した。

「それは王仁先生の選定されることです。陛下の御指示通りに行くかどうか?」

「朕の命令じゃ。大臣の息子を数名、加えよ」

 応神天皇は一徹であった。言い出したら聞かない。

「分かりました」

 中臣烏賊津は応神天皇の指示に従い、大臣の息子を含む七人の若者を王仁博士に選出させ、百済の使者と同道させることにした。

 

 

          〇

 倭国王応神天皇の御許可を得て、久尓辛王子が百済王に即位した。久尓辛王は年が若かったので、百済の解丘や張威ら重臣と一緒に、任那の木羅斤資が、その補佐に当たった。八月、その百済から、再び、応神天皇のもとへ使者がやって来た。やって来たのは、任那百済の国政に加わる若き朝臣、木満致であった。その来訪に驚いた葛城襲津彦は先ず、中臣烏賊津に、木満致を会わせて、応神天皇への面会を要請した。それを受けて中臣烏賊津は応神天皇に木満致の来訪を伝えた。

「陛下。百済より、木羅斤資の息子、木満致がやって参りました」

 突然の百済からの使者の来訪に、応神天皇は唖然とした。

「何事であろうか。中央院に通せ」

「では、中央院にお連れします」

 中臣烏賊津が、そう答えて消えると、応神天皇は侍従らと一緒に中央院に移動した。応神天皇が大三輪鴨積、羽田八代らを臨席させて待っていると、中臣烏賊津が、百済の要人、木満致を御前に案内した。木満致は部屋に入って来るなり、応神天皇の前に平伏し挨拶した。

応神天皇様。任那の木羅斤資の長子、木満致に御座います。お久しゆう御座います。父からの書信を持って、やって参りました」

「おおっ、木満致。直支王の代役、御苦労であった。木羅斤資は元気か?」

「はい。百済の内乱を鎮める為、久尓辛王様の補佐に専念しておられます」

「して木羅斤資からの書信の内容とは何か?」

 木満致は、そう問われて、父、木羅斤資からの書信を応神天皇の侍従に渡し、来訪の目的を、応神天皇に伝えた。木満致の口から出た言葉は驚くべき情報だった。

「百五十六年の歴史を持つ晋国が滅びたことの知らせです」

「何じゃと。晋国が滅びただと。信じられぬことじゃ。三年前、朕の朝貢に対し、晋の安帝は、朕に細笙や麝香を下されたではないか。その安帝の治める国が滅びたとは信じられぬ」

「信じられぬことですが、晋国が滅びたことは事実です。その安帝は北伐軍の首将、劉裕の差し金により、殺されてしまいました。そして劉裕の指示で、司馬徳文が恭帝として帝位に就いたとのことです」

「すると晋帝は恭帝になったということか」

「いいえ。その恭帝劉裕禅譲を求め、劉裕宋王朝を建てました」

 木満致は、複雑な政権交代の経緯と宋王朝の成立を説明した。

劉裕?」

 応神天皇は偉大な晋国を滅亡させた男の名を呟いた。何と大胆で恐ろしいことをする男がいることか。

劉裕は江南の京口の生まれで、晋の実権を掌握し、安帝より帝位の禅譲を受けた楚の桓玄を滅ぼし、安帝を復位させ、名を挙げました。それから北方の異民族に奪われた領土を取り戻す為、北方に征服戦争を試み、まずは南燕を滅ぼしました。更に北進を続け、洛陽、長安を攻め、長安に都を置いていた姜族後秦を滅ぼし、そして、ついには安帝の後を継がせた恭帝禅譲をすすめ、晋をも奪取し、宋王朝を立てたのです」

「そんなに勇ましい男が晋に現れたのか。となると、再び大陸は戦乱になるのか?」

「いいえ。むしろ落ち着きを取り戻したと言っても良いでしょう。白痴に等しい安帝による晋国の統治は、所詮、無理だったのです。民衆のついて来ない政治は長続きしません。それに比較し、劉裕は民衆の心を知っており、沢山の民衆が彼を支持し、彼と共に行動しました。劉裕の為に多くの兵が命を捧げ、誰もが懸命に働きました。結果、晋国は崩壊し、宋王朝の誕生となりました」

 木満致は劉裕の政治の素晴らしさを応神天皇に語った。応神天皇劉裕の政治的手腕に感心した。

「政治とは、そういうものじゃ。民心を捕えていなければ良い政治は出来ぬ」

 応神天皇が、そう言って頷いている間に中臣烏賊津が口を挟んだ。

「それで満致殿。木羅斤資殿が陛下に進言するようにと伝えられた事とは如何な内容ですか?」

 中臣烏賊津は木羅斤資が木満致を派遣した最大の目的を知りたかった。木満致は素直に答えた。

「はい。書信を読んでいただければ分かると思いますが、宋王朝の成立と宋王になられた武皇帝劉裕倭国より朝貢の使者を出して欲しいとのことで御座います」

倭国からか?」

「取敢えず百済から出したいとのことです」

 百済の国政を補佐する木羅斤資の要請に対し、応神天皇は、木満致の言葉を聞いただけで、即座に結論を出した。

「良かろう。百済から朝貢の使者を出せ。また王仁先生の選出により、留学させている若者を数人同行させよ。そして、宋の武帝劉裕なる者が、如何なる器量をしているか、調査させよ。その報告を聞いてから、倭国からの朝貢を出すか考える」

「それが賢明だと思います。如何に晋国を滅ぼした国であっても、そう軽々と朝貢したのでは、倭国の権威が無くなります。高句麗の動向を見ることも必要でしょう」

 中臣烏賊津は倭国の威厳を重んじた。応神天皇も同じ考えであった。

倭国は今や、任那百済新羅加羅は勿論のこと、琉球、沃沮などから朝貢が来る国となった。これはひとえに国民の努力によるものである。これから更に諸外国との交流を深め、倭国の存在と信用が高まれば高まる程、多くの国が倭国朝貢して来よう。何も早まって宋への使者を送ることは無い」

「その通りです。満致殿。百済に戻り、父上に伝えるが良い。宋への朝貢の使者に倭国の若者を同道させ、倭国の存在を、宋の武帝に深く伝播すべしと・・・」

 中臣烏賊津は倭国の存在の偉大さを、宋王朝に強調するよう木満致に命じた。

「分かりました。木満致、百済に戻り、父には勿論のこと、宋への朝貢の使者に、直接、このことを伝えましょう」

 応神天皇も念押しした。

「そうしてくれ。倭国神武天皇建国以来、諸外国から沢山の朝貢を受け、また沢山の人たちが移住して来た。倭国は東海に浮かぶ美しい国であり、その昔、秦始皇帝の命令を受けた方術士、徐福が不老不死の仙薬を求めて辿り着いた国でもある。小鳥が囀り、四季折々の花が咲き、実に住み心地の良い国である。百済はこの倭国に毎年、朝貢している。宋の武帝王も倭国との交流をされては如何かと、宋への使者に宣伝させよ」

 応神天皇倭国の素晴らしさを木満致に伝えた。更に烏賊津が続けて言った。

「その通り。倭国百済新羅任那加羅、沃沮、琉球などから朝貢を受けている東海の大王国である。そしてその大王国は、伊狭沙大王、応神天皇様がお治めになっておられる。大王様の御母は百済の辰斯王、新羅の奈勿王、高句麗の故国壌王もひれ伏した程の高貴な女王で、東方諸国を統治する偉大な女王であり、まさに日出ずる国の輝くばかりの女王であった。応神天皇様は、その神功皇太后様の威信を受け継ぎ、東方の大王として君臨している。宋王朝の安泰の為には、倭国との交流が必須である。このことを、宋の武帝にはっきりと伝えよ」

「分かりました」

 木満致は、宋の武帝の即位の報告と百済から宋の武帝朝貢の使者を送ることの了承を得ると、応神天皇や大三輪鴨積ら重臣に深々と頭を下げ、中央院の部屋を出た。それから、紀角鳥足に依頼し、祖父、武内宿禰の眠る室宮の墳墓をお参りした。そして休む暇無く、三日後に百済に向かって帰国した。

 

 

          〇

 百済宋王朝への積極的な行動は倭人も加わり、高句麗の長寿王にとって気がかりでならなかった。また、その百済の背後にいる倭国の誇張した態度は、大陸にあって絶えず周辺諸国の変化に気を配っている高句麗にとって、恐怖の対象でもあった。高句麗、長寿王は、時々、目に見えぬ倭国の動きに頭を悩ませた。

「孫漱よ。今や我が高句麗より分裂した百済新羅は、完全に倭国王、讃の支配下になってしまった。このことは私がどんなに地団駄を踏んだとて明白なことであり、如何んともし難い。私は父、広開土王に対し、誠に申し訳ないと思っている」

 そんな発言をする長寿王に側近の孫漱は頭を横に振って言った。

「何を申されます。そのような事は御座いません。長寿王様は広開土王様に劣らぬ沢山の功績を残されておられます。卑下されることは全く御座いません。碑麗、挹婁への領土拡大、広開土王陵の建立、燕王たちの高句麗への朝貢、東扶余、楽浪、帯方への侵攻、素晴らしい功績ばかり残された使持節、征東将軍ではありませんか」

 長寿王の側近、孫漱は弱気になっている高句麗王を励ましたが、長寿王はすっきりした気持にはなれなかった。

「お前が今、述べたことは、国王として当然やるべき仕事であって、私は決して自分の功績とは思わぬ。臣下や民がやってくれたことだ」

「長寿王様が思わずとも、私を始めとする国民が、長寿王様の功績と思っております。功績というものは、御自分で決めるものでは御座いません。他の者が決めることで御座います。他の皆が長寿王様の功績は偉大だと思っているのですから、間違いなく長寿王様の功績です」

「しかしながら倭国王、讃は倭人を諸国に配置し、着実に大陸での足固めをしている。もし彼が我が高句麗をさしおいて、北魏と手を結ぶようなことがあったなら、それは一大事である。高句麗倭国支配下になりかねない。それを防ぐには如何がすべきと思うか?」

 長寿王は倭国の半島から大陸への進出を恐れていた。倭国を東海の海中に留めて置きたかった。その長寿王に問われ、策士、孫漱は長寿王に名案を提言した。

倭国王、讃は海中の王。世界の動きを知るのに遅れております。これ以上、大陸に深入りされては困ります。それを阻止する為の名案があります」

「名案?」

高句麗より倭国王朝貢することです」

「何と。高句麗倭国朝貢?話が反対ではないか。倭国から高句麗朝貢させるのが本筋であろう」

 長寿王の顔が引き攣った。策略とはいえ、倭国朝貢することは、長寿王にとって、受付け難いことであった。

「長寿王様が不服に思われるのは分かっております。それを曲げて、高句麗より倭国朝貢することが、今回の策謀なのです」

「それは、どういうことか?」

倭国王、讃をうぬぼれさせることです。こちらから朝貢の使者を派遣し、彼らを盲目にさせることです」

「盲目にさせる?」

 策士、孫漱は長寿王の顔を覗き込んで冷たく笑った。完全に己の陰謀に酔っている風情だった。

「つまり、こちらから倭国に使者を送り、倭国の使者を求めぬことです。求めれば賢い倭国王のこと、きっと木羅斤資のような優秀な将軍を使者に派遣するでありましょう。そして、高句麗の国情をたちまち把握し、北魏と手を結ぶに違いありません。それをさせないことです。盲目にさせるとは、このことです」

「お前の申す通りかも知れぬ。その昔、倭国は魏と交流が深かった。倭国女王、卑弥呼の母親は魏の曹操の娘、麗英公主であった聞く。後の倭国内乱により倭国は魏と国交断絶となり、一時、燕王との交流もありはしたが、交流の少ない今日に至っている。何かのきっかけがあれば、両国は急接近するかもしれない。それを避ける為、高句麗朝貢の使者を倭国に送ることは、確かに両国を接近させない為の最高の策略かも知れぬ。倭国の者は我が国を経由しなければ北魏には行けぬ。北魏への入国を我らが阻止すれば、それで良いのじゃ。お前の申す通り、倭国朝貢の使者を派遣しよう」

 孫漱の提案に長寿王はしぶしぶであるが同意した。孫漱は満足だった。駄目かと思っていた提案が認可されたのである。

「私めの考えを御理解いただき、孫漱、喜び、この上ありません。高句麗倭国の侵略を防ぐ為には、倭国を手なずけておけば良いのです」

「確かに倭国王、讃は、お前の言う通り、国外に出ず、世界の動きを見るに弱い。宋への朝貢もしておらぬようだ。もしかしたら、宋王朝が誕生したことを知らぬかもしれぬ」

「それに較べ、世界の動きに敏捷なのは長寿王様。晋の相国、劉裕が、宋の武帝として即位されるや、速やかに慶賀の使者を送り、宋王朝の信頼を掴み取り、一方では、魏の明元帝と主従関係を結ぶなど、まさにその外交力は、高句麗の国威を高める為に、大いに役立っております」

「いずれにせよ、高句麗繁栄の為には、倭国王、讃を南東の島国に閉じ込めておくことである。その為であるなら、勿体無いが、高句麗より倭国朝貢の使者を送ろう」

 かくて高句麗、長寿王は倭国朝貢の使者を送ることを決定した。

 

 

          〇

 応神二十六年(421年)、百済から任那に戻った木羅斤資のもとへ、息子、木満致が百済からやって来て報告した。

「父上。宋に赴いた解丘からの報告によれば、宋の武帝劉裕は、即位し、朝貢を受けるや、高句麗王と百済王に昇進の詔をされたとのことです」

「何と!」

高句麗の使持節、都督営州軍事、征東将軍、高句麗王、楽浪公の璉と百済の使持節、都督百済諸軍事、鎮東将軍、百済王の映は、両者とも辺境にあって、遠方より貢物を納めている。今、新たに宋朝を始めるにあたり、この国慶を共に分かち合うように、高句麗の長寿王、璉を征東大将軍とし、百済の直支王、映を鎮東大将軍とする。また、都督、王、公の諸号は、もとのまま認めるとの詔とのことです」

 木満致は、高句麗王と百済王がそれぞれに将軍から大将軍に昇進したことを父に告げた。

「して、倭国応神天皇様については、何の音沙汰も無かったのか?」

「ありました。倭国王、讃は高句麗百済の東南の大海の中、万里の彼方から貢物を納めている。遠くにありながら忠誠を尽くすのは、顕彰に値する。よって宋朝創業に当たり、使持節、都督倭、任那加羅、三国諸軍事、安東将軍、倭国王の爵号を与えるとの詔だったとのことです」

「何ということか。となると応神天皇様は、高句麗王や百済王よりも将軍号が下位ということになるではないか」

 木羅斤資は息子、木満致からの報告を聞いて激怒した。正式な倭国からの朝貢使を出さなかったのが、この評価となったのだろうか。それにしても、このような宋朝の叙勲評価を黙認する訳には行かなかった。木満致も父の思いと同じだった。

「その通りです。宋の武帝劉裕は、倭国のことを全く理解しておりません」

「このことを応神天皇様が知ったなら、激昂するであろう。この詔のあったことについては、秘密にしておかねばならぬ。何としても応神天皇様の将軍号を、高句麗王や百済王以上にせねばならぬ」

「また宋の武帝は、百済王が久尓辛王様に代わっていることを知っていません。まだ直支王様が百済王だと思っています」

 木羅斤資は宋に派遣した百済の解丘のことを脳裏に浮かべた。

「解丘は何故、これらの事実を武帝に伝えなかったのであろうか。倭国の者も同行していた筈なのに。これでは倭国の存在は塵のような扱いだ」

「もしかすると、解丘は、百済倭国の上に立つ国として、宋に伝えているのかも知れません。倭国の者が異国へ伝える言葉を理解していないので、倭国のことが、応神天皇様の要望通りに伝えられていない可能性があります」

 木満致は、応神天皇の意見に従い、宋朝倭国使節を派遣しなかったことを後悔した。木羅斤資が思案する木満致に提案した。

「ならば我らは倭国、自らの使者を立てよう。そして応神天皇様の将軍号を格上げしてもらおう。また百済倭国王応神天皇様の御指示により、直支王の後を久尓辛王が継がれたと伝えよう」

「それが良かろうかと思われます。して、誰を倭国の使者として派遣しましょうか?」

「お前に心当たりはあるか?」

 父の問いに木満致は、あらかじめ心に決めていた人物の名を挙げた。

「中臣烏賊津様の息子で、久尓辛王様の側近を務める大小橋という若者がおります。また我が国にも、大小橋と一緒にやって来た倭国の留学生がおります。彼らを宋への使者として、派遣しては如何でしょうか?」

「成程。中臣烏賊津殿の息子、大小橋を倭国朝貢の使者として、宋へ送り込むか。少し若すぎはしないか?」

「彼は若いながら父親に似て、しっかりしています。正しいものは正しいとし、悪いものは悪いと断言する、正々堂々としたところがあります。また広い知恵と勇気を兼ね備えております。熟年の言葉の分かる補佐役を同行させれば、充分に大役を果たして帰る筈です」

 木満致は一年前より百済に来て、久尓辛王に仕えている中臣大小橋らを推挙した。息子、木満致が自信をもって説得するのを聞いて、木羅斤資は同意した。

「良かろう。宋への朝貢の使者は大小橋に決めた。彼には倭国王の使者、司馬曹達と名乗らせよ。そして宋の武帝劉裕王に倭国王、讃、応神天皇様は東海の大王であり、百済新羅任那加羅の守護者、伊狭沙大王であると、明快に奏上させよ」

「分かりました。大小橋に司馬曹達と名乗らせ、応神天皇様に宋の武帝劉裕王から、使持節、都督倭、百済新羅任那、秦韓、慕韓、六国諸軍事、安東大将軍、倭国王としての官爵を授与されんことを請願させましょう」

「そうしてくれ。そうでないと、我ら親子の面目が立たぬ。何の為に我らが任那にあって百済新羅の監督を仰せつかっているのか分からなくなる。それにお前は、久尓辛王の母を通じ、無礼が多いと噂されている。注意せよ。名誉を挽回するのは今である」

 この任那での木羅斤資と木満致の会談により、百済に派遣されていた中臣大小橋ら四人は、倭国朝貢しとして、宋へ派遣されることになった。朝貢の品々は任那で準備した。だが、この朝貢は失敗に終わった。一度出した詔を、そう易々と短期間に変更出来ないというのが、その理由だった。

 

 

          〇

 応神二十八年(423年)秋、九月、高句麗の長寿王は、倭国に使者を送り、応神天皇朝貢した。この高句麗からの朝貢に誰もが驚いた。

「陛下。高句麗、長寿王様からの朝貢の使者が参りました」

通訳の阿直岐を連れて会議室に入って来た平群木菟の報告に、応神天皇は仰天した。

「何と。高句麗、長寿王からの使者が参っただと。一体、どうした風の吹き回しか?」

 すると阿直岐が使者から聞いた高句麗王の目的を、応神天皇に報告した。

高句麗は、かって倭国と東方で、その覇権を競い合って来ましたが、今や人民は戦さの無い平和を希望しており、長寿王は争うことが無益であると悟ったとのことです。そして長寿王様は、その平和を招来する為には、御自分と応神天皇様が手を組むことであると気付き、この度の倭国への朝貢を決断されたとのことで御座います。お会いになられますか?」

「皆は、どう思う?」

 応神天皇は部屋で打ち合わせしていた大臣たちに質問した。中臣烏賊津が、即座に答えた。

「まずは、お会いされては如何でしょう」

 ところが、最近、朝議に参加するようになった幼な顔の残る菟道若が父王に進言した。

「父上。高句麗は長い間の仇敵。会う必要は御座いません。追い返しては如何がですか?」

 応神天皇の皇子、菟道若は父王が高句麗の使者に会うことに反対した。中臣烏賊津は遠くからやって来た高句麗の国使を、簡単に追い返してはならぬと思った。烏賊津は菟道若の進言に反対した。

「追い返すのは、頭を下げて倭国王朝貢使を送って来た高句麗、長寿王に対し、無礼というものです」

「烏賊津臣よ。高句麗、長寿王は兄、大雀皇子の伯父、真若大王様を苦しめている憎き仇敵であるぞ。その仇敵からの使者を、易々と受け入れて良いというのか?」

 烏賊津は返答に窮した。それを見て菟道若の師匠、王仁が烏賊津に味方した。

「菟道若様。倭国王高句麗百済を超越した東方の大王。寛大であらねばなりません。それに来訪したのは長寿王本人では無く、その使者です。そんな使者に息巻いたところで、何になりましょう。東方の大王として厚情をもって優しく使者を迎え入れるのが、大王の器量というものです」

 菟道若は恩師から諭され、反対することが出来なかった。応神天皇は会う事を決断した。

王仁先生の言うのが道理である。使者に会おう」

「では高句麗からの使者を、中央院にお呼びしましょう」

 そう言って、平群木菟阿直岐に合図した。阿直岐は急いで部屋から退出して行った。応神天皇は一同に伝えた。

高句麗の使者は百済の更に向こうにある遠い国からの使者である。大事に持て成せ」

「ははっ」

 一同は応神天皇の命令に深く頭を下げた。それから皆そろって中央院に移動した。中央院の広間に一同が集まると、会議室から退出しえ行った阿直岐が、高句麗の使者を連れて現れた。

「陛下。高句麗、長寿王様の御使者を、お連れ致しました」

「久礼波殿。もっと前へ」

 前もって久礼波に面談していた平群木菟が久礼波の気持ちを和らげるように言った。久礼波は礼儀正しく、応神天皇の前に平伏すると、同僚と共に応神天皇を見詰め挨拶した。

応神天皇様。初めてお目にかかります。高句麗、長寿王の使者、久礼波に御座います。ここに控えますは、同行者、久礼志です。よろしく、お見知りおきの程、お願い申し上げます」

「久礼志です。よろしくお願い申し上げます」

 二人からの挨拶を受け、応神天皇は胸を張り、高台から高句麗の使者を見下ろし仰せられた。

「久礼波、久礼志、両名、遠路、はるばる大儀であった。朕は両名に会えて、大変、嬉しい。長寿王の使者として参ったとのことであるが、大海を渡っての旅、苦労が多かったであろう。よくぞ倭国に来てくれた」

 応神天皇の優しい眼差しに、久礼波の心は喜びに満たされた。

「我が高句麗の長寿王様は、南東の海中に浮かぶ倭国という列島に、応神天皇様という聖王がおられると聞き、親交を結びたく、我ら両名と従者を、朝貢使として、お遣わしになられました」

 久礼波が挨拶すると、久礼志が部下に貢物の品々を部屋に運び込ませた。

「これらは長寿王様からの朝貢の品々です。金銀製の食器、刀剣、鏡、楽器、絹綾織物などです。篤と御覧下さい」

 差し出された貢物に応神天皇は満足した。とりわけ、眼前に広げられた朱色の織物に心を動かされた。

「見れば見る程、総てが高価な珍品ばかりである。心から感謝する。特に、その朱色の織物は朕の好むところである。その織物は高句麗で織っているのか?」

「これは呉の織物です。これらの物を織れる者は、呉の地に数名しか残っていないとのことです。これは長寿王様が応神天皇様の為に、わざわざ呉から取り寄せたものです」

「そうであるか。有難く思う。朕が喜んでいたと、長寿王に伝えよ」

 応神天皇高句麗、長寿王の心尽くしに、只管、感心するばかりであった。そんな応神天皇の様子を窺いながら、久礼波が長寿王の書簡を差し出した。

「これは長寿王様からの書簡です」

 応神天皇は久礼波から書簡を受け取ると、颯っと開いて、読み上げた。

高句麗の王、倭に教えるだと?」

 応神天皇は、最初の一行を読んで沈黙した。応神天皇の皇子、菟道若の顔色が変わった。高句麗王からの書簡を確認した。

「何ですって。高句麗の王、倭に教えるですって。何と無礼な上表文であるか。久礼波よ。お前は倭国との親交の為では無く、倭王に教え事があって渡海して来たのか?」

 菟道若は、そう叫ぶと、御前に伏せている二人に走り寄り、久礼波の襟首を掴んで、罵倒した。久礼波と久礼志は震え上がった。

「滅相もありません。私達は倭国の聖王、応神天皇様に御教授いただきに参ったのです」

「嘘を申すな。この無礼な表書きを良く見よ。教えると書いてあるではないか。習うとは書いてないぞ」

「教の文字も習の文字も同一の意味を持っております。教は上の人が教え、下の者が習うという交互作用を表す文字です。

 久礼波は熱心に弁明した。

「言い訳は聞かぬ。実に無礼である。久礼波よ、戻って長寿王に伝えるがよい。倭王の皇子に、その表書きを破り捨てられたと・・・」

 久礼波は言葉を失った。そして菟道若が長寿王の書簡を破り捨てようとすると、応神天皇が、それを制した。

「菟道若よ。久礼波の言う事が真実かも知れぬ。文字とは難しいものだ。これ以上、騒ぎ立てても笑われるだけじゃ。倭国の文化の遅れの恥を晒すでない」

「でも・・・」

「菟道若様。陛下の仰せの通りです。もし、それを疑うなら、高句麗に同じ上表文を持った使者を派遣し、長寿王の倭国に対する心を糺してみては如何ですか?」

 応神天皇に続いて、中臣烏賊津が、菟道若に具申した。菟道若は年配者に宥められ、心を鎮めはしたが、ことに対し、積極的であった。

「よろしい。早速、高句麗に使者を派遣しよう。伊莒弗よ。汝、行ってくれるな」

 菟道若は、広間の隅に控えていた物部伊莒弗に、高句麗への出張を指示した。それは若き伊莒弗にとって思いもよらぬ嬉しい要請であった。

「ははっ」

 物部伊莒弗は喜んで同意した、伊莒弗の父、物部五十琴は慌てた様子だったが、応神天皇は気にしなかった。

「ならば物部伊莒弗を高句麗への使者としよう。伊莒弗よ。高句麗派遣のついでに、百済に赴き、宋や北魏の情報を求めて帰れ。砥田盾人を正使とするので、副使として、随行せよ」

 応神天皇は砥田盾人と物部伊莒弗に高句麗への出張を命じた。それと共に、百済にも立ち寄るよう指示した。物部伊莒弗は応神天皇の前に平伏した。

「分かりました。物部伊莒弗、喜んで高句麗に参ります。久礼波殿、案内をよろしく頼みます」

 伊莒弗の言葉に高句麗の使者、久礼波の心は和らいだ。

「お易い御用です。長寿王様への疑いが晴れるなら、喜んで御案内致しましょう」

 かくて、砥田盾人と物部伊莒弗が高句麗に遣わされることになった。

 

 

          〇

 応神三十年(425年)百済の久尓辛王の側近を務め、百済に駐留している中臣大小橋は、宋の武帝が三年前に突然、亡くなり、宋への朝貢の機会を失ったままでいた。十七歳で武帝の後を継いだ少帝、劉義符は、放蕩者であった為、四人の大臣に廃帝され、その弟、劉義隆が文帝となるまで、時間がかかり、中々、宋朝に訪問出来る状況で無かった。ところが功臣、檀道済が三大臣を殺し、朝廷人事が刷新されると、宋朝は安定し、異国からも訪問可能になった。ようやく機会を得た大小橋は宋の文帝に倭国の産物を献上することにした。大小橋は司馬曹達と名乗り、百済から山東半島を経由して建康の都に訪問した。この遠い倭国からの朝貢を、宋の文帝は心から喜んだ。

「司馬曹達よ。何を遠慮している。顔を上げ、もっと近う寄れ」

「ははっ」

 中臣大小橋は文帝の前に進んだ。利発そうな倭国の使者に向かって、文帝は言った。

倭国王、讃は大海に船を浮かべ、荒波を乗り越え、貢物を本朝に納め、誠意を示してくれている。なのに朕は不徳であるにも関わらず帝位を受け継ぎ、その恩沢を受けている。実に有難いことである。本来なら、この礼を申し述べる為、倭国に使者を派遣すべきであるが、何しろ、大海を渡る難業。誰も、その役目を引き受けてくれぬ。それ故、倭国に使者を派遣しないが、倭国王、讃の誠意は充分に理解している。司馬曹達よ。この朕の気持ちを、讃に伝えよ」

 文帝も才気煥発な若き帝王として、倭国朝貢の使者に対面した。大小橋は、相手が若き帝王であると知ると、積極的に倭国の偉大さを宣伝した。

倭国王は東海に浮かぶ広大な列島に王都を構え、国内の諸藩は勿論のこと、百済新羅加羅、秦韓、任那耽羅を統治する大王として、君臨しておられます。それ故、最近では、高句麗王も燕王も琉球王も倭国に貢物を納めている次第です。文帝様。宋王朝の安定を計る為には、倭国王、讃を軽んじては、良くありません」

 大小橋の説明に、文帝は幾分、狼狽するような小心さを見せて尋ねた。

「それは、どういうことか。倭国に宋の使者を派遣せよというのか?」

「左様に御座います。国使の交流に御座います。倭国王、讃が高句麗百済他、多くの国を制圧し、統治されている大王なればこそ、ここのところは、使者を派遣されておかれることが、得策かと思われます」

 それを聞くや、文帝に仕える大臣、謝霊運が大声を上げた。

「何と無礼であるぞ。文帝様に倭国朝貢を要求するのか?」

 まさに威嚇の発言であった。だが大小橋、司馬曹達は怯まなかった。

「いいえ。司馬曹達、倭国朝貢を要求しているのではありません。倭国に対し、高句麗百済以上の配慮をしておくことが、宋朝にとって、賢明であるかと、申し上げたまでです。倭国に対し配慮されるか否かは、貴国が判断されることです」

 大小橋の進言に謝霊運の顔が怒りに燃えて、赤味を増して染まって行くのが、はっきりと分かった。それを見て、文帝は困惑した。すると別の大臣、檀道済が文帝に助言した。

「文帝様。司馬曹達の申すこと、検討に値すると思われます。ここで問答していては、話が前に進みません。倭国の話を、今少し伺いましょう」

「檀道済の申すことも一理じゃ。司馬曹達よ、倭国の話を続けてくれ」

 文帝の言葉を頂戴して、大小橋は、待ってましたとばかり、倭国がどんな国であるかを話した。

倭国はその昔、秦始皇帝が不老不死の仙薬を求めた程の古い国です。その住みやすさは例え様も無く、まさに長寿国です。仙薬を求めに訪れた秦の徐福も、国に戻るのが馬鹿らしくなって、倭国に永住し、倭国王に秦の文化を広めたという話です。現在、倭国を統治する王家は、扶余、東明王の後裔です。もとをただせば高句麗百済と同じ、扶余王の後裔であり、辰王家として尊敬されて参りました。三国時代の初め、辰王家は倭と加羅に分裂し、倭国の葺不合王の姉、卑弥呼は魏と、しばしば交流し、その使者、難升米と牛利は魏の将軍としても、活躍したとのことです。卑弥呼の母は、魏王、曹操の娘、麗英公主で、曹丕の姉君です」

倭国は、そんな古い時代から、大陸と交流していたのか?」

 文帝は大小橋の説明を聞いて、倭国の歴史の古さに感心した。

「また晋の時代に新羅王、儒礼が倭国に亡命し、倭国王、垂に仕えたとのことです。その後裔、倭国王、讃の母、神功皇太后は、女だてらに自ら甲冑に身をかため、海を渡り、属国、任那を経て、新羅、奈勿王を懲らしめ、百済、辰斯王をその配下に治め、高句麗、広開土王も恐れをなす程の東方の統治をなされたとのことです。そんなことがあってか、高句麗王、燕王、百済王、新羅王、加羅王、耽羅王、琉球王らは現在、倭国王、讃に、海を渡って貢物を送り続けている次第です」

「だから何だと言うのだ?」

 謝霊運は興奮し、ブルブル震えて、大小橋を睨みつけた。大小橋は尚も続けた。

「それ故、倭国王、讃は高句麗王や百済王より上位の爵号でしかるべき大王です。私は三年前、武帝様に、倭国王の爵号昇格の件を進言しに参りました。しかし、その時、武帝様からは、詔を発したばかりなので一年、待つようにと言われました。かかる経緯から願わくば賢明なる文帝様の御配慮をもって、倭国に使者を派遣し、倭国王に大将軍の爵号を与える詔を頂戴しとう御座います」

「何と大それたことを!」

 謝霊運は堂々と爵位の昇格を要求する倭国朝貢の使者に呆れ果てた。大小橋は情熱をもって文帝に迫った。

「私の申すことを、お疑いなら、百済の久尓辛に御問い合わせ下さい。久尓辛王は倭国王、讃の命により、百済王位を継承したのです。その倭国王百済王より下位にあるという事は、全くあべこべです。あべこべは正さねばなりません。私にはもうこれ以上、申し上げることは御座いません。倭国王を重んじるか否かは文帝様の御勝手です」

「何じゃと。百済王が久尓辛王じゃと?」

 文帝が驚きの声を上げた。

百済王は変わられたのか?」

 檀道済の問いに大小橋は凛然とした態度で檀道済に答えた。

倭国王、讃の命により、久尓辛王が百済王となられました」

 文帝は、それが事実か、謝霊運に訊いた。

「霊運は、この報告を受けていたか?」

「いいえ、全く知りませんでした」

 霊運は青ざめた顔色をして答えた。文帝は大小橋の次から次への説得に圧倒され、ついに大小橋、司馬曹達に約束した。

「汝の願い、良く分かった。諸大臣と相談の上、追って詔する」

「有難う御座います」

 かくて中臣大小橋の宋朝のある建康への訪問は成功し、倭国王、讃、応神天皇は、使持節、都督倭、百済新羅任那、秦韓、慕韓、六国諸軍事、安東大将軍の爵号を、宋の文帝より、頂戴することとなった。

 

 

          〇

 応神三十二年(427年)百済の久尓辛王が逝去した。その知らせを受けた任那の真若大王は、どうしたものかと応神天皇に使者、沙白を派遣した。それを聞いた応神天皇重臣たちは驚いた。余りにも若すぎる久尓辛王の死去に疑問を抱いた。情報が余りにも少な過ぎた。そこへ百済にいる中臣大小橋からの知らせが入った。百済国内で後継者を誰にすべきか重臣たちがもめており、大小橋は倭国と関係の深い直支王の系統を重視すべきであり、幼い久尓辛王の長男、餘比を後継に考えて欲しいとの要請だった。応神天皇は直ちに、その内容を許諾し、任那の真若大王に伝えるよう、沙白に伝えた。その報告を受けるや、任那の真若大王は木羅斤資に餘比を王位に就けるよう指示した。かくて直支王の次弟、訓解や末弟、碟礼の子孫を皇位に就ける話は消滅した。だが安心は出来なかった。何時、新王、毗有王餘比が、幼いが為に、反対勢力に追い落とされるか分からない状態だった。もしかしたら、倭国任那で造り上げて来た百済王朝は、誰かによって、なし崩しにされるかも知れなかった。その為、中臣大小橋は、毗有王が成長されるまで、その補佐役として、自分が百済に残っていなければならないと覚悟した。

 

 

          〇

 応神三十六年(431年)百済より、十年ぶりに木満致がやって来た。彼は今や百済の国政を執る大臣であった。

応神天皇様。お懐かしゅう御座います。陛下の光輝溢れる御尊顔を拝し、木満致、感無量で御座います。本日、父、木羅斤資の命令により、百済朝貢の使者として倭国にやって参りました」

「海を越えての朝貢、御苦労である。して百済の状況は如何か?」

 十年ぶりに会う木満致に、応神天皇は優しく訊ねた。木満致は拝伏しながら答えた。

「お陰様で今の百済は、至って平穏な日々が続いております。宋に対しては、一昨年、初めて毗有王餘比の名で貢物を献上しました。宋の文帝様は百済のことを大小橋様から教えていただいているとして、久尓辛王様と同じ爵号を授けられ、応神天皇様に協力し、東方の地の監督に努め励むよう指示されました。百済はまた、燕の馮弘との関係も良好で、北魏からの侵攻を何とか食い止めております」

 木満致の報告を聞いて、応神天皇は一安心した。気がかりなのは高句麗だった。

高句麗の様子は如何か?」

高句麗、長寿王は倭国と宋の接近を恐それ、北魏の太武帝朝貢使の派遣を検討しているようです」

 応神天皇は昨年、帰国した中臣大小橋より、北魏の存在を教えてもらってはいたが、詳細については知っていなかった。

「その魏の太武帝とやらは、長寿王が恐れる程の器量を持ち合わせているのか?」

 初めて聞く魏の太武帝の名に、応神天皇は興味を示した。木満致はその応神天皇の目を見て、自分も目を輝かせて答えた。

「魏の太武帝は夏国の赫連勃勃が統万で死ぬや、その子、赫連昌を襲い、夏国を魏の属国となし、更に西方への侵略に力を注いでおります。西方を領土に収めた暁には、東方を狙って来るに違いありません。それを恐れて、長寿王は魏とも秘かに交流しているようです。そういった見方からすれば、魏の太武帝は南にいる宋の文帝と並ぶ、北の大王と言えましょう」

「北の大王か。倭国も魏の太武帝朝貢の使者を派遣する必要があるだろうか?」

 応神天皇北魏への朝貢の使者の必要性を問うた。すると、木満致は即答した。

「その必要はありません。陛下は北魏、西蜀、南宋と並ぶ東倭の大王です。高句麗、長寿王のような八方美人になる必要はありません。高句麗を真似ることは愚かしいことであり、無駄なことです。長寿王の考えている事は全く理解不可能です」

 応神天皇は木満致の発言の中に、高句麗王に対する疑心暗鬼を洞察することが出来た。応神天皇は、ここ数年、倭国朝貢して来る長寿王の忠誠の程を思い、木満致に語った。

「満致よ。長寿王は長寿王で悩んでいるのじゃ。国内城から平壌への遷都も、魏や靺鞨による北からの侵攻を恐れてのことであり、王都の南への移動も、旧辰国や我が国との親交を深めたいとの考えであろう。それだけ倭国も、高句麗から頼りにされるようになったということじゃ」

「そう言われてみれば、そうかも知れません。何しろ魏の太武帝鮮卑拓跋珪の後裔であり、漢人を上手に操りながら、世界全土を統一しようと考えている恐ろしい男です。それ故、高句麗の長寿王も、その祖先を一緒とする扶余、東明王の後裔、倭国王に支援を頼もうと深慮して、接近を求めているのかも知れません」

 木満致は高句麗の状況の説明と共に、北魏の太武帝に対しても注意が必要であると奏上した。応神天皇は木満致の報告により、高句麗の窮状を把握した。

高句麗の状況は分かった。新羅の状況は如何か?」

 応神天皇は続いて新羅の状況について質問した。それに対し、木満致は、こう答えた。

新羅は父、木羅斤資により、完全に任那の統治下にあります。新羅、訥祇王は武庫の事件以来、任那倭国に忠誠を尽くし、倭国からの指示無しの外交を禁じており、倭国から帰った王弟、微叱許智王と協力し、高句麗からの従属的体制から脱却しようと努力しておられます」

「そうか。微叱許智王も無事、新羅の重役に就くことが出来たか。そうか。それは良かった」

「はい。微叱許智王は倭国の素晴らしさを国民に伝え、旧辰国の絆を深めるよう努力されておられます。そんな国王御兄弟のお陰で、新羅国民は平穏な日々を送っております」

「そうでったか。そちたち親子の努力に、朕も頭が下がる思いである。今回の来朝を心より歓迎する。今回は直ぐに帰らず、親者の多い倭国での滞在を楽しんで帰るが良い」

 応神天皇は木満致に感謝の意を伝えた。木満致は、応神天皇に種々の事を、お伝え出来て嬉しかった。

「有難き仕合せ。数日間、倭国に滞在し、再び百済に帰ります。もし出来る事なら、応神天皇様におかれましても、百済任那への外遊の機会を、お作り下さい。この木満致が、百済任那の御案内をさせていただきます」

「それは良い考えである。朕は海外に一度しか行っていない。一度、検討してみよう」

「ところで中臣大小橋、司馬曹達のことですが、父、木羅斤資の考えでは、そろそろ彼を倭国に帰国させては如何かとのことです。この御返事をいただいて帰るよう、父の指示を受けて参りました。御検討の程、よろしくお願い申し上げます」

 木満致は、現在、百済の毗有王の側近をしている中臣大小橋の帰国について応神天皇に相談した。すると応神天皇は訝しい顔をした。

「大小橋は毗有王の側近を務めるそちの部下ではないか?」

「はい。彼は毗有王様の側近として精励し、百済重臣たちからも信頼されると共に、倭国朝貢使として、宋の武帝や文帝のもとへ、幾度か訪問している有能な人物です。そんな有能な中臣烏賊津様の後継者を、何時までも百済に仕えさせておくのは申し訳ないと、父、木羅斤資は申しております」

「それは反対ではないだろうか。有能な人物なれば、百済は彼を手放すことが出来ないのではないだろうか。それとも大小橋が邪魔になったか?」

「滅相もありません」

 応神天皇の追及に、木満致は困惑した。応神天皇は笑って仰せられた。

「伝え聞くところによると、そちは久尓辛王の母と通じ、百済の政治を思いのままにしているとの噂もあり、評判が悪い。この際、百済のことは大小橋に任せて、そちが倭国に来てはどうか。そうすることが、倭国にとっても、百済にとっても、そちにとっても最良と思われるが・・・」

 応神天皇の言葉に、木満致は赤面した。何ということか。

「誰が、そんな噂を。でも悪評は自分の不注意。私が任那から倭国に移籍することが最良であると、陛下が仰せられたと、父に伝えます」

「それは朕の望みである。世界全体を見渡すことの出来るそちは朕のもとで、必ずや活躍してくれるであろうと期待している。帰国したら、父、木羅斤資と良く相談して、一時も早く朕の側で働いて欲しい」

「畏れ多いことに御座います。百済に戻り次第、父と相談し、御返事させていただきます」

 木満致は応神天皇との会談を終えると、羽田八代や葛城襲津彦らの家を訪問して、数日間を過ごした。それから前回、来朝した時と同様、紀角鳥足と江沼若子と一緒に、祖父、武内宿禰の室宮の墓を参拝し、再び百済に帰った。

 

 

          〇

 応神三十七年(432年)春二月一日、応神天皇後漢出身の阿知使主に呉への出張を命じた。十七年前、燕国からやって来た阿知使主にとって、高齢になりはしたが、それは決して難しい要請では無かった。

「阿知使主に呉への出張を命ずる。呉に赴き、朱色の縫女を求めて帰れ。ついでに燕や高句麗に立ち寄り、宋や魏の情勢を把握して参れ。同行者として、物部伊莒弗とそなたの息子、都賀使主を帯同せよ」

「ははっ」

 応神天皇の命を受けた阿知使主親子は、物部伊莒弗らと先ずは百済に渡り、百済の久尓辛王に挨拶した後、高句麗平壌城に赴き、長寿王に応神天皇からの書信と献上品を届けた。高句麗、長寿王は倭国からの朝貢の使者、物部伊莒弗をはじめ、随行した阿知使主らを歓待した。阿知使主は長寿王と接見の折、かって長寿王が倭国王に贈った呉の織物の織女のいる所へ行きたいと長寿王に願い出た。すると長寿王は、呉への道を知っている者を探し出し、久礼波、久礼志の二人をつけて道案内させた。その後、阿知使主たちがどうなったか、応神天皇のもとへの便りは無かった。阿知使主たちと入れ替わるように、百済から、木満致が家族を連れて、倭国にやって来た。木満致は応神天皇に挨拶した。

「かねてより、陛下から倭国に席を置いて仕えるようにと承っておりましたが、本日、やっと参ることが出来ました。今日から私を思う存分、こき使って下さい」

「何を言う。海山遥か隔てて参られた木満致をどうして、こき使うことが出来ようか。朕の重臣として、明日から朕の政治の教導を頼む」

「この未熟な木満致に、政治の教導などと畏れ多いことに御座います。私は任那から派遣された陛下の一臣下に過ぎません。ただただ恐縮のほか御座いません」

 応神天皇をはじめとする重臣たちの歓迎ぶりに、木満致はいたく感動した。また武内一族の歓迎も木満致をはじめ、その家族を豪奢な宴会をもって歓迎し、海を渡ってやって来た木満致の家族にとって、他国とは思えない温みを抱かせてくれた。

 

 

          〇

 応神三十九年(434年)春、二月、百済から中臣大小橋が帰国した。大小橋は百済の毗有王の補佐役を務めていたのであるが、毗有王が成長したので、任那の木羅斤資の次男、木羅斗浩に役目を引き継ぎ、補佐役を引退しての帰国であった。彼は帰国の船に、百済の久尓辛王の妹、新斉都媛を連れてやって来た。毗有王が、倭国の大雀皇子のお相手として、叔母の新斉都媛を倭国に遣わしたいという事での引率であった。その新斉都媛は七人の付き人を連れて来た。その半分は機織や縫衣の工女で、漢織の技術を大和の女性たちに伝える為の派遣であった。応神天皇は彼女たちに高句麗の長寿王からいただいた朱色の織物を織らせようと命じた。だが、どうやっても同じ物を作ることは出来なかった。呉に送った阿知使主の帰りを待つしか方法が無かった。一方、皇后、仲津媛は自分と同じように、渡海して来た新斉都媛に気配りをした。時々、新斉都媛を部屋に招き、近況を確かめた。

「新斉都媛。どうですか。倭国での暮らしは?」

「はい。毎日が珍しいことばかりで楽しいです」

 新斉都媛は仲津媛皇后の優しい言葉とその瞳に湛えられた温かい光に、倭国で自分が最も頼り出来るのは、このお方であると思った。

「そなたは何時、見ても美しいこと。どうですか。大雀皇子は?」

「はい。時々、声をかけていただいております」

「大雀皇子を輝かせることが出来るのは、そなたしか居りません。力を貸してやって下さい」

「はい。皇后様」

 新斉都媛は、簡単に答えてしまったが、直ぐに仲津媛皇后の言葉の意味の重さに気づき、緊張した。仲津媛皇后はゆっくり頷いた。

「でも、無理をして、そなたが不幸になることはありませんよ」

「はい。でも私は栄光の為の苦しみであるなら不幸などとは思いません」

「そうね。私たち女には、どのみち平坦で静かな生涯なんて無いのですから」

 新斉都媛は、そう発言した仲津媛皇后のさりげなさの中に、故知れぬ物寂しさを感じた。

「ええ、そうかも知れません」

「本当に良いのね。大雀皇子と一緒になって」

「はい」

百済に戻っても良いのよ」

「私はここに居たいのです」

 すると仲津媛皇后は頷き、耳元で、そっと囁くように言った。

「分かったわ。じゃあ言うわ。陛下の御身体の具合いが思わしくないの。まだ誰も知らないことなの。陛下に万一のことがあったら、大雀皇子に難しい問題が起こるかもしれないの。それなので、そなたには大雀皇子を、しっかり支えて欲しいの」

 新斉都媛は息を呑んだ。驚くべき秘密を仲津媛皇后から聞いてしまった。新斉都媛は、自分の倭国での暮らしが落ち着くまで、応神天皇には健康で長生きして欲しいと願った。また応神天皇の不調を誰にも知られてはならないと思った。新斉都媛が頷くと、仲津姫皇后も、新斉都媛の目を見て、かすかに頷いて見せた。

 

 

          〇

 応神四十年(435年)春、一月八日、応神天皇は高城入媛が生んだ大山守皇子と仲津媛皇后が生んだ大雀皇子を部屋に呼んだ。その目的は王位四十年を経て、自分の後継者を決めておきたいと思ったからである。応神天皇に呼ばれた二人は何事かと、一緒に御座所に伺った。

「陛下。お呼びでしょうか?」

 部屋に入って来た大山守皇子と大雀皇子を見て、応神天皇は微笑した。それから少し眉根に皺を寄せて仰せられた。

「お前たち兄弟に確認しておきたいことがあって、ここに呼んだ」

「どんな事の確認でしょうか?」

 大山守皇子の問いに、応神天皇は、こう切り出した。

「お前たちは、自分の子供を可愛いと思うか?」

 大山守皇子が即座に答えた。

「勿論、可愛いです」

「私も大変、可愛く思っております」

 大雀皇子も兄に続いて返答をした。更に応神天皇は訊ねられた。

「大きくなった者と、まだ小さい者とでは、どちらが可愛いか?」

「大きくなった方が可愛いです」

 大山守皇子が、また即座に答えた。その答えに応神天皇は顔色を曇らせた。自分が望んでいた答えと反対の答えが返って来たからである。それに較べ大雀皇子の答えには幼い者に対する慈しみの愛情があった。

「私は小さい者を可愛く思います。大きくなった子供は、歳を重ねているので、放っておいても不安はありません。しかし、幼い子供は、一人前になれるか、なれないか分からず、心配で心配で、自然、可愛くなります」

「大雀よ。お前の言葉は誠、朕が心に適っている。実に立派な心掛けである。朕も小さい者の方を可愛く思う。小さい者を強く育てたいと思う。そこでじゃ。朕は己の元気なうちに、朕の後継を、お前たち兄弟と決めておきたい」

「今、ここで後継者を決めるというのですか?」

 応神天皇の言葉に、大山守皇子は唖然とした。応神天皇には長男、大山守皇子が渋い顔をすることは想定内の事だった。応神天皇は平然と仰せられた。

「そうじゃ。今、ここで決める」

「父上、それは無いでしょう。羽田八代、大三輪鴨積、中臣烏賊津、葛城襲津彦物部五十琴といった大臣たちの意見を聞かなくて良いのですか?」

「次代を担うのは、お前たち兄弟である。年寄りたちの意見は無用じゃ。朕が今、ここで決める。お前たちは、それに従えば良い。良いな」

「私は父上の考えに従います」

 大雀皇子は父王の決断に一任するのが正しいと思い、それに賛成した。大山守皇子も仕方なく、応神天皇の考えに従うことにした。

「父上が、それをお望みなら、私も父上の考えに従います」

「そうしてくれるか。お前たちの気持ちを訊いて、朕も安堵した」

「して、父上がお考えの後継者は?」

 大山守皇子は結論を早く知りたがった。応神天皇は結論を二人に伝えた。

「大山守。お前には山川林野を司る役目の総てを一任する。また大雀。お前には太子の補佐役として、国事を見るよう命じる」

 それを聞いて、大雀皇子は応神天皇に深く頭を下げた。

「有難き仕合せ。大雀、父上の命に従い、御役目、立派にお引き受けすることを、御約束申し上げます」

 大雀皇子は父王から与えられた役目を有難く拝受した。大山守皇子は父王に問うた。

「それで、太子は誰に?」

「菟道若を後継とする」

 応神天皇は二人の息子に、下の弟、菟道若を跡継ぎにすることを明言した。大山守皇子は、それを喜ばなかった。

「菟道若。彼は宮主宅姫の生んだ皇子です。太子として相応しいとは思われませんが」

「何を言うか。菟道若は歴とした朕の子じゃ。朕の子に上下の差別は無い。朕は菟道若を皇太子とする」

「何故に若い菟道若を後継とされるのですか?」

「彼は聡明であり、勇気もある。高句麗の使者に向かって、自分の意見を堂々と述べた。何の恐れも無かった。朕は彼を頼もしく思った。彼なら国民を正しく引っ張って行ってくれると確信した。それに若い。若い分だけ長く国を治められる。お前たち二人が補佐をすれば、天下は安泰である。大山守よ。お前は朕の考えに不服か?」

 応神天皇は、まるで大山守皇子を叱責するかのように、菟道若を皇太子に選んだ理由を語った。大山守皇子は、その父王の鋭い視線を受けてたじろいだ。

「不服ではありません。父上の考えに従います。しかし、大臣たちが、どう思われるか?」

「大臣たちばかりでは無い。お前の弟、大中彦とて、面白くは無かろう。しかし、たった一つの太子の席じゃ。何人かに分ける訳にはいかんのじゃ」

 応神天皇は辛い自分の気持ちを、任那系統の母を持つ二人に伝えた。それは自分の沢山の皇子たちの中で、特に二人が優秀であり、二人に倭国の母を持つ菟道若を後継にしたいという自分の気持を伝えたかったからである。弟の大雀皇子は、その天皇の御心を察して、兄、大山守皇子に言った。

「兄上。父上の申される通りです。後継者の席はただ一つ。それを決められるのは父上、つまり天皇陛下の御役目です。一等、辛いのは父上です。だからこそ、私たち二人を呼んで相談されたのです。一等、風当たりの強いと思われる私たちに、逸早く天皇陛下としての真心を、お示し下されたのです。私たちは、その御心に対し、感謝せねばならないのです」

 兄を諭す大雀皇子を見て応神天皇は涙が溢れそうになった。

「分かってくれたか、大雀よ」

「はい」

「分かってくれたか、大山守」

 応神天皇は息子たちの手を握り締めた。思わず、堪えていた涙が、応神天皇の両の目から、ぼろぼろと流れ出た。大山守も、その涙を見て答えた。

「充分に分かりました。これからのことは、父上と菟道若に、総て御一任致します」

 大山守皇子も、父王の涙を見て感極まったのか、あるいは悔しくてか、応神天皇同様、泣いてしまった。何とも表現し難い親子の対談は、一見、美しく終了した。そして二月二十四、応神天皇は、四男、菟道若を皇太子に立て、王位後継者とすることを、群臣たちに発表した。また同日、大山守皇子に山川林野を司る役目を、大中彦皇子に海洋海島を司る役目を、大雀皇子に皇太子を補佐する役目を任命した。それに従い、他皇子や群臣たちの役目も変わったりした。それから数日して、皇太子になった菟道若は兄、大雀皇子に、皇太子に任命された苦悩を告白した。

「大雀兄者。私には将来、天皇になる自信がありません。私は兄者のように聡明で無く、天業を統べる才能など、全くありません。どうか兄者が、天下の王君となって下さい」

 その弟の願いを聞いた大雀皇子は、父王の命令に背く訳にはいかないと、弟の要請を固く辞退した。そして自分が補佐をするので大丈夫だから安心するようにと説得した。

 

 

          〇

 秋、応神天皇は病状が悪化しているにも関わらず、その夢は果てしなかった。時々、息子たちを招いては、自分の夢を語った。皇太子、菟道若は他の皇子たち以上に頻繁に病床に通った。

「父上。体調は如何ですか?」

「今日は大分、気分が良い。お前の顔が見られた所為かも知れぬ。政務はうまく進んでいるか?」

 応神天皇は、自分が皇太子に任命した菟道若が立派に政務をこなしているか心配で尋ねた。菟道若は皇太子に任命されてから月日が経ち、責任感が加わり、政務について自信を持ち始めていた。

「はい。大雀兄者や葛城襲津彦の助けを借り、何とか太子としての役目を果たしております」

倭国はこれから大変な時代に突入する。大国、宋と魏との板挟みの中で、高句麗琉球をうまく利用しながら、外交を進めて行かねばならぬ。その大役は、お前の双肩にかかっている」

 応神天皇は、まるで天上から大陸の政情を俯瞰しているかの如く、厳しい倭国の国際情勢を把握し、菟道若に語った。

「責任の重いことです。しかしながら、次代を継ぐ太子として、倭国の為、国民の為、皇室の為、頑張らなければなりません」

「その通りじゃ。倭国はこれから宋や魏と肩を並べる東方の大国であらねばならぬ。その為には、今以上に倭国の国威を海外の国々に知らしめなければならぬ」

「はい」

「宋の文帝は司馬曹達や木満致の嘆願にもかかわらず、いまだ朕の爵位を上げず、高句麗百済と同等のままの扱いにしている。実に腹立たしいことである」

「何と分からぬ宋王でしょう」

 菟道若は応神天皇に同調した。応神天皇は興奮し始め、起き上がって喋った。

「しかし、それはそれで良い。朕の実質が伴っていないから軽視されているのであって、今は黙っているより、仕方あるまい。問題はこれからである」

「これから?」

「そうじゃ。朕は高句麗王を利用し、宋の支配下になっている呉の国に、物部伊莒弗、阿知使主、都賀使主を派遣した」

「呉の縫女を求めさせる為に派遣した三人のことですね。そういえば、彼ら三人は行ったっきりで、帰国しておりません。何をぐずぐずしているのでしょう。途中、病に倒れ死んだのか、殺されでもしたのでしょうか?」

 菟道若はあの無礼な上表文を持参した高句麗の使者、久礼波と久礼志に案内され、呉の国へ行ったという物部伊莒弗と阿知使主親子のことを思い出した。

「彼ら三人については、百済の木羅斗浩より、木満致のところに報告が来ている。彼らはいまだ朱色の織物の縫女を求めながら、呉の人たちと交流し、宋の政情を窺っているとのことじゃ」

「宋の政情を窺っているですって?」

「そうじゃ。朕の命令により、宋の政情を窺っているのじゃ。彼ら三人は燕王、馮弘にも面会した。もし燕王が決起する時があらば、倭国は燕王を応援すると伝えた」

 菟道若は応神天皇の言葉を聞いて驚いた。父王の余りにも大胆な策謀に恐れを覚えた。

「そんなことをして、宋の文帝に気づかれませんか」

「気づかれぬよう、事を進めている。よしんば気づかれたとて、何も驚くことはない」

高句麗の長寿王は、このことを知っているのですか?」

 菟道若は高句麗の長寿王が、このことに対して、どう対応するのかが気がかりだった。もし宋朝に燕王と倭国のことが露見し、宋王朝から睨まれるようになった時、一等先に寝返るのは高句麗であると思われたからであった。皇太子の質問に応神天皇は平然と申された。

「当然、知っていよう。倭国の使者の異常な動きの総てを、久礼波、久礼志が一々、密告していよう。それらの事も考え、高句麗、長寿王は、平壌へ遷都したのじゃ」

高句麗の南下は大変なことです」

「何も大変な事は無い。相手が倭国の戦略に恐れを抱き、媚を売って近寄って来ているだけのことじゃ。朕と自分の格の相違を知り、安全を求めて、倭国に接近して来ているだけのことじゃ」

 応神天皇高句麗王都の移転の理由を菟道若に語った。菟道若はそれを聞いて、益々、父王が恐ろしくなった。

「成程。高句麗については、それで済みましょう。しかし、宋に気づかれた時は、只事では済まされませんぞ」

「それは分かっている。その時の為に、物部伊莒弗や阿知使主は燕王に会ったり、高句麗の連中と同行したりしているのじゃ」

「ということは、いずれ宋と戦うということですか?」

 菟道若は応神天皇の考えを確認すべく、父王に質問した。父王は愛玩する息子の顔をまじまじと見詰め、哀し気に答えた。

「出来ることなら、戦さは避けたい。宋朝とは幾久しく交流を深め、倭国のことを高句麗百済より、上位の国と考えてもらいたい。しかし宋朝倭国の事を軽んじ理解せぬ時は、倭国は燕王と協力し宋朝を倒す。そして、そこに倭国の属国を設ける」

「そんなことが出来るでしょうか?」

「出来る」

 応神天皇は泰然と答えた。菟道若には全く自信が無かった。

「相手は強国ですぞ」

 応神天皇は、そんな自信の無い菟道若の言葉に激昂した。

「皇太子たる者が、そんな弱気でどうする。倭国は宋や魏と肩を並べる東方の大国なのじゃ。相手が倭国を軽んずれば、どんな強国であろうとも、倭国は攻める。そして倭国の威力を顕示し、相手に倭国の強さを認めさせる」

「とはいえ、遠方の大国を、どうやって攻めるというのですか?」

倭国には大船団を保有する優秀な海軍がある。また大陸には、騎馬軍団をかかえた屈強な陸軍がいる。魏を攻める時は、高句麗王と燕王に協力願い、東と南から攻めさせる。宋を攻める時は燕王と高句麗王に北東から攻めさせ、魏王に西北から攻めてもらう。そして倭国海軍を、琉球王らと一緒になって東方海上から送り込み、宋に上陸し、王都に侵攻する」

 応神天皇は今後、起り得る大国との戦争を想定して、自分の作戦の基本を、菟道若に語った。

「西方はどうするのです?」

 予想していた息子の質問に、応神天皇は微笑して答えた。

「西方は彼らの逃げ道として残してやる。逃げ道を与えることによって、反抗勢力を王都から追い出すことが出来る。そして残された王都を、倭国の属国の王都とする」

「そんな夢のようなことが可能でしょうか?」

「夢を叶えるのが、朕とお前の役目であろう」

 応神天皇は夢を語り終えて快勝したかのように笑った。菟道若も父王に合わせて笑った。語り終えると、応神天皇は再び床に入り、苦笑いを見せた。

 

 

          〇

 応神四十一年(436年)二月、応神天皇は、白い梅の花が風に舞っている大和軽島の豊明宮に皇太子、菟道若と大雀皇子を召された。応神天皇は病床の自分に死期が近づいていることを察知していた。そんな父王に召された大雀皇子が、先ず話しかけた。

「父上。大雀です。皇太子、菟道若様と二人して、お側に参りました」

「おお。二人とも元気か」

 応神天皇は病床から細くなった右手を取り出し、快活に笑おうとしてが、その顔は笑う顔になっていなかった。大雀皇子には、そんな父王の顔が誰かに、もう一方の手を引っ張られて逃げようとしている顔のように見えた。その顔は恐怖を抱いている顔だった。ぞっとするような蒼白い皮膚。魂を奪われたような腐りかけた目。蜘蛛の糸のような頭髪。父王はすっかり変わってしまわれた。余りにも変り果て、誰に話しかけてもらっているのか訝る程、応神天皇は衰弱していた。大雀皇子は、そんな応神天皇の問いかけに答えた。

「二人とも、いたって健康です。父上も、お元気の御様子・・・」

「朕のことは、朕が一番、良く分かっている。朕の命は最早、時間の問題である。もう長く生きてはおられぬ」

「何を申されます。父上には、もっと長生きしてもらわねばなりません」

 菟道若が泣き出しそうな声で言うと、応神天皇は涙をうるませ、二人に申された。

「朕も出来ることなら、菟道若の言う通り、長く生きたい。しかし人の命には限度というものがある。我が天皇家の神々が、あの世で朕の参来を待っている」

「そんなことが、ありましょうか。父上には、もっと倭国の為、頑張ってもらわなければなりません」

 大雀皇子は父王を元気づけるようと懸命だった。しかし、応神天皇は衰弱した自分の肉体の終わりが迫っていることを、誰よりも感じ取っていた。

「今や朕の時代は終わった。これからは、お前たち二人が頑張る番だ。もう朕のことは当てにするな。二人で相談し、倭国発展の為、努力せよ」

「とは仰せられても、私たちは未熟者です。父上の教えが無いと何も出来ません」

 菟道若が甘え縋るように言うと、応神天皇は菟道若を叱責した。

「そんなことでどうする。二人で力を合わせ頑張るのじゃ」

「分かりました。皇太子と力を合わせ頑張ります。これからのことは菟道若皇太子と、この大雀に、お任せ下さい」

「その意気じゃ。今から、お前たち二人に、天皇の権限を委譲するに当たり、伝えておきたいことがある」

「何をでしょうか?」

 菟道若は真剣な顔つきになった。応神天皇は喋るのが苦しくなったが、一語一語、しゃがれた声で、ゆっくりと話された。

「第一は倭国を世界の一等国にすること。以前にも言ったと思うが、倭国を宋や魏を越える大国にすることじゃ。その為には世界を知る大臣を加え、しっかりした政治組織を築かねばならぬ。任那から招聘した木満致を大臣にせよ」

「木満致を・・・」

 思いもよらぬ発想に菟道若は驚嘆した。

「木満致は優秀な男である。異国人との通訳だけでは勿体ない。蘇我氏を継がせ、三韓を監督させよ」

蘇我石川の後を継がせるというのですか?」

 菟道若の質問に応神天皇は首を縦に振った。

「そうじゃ。武内宿禰の三男、蘇我石川は朕が母、神功皇太后熊襲を討伐した時、戦死した。木満致の父、木羅斤資は、その石川の弟。従って甥の満致が、空席になっている蘇我家を継いでも何ら、おかしいことはあるまい」

「木満致が私たちの直ぐ側にいてくれれば、心強う御座います」

 大雀皇子は任那の元将軍、木満致の大臣昇格に賛成した。応神天皇は語り続けた。

「第二は任那のことじゃ。任那の真若大王は、朕より高齢であり、朕と同様、病床にあるという。木羅斤資が補佐を務め、景真王子を助けているが、木羅斤資とて高齢じゃ。従って木満致と共に景真王子を助けよ。また新羅にいる木羅斗浩にも協力せよ」

 応神天皇の語る目は鋭さを失い、今にも眠り込んでしまうかのようトロンとしていたが、言う事は明確だった。その語る顔は蒼白で、さながら幽鬼のようであった。

「第三は天皇家の祭祀を絶やさず、兄弟で仲良く国を治めて行くことである。兄弟喧嘩だけはせぬようにしてくれ。他人は喜ぶが、兄弟にとっては傷つくだけだ。心配なのは大山守である。ああっ、いろいろ考えると頭が痛い」

 大山守皇子のことを口にして、応神天皇は突然、自分の頭を押さえた。激痛が脳中に向かって走った。病床から見上げる天井画が渦のように回転して見えた。その渦に吸い込まれるような恐怖と割れんばかりの頭の痛さに、応神天皇は今にも息が絶えんばかりに悶え苦しんだ。

「父上。大丈夫ですか?」

「頭が、頭が痛い!」

「誰か、誰かおらぬか!」

 大雀皇子が大声を上げた。その声を聞きつけ、許勢小柄と王仁医博士が部屋に駆け込んで来た。

「如何が致しましたか?」

「陛下の御容態がおかしい。頭が痛いと言っておられる」

「頭が?」

「大雀よ。頭が割れんばかりに痛い。朕はもう駄目じゃ」

 応神天皇の顔色は蒼白から土色に変わろうとしていた。身体中に震えが来て止まらなかった。大雀皇子は慌てた。

「何を言われます。しっかりして下さい」

「菟道のことを、よろしく頼む・・・」

 応神天皇は瞑目しながら、最後の命令を下した。

「父上、父上。ああっ、父上が目を、目を閉じられた」

 菟道若皇太子は、父王の死に遭遇して、気も狂わんばかりに泣き喚いた。大雀皇子は父の蘇生を願って叫んだ。

「父上、父上。それでは余りにも呆気なさすぎます。しっかりして下さい」

 そう叫ぶ大雀皇子と菟道若皇太子に、震えの止まった応神天皇の身体を診察していた王仁医博士が言った。

「菟道若皇太子様。大雀皇子様。陛下は御逝去なされました。天皇家の神々のもとへと旅立たれました」

 王仁医博士の発言は応神天皇の脈が止まった事を、何度も確かめてからの報告であった。大雀皇子は王仁医博士を睨みつけて叫んだ。

「何と。もう助からぬというのか?」

「陛下の御胸に触れてみて下さい。既に呼吸が止まっておられます」

 それが本当か菟道若が確かめた。

「本当だ。父上が呼吸をしておられない」

 菟道若は父王の胸に触れ、恐怖と狂乱の声を上げた。大雀皇子は万斛の涙を流しつつも、冷静だった。

「何ということか。今の今まで、私たち兄弟と語り合っていたというのに・・・」

 落胆する大雀皇子に許勢小柄が近づき、そっと言った。

「中臣烏賊津殿と葛城襲津彦殿に使いを出しましょう」

「そうしてくれ」

 二月十五日、応神天皇は帰らぬ人となった。年は四十五歳であった。その亡骸は菟道若皇太子、大雀皇子らによって、河内恵我の裳伏の丘に手厚く葬られることになった。

 

 

          〇

 東海に威厳を誇った倭国王、讃、応神天皇は二月十五日、菟道若皇太子をはじめとする皇子や姫皇子、仲津姫皇后らの祈り空しく、この世を去った。彼の指示に従い倭国の為に東奔西走した重臣や兵士、国民は皆、この大王の死に涙した。そんな応神天皇が亡くなられたことを知らず、呉に出かけていた物部伊莒弗と阿知使主親子の三人は、七月末、呉から燕、高句麗百済任那経由で倭国に戻って来た。三人は難波大隅宮で葛城襲津彦の出迎えを受けた。

葛城襲津彦様。物部伊莒弗、阿知使主と都賀使主と共に、本日、呉から戻って参りました」

「渡海しての長期間の旅、御苦労であった」

「我ら三人、高句麗の久礼波、久礼志に案内してもらい、宋、呉、燕、高句麗を巡り、百済任那を経由して、帰って参りました」

「三人には、長期間、無理をさせて申し訳なかった」

 葛城襲津彦は、哀しい顔をして三人に言った。

「我ら三人、陛下の望まれた朱色の織物の縫女を求めて、呉の国をさすらい歩きました。そして漸く縫女を集めることが出来ました。ここに一緒にいるのは、その縫女たちです」

「どの縫女も、皆、利発そうじゃ」

 葛城襲津彦は、物部伊莒弗が連れて来た弟媛、呉織、穴織の三人を見て賞賛した。阿知使主親子は、襲津彦に気に入ってもらって喜びの笑顔を見せた。

「もう一人、連れて参りましたが、任那から倭国に渡海する折、お世話になった宗像の君より、宗像大神が縫女を欲しいと申されていると聞き、その一人、兄媛を宗像大神に献上して参りました」

「左様か。それは良かった。宗像の君も喜ばれたことであろう」

「はい」

「かかる三人の努力に対し、この襲津彦、陛下に代わり心より厚く御礼申し上げる」

 阿知使主は、三人の縫女を応神天皇に早く拝見してもらいたかった。阿知使主は襲津彦に願い出た。

応神天皇様のお喜びになる御顔を、一目、見とう御座います」

 その阿知使主の顔を見て、襲津彦は暗い顔をした。

「その応神天皇様は、お前たちの帰るのを待ちわびながら、半年前、お亡くなりになられた」

 それを聞いて、阿知使主たちは茫然とした。だが、直ぐに阿知使主が気を取り直して喋った。

「そ、それは本当ですか?すると、あれは正夢だったのですね」

「正夢?」

「我ら三人は、宗像の船に乗って、筑紫に着いた時、夢を見たのです」

「どんな夢を?」

 阿知使主は目を輝かせて、その夢の話を襲津彦に話した。

「宗像の館で眠っていると、応神天皇様が夢に現れました。私は夢の中で、連れて来た縫女と朱色の織物を、応神天皇様にお示ししました。すると応神天皇様は申されました」

「何と?」

「朕は道を得てより此の方、法性を動かさず、八正道を示して、権迹を垂る。皆、苦の衆生を解脱することを得たり。故に八幡大菩薩と号す。汝らの努力にも報いることなく、菩薩となったが、汝らの功績は、必ずや後の天皇に認められよう。朕は生まれ育ったこの地に戻り、八正の幡を立て、八方の衆生を済度する。それ故、汝の連れて来た縫女を一人、この宗像大神に奉り、朕の御意とせよ。また他の縫女は、倭にいる皇子に奉れと・・・」

「何ということか。それはまさに正夢である。三人が筑紫に着いた日に、既に、帝の魂が抜け出していたのかも知れない」

 葛城襲津彦は阿知使主の話に引き込まれた。阿知使主の隣りにいる都賀使主が襲津彦に申し上げた。

「誠に残念なことです。私たちは、応神天皇様にお会い出来るのを楽しみに戻って参りましたのに・・・」

 都賀使主の顔は泣き顔だった。襲津彦はねぎらいの言葉を考えて言った。

「陛下も三人の帰りを待ちわびておられた。しかし天命は、貴男方を待ってはくれなかった。とはいえ、貴男方の努力は無駄にはならぬ。菟道若皇太子様や大雀皇子様によって、三人が持ち帰った技術や情報は倭国発展の為の大きな功績となろう」

「襲津彦様に、そう言っていただけると、慰めになります。私たちは一時も早く、皇太子様にお会いし、宋や呉、燕や魏の状況を報告したいと思います」

倭国は今、応神天皇様が薨御し、大変な時である。こういった時にこそ、貴男方三人の報告が重要になって来る。貴男方の報告により、倭国から宋や魏に対抗する為の大きな力を発揮することを大いに期待する」

 葛城襲津彦は三人の四年間の努力に対し、心から感謝すると共に、これからの三人の活躍に期待した。

「私たち三人は、縫女を求めると言って、高句麗に行き、呉の国から宋の都まで足を延ばし、沢山の事を見聞して参りました。このようにして無事、帰国出来たのも、応神天皇様の私たちを思いやる御加護のお陰であったと信じております。応神天皇様の亡き今、私たちは、連れて来た縫女らと共に、菟道若皇太子様をはじめとする朝廷の方々に、諸国のことを語って聞かせたいと思います」

 物部伊莒弗は、阿知使主たちと巡回して来た各国のことを懐かしく思い出しながら、襲津彦に諸国見聞報告を上申した。

「それは有難いことじゃ」

「特に縫女たちの話は、その国々の真実の有様を語ってくれますので、諸国の実態を把握することが出来ると思います。倭国が宋や魏と比肩する大国になる為には、何が必要か、彼女らの話を是非、聞いていただきたいと思います」

 物部伊莒弗と同様、阿知使主も縫女の重要性とこれからの倭国を思う気持ちを、襲津彦に語った。

「貴男方の話を聞き、今は亡き陛下も喜ばれよう。また倭国も国力を身に着け、一層、繁栄しよう。長い間、実に御苦労であった。本日は、ここに泊り、明後日、縫女を連れて豊明の宮に参内されたい。菟道若皇太子様をはじめ、重臣一同と共に、楽しみにしておるぞ」

「ははっ。明後日、必ず参内致します」

 それから葛城襲津彦は三人の慰労会と縫女たちの歓迎会を兼ねた宴会を大隅宮で行った。その二日後、物部伊莒弗と阿知使主親子は軽島の豊明の宮に参内し、菟道若皇太子をはじめとする重臣たちと面談し、弟媛、呉織、穴織の三人を菟道若皇太子に奉った。

 

 

        〇

 以上で仲哀天皇、神功皇太后応神天皇と続いた神皇親子の物語は終わった。これらの神皇たちの時代を、歴史学者の多くが、非実在としているが、それは正解とは言えない。何故なら、他国に、その記録が残されているからである。作者は神皇の世紀が実在したと信じている。応神天皇亡き後は菟道若皇太子が王位を継いで、そのまま倭国王、讃の名を引き継いだが、兄たちを越えての王位の重さに耐えきれず、三年後、自殺した。その為、摂政をしていた大雀皇子が倭国王を継ぐことになった。彼は倭国王、珍と称し、第十六代、仁徳天皇として即位し、倭国治めた。

     

    『波濤を越えて』完

 

 

 

 

 

 

 

 

波濤を越えて「応神の巻」④

新羅の内乱

 

応神二十年(415年)九月、後漢霊帝の子孫と称する阿知使主が、その子、都加使主、並びに十七県の一族を率いて、燕国から百済を経由して、倭国に亡命して来た。阿知使主と最初に面会した葛城襲津彦は、大陸の変化に驚き、政庁に出勤し、先ずは中臣烏賊津に阿知使主と面談した話をした。

「烏賊津臣様。昨日、来朝した阿知使主の報告によると、高句麗の長寿王は増々、その手腕を発揮し、その勢力圏を拡大している模様です」

「広開土王が亡くなり、うら若い長寿王が、高句麗の勢力圏を拡大しているとは思われぬが。もし、それが事実ならば、倭国もまた大陸に進出し、三韓の地を守護せねばならぬ。三韓の地は、天皇家をはじめ、武内一族にとっても、我が中臣一族にとっても、重要な故地である。放っておく訳にはいかない」

 中臣烏賊津は高句麗の底知れぬ国力と行動力に、今更ながら驚いた。襲津彦は驚いている烏賊津に言った。

「今、我が国は異国の文化文明を吸収する為、沢山の技術者や学者を大陸から倭国に歓迎しております。また異国の民も、倭国が武力や権威によらず、恩徳のある国王が天下を治め、安楽の国だとして、続々と移住して来ています。しかし、彼らを受け入れるには逆に倭国も、もっと沢山の若者を外国に送るべきだと思います。私も、何度か、新羅任那に滞在し、高句麗や、北魏、燕、晋などの異国の存在を知ることが出来ました。しかしながら、それら異国の詳細を把握出来ていません。世界の動静を把握する為に、直ぐにでも調査団を派遣すべきであるかと思いますが・・・」

「襲津彦殿の申される通りです。陛下の御英断により、王仁先生に学び、異国の言葉を習得した若者も数多くなって参りました。これらの学徒の中から優秀な者を選抜して異国に派遣することは、倭国にとっても重要なことです。燕国からの亡命者の報告と共に襲津彦殿の考えを、陛下に申請してみましょうか?」

「そうしていただければ・・・」

 二人が、そんな相談をしている会議室に、散策帰りの応神天皇が、ひょっこり現れた。

「あっ、陛下」

「秋風が心地良いぞ。こんな時、暗い部屋の中で、二人して何を相談しているのじゃ」

「これはこれは陛下。昨日、燕国から亡命者が来朝したので、陛下へ御報告する前の打ち合わせをしておったところです」

 中臣烏賊津が即座に、ことの次第を応神天皇に伝えた。

「また来朝者か。我が国も王仁博士をはじめ、鍛冶師の卓素、機織り師の西素、酒造り師の須須許理と優秀な者が随分と増えたな。して燕国からの来朝者とはどんな技術を持っているのか?」

 応神天皇の問いに対して、昨日、阿知使主と面談した葛城襲津彦が答えた。

「彼らの代表、阿知使主が言うには、自分が率いて来た一族の中には、機織り機、馬具、食器、農耕器具などを製造する技術者がいっぱい居るとのことです。阿知使主は高句麗北魏と絶えず戦っている燕国を嫌い、東海の倭国聖人君主がいて、民が平和に暮らしていると聞いて亡命して来たとのことです。途中、百済を経由しましたが、そこでは高句麗の長寿王が、その勢力圏を広げ、民が逃げ惑っているということです。このままですと、三韓の地は長寿王の支配下になってしまうかも知れないとの話です」

「何故、そんなことに」

「阿知使主の話によれば、長寿王は燕や新羅を併呑し、今や百済をもその手中に収めようと画策しているとのことで御座います。百済の直支王は、高句麗の攻撃に防戦する為、東晋の安帝のもとに使者を派遣し、その支援により鎮東将軍の地位を、かろうじて守っているとのことです。しかし、高句麗の長寿王がその気になれば、百済は、あっという間に高句麗のものになってしまいます。我が国はこの状況を黙って見ている訳には参りません。早急に任那に優秀な者を派遣し、現地の情勢を把握させるべきかと思います」

「陛下。私も襲津彦殿の意見に同感です」

「適任者はおるのか?」

 応神天皇は強い語調で確認した。それに対し、烏賊津が答えた。

「今、倭国には王仁先生の指導を受けた異国語にも通じた優秀な若者が沢山おります。それに任那将兵をつければ、情勢を把握することは簡単です」

 烏賊津の答えに応神天皇は顔を曇らせ、難色を示した。

「それは心配である。そうは思わぬか。襲津彦の今までの報告によれば、新羅の実聖王は、任那の真若大王の命令を聞かず、将軍、木羅斤資も苦慮しているとの有様。もし任那の兵力が百済に移動すれば、任那は手薄になり、実聖王の思う壺である。かと言って、そう度々、大陸へ派兵しては倭国の民を失うことになる。それはあってはならない事だ」

 応神天皇新羅の実聖王のことを気にしていた。高句麗で長年、暮らしていた実聖王が、倭国寄りの重臣を排斥したことは倭国にも伝わっていたからである。

「陛下。心配するに及びません。我々には微叱許智王という新羅の人質がおります」

 烏賊津が、そう言ったが、応神天皇は首を横に振った。

「烏賊津よ。それは誤った考えである。微叱許智王自身が、かって朕にこう言った。〈父、奈勿王を失った私は人質としての価値は全くありません〉と・・・」

 応神天皇に、そう言われても烏賊津は自分の考えを曲げなかった。

「陛下の御心配は分かります。確かに微叱許智王は、当人の申す通り、人質の値打ちが今のところ有りません。しかし国王の位を奈勿王の息子たちから奪取した実聖王は、決して新羅国民に、正当な国王と思われておりません。奈勿王の長子、訥祇王は彼の為に苦しめられております。次男の卜好王は高句麗の人質になっております。そして三男の微叱許智王は倭国に滞在しております。もし実聖王が任那を攻撃するようなことがあれば、私、自ら新羅に急行し、実聖王を倒し、微叱許智王を国王にさせます。新羅国民は必ず、微叱許智王に味方してくれる筈です。従って今は、百済への応援を優先して考えるべきかと思います」

 烏賊津は少しもたじろぐこと無く、自分の意見を具申した。流石の応神天皇も、二人の熱心さに強く反発することが出来なかった。

「そちたちの意見の一致には、朕も何とも抗しがたい。しかし、折角、平静を取り戻した我が国より、これから我が国を背負う若者たちを、大陸に流出させることは、朕としても悩みである」

「何を悩む必要がありましょう。流出した若者たちは、晋や燕や秦の文明を手にして、一段と成長し、必ずや倭国に戻って参ります」

「そうであろうか?」

 応神天皇の懐疑心を跳ね返すべく烏賊津が答えた。

「私も、その昔、百済に派遣されたことがありますが、倭国のことを考えなかった日は、一日たりともありませんでした。私は、その滞在地で倭国に無い多くのことを学び、世界の広さを知りました。でも心のうちは何時も倭国のことでいっぱいでした。帰りたい、帰りたいと何時も思い続けていました。そして再び帰国し、皇太后様や陛下のもとに仕えることが出来たのです」

 烏賊津は、その昔を思い出して言った。襲津彦も新羅百済任那での日々を思い出して言った。

「私とて同じ事です。私に倭国を思う気持ちが、もし無かったなら、私は新羅百済かあるいは高句麗に流れて行ったでありましょう。そして他国の将軍となっていたでしょう」

 襲津彦もまた倭国を愛する若き日の心情を応神天皇に伝えた。これを受けて応神天皇は、二人の意見を採り入れ、翌年早々、中臣大小橋、物部五十琴、大伴佐彦らに兵を付け、まずは百済に向かって船を出し、かの地に滞在させることにした。

 

 

          〇

 応神二十二年(417年)三月十四日、応神天皇は難波の大隅宮の高台に登り遠くを眺めた。傍らには吉備御友別の妹、兄媛が付き添っていた。遠く海を見やる応神天皇を見て。妃の兄媛が質問した。

「陛下。陛下は海ばかり見詰め、何をお考えですか。最近、私を避けておられるようですが、何か理由でも、あるのでしょうか?」

「何を言うか。何で朕が、お前を避ける理由があろう。朕は今、倭国のことを考えておるのじゃ」

「平和な倭国のことを、これ以上、考える必要がありましょうか。陛下の非の打ちどころの無い御統治により、国内に戦乱は無く、平和が続き、渡来人の技術を活用し、溜池等の灌漑も進み、作物も豊富に収穫出来、宮殿や学校も増え、国民は何不自由無い生活を送っております。着る物、食べる物、住居等、あらゆる面に恵まれ、安寧な日々を送っております。陛下はこれ以上、何をお望みになられるというのですか?」

 応神天皇は兄媛の言葉に吐息してから、心の内を語った。

「一昨日、新羅、微叱許智王の付き人、朴波覧が亡くなった」

「噂で聞きました」

「朕は彼に申し訳ないことをしたと思っている。さぞかし無念であったであろう。朴波覧本人もそうであろうが、新羅にいる彼の妻子や親類縁者もまた、彼の死を知ったら、悔しがることであろう。異国の地で死するとは、何とも言い難い辛い思いであろう」

 応神天皇はしみじみと語り、項垂れた。兄媛は応神天皇の苦悩を知り、頷いた。

「陛下。それは朴波覧に限ったことでは御座いません。沢山の人たちが、異郷の地で亡くなっております。私の知人で任那で亡くなった者もおります。新羅との戦さで死んだ者もおります。陛下が、そこまで悲しまれていては、御身体に障ります。この世に無情はつきものです。総ての事をお忘れになって、この兄媛のことを気にかけて下さい」

 兄媛は、そう言って応神天皇を励ました。しかし応神天皇は、人質として倭国で長年暮らしている新羅の微叱許智王のことを思い、胸がいっぱいだった。

「微叱許智王は朴波覧を失い、とても落胆している。朕は微叱許智王を新羅へ返そうか返すまいか、悩んでいる。一体、どうしたら良いのだろうか?」

「微叱許智王は大事な新羅の人質です。彼を新羅に返したら、新羅高句麗と一緒になって任那を滅ぼし、倭国に攻めて参りましょう。そんな事、女の私でも分かることです。微叱許智王を新羅に返すことは危険です」

 兄媛の微叱許智王に対する厳しい考えに、応神天皇は驚いた。

葛城襲津彦は微叱許智王を次の新羅王にしようかと考えている。朕もその考えに賛成である。兄媛、お前は何故、微叱許智王を嫌うのか?」

 兄媛は応神天皇の問いに自分が微叱許智王に感じている印象を素直に答えた。

「微叱許智王には倭国に対する憎しみはあっても、感謝の心が見当たりません。勿論、微叱許智王は態度に表しませんが、そう思えてなりません。それは私が故郷を思う気持ちと同じです。私は吉備一族の為と思い、この大和で人生を消日しておりますが、真心は生まれ故郷の父母のもとで暮らしたいと思っております。父母が年老いれば年老いる程、その思いはつのるばかりです」

「お前は、そんなに父母を恋しく思うのか?」

「はい。この頃は父母が恋しく、吉備のある西の方向を眺めますと、ひとりでに悲しくなって参ります。ひとりでに涙が溢れて参ります」

 兄媛は涙顔だった。応神天皇は、そんな兄媛が可哀想になった。

「確かに、お前は両親を見ないでもう何年も経っている。お前が親を思う心の厚さを知り、朕は深く感心した」

「陛下。どうかこの兄媛にしばらくの御暇をお与え下さい。お暇をいただき、両親を訪ねさせて下さい。どうか一度だけ、兄媛を吉備に帰して下さい」

「朕も、お前に対する配慮の無かったことを反省している。父、吉備武彦のもとに帰り、父母を見舞われるが良い。そして朕を思い出したら再び大和に帰って来い」

 応神天皇は兄媛の帰郷を許可した。兄媛は応神天皇の足元に泣き崩れて言った。

「有難う御座います、陛下。父母は勿論のこと、私の兄弟、姉妹たちも、陛下の優しい御配慮に、心から感謝するでありましょう」

「ここと吉備とは近い。朕も暇が出来たら、吉備を訪ねてみたい」

「吉備は海と山に恵まれた美しい所です。是非、一度、いらっしゃって下さい」

 応神天皇は寂しげに笑みを浮かべた。自分には見舞うべき父母はもうこの世にいない。それに倭の国王として倭国の平和と繁栄を継続して行かねばならない。

「心に余裕が出来たら、吉備を訪ねてみよう。しかし今は朕に、その余裕は無い。高句麗の長寿王は、その勢力圏を南下させようとしており、百済の直支王は、我が国から援軍を送ったというのに、その防戦に窮々である。一方、新羅の実聖王は高句麗の力を借りて、津浦に駐留する倭国兵を追い払い、任那を手中に収めようとしているらしい。今、倭国内は平和であっても、海外からの侵略が無いとも限らない。朕としては、これらの危機に対抗することも今から考えておかなければならない・・・」

倭国は四方を海に囲まれております。そう容易に侵略出来るものではありません」

「兄媛は、倭国の歴史を学んでいない。我が天皇家は、その海の向こうから倭国に亡命して来た高句麗王と倭人国王とが結成した王朝である。四方を海に囲まれているからといって、何で安全と言えようか。その昔、朕の一族は海を渡り、筑紫に辿り着き、奴国王と協力し合い、倭国を統一したのである。それと同じことが起こらぬとも限らぬ」

 応神天皇は毅然とした態度で、自らが渡来した辰国の王族であることを兄媛に教えた。

「本当ですか?それは畏れ多いことです」

「今の兄媛は吉備に帰るのが一等、良さそうだ。兄媛に吉備に帰ることを、朕は許す」

 応神天皇は、そう約束し、淡路三原の海人八十人を直ぐに集め、兄媛を吉備の吉備武彦のもとに送り返した。

 

 

          〇

 応神天皇が感傷に浸り、異国に派遣した若者たちのことを心配している時、新羅では実権を固めようとする実聖王が、自分を高句麗に人質に送った奈勿王の長子、訥祇王を殺して、恨みを晴らそうと考えていた。実聖王は高句麗から自分に随行して来て、新羅に駐在している千里将軍に、その殺害を命じた。そんなこととは知らず、先王の長男、訥祇王任那からの知らせを部下に伝えるべく部下を自分の部屋に呼んだ。

「訥祇王様。お呼びでしょうか」

 訥祇王に呼ばれ跪いているのは倭国の人質になっている微叱許智王のの付き人、朴波覧の甥、朴提上であった。訥祇王は哀しい顔をして、提上に伝えた。

「そなたの叔父、朴波覧が倭国で亡くなったとの知らせが任那から来た。私に力が無い為に、そなたの叔父まで異国で死なせてしまった。本当に申し訳ないと思う。そなたの一族に伝え、懇ろに弔ってやって欲しい」

 訥祇王の言葉に朴提上は驚かなかった。叔父の死は、既に一族の者から耳にしていた事であり、そのような知らせの呼び出しであろうかと予測していた。朴提上にとって、叔父の死は、哀しかったが、それよりも自分にとって重要なのは、今、目の前にいる自分の主人、訥祇王の身辺についてであった。

「訥祇王様。お報せ有難う御座います。叔父の弔いは一族にて懇ろに行いますので、御安心下さい」

「申し訳ない」

「何を仰せられます。訥祇王様が詫びる事は御座いません。悪いのは実聖王様です。高句麗に支配され、卜好王様を高句麗に人質に送り、倭国の人質交代も考慮せず、微叱許智王様や、叔父、朴波覧のことを全く考えようとしなかった実聖王様が悪いのです」

 訥祇王は朴提上の言葉に直ぐに応えず、至って冷静を装った。簡単に実聖王のことを批判したり、国政について論じたりすることを、呉々も注意するよう目の前の朴提上に教え込まれていたからである。訥祇王は少し考えてから言った。

「いや、実聖王様が悪いのではない。もとはと言えば、我が父、奈勿王が、幼い弟、微叱許智王を倭国に人質として送ったことが原因である。自分としても、もっと早く、微叱許智王を倭国から戻してもらうよう、父に奏上すべきであった。しかし、その父も亡くなってしまった」

 訥祇王はそう言って項垂れた。

「訥祇王様。総ては過ぎ去ったことです。今、訥祇王様が考えねばならぬことは、現在は勿論のこと未来に続く新羅国のことです」

「それは言うまでも無く、提上の申す通りである。その為に今の私は、何を為すべきであろうか?」

 その問いに、朴提上は周囲の様子を窺い、近くに誰もいないことを確かめ、訥祇王に、そっと耳打ちした。

「先日、高句麗の千里将軍が私の所にやって参りました。彼は実聖王様に随行して来て、新羅に駐留していて、訥祇王様が農耕を重視し、民を慈しみ、その徳を仰がれている新羅の実情を知ったそうです。彼は訥祇王様の御立派であられるのに心を打たれ、訥祇王様に是非、協力したいと言って参りました」

「何故に私に協力したいというのか?」

「実聖王様は、千里将軍に、訥祇王様を殺害せよと、命じられたとのことです。その為、彼は訥祇王様の動静を探り、殺害の機会を狙っていたとのことです。しかしながら、動静を探れば探る程、新羅の民は実聖王様への不平を漏らし、訥祇王様を褒め称え、新羅にとっても高句麗にとっても、訥祇王様を亡き者にすることは、大損出であると気付いたそうです。それで私に訥祇王様の殺害計画があることを打ち明けに参ったのです」

「何んと、実聖王が、この私を・・・」

 朴提上の言葉に訥祇王は唖然とした。提上は尚も続けた。

「この実聖王様の企みに気づいている者は新羅にはおりません。高句麗の連中だけで動いております。従って、現在、知っているのは実聖王様と千里将軍と、その配下の数人及び訥祇王様と私だけです。それ故、実聖王様の企みを逆手に取るのも、千里将軍と私達三人が力を合わせれば簡単なことです」

「逆手に取るということは?」

「実聖王様を殺害することです。千里将軍は訥祇王様の動静を調査され、訥祇王様がまれにみる慈愛に溢れる立派なお方だとお認めになり、訥祇王様を心から信奉しておられます。訥祇王様が千里将軍にお会いして、実聖王様を討伐するよう御指示下されば、彼は必ず、我ら訥祇王様の味方になってくれる筈です」

 実聖王殺害を進言する朴提上の目が訥祇王を見詰めて怪しく輝いた。訥祇王はその提上の目の中に、己の恐ろしい顔を見た。

「千里将軍を活用すれば、ことは成功するというのだな?」

「勿論、成功致します。何が何でも、成功させねばなりません。奈勿王様の流れを継承すること。それは訥祇王様の使命です」

「しかし、そなたの言うように、ことは本当に成功するだろうか?」

「何を躊躇することがありましょう。喰うか喰われるかです。このままじっとしていたら、訥祇王様は殺されるのです。奈勿王様の流れは途絶されてしまうのです」

 朴提上の言葉に訥祇王の顔が紅潮した。

「それはあってはならぬ事じゃ。父、奈勿王の流れこそ、新羅王家の正統であり、私達兄弟は、それを正しく継承し、国民と共に力を合わせ、新羅を興隆させねばならぬ。高句麗に頭を下げたり、倭国に人質を送ったり、百済の様子を窺ったりすることは、私達の時代で終わりにしたい。新羅新羅の力で生きる。それが父、奈勿王の願いであり、遺言でもある」

「ならばこそ、一時も早く訥祇王様が新羅王になるべきです」

「しかし、高句麗の千里将軍の力を借りて王位に就くことは・・・」

「何を憚ることがありましょう。高句麗を利用すれば良いのです。利用して、後は訥祇王様の望み通りにすれば良いのです。千里将軍に助けて貰ったからといって、高句麗に頭を下げる必要はありません。高句麗の指示で無く、千里将軍の個人的意思で、訥祇王様の支援をしてくれるのですから。自分の天下になったら、支援してくれた人たちに感謝し、自分が思うままに振る舞えば良いのです」

 朴提上は高句麗、千里将軍の力を借りて実聖王を倒すことに積極的であった。実聖王政権によって、冷遇されながらも抑止して来た実聖王への敵愾心が、一気に噴き出したのであろう、提上は訥祇王を強力に説得した。

「そんなことをして、大丈夫だろうか?」

「私が付いております。何も恐れることはありません。兄弟、力を合わせ、新羅を興隆させて下さい」

「卜好王や微叱許智王は、私に協力してくれるだろうか?」

「私が卜好王様や微叱許智王様、お二人に、密使を送り、新羅にお戻りいただき、訥祇王様の応援をしていただくよう頼みます。この提上に、総てをお任せ下さい」

 かくて新羅の訥祇王は忠臣、朴提上と高句麗から派遣されている千里将軍の力を得て、自分を殺害しようとしている実聖王に対峙することを心に決めた。

 

 

          〇

 五月、牡丹の花咲く季節、訥祇王の邸宅に数人の高句麗兵が現れ、訥祇王をはじめ家人を捕えようとした。この緊急事態を知って新羅兵もその周りに集まった。誰もが知る実聖王お抱えの高句麗の護衛兵の頭領、千里将軍は、訥祇王の邸宅の皆の前で叫んだ。

「訥祇王よ。汝の国王殺害計画は露見した。大人しく縛につけ」

「何を言うか。何故、私がそのようなことを」

「ここにいる朴提上が自白した。ここにある盟約書が証拠じゃ」

「私は知らぬ」

 訥祇王はしらを切った。

「知らぬでは済まされぬぞ。天下を騒がせた大罪、見逃すわけには行かぬ」

 千里将軍の威嚇の声に誰もが息を呑んだ。だが訥祇王は、怯まなかった。取り囲む兵士たちの前で、怒りの顔で千里将軍や衛兵を睨み付けて反論した。

「言いがかりは止めろ。私は奈勿王の長子なるぞ。何故、国王を殺害する必要があろうか。それは国民総てが知っていることだ」

「黙れっ。汝は国王殺害計画をしながら、尚も口舌にて、罪を逃れようとするのか?」

 その言葉に呆れたような顔をしてから、訥祇王は薄笑いを浮かべて言った。

「お前では話にならぬ。王族の私を処罰しようと思うなら、実聖王様をここに呼んでくれ。私が無罪であることを、実聖王様に直接、お話する」

 すると何処にいたのか、その実聖王が、訥祇王の前に姿を現した。

「どうした、訥祇王?」

 訥祇王は直ぐにしゃがみ込んで実聖王に訴えた。

「実聖王様、助けて下さい。高句麗の千里将軍が私を捕えようとしています。千里将軍の言っていることは言いがかりです」

 すると実聖王は跪く訥祇王を蹴飛ばして言った。

「お前は、我が側に仕え、忠誠を捧げれば良いものを、従者に誑かされて私を殺そうとしたことは明白である。許す訳にはいかぬ。千里、訥祇王を殺してしまえ」 

 実聖王の言葉を受け千里将軍はゆっくりと大刀を抜き、その剣先を訥祇王でなく、横に並んでいる実聖王に向けた。

「あっ!何をする」

 実聖王は勿論のこと新羅の実聖王の護衛兵たちが奇声を上げた。実聖王には信じられないことであった。

「実聖王よ。我が一言を聞け。天は正しき者に味方する。民を苦しめる徳も無き国王を誰が国王と認めようか。他国の武力を行使し、国民の意見も聞かず、王位を掠め取った者など国王としての価値など全く無い。救うべからず。死んでもらおう」

 千里将軍は鬼の形相をして大刀を頭の上にかざして、あっという間に振り下ろした。

「おうりゃあっ!」

 その掛け声と共に、実聖王の首がすっ飛んだ。その首は卒倒した実聖王の身体から離れ、ごろんごろんと音を立て新羅の護衛兵の前に転がった。それを見て新羅の護衛兵と高句麗の護衛兵とが衝突した。そこへあらかじめ千里将軍と打ち合わせしていた訥祇王の援軍が後ろから駆け寄り、実聖王の護衛兵を襲った。実聖王の護衛兵たちは主人を失い、自分の命大事と逃げ去った。訥祇王は忠臣、朴提上と高句麗の千里将軍に助けを得て、自分を殺害しようとしていた実聖王の罠から逃れ、逆に実聖王を倒して新羅王に即位した。

 

 

          〇

 新羅王交替の知らせは、応神天皇のもとに逸早く届いた。任那に派遣した中臣烏賊津の息子、中臣大小橋が、新羅の政変の様子を、事細かに父親に報告して来たのである。

「陛下。新羅の実聖王が、高句麗、長寿王の部下に殺されたとの報告がありました」

 応神天皇は、それを聞いて、吃驚した。

「何と。あの実聖王が何故?彼は高句麗、長寿王の隷属者であったのに何故?」

 中臣烏賊津の報告を耳にして、応神天皇は自分の耳を疑った。高句麗の命令に従い、加羅国を滅ぼし、葛城襲津彦を散々、苦しめ、倭国任那に反抗を繰り返した実聖王が、何故、高句麗、長寿王の部下に殺されたのか、応神天皇には信じられなかった。その疑問について、中臣烏賊津が推測し、説明した。

「実聖王は高句麗の先王、広開土王の庇護のもとで、新羅王になった男であって、長寿王の完全な隷属者では無かったようです。長寿王の意に背き、濊を攻めたり、任那に逆らったり、百済の民を苦しめたり、新羅の国土を拡大しようと、四方に手を伸ばし、長寿王の逆鱗に触れたのです」

「それは信じられぬ」

「実聖王は悪賢く、新羅の領土拡大の為に、あの手、この手を尽くし、ついには高句麗が治める濊にも手出ししようとしたのではないでしょうか。それに気づいた長寿王は、部下の千里将軍を派遣し、実聖王を殺害したのだと思います。そして奈勿王の長子、訥祇王を王位に就けたのです」

「卜好王を新羅王としたのではないのか?」

 応神天皇高句麗の長寿王が訥祇王を王位に座らせたという話には疑問を抱いた。納得の行かぬ話であった。

新羅をまとめられるのは、訥祇王以外にいないとの千里将軍の意見により、卜好王を王位に就けることを、諦めたようです」

「となると、微叱許智王を新羅国王にしようとした倭国の計画は、どうなるのか?」

「どうなるものでも御座いません。そのまま継続されるだけのことです。だからと言って、訥祇王を排して、微叱許智王を王位に就けることが、不可能になった訳ではありません。それは可能なことです」

 中臣烏賊津は不気味に笑った。応神天皇は事態の変化を幅深く受け止める烏賊津の何時もながらの鋭敏さに感心した。

「言われてみれば、その通りじゃ。訥祇王新羅国王になったからといって、慌てることは無い。微叱許智王が王位に就く機会は、何度もめぐって来る筈。その最高の機会を逃がさなければ良いことじゃ」

「その通りで御座います。倭国にとって、訥祇王倭国に協力的であれば良し。そうでなければ、微叱許智王を王位に立てるだけのことです。何ら心配する必要は御座いません」

「それにしても高句麗、長寿王は思い切った決断をする男じゃ。父、広開土王に劣らぬ英傑のようじゃ」

 冷静に考えれば考える程、応神天皇にとって、高句麗の長寿王は恐るべき強敵に思えた。中臣烏賊津にとっても同感だった。

「長寿王の行動力は抜群です。良いと思ったことは直ぐに行動に移す性格だと思われます。意のままにならぬ実聖王が邪魔になれば、即日、実聖王を潰す。至って単純明快な性格の持ち主です」

「して、新しく新羅国王になった訥祇王とは、どんな人物か知っているか?」

 応神天皇の問いに、中臣烏賊津は、任那にいる息子、大小橋からの訥祇王評を伝えた。

「訥祇王は奈勿王に似て、表面は柔和で、国民に愛される賢人です。民を慈しみ、農耕に力を入れ、国民から信頼されております。しかし一旦、自分が決めたことは、決して人に譲歩しない、気性の強いところもあるようです。それ故、何時も注意しておかなければならぬ不気味な存在かと思われます」

「不気味とは、どんな風にか?」

「その新羅を思う心は、実聖王以上かも知れません。従って倭国に油断あらば、何時、倭国に侵攻して来るか分かりません」

 烏賊津の大袈裟な想像に応神天皇は微笑した。

「それは頼もしいことじゃ。国王がしっかりしていれば、国もしっかりしたものになる。新羅は代々、倭国の内宮家を装って来たが、これからは堂々と、一国を名乗れば良い。何も高句麗倭国に振り回されることは無い。新羅新羅であって、倭国領でも高句麗領でも無い。自主独立の新羅国、そのものであるべきだ」

「流石、陛下。それが世界というものです。その陛下の御心をもってすれば、この世に戦さは無くなり、世界各国が外交によって平和を維持し、繁栄することが出来るのです」

 中臣烏賊津は応神天皇を褒め称えた。しかし応神天皇は、烏賊津のお世辞に迎合することは無かった。新羅の王位の継承をめぐっての殺し合いの報告は、余所事では無かった。倭国の将来においても起こり得る事件であると、応神天皇は冷静に受け止めた。

 

 

          〇

 応神二十三年(418年)二月、任那から朝貢の使者が来た。その代表は何と木羅斤資だった。木羅斤資の来朝を聞いて、父、武内宿禰は驚いた。ふと不安に襲われた。

「何かあったか?」

「はい。東晋劉裕と言う者が安帝を蔑ろにして、南燕を滅ぼし、北魏を攻め、後燕へと北伐を重ねて、やがては百済に入って来ようとしております。その報告方々、朝貢にやって参りました」

「そうか。お前も立派になったな」

「それだけ苦労しているという事です」

 そう言い合って二人は笑った。それから木羅斤資は従者と共に軽島の宮殿に出かけ、応神天皇朝貢の挨拶をした。応神天皇は木羅斤資に久方ぶりに面会して喜んだ。

「良くぞ参った。朕に会い、任那の周辺国の情勢を報告する為に来てくれたのであろうが、武内宿禰の様子伺いもあって来られたのであろう。倭国で、ゆっくりして行くが良い」

「有難う御座います」

 応神天皇は実に機嫌よく、木羅斤資を労わってくれた。木羅斤資は、倭国の多くの知人に迎えられ、毎日を忙しく過ごした。そした三月七日、新羅から倭国への朝貢の使者、汗礼斯伐、毛麻利叱智、富羅母智らがやって来た。そのことを葛城襲津彦が、応神天皇に報告した。

「陛下。新羅、訥祇王の使者の代表三名が朝貢に参りました。如何致しましょう」

 それを聞いて応神天皇葛城襲津彦に指示した。

「謁見室に大臣らを集め会見しよう。そちの父、武内宿禰も同席させよ。それに任那の木羅斤資も臨席させよ」

「父は邪摩になりませんか?」

 襲津彦は老齢の父、武内宿禰の成務への参加を余り良く思っていなかった。何と仲の悪い親子なのか?

「何んで、邪魔であろうか。朝貢の使者に会う時、宿禰が傍にいてくれると安心なのじゃ」

 応神天皇は幼少期より、自分の面倒を見てくれた老臣たちを大切にして、困った時の相談者として、何時も側近に置くのが常であった。大三輪大友主や、中臣烏賊津についても同じだった。襲津彦は応神天皇の命を受けて、謁見室に重臣たちを集めた。その知らせを受け、武内宿禰は朝堂の謁見室に入り、応神天皇に挨拶した。

武内宿禰、参りました」

「おうっ、宿禰か。良く来てくれた。新羅、訥祇王の使者が参った。朕や烏賊津と一緒に、使者を引見してくれ」

 応神天皇は老臣に臨席し、朝貢の使者を歓察することを依頼した。

「畏まりました」

 そう言って、武内宿禰は木羅斤資と共に、大臣たちの居並ぶ後方の席に並んだ。しばらくすると葛城襲津彦が、新羅朝貢の使者を引き連れ、謁見の間の高台に座る応神天皇の前に現れた。

「陛下。新羅、訥祇王様の御使者をお連れしました」

 応神天皇は襲津彦が連れて来た新羅の使者を一瞥すると、黙って頷いた。新羅の使者は応神天皇の座る高台の前に跪き、応神天皇を見上げて申し上げた。

「御尊名高き応神天皇様に初めてお目にかかることが出来、光栄です。私は新羅、訥祇王の使者、汗礼斯伐です。ここに同席するは、同じ訥祇王の使者、毛麻利叱智と富羅母智です。新羅、内宮家として、金銀、宝石、鏡、太刀、馬具、それに絹綾織物などを、お届けに上がりました」

 応神天皇は沢山の貢物を目の前にして、満足そうに胸を張って、口を開いた。

「遠路遥々、御苦労であった。朕が倭国王応神天皇、伊狭沙大王である。そなたら三名を国賓として、心から歓迎する。自分の国にいると思い、可能な限り、ゆっくりと倭国を楽しんでから帰国されるが良い」

「有難う御座います。訥祇王様からの書信にも書かれてあるかと思いますが、訥祇王様から応神天皇様に、呉々もよろしくお伝えするようにとの御言葉でした」

「そうか。訥祇王には変わりは無いか?」

「至って元気です。任那国からの応援をいただき、高句麗からの侵略も少なくなり、訥祇王は農耕馬の養育に夢中です」

 汗礼斯伐はたじろぐこともなく、応神天皇の問いに答えた。応神天皇倭国で暮らす訥祇王の弟、微叱許智王について、自分の方から話題に出した。

新羅国の王子、微叱許智殿も元気に暮らしている。間もなくここに現れるであろう」

「微叱許智王様が!」

 汗礼斯伐らは応神天皇の言葉に驚嘆した。こちらから尋ねようとしていた言い辛い事を、応神天皇自らは話に出してくれようとは、信じられぬことであった。

「噂をすれば影とやら・・・」

 応神天皇が合図する方向を見やると、立派になった微叱許智王が入って来た。

「陛下。お呼びでしょうか?」

「微叱許智殿。そなたの兄、訥祇王の使者が参られた。元気なお姿を見せてやって下さい」

 微叱許智王は新羅の使者の顔を見た。

「おうっ。汗礼斯伐ではないか!」

「微叱許智王子様!」

「微叱許智様!」

 汗礼斯伐と毛麻利叱智が微叱許智王に駆け寄った。富羅母智も涙をいっぱいに溢れさせた。

「富羅母智です。お懐かしゅう御座います」

 微叱許智王は涙顔の三人を抱き寄せた。

「何と。汗礼斯伐、毛麻利叱智、富羅母智。しばらくであった。兄上や母上は元気か?」

「訥祇王様をはじめ、皆様、無事平穏に暮らしておられます。我ら一同、微叱許智様の御壮健なお姿にお会い出来、安心しました。我ら三名、新羅国の朝貢の使者として、倭国にやって参りました」

「御苦労である。私は応神天皇様に親切にしていただき、何不自由なく、このように明朗な毎日を送っている。新羅に戻ったなら、微叱許智は元気でやっていると、母上や兄上に伝えてくれ」

「必ず、お伝え致します」

 美しい主従の面会であった。それを見て応神天皇は辛かった。応神天皇は話題を変えた。彼らが他国の状況を、どれだけ知っているか確認した。

「ところで汗礼斯伐。百済の状況は如何か、知っておるか?」

百済の状況は至って平静で、任那の将軍、木羅斤資様が百済、直支王様の右腕になって、徳政を行っているとの話です。従って新羅とのもめごとも御座いません。新羅百済任那の三国は、今や一つの力となり、高句麗や燕の侵攻を防いでおります」

「汗礼斯伐よ。そなたは今、話に出た任那の将軍、木羅斤資に会いたいと思うか?」

「会いたいと思います。会って新羅にも、お出で願いたいと、話しとう御座います」

 汗礼斯伐は、応神天皇が木羅斤資の名を口にしたのを聞いて、耳を疑った。三韓の地で、誰もが信奉する任那の将軍、木羅斤資のことを、倭国王が知っているとは。彼は新羅にとっても、注意しておかねばならぬ重要人物であった。

「汗礼斯伐よ。その将軍は今、そなたらの側にいる。ここにいる連中の中の誰が、その将軍であるか、分かりますか?」

「えっ。目の前の皆様の中に、木羅斤資様がおいでになる。それは本当ですか?」

「真実じゃ。彼は半月前に任那から来たばかりじゃ。勇壮な男である。分かりますか?」

 汗礼斯伐は言葉に窮した。

「いずれの御重臣将軍様も御立派で、私には見分けがつきません」

「そなたらの左列の奥に居られるのが、その将軍です」

 応神天皇の言葉に木羅斤資が立ち上がって挨拶した。

「私が木羅斤資です。先月、任那から来たばかりです。汗礼斯伐殿には褒められ、木羅斤資、赤面するばかりです。今後ともよろしくお願いします」

 木羅斤資に挨拶され新羅の使者たちは感激した。

「今日は何という日でしょう。まるで夢のようです。応神天皇様にお会い出来た他、我が国の微叱許智王子様や尊敬する任那の将軍、木羅斤資様とお話出来、この上なき仕合せに御座います。新羅王への自慢話になります」

「それは良かった。倭国はこれから春爛漫の季節を迎える。草木の花が一斉に咲き競い、この磐余も桜の花が満開になる。心行くまで倭国の春を楽しんで帰国されるが良い」

「有難き仕合せに御座います」

「では襲津彦。微叱許智殿と朝貢の皆様を弓月宮に御案内し、祝宴をしよう」

「ははっ」

 一同は豊明宮から弓月の宮に移動した。

 

 

          〇

 数日後、大三輪大友主の邸宅に紀角鳥足と微叱許智王が訪問した。紀角鳥足は、微叱許智王が新羅朝貢の使者が帰国するのと一緒に新羅に戻りたいと言っていると大友主に話した。大友主は相談を受けて困惑した。鳥足は何故に父、武内宿禰に相談しないのか?大友主には鳥足が武内宿禰と親子喧嘩したくないという心情を読み、即刻、武内宿禰重臣に声をかけ、応神天皇に、微叱許智王の申請を奏上した。

「陛下。新羅の微叱許智王から今回の朝貢の使者と共に、新羅に帰国したいとの要請がありました。如何致しましょう」

 応神天皇は奏上を聞いて、小さな声で呟いた。

「何故に帰りたいのか。微叱許智王は自分が何の為に倭国に来ているのか、誰よりも理解している筈なのに、帰りたいとは何の理由なのか?」

「汗礼斯伐らに会い、新羅国内の状況を訊き、新羅に帰らねばならぬとのことです」

 応神天皇は、長年、倭国にいる微叱許智王のことを気の毒に思うが、返すべきか、留め置くべきか悩んだ。

武内宿禰は、如何、考えるか?」

「如何なる理由があろうとも、微叱許智王を新羅に返してはなりません。また陛下の御恩情により、返すことを御許可するとしても、倭国の将軍を同行させ、帰国理由の実態を把握する必要があります」

「大友主は、その理由を確認したか?」

「充分、確認出来ておりません」

 大友主は恐る恐る答えた。すると応神天皇は大友主に命じた。

「ならば微叱許智王を、ここに呼べ。朕、自ら尋ねよう」

「では微叱許智王を呼んで参ります」

 大三輪大友主は、そう言って、微叱許智王を呼ぶ為に部屋から出て行った。応神天皇は、大友主を見送ってから、武内宿禰らと同席の中臣烏賊津に質問した。

「烏賊津臣は、微叱許智王の帰国要請について、如何、考えるか?」

「私も武内宿禰様と同じ考えです。もし仮に微叱許智王を安易な気持ちで新羅に返し、新羅に気を許したならば、後々、悔いを残すことになりかねません。新羅百済と異なり、昔から約束や信頼を破る国です。気を付けなければなりません」

「しかし、微叱許智王の望郷の念も分かる気がする。彼は優しい心の持ち主である。付き人、朴波覧を失い、このまま倭国で一生を終えるのかと、彼が自分の身上を思う気持ちを察すると、気の毒でならない。彼は新羅からの使者に会って、余程、帰りたい理由が出来たのであろう」

 応神天皇は微叱許智王に同情するかのように呟いた。

「そうは言いましても、代わりの人質を得ないで、微叱許智王を返せば、また新羅の勝手が始まります」

 中臣烏賊津の新羅に対する猜疑心は強かった。それに反対するかのように物部胆炸が言った。

「微叱許智様は陛下の仰せられる通り、心根の優しいお方です。新羅に戻られても、決して倭国に逆らうようなことはしないでしょう。むしろ、新羅国内に倭国への信仰の心を広めさせてくれるでしょう」

 微叱許智王の帰国要請を巡って、賛成反対の議論が続いた。そんな最中、大三輪大友主が、微叱許智王を連れて、部屋に戻って来た。

「陛下。微叱許智王様をお連れしました」

 応神天皇との視線が交錯するや否や、微叱許智王は応神天皇の前に平伏して申し上げた。

「陛下。御多忙中、お目通りいただき、有難う御座います。無理なお願いを陳情し、誠に申し訳ありません」

「大友主から貴殿の帰国の要請を伺った。だが帰りたい理由が分からぬ。在りのままを申せ。それによって許可するか、不許可とするか決めようと思う」

 微叱許智王は、その応神天皇の言葉を聞いて緊張した。

「有難う御座います。この微叱許智王、嘘、偽り無く、自分の気持ちをお話し致します。私は自分が国と国が約束した人質の身であることを充分に承知しております。しかし、この度の新羅の使者からの説明によれば、私は奈勿王時代の人質であって、最早、新羅の人質では無くなってしまっているということです」

「それは、どう言うことか?」

「我が兄、訥祇王は、私の父、奈勿王、更に実聖王の時代から長く私が国に帰らない事を理由に、私の地位を剥奪したそうです。そして私の財産を没収して、私の妻子を奴婢にしてしまったとのことです。私が国の為を思い、努力しているというのに、その妻子に何という仕打ちでありましょう。それ故、私は本国に帰って、それが嘘であるか真実なのか調べたいと思っております。陛下。この微叱許智の不運を哀れと思い、どうか新羅に返して下さい」

 微叱許智王は大勢の前で、恥ずかし気も無く、大粒の涙を流した。応神天皇は、そんな告白をする微叱許智王を可哀想に思った。だが、王族の家族が、そんな極端な冷遇を受けるということは信じ難いことであった。

「微叱許智殿。もともと貴殿が人質になったのは、父、奈勿王の王子としての人質である。ましてや、今の国王は、貴殿の兄、訥祇王である。それ故、貴殿がどんなに長く故国を離れていようとも、貴殿の妻子が粗略に扱われ、奴婢にされたというのは疑わしい。大切にされることはあっても、粗略にされる理由は何処にも無い」

「しかし、現実に私の妻子は奴婢にされてしまったのです。このことは、私など、どうなっても構わないということです。つまり、私を価値無き者にし、倭国との関係が悪化しても構わないということです。いや、むしろ倭国との関係を悪化させたいという考えです。私は人質で無くなったということです」

 微叱許智王は涙をぬぐい、血相を変えて訴えた。応神天皇は慎重だった。ちょっと興奮気味の声で尋ねた。

「そんな馬鹿な。兄は自分の弟が可愛い筈だ。自分の弟は勿論のこと、その妻子も大切に思う筈だ。妻子が奴婢にされたというのは、何かの間違いであろう。微叱許智殿、貴殿は嘘を言っているのではないだろうな」

 すると微叱許智王は細い目を一段と大きく見開いて訴えた。

「何故、私が嘘をついたり致しましょう。私はこうなる運命だったのです。第三王子に生まれたのが、運が悪かったのです。父、奈勿王が生きていたなら、こんな粗略な扱いはされなかったでしょう。私は私の身がどうなっても構いません。妻子たちだけは仕合せになって欲しいのです。その為、私は新羅に戻り、奴婢になった妻子を探し出し、倭国に連れて帰りたいのです。陛下。どうか微叱許智の願いを、お聞き入れ下さい。汗礼斯伐と一緒に、新羅に戻させて下さい」

 微叱許智王の真剣な訴えに応神天皇は感激した。そして微叱許智王の言葉を信じることにした。

「分かった。微叱許智殿の言葉に虚偽が無いと信じ、貴殿を新羅にお返ししよう。ここにいる大臣たちの反対もあるが、貴殿の言葉を信じ、倭国王の判断で、貴殿を新羅に、お返ししよう」

 応神天皇の決断に、多くの重臣たちが驚いた。微叱許智王は喜びの声を上げた。

「有難う御座います。微叱許智の命懸けの願いを、お聞きいただき、誠に有難う御座います。厚く厚く御礼申し上げます。新羅に戻り、必ずや奴婢になった妻子を探し出し、倭国に再び戻って参ります」

 応神天皇は微叱許智王の喜ぶ顔を見て、ほっとした。

「それにしても、弟の妻子を奴婢にするとは、訥祇王も、ひどい国王じゃ。朕も帰国しての微叱許智殿のことが心配なので、葛城襲津彦を同行させよう」

「そうじゃ。襲津彦が付いて行けば良い」

 武内宿禰応神天皇の考えに賛同した。しかし、微叱許智王は葛城襲津彦の同行を断った。

「陛下。その必要は御座いません。私は新羅朝貢の使者たちと一緒に帰るのですから」

 微叱許智王の言葉に、武内宿禰は眉をひそめた。微叱許智王を冷たくしている訥祇王の使者たちと微叱許智王が一緒に帰る事は、どう考えても矛盾していた。武内宿禰が言った。

「それはなりません。それは危険です。倭国新羅の実態を把握する為、将軍、葛城襲津彦を同行させます」

「そ、それは御無用に御座います」

「微叱許智様、遠慮することはありません。小柄。襲津彦を呼んで来い」

 武内宿禰は、臨席していた息子、許勢小柄に葛城襲津彦を呼びに行かせた。その襲津彦は、直ぐに小柄と共に現れた。

「襲津彦、参上致しました」

「ご苦労」

 応神天皇は、そう言っただけで、何も言わなかった。応神天皇に代わり、武内宿禰が、息子に命じた。

「襲津彦。新羅王子、微叱許智様が御帰国なされることになった。突然であるが、微叱許智様を護衛して新羅へ行け。筑紫より海路を辿り、任那の真若大王に会い、そこからお前の得意な新羅へ入れ」

「畏まりました。襲津彦、お役目、お引き受け致しました」

 葛城襲津彦は、再び新羅に訪問出来るとあって喜んだ。

 

 

          〇

 新羅王子、微叱許智王らと葛城襲津彦の一行は、数日後、難波津から、先ず筑紫に行き、そこで安曇大浜の船員を加え、任那に向った。一行は筑紫松浦から壱岐を経て、対馬に着き、鰐浦に滞在した。微叱許智王が疲労されているとのいうので、数日間、鰐浦に留まった。そんな或る日、安曇大浜が壱岐からの案内役を引き受けて来た壱岐県主、芦部に言った。

「芦部よ。汗礼斯伐殿を呼んでくれ」

「汗礼斯伐様は微叱許智王様の御看病をしており、席を外せぬ状態と聞いております」

 芦部は汗礼斯伐から、面会謝絶を言い渡されていたので、その旨、安曇大浜に伝えた。大浜は、その状況を葛城襲津彦に、芦部と一緒に、そのまま伝えた。しかし、疲労回復に時間がかかり過ぎている。襲津彦は、微叱斯智王の様態が悪化するのを恐れ、一時も早く対馬から任那に移動すべきだと、苛立った。

「私は微叱許智様の病状を知りたいのだ」

「では、毛麻利叱智様を、お呼び致しましょう。彼ら三人は交替して看病されているとのことです」

「私は微叱許智様の護送人として、何時までも、この鰐浦に留まっている訳にはいかぬ。対馬の女を抱いて遊んでいるのも良いが、ものには限度というものがある。私は何としても、微叱許智様を新羅まで護送せねばならんのじゃ」

 それを聞いて安曇大浜は答えた。

「分かりました。梶、お前が直接、行って毛麻利叱智様をここへ、お呼び致せ」

 安曇大浜は部下の梶に毛麻利叱智を呼んで来るよう命じた。

「只今、呼んで参ります」

 梶が去ると、葛城襲津彦は腕組みした。

「芦部よ。微叱許智様の病気は何であろうか?」

「凄い熱病とのことです。伝染すると危険です。近寄らない方が利口です」

 襲津彦と大浜の二人は微叱許智王の病気について、あれやこれや想像した。そこへ梶が毛麻利叱智を連れて部屋に戻って来た。

「毛麻利叱智様を呼んで参りました」

「毛麻利叱智です。お呼びでしょうか?」

「おうっ、毛麻利叱智殿。微叱許智様の病状が長引いているが、どんな様子か?」

 襲津彦にそっと尋ねられると、毛麻利叱智は、緊張した顔で答えた。

「熱が下がり、食欲が出れば大丈夫だと思います。一進一退です。富羅母智が小舟を出して、薬草を採りに行きました。望んでいる薬草が海中から手に入れば、微叱許智様の熱は下がると思います」

 毛麻利叱智は額に汗をかきかき、微叱許智王の病状を説明した。

「そうか。私は一時も早く微叱許智様を護送せねばならぬ。三人で力を合わせ、一日も早く、微叱許智様の病を回復させていただきたい」

「襲津彦様。微叱許智様の御病気は熱が下がっても完治するまでに相当、時間がかかります。襲津彦様におかれましては、一時、筑紫に戻られ、そこで政務をされておられては如何でしょうか。微叱許智様が御元気になられた時、筑紫に使者を出します。それまで筑紫で政務を行っていて下さい」

「分かった。それも一案である。検討してみよう。下がってよろしい。看病を頼むぞ」

「では失礼致します」

 毛麻利叱智は深々と頭を下げ、退出して行った。それを見送ってから、襲津彦は大浜、芦部、梶の三人に手招きして、そっと言った。

「三人とも、こちらに集まれ。今の毛麻利叱智の言葉と態度、おかしいとは思わぬか?」

「別におかしいとは思われませんが・・・」

 芦部は襲津彦の問いに、きょとんとした顔をした。だが大浜は襲津彦と同じ雰囲気を感じたと言った。襲津彦の懐疑を抱いた目が、厳しく光った。

「彼らはどうも、私と帰国したくない様子じゃ。何故、私が筑紫に戻る必要があろう。私は新羅に行かねばならぬのだ。対馬まで来て、何故、筑紫に戻る必要があろう。どう考えてもおかしい」

「とすると仮病かも?」

「そうかも知れぬ。仮病かも知れぬ。誰かを使い、そっと調べさせろ」

「梶。そういうことだ。そっと微叱許智様の様子を見て来い」

 梶は安曇大浜の命令を受けると、再び部屋から跳び出して行った。

 

 

          〇

 葛城襲津彦の脳裏に不安が暗雲となって渦巻いた。襲津彦は、安曇大浜と芦部に相談した。

「もし、微叱許智様の病が仮病であったなら、如何しようか?」

「強引に倭国の船に乗せ、任那に向かって出発しましょう。任那に着いてから、彼らの動向を調査しましょう」

 安曇大浜は明快だった。芦部には、どうしたら良いのか分からなかった。襲津彦は慎重だった。

「陛下は、微叱許智様の涙の訴えに心打たれ、その帰国を許可されたが、襲津彦の危惧していた想像が正しいとすると、あの時の微叱許智様の涙が、父、武内宿禰が言うように真実のものであったか、どうかは疑わしいものだ」

 襲津彦が大浜たちに心配事を語り合っているところへ、微叱許智王の部屋に病状調査に出かけた梶が駆け込んで来た。

「襲津彦様。大浜様。大変です。微叱許智様は部屋におりません。誰もいないので、部屋に入り、寝床の布団を剥いで見ると、藁人形が寝かせてありました。私達は騙されました」

 梶の報告に三人は仰天した。

「何じゃと!逃げられたのか」

「はい。どうしましょう」

 梶も芦部も慌てふためいた。

「まだ毛麻利叱智らは遠くへは行っていまい。捕えよ!捕えよ!」

 襲津彦は大声で騒ぎ立てた。大浜は梶に命じた。

「梶よ。仲間を集め、海上を監視させよ。誰一人、逃すでないぞ」

 梶は部屋から跳び出して行って、倭国の船を出させた。壱岐県芦部も素早く部下に海上守備の命令を出した。襲津彦は地団駄を踏んだ。悔しさが身体中を駆け巡った。またもや新羅人に騙されようとは。襲津彦は激怒した。

「おのれ、汗礼斯伐の奴、よくぞ我らを騙したな。この罪は死んでも償えるものでは無い。この偽りは国が国を偽ったことである。私は大軍を呼び寄せ瀚海を渡り、新羅を攻撃する」

 襲津彦は息巻いた。この怒りは鎮めようが無かった。そんなところへ襲津彦の部下、田道から、朗報がもたらされた。

「襲津彦様。伊都県主五十迹手様の家来の種という者が、新羅の使い三名を捕えたとのことです。襲津彦様にお会いしたいとのことです」

「それはでかした。ここに通せ」

 襲津彦は大いに喜んだ。田道は直ぐに種を呼んで来た。襲津彦は種に引見した。種は漁師らしいがっちりした身体を床にすりつけ、襲津彦に申し上げた。

「伊都県主五十迹手の家来、種と申します。新羅の者、三名を海上にて捕らえました。尋問したところ、任那に向かう襲津彦様の一行から逃亡したとのこと。早速、知らせに参りました。彼らの主人、新羅王子、微叱許智様は、三日前に、秘かに新羅に向かって逃亡したとのことです。追っても無駄のようです。捕えた三名、如何が致しましょう」

 襲津彦は、その報告を種から聞き、種に近づき、彼の肩に手を当てて言った。

「種とやら、でかしたぞ。この襲津彦、心より感謝する。沢山の褒美を与えよう。望みがあれば、何でも言うが良い」

「私を任那に連れて行って下さい」

 種は襲津彦に任那行きを要請した。何故、五十迹手の家来の漁師が、任那に行きたがるのか、襲津彦は一瞬、戸惑ったが、直ちに了解した。

「分かった。お前を我が軍の小隊長にしよう。そして任那へ連れて行こう」

「有難き仕合せ。して捕らえた三名を、如何が致しましょう」

 そこへ安曇大浜がやって来て、捕らえた者は毛麻利叱智の従者であると分かった。新羅の使者、三人で無いと分かると、襲津彦は、再び怒りに燃えた。

「三人を檻の中に入れ、火をつけて焼き殺せ。そして、その骨を拾い、新羅に帰った微叱許智に投げつけるのだ。この仕返しは、簡単に済まされんぞ」

 襲津彦は部屋の窓から新羅方面の青海を睨みつけ、激昂した。

 

 

          〇

 微叱許智王の逃亡の知らせは、葛城襲津彦から、父、武内宿禰に届いた。武内宿禰は悩みに悩んだが、羽田八代と相談し、重臣を集め、ことの次第を応神天皇に奏上した。

「陛下。大変、申し訳ありません。また息子、襲津彦が新羅に騙されました。微叱許智王護送中、油断して、微叱許智王を逃がしてしまいました」

「何んだと。微叱許智が逃げただと?」

「微叱許智王は私達を騙したのです」

「信じられぬことじゃ。何故、逃げる必要があろうか。もし、それが本当だとすると、大変なことじゃ」

 応神天皇は唇を噛んだ。武内宿禰は続けた。

「襲津彦は陛下に、筑紫の軍団をお借りし、新羅を攻撃したいと、急使を送って参りました。新羅の逆心をこのまま放置する訳には参りません。陛下。どうか筑紫軍団使用の御許可をお願いします」

 武内宿禰は、息子、襲津彦に代わって、新羅攻撃を申請した。

「失態の償いをするというのか」

「筑紫軍団をお借り出来れば、襲津彦は必ずや新羅を滅ぼし、罪の償いをするでしょう」

 武内宿禰の泣きそうな顔を見て、応神天皇は仰せられた。

「罪の償いをするとは感心なことじゃ。襲津彦に筑紫や出雲から援軍を送り、新羅を再征せよ」

「有難う御座います」

「それにしても、微叱許智に騙されようとは、朕も軽く見られたものじゃ。全く情けない話じゃ」

 応神天皇は信じていた微叱許智王に裏切られたと知って落胆した。それを慰めるかのように武内宿禰が申し上げた。

「悪いのは訥祇王です。彼は最初から微叱許智王奪回を考えていたのです。その為、優秀で腕の立つ、汗礼斯伐ら三名を、朝貢の使いとして、倭国に送り込んで来たのです」

「妻子を思う微叱許智の訴えに、心動かされた朕が、愚かであった。襲津彦には、悪い事をした」

「こうなったからには、新羅を攻めるより、仕方ありません。微叱許智王を取り戻し、倭国の内情を知った訥祇王は、高句麗と手を組んで、倭国に襲撃して来るかも知れません」

「訥祇王は、何故、倭国を攻めようとするのだろうか?」

 応神天皇には新羅、訥祇王の考えが分からなかった。年老いた武内宿禰が、その質問に、新羅の訥祇王の考えを推測して答えた。

「陛下が、新羅の優礼王、天日槍様の後裔、伊狭沙大王様だからです。新羅王家を継ぐ者が他国に存在していては困るからです」

「朕には新羅を手中にし、治めようなどという野心は無い。だからこそ、微叱許智を長い間、預かり、優遇し、今まで、仲良くして来たのではないか」

「とはいえ、新羅王家からすれば、分家に人質を取られ、貢物をせねばならぬということは、訥祇王の自尊心が許さないのでしょう。陛下は倭国王であるとともに、彼等にとって、天日槍の後裔。自分たちの分家なのです」

応神天皇は、武内宿禰の言葉に頭を左右に振った。

「何と愚かな。倭国倭国であり、分家では無い。天神、東明王の血を引く辰王の純真な後継が、倭国王であるのじゃ。任那に言われるのであれば、同じ血縁同志、頷けないことではないが、倭国倭国であり、新羅とは全く違う」

 応神天皇の怒る様子に耐え、今まで黙っていた中臣烏賊津が弁明した。

新羅の訥祇王は、勘違いしているのです。倭国に渡った優礼王、天日槍様の後裔が、ずっと倭国王を引き継いで来られたと思っておられるのです。倭国王家は辰国、邪馬幸王様と奴国の豊玉姫様が建国なされた倭国の王家です」

「その勘違いは朕の母、神功皇太后が、新羅征伐の時、天日槍の後裔であると名乗り、敵をひれ伏させたのが原因である。そもそも、それが誤りであった」

 応神天皇は母の誤りを反省した。武内宿禰は、この時とばかり。新羅攻撃を要請した。

「その誤りを修正させる為にも、新羅再征は必要です。任那と力を合わせ、新羅を攻めれば、彼らは倭国の正体が何であるか分かります」

「分かるだろうか」

「早速、この旨を息子、襲津彦に伝え、筑紫の軍団を新羅に派兵することを、御許可願います」

 武内宿禰の執拗さに応神天皇は微笑した。

「では汚名挽回の為に努力するよう襲津彦に伝えよ。また、大友主。筑紫、穴門、出雲などの県主に襲津彦に援軍を送り、助けるよう指示せよ」

「畏まりました。急便にて各県主にこのことを伝え、大軍を新羅に送ります」

 大三輪大友主が応神天皇の命令を引き受け、武内宿禰と羽田八代は、ほっとした。

「有難う御座います」

 武内宿禰応神天皇の前に平伏した。羽田八代も父に合わせ平伏した。羽田八代は父が手をついた目の前の床に、露の雫のような大粒の涙が二つ、三つ、転がるのを目にした。

 

 

          〇

 八月、応神天皇新羅に向かった葛城襲津彦のことを思い、群臣たちに詔した。

「諸卿よ。新羅に向かった葛城襲津彦は今、多大浦に陣を構え、新羅の草羅城を攻めているという。襲津彦が新羅に向かった後、直ぐに木羅斤資も任那に戻り、国の守りを始めたという。今、倭国は再び、任那を守護しなければならぬ状況になって来た。そこで朕は、朕が母、神功皇太后が行ったのと同じく、ここに集まっている諸卿に、造船を命ずる。その数は五百隻だ」

「えっ、五百隻ですか?」

 その数の多さに平群木菟が驚嘆の声を上げた。応神天皇平群木菟に視線を投げてから、再び一同を見渡し、述べられた。

「そうだ。五百隻だ。五百隻でも足りぬくらいだが、旧船を利用すれば何とかなるであろう。軍船が整い次第、新羅に総攻撃をかける」

「五百隻を造るには月日がかかります」

 応神天皇平群木菟の発言に耳を貸さなかった。応神天皇の決意は固かった。

「官船『枯野』の構造を、そのまま活用せよ。『枯野』は素晴らしい船であった」

「えっ、『枯野』って?」

「官船『枯野』は伊豆の国が奉った船であるが、今や朽ち果てて用に堪えぬ。しかし、その活躍した功績は忘れ難い。その名を絶やさず、後々に伝える何か良い機会は無いかと常々、思っていた。諸国の県主に命じ、『枯野』を五百隻、準備せよ」

「それは実に良い考えです」

 武内宿禰は『枯野』が神功皇太后新羅遠征の折、荒波を乗り越え活躍した話を思い出し、『枯野』を造船することに賛成した。武内宿禰の賛成を受け、応神天皇は自信をもって命じた。

「直ちに『枯野』の構造図を諸国の県主に配布し、造船に着手させよ」

「ははっ」

 一同は応神天皇の指示命令に従った。

「それと共に塩を五百籠を配給せよ」

「塩、五百籠?」

 唖然とする一同に応神天皇は説明した。

「分からぬか。『枯野』の船材を採り、薪として塩を焼かせ、出来た塩を、軍船の製造従事者に施すのじゃ。さすれば船の完成も早まろう」

「流石、陛下」

 平群木菟応神天皇の説明を聞いて感心した。そんな木菟を見て応神天皇は笑って言った。

「感心しているばかりでは何にもならぬぞ。如何にしたら襲津彦の手助けが出来るか、一同、考えよ。襲津彦は今、新羅を敵に回し、命懸けで戦っているのだ。状況によっては、我らの身内である任那が滅亡するかも知れんのだぞ」

 数多くの造船を行う事に疑問を抱いた平群木菟は自らを反省して、応神天皇に申し出た。

「陛下の御心も分からず、申し訳ありません。この、平群木菟に出来る事は、戦さに参画するだけです。直ちに配下を引き連れ新羅へ向かいます。そして、襲津彦と協力して新羅の訥祇王を平伏させて御覧に入れます」

 武内宿禰は、そんな息子の姿を見て頷いた。武内宿禰は、一同の前で息子に言った。

「そうしてくれ、木菟。お前が加われば、襲津彦は勿論のこと、真若大王様や木羅斤資も喜ぶであろう。また百済の直支王も応援に加わるであろう。直ちに任那へ出向いてくれ」

 以前、派兵の将軍としての経験にある砥田盾人も応神天皇の呼びかけに感動し、平群木菟同様、新羅への出征を申し出た。

「陛下。私も平群木菟殿に同行させて下さい。私と木菟殿は、かって襲津彦殿を迎えに新羅に同行した仲間。是非、新羅討伐の一行に加えて下さい」

「そちたちの友情には適わぬ。砥田盾人に新羅への同行を許す」

 応神天皇に即座に許可をいただいて、砥田盾人は喜んだ。

「有難き仕合せに御座います。この砥田盾人、立派に御役目を果たし、帰国致します」

「朕も武庫の港に五百隻の軍船が揃い次第、新羅へ赴こうぞ」

 応神天皇は、母、神功皇太后の如く、新羅へ出征する意欲を示した。その言葉に平群木菟が否を申した。

「それには及びません。その前に我らで新羅を降伏させて御覧に入れます。陛下に御出征願う程、我らは軟弱では御座いません」

 すると応神天皇は英気ある平群木菟の目を見詰めて言った。

「その言葉、忘れんぞ。負けたら二度と倭国の土を踏むでないぞ」

「分かっております。我ら兄弟、一族を賭けて戦います」

 平群木菟の発言に武内宿禰は満足した。

「それでこそ、我が武内の者じゃ。兄弟、力を合わせ、最後の最後まで頑張ってくれ」

 かくて倭国新羅再征が始まった。

 

 

          〇

 応神二十四年(419年)九月の或る日の夕方、武内宿禰応神天皇の第四王子、大雀皇子が憂鬱そうな顔をして難波大隅宮の柱に凭れかかっているのを目にした。月が昇って来るのを眺めている風だった。武内宿禰はそっと近づき声をかけた。

「大雀皇子様。こんな所で何を考えておられるのですか。悩み困ったことがあったら、この老いぼれに遠慮無く御相談下さい。悩み事の秘密は誰にも申しません。何事も、私のような年寄りに相談するのが一番です」

 大雀皇子はしばらく沈黙を続けたが、武内宿禰が立ち去らないので、思い切って武内宿禰に質問した。

宿禰に訊きたい。今日、難波津に到着した大船は、何処から来た船か?」

「あの大船は日向からの船です。日向の諸県君牛は老齢になったので、朝廷での仕事を辞め、本国に帰り、自分の代わりに自分の娘、髪長媛を陛下の御側仕えとして、あの船で送って寄越したのです」

「彼女が噂の髪長媛か?」

 大雀皇子は、そう呟くと、また沈黙した。武内宿禰は幼い大雀皇子が、髪長媛に恋慕した事を知った。

「お気に召されましたか?」

「噂通りの美人じゃ。父王の御側に仕えさせるには勿体無い」

「勿体無いとは、どういう事ですか?」

「私が欲しいという事じゃ。父王の側仕えでは、彼女の美しい輝きが失われてしまう。それが勿体無いと言っているのじゃ」

 大雀皇子は急に多弁になった。余りにはっきりと意見を述べるので、武内宿禰は唖然とした。困った事に首を突っ込んでしまったと、後悔した。でも言わねばならぬことは言わねばならなかった。

「そう仰られても、髪長媛は陛下に召されたのです。大雀皇子様に召されたのでは御座いません」

「分かっている。だから悩んでおるのじゃ。私は彼女が欲しい。宿禰よ。何か良い方法は無いか?」

「しかし、こればかりは難しい願いかと思われます。お諦め下さい」

 武内宿禰は大雀皇子の願いが無謀であることを強調した。だが大雀皇子は一旦、喋ってしまったので、恥ずかし気も無く武内宿禰を睨みつけて言った。

「諦めきれぬ。私は彼女の瞳を見た。彼女もまた私の瞳をじっと見た。美しい瞳であった。吸い込まれそうになるような美しい瞳であった。他人とは思えぬ瞳であった。自分と彼女とは永遠に赤い糸で結ばれているという瞳であった」

「それは一目惚れというものです。若い時によくあることです。しかし、時が経てば忘れてしまうものです」

「そう簡単に忘れられるものでは無い。離れれば離れる程、愛しく思う瞳じゃ。私は彼女が欲しい。宿禰よ。何とかならないか?」

 大雀皇子は、武内宿禰に、この恋の仲立ちをしてくれと切望した。切望されても、うまく行く可能性は皆無に等しかった。

「とは言われましても、この宿禰、成す術が御座いません」

「そこを何とかしてくれぬか。お前には出来ない事は無い筈じゃ」

「如何に老練な私でも、陛下が召された髪長媛を、お譲り願う申し出は出来ません」

 大雀皇子は決断した。

「こうなっては照れ臭いが、大雀自ら、父王に願い出よう」

 大雀皇子の決断に、武内宿禰は慌てふためいた。大雀皇子の両腕を捕まえて説得した。

「それは、お止め下さい。そんなことをしたら、一生、陛下に頭が上がりませんぞ」

「髪長媛と一緒になれなら、父王に頭が上がらなくても構わぬ。もともと父王には頭が上がらぬのであるから同じことじゃ」

 どう説得しても大雀皇子の気持ちが変わらぬと知って、武内宿禰は覚悟した。

「分かりました。大雀皇子様のお気持、この宿禰が陛下にお伝え致しましょう。陛下が激怒されるかも知れませんが、その時はその時、止むを得ません」

「頼まれてくれるか?」

「大雀皇子様が真剣であるのに、この武内宿禰、何故、黙つて見過ごすことが出来ましょう。大雀皇子様の髪長媛へのお気持ちを誠心誠意、陛下にお伝え申し上げます」

 武内宿禰の言葉に大雀皇子の表情が苦しみの顔から喜びの顔に変わった。

「有難う、宿禰。父王に私の気持ちを、在りのままに伝えてくれ。たとえ、それが父王の逆鱗に触れたとて、私には何の悔いも無い」

「髪長媛は何と仕合せであることか。陛下とその皇子に愛されようとは。全くの仕合せ者です」

 数日後、武内宿禰は大雀皇子の髪長媛に対する恋慕の程を、応神天皇に伝えた。応神天皇は大雀皇子が髪長媛を気に入っていると知って笑った。

「そうか。大雀も、そんな年頃になったか」

 大雀皇子から頼まれた武内宿禰の工作は予期していたよりも順調に前進した。応神天皇は、わざわざ重臣を集めた宴を催し、その宴の席に髪長媛を召して、髪長媛を大雀皇子に与えた。応神天皇は二人の喜ぶ顔を見て大いに満足した。

 

 

          〇

 十月、諸国から五百隻の軍船が献上された。それが武庫の港に集まった。勇壮な軍船『枯野』が武庫の沖をうずめ、明日はいよいよ出航という態勢だった。葛城襲津彦らに攻撃され、緊急事態に気づいた新羅の訥祇王は、慌てて、新羅からの調停使を倭国に送った。しかし、不運なことに、その調停使が宿泊していた武庫の港の船から出火し、その延焼で、多数の軍船が焼けた。ことを知った新羅の訥祇王は、更に慌てて、次の使者を倭国に送った。その知らせは、紀角鳥足より、武内宿禰にもたらされた。武内宿禰は直ぐにその内容を、応神天皇に伝えた。

「陛下。新羅、訥祇王が木工技術者、為奈を奉り、新羅使による武庫での火災事故を詫びて参りました。如何が致しましょう?」

 応神天皇は、その武内宿禰の報告に驚きもしなかった。応神天皇は平然と答えた。

「武庫の船は新羅攻撃の兵を乗せる為に準備したもの。あの火災で三十もの船を失ったが、その数は全体からすれば微々たるもの。訥祇王が朕の怒りを理解して、名匠を送って来たのであれば、新羅を許してやろう」

「何と、新羅を許して良いのでしょうか?」

 応神天皇の側に仕えてい許勢小柄は思いもよらぬ応神天皇の発言に驚いた。応神天皇は自分の考えに異議を唱えようとした許勢小柄を睨みつけた。

新羅を許さずして、如何しようというのか?」

「計画通りに新羅に侵攻し、新羅を併呑しては如何でしょう。このように正当な理由の整った戦さの機会は、滅多あるものでは御座いません」

倭国の領土を拡大しようというのか?」

「そうです」

 許勢小柄は体形に似合わず、過激であった。応神天皇は、しばし目を瞑り考えて申された。

「それはならぬ。新羅は如何なる理由があろうとも、新羅国王に統治させるべきである。倭国が侵略したところで、必ずや新羅人の反抗が起こり、厄介なことになる。倭国が統治出来る範囲は任那までである。それ以上の領土拡大を望んでは失敗する。このことは父祖の時代から試みて失敗して来たことである」

「しかし今や倭国は、昔の倭国では御座いません。百済新羅耽羅朝貢して来る国です。特に任那は真若大王の重臣、木羅斤資とその息子、木満致が活躍し、再び息を吹き返し、高句麗、長寿王が、親交を求める程になって来ているとのことです。これを機会に任那と力を合わせ、新羅を占領しては如何でしょう」

 許勢小柄は新羅侵攻に熱心だった。だが応神天皇は冷静だった。

高句麗、長寿王も、任那新羅を占領しようとしていないから、任那に親交を求めて来ているのであって、もし倭国新羅に手を伸ばしたなら、それは黙っていないであろう」

 応神天皇の意見に武内宿禰も同感だった。

「その通りです。倭国任那統治までを限度とし、国力を蓄えることです。倭国新羅に手を伸ばしたなら、高句麗の長寿王は必ず攻めて参ります」

 武内宿禰は慎重だった。息子、許勢小柄の強気の性格に不安を抱きながら、応神天皇反戦を提唱した。

宿禰の申す通りだ。倭国が攻めれば当然、訥祇王高句麗に応援を要請し、勇んで南下して来るであろう。そうなっては、如何に任那の木羅斤資が屈強といえども、持ちこたえることは出来ない。再び船団を編成し、数万の兵を集め、倭国から援軍を渡海せねばならない。となると、数万の国民が戦死することにもなる」

「戦さは避けねばなりません。もし任那が滅亡したなら、新羅高句麗が渡海を計画し、倭国に上陸して来て、大戦乱、大国難に見舞われるかも知れません」

「そうなったら、倭国は滅亡するかも知れぬ」

 応神天皇は最悪の事態まで想像していた。血気盛んな許勢小柄は興奮して言った。

「何と弱気な。倭国は天神、日神、大日霊尊、天照大神様がお守りしている国。どんなことが起ころうとも永遠不滅です。この度の武庫の出火は、新羅攻撃の為の軍船を狙って、新羅人が軍船に火を点けたことは明白。何故、倭国が弱気にならねばならんのです?」

「訥祇王が詫びて来たのじゃ。それを理解せず、攻撃を加えたとあっては、朕の名がすたる。有難く名匠を受け入れ、新羅の使者をねぎらえ」

「それは甘すぎます。倭国から微叱許智王を取り戻し、現地に派遣した倭国兵や任那兵への攻撃を緩めず、倭国にやって来て軍船に火を点けた新羅人の行為に目をつぶるとは、陛下らしくありません。これを機会に一気に新羅を攻略するべきです」

 許勢小柄に執拗に訴えられ、応神天皇は困惑した。そんな息子の無礼な発言を耳にして、武内宿禰は激昂した。

「お前は何ということを。言葉を慎みなさい。ああっ」

 そう叫んだかと思うと、武内宿禰は、御前でよろよろと崩れ伏した。それを見て応神天皇武内宿禰に駆け寄った。

「どうした、宿禰?誰かおらぬか。だれか・・」

「父上、どうなされました?」

 許勢小柄は突然の父の姿に、茫然と立ち尽くした。応神天皇武内宿禰を抱かえ、叫び続けた。

宿禰が倒れた。誰かおらぬか」

「陛下。如何なされました?」

 応神天皇の叫び声を聞きつけ、中臣烏賊津たちが部屋に駆け込んで来た。烏賊津は応神天皇に抱かれている武内宿禰を見て驚いた。応神天皇は烏賊津に事態を伝えた。

宿禰が倒れた。医博士を呼べ」

「小柄殿。何を茫然とされておるのです。御父上が倒れたのですぞ」

 烏賊津は許勢小柄にしっかりするよう叫んで、自ら医博士を呼びに部屋から出て行った。許勢小柄は応神天皇に代わり、武内宿禰を抱いてわなわなと震え、反省した。

「父上を興奮させ過ぎた。とんでもないことをしてしまった」 

 応神天皇にとっても、武内宿禰は恩師であり、父親のような存在でもあった。

宿禰。大丈夫か。答えよ。何か答えよ」

「父上。しっかりして下さい。何か言って下さい。私が悪う御座いました」

 許勢小柄は父親が、このまま死んでしまうのではないかと心配した。しかし、その心配は直ちに解消した。中臣烏賊津が医博士、王仁を連れて来たのだ。王仁は、小柄から武内宿禰の老体を受け取り、床に寝かせて言った。

「陛下。小柄様。お静かにして下さい。武内宿禰様は、お疲れなのです。少し眠らせてあげて下さい。興奮の余り、卒倒されたのです。しばらく静養すれば、じき回復されるでありましょう」

 王仁の言葉に一同、安心した。許勢小柄は、それでも心配だった。

「本当に回復するでしょうか?」

「静かに睡眠されれば助かりましょう。兎に角、このままそっと眠らせてあげて下さい」

「小柄。王仁博士の申すに従うが良い。宿禰をこのままそっと眠らせたまま、館に運び、静養させよ。一時でも傍から目を放すでないぞ」

 応神天皇は許勢小柄に父親の看病に専念するよう指示した。王仁医博士の診断通り、数日経つと武内宿禰は意識を回復された。だが、朝廷に出仕し、応神天皇の政治の補佐をするまでには至らなかった。しかし、その年の暮れに、ついに帰らぬ人となった。応神天皇武内宿禰の死を哀しみ、羽田八代らに命じ、葛城の地に大きな墳墓を造らせた。また新羅に出兵させていた平群木菟葛城襲津彦らを帰国させ、室宮の墳墓の中に武内宿禰の遺体を埋葬した。七十一歳の生涯であった。そして、倭国の偉大な重鎮、武内宿禰の権威は、その息子たちによって継承されることになった。

 

 

 

 

 

波濤を越えて「応神の巻」③

高句麗との拮抗

 

 応神十二年(407年)二月、任那の五百城大王が薨御した。応神天皇は、その知らせを、仲津姫から聞いた。応神天皇武内宿禰らと、最近、異国から様々な技術を身に着けた工匠などが倭国帰化し、その縁者の渡来が増えた為、王族や倭人帰化人が入り混り、先祖累代の系譜が乱れはじめていたので、『姓氏録』などを作成し、その素性を明確にしようと話し合っている最中だった。羽田矢代が仲津姫のやって来たことを伝えた。

「陛下。仲津姫様が、お見えになりました」

「おう、仲津姫。どうかしたか。菟道若はどうした?」

 応神天皇は、何時も、昨年、生まれた菟道若皇子を手放さないでいる仲津姫が、菟道若皇子を抱いていない姿を見て、何事かと訊ねた。仲津姫は、真剣な面持ちで言った。

「菟道若は乳母に預けて参りました。実は、先程、任那からの使者が私のところに参りまして、祖父、五百城大王様が、お亡くなりになられたとの報告です。出来得れば、任那での大喪の儀式に私に参列して欲しいとの父、誉田真若王からの書信です。どうしたらよろしいでしょうか?」

 それを聞いて、会議していた一同が驚いた。

「何。任那の五百城大王が亡くなられたと。それは大変じゃ。相談するまでも無い。朕とそなたと二人して任那に行き、大喪の儀式に参列しよう」

 応神天皇の決断は早かった。武内宿禰を始めとして、中臣烏賊津ら、五百城大王を知る者は五百城大王の逝去を惜しんだ。五百城大王の訃報に接した応神天皇は直ちに渡海の準備をさせ、仲津姫と揃って任那に訪問することを決めた。そして自らの目で、任那を見聞することにした。武内宿禰応神天皇が自ら渡海することに危惧したが、かって応神天皇の母、神功皇太后の渡海を許可した自分であるので、反対する理由が無かった。武内宿禰応神天皇と仲津姫の渡海の為に、小部隊を編成させ、贈り物などを準備し、二人を任那へと送り出すことにした。

 

 

          〇

 応神天皇と仲津姫の一行は、難波津から出航し、筑紫で、安曇軍団と合流し、伽耶津、一支、対馬を経て、沙都島脇を通り、任那の主浦に到着した。応神天皇が初めて見る異国、任那は、木蓮の白い花や連翹の黄色い花が咲いて、赤土が目立つ異質の地だった。仲津姫は幼い菟道若皇子を乳母と一緒に抱きあやしながら、任那の景色を懐かしんだ。一行は主浦で一泊すると、翌日、金官城に訪問した。応神天皇と娘、仲津姫と孫の菟道若皇子の来訪に、誉田真若王は両手を広げて喜んだ。真若王の妃、貴芳姫や任那重臣たちは倭人には珍しく、背がすらりと高く、顔立ちも良く、凛とした応神天皇に拝眉して、その輝くばかりの神々しさに圧倒された。

「五百城大王様の御薨御の報に接し、仲津姫と息子、菟道若皇子と共に、お悔やみにやって参りました。この度は誠に御愁傷さまです。心より、お悔やみ申し上げます」

「船に乗って遠路、遥々、仲津姫と若君を連れての倭国王応神天皇様のお越し、亡き父王も喜んでおられるに違いありません。初めての任那、ゆっくりしていって下さい」

「有難う御座います」

 二人とも、顔見知りだったので、直ぐに溶け合い、最近の国際情勢などを交換し合った。仲津姫も、母、貴芳姫たちとの久しぶりの再会に、いろんな事を語り合った。そして、五日後、五百城大王の大葬の礼が行われた。その儀式には、百済の直支王、新羅の舒弗邯を務める未斯品も参列し、盛大だった。儀式の終わりになると、五百城大王の柩は既に造られている皇后、善奈姫と同じ陵墓の石室に運び込まれた。応神天皇は菟道若皇子を抱く仲津姫と共に、石室に続く陵墓の入り口の大きな石の扉が、埋葬師によって閉じられて行くのを見詰め、人の命の無限でない事を哀しく思った。仲津姫は目にいっぱい涙をためていた。応神天皇倭国景行天皇の皇子として生まれ、成人して、任那の国王に就任し、倭国に帰ること無く、任那の地で死んで行った五百城大王は、果たして仕合せだったのだろうかと思った。陵墓への納棺の儀が終了すると、応神天皇は、金官城の会議室を借用し、百済の直支王や新羅の未斯品と会談した。応神天皇は、二人に、亡き五百城大王が、何時も仲津姫に〈相争わないことが、互いの平和と繁栄をもたらすものだ〉と語っていたという話をした。かくして応神天皇任那での訪問の主目的は終了した。応神天皇はこの際であるから、百済王都に訪問しませんかと直支王に要請されたが、こういう不幸の時なので、この次の機会に訪問したいと、お断りした。それから三日程して、応神天皇は仲津姫と共に、金官城を離れ、帰国の途についた。

 

 

          〇

 その頃、高句麗の広開土王は倭国応神天皇任那に来て、百済の直支王や新羅の未斯品と会って会談したことを聞き、倭国の更なる大陸進出を危惧した。広開土王は息子の高璉と大臣の再曽を呼んで、任那の五百城大王が亡くなり、任那が大人しくしている隙を狙って、再び半島の南下の提案をした。ところが大臣の再曽は、その半島南下策に、おいそれと賛成しようとしなかった。

「広開土王様。今や三韓は完全に倭国支配下に置かれております。これ以上、彼らと戦い、南下することは、高句麗にとって、得策とは思われません」

「何を言うか。高句麗三韓の上に立つものであり、その領土を南海まで広げるのが、余の使命と思っている。大臣でありながら、そんな自信の無いことでどうする」

 広開土王は、半島南下に反対する再曽を叱責するかのように言った。再曽は、それでも反対した。

「しかしながら、倭国の力は強大です。百済新羅任那も、倭国の駐留兵でいっぱいです」

「とはいえ、高句麗の力が強ければ、倭国の兵といえども、海の彼方に逃亡する。所詮、倭国の兵は、援軍でしかない。倭国の兵にとって、死しても三韓を守る理由は無い。危なくなれば後退する」

父、広開土王の発言を聞いて、まだ少年の面影を残している息子、高璉の瞳が輝いた。

「では、高句麗の攻撃方法によっては、高句麗倭国に代わって、三韓の全部を手中にし、支配することが出来るというのですね」

「その通りじゃ」

 広開土王は、息子、高璉に向かって頷いた。それを見て、再曽が言った。

「でも、これ以上、無理を押しては、国民がついて参りません」

「そうかも知れません」

 大臣、再曽の言葉と高璉の同調が、再び広開土王を怒らせた。広開土王は反対され、その興奮を抑えきることが出来なかった。

「お前たちは、余の祖父、故国原王が、百済の近肖古に討たれたことを忘れたのか?」

「忘れは致しません。この仇は必ず取らねばなりません」

 高璉は唇を噛み締めた。広開土王は、息子を睨みつけた。

「その時が今なのじゃ」

 親子の会話にまた再曽が口をはさんだ。

「広開土王様のお考えは最もだと思います。しかし、今は燕との争いを無くすことが先決です。燕に使者を派遣し、和睦することが先決です」

 再曽はあくまでも戦争に反対だった。彼は戦争が平和をもたらすものとは思っていなかった。各国が互いを尊重し、人的交流を深め、信じ合い、話し合うことが、平和を招来するものであると考えていた。広開土王は、再曽に目を向けた。

「燕との争いを無くし、和睦する。ということは、余に燕の平洲牧として仕えよということか?」

「お辛いこととは思いますが、それが一番です。遼東城を奪われ、木底城攻められ、燕には歯が立ちません」

 再曽はどこまでも防衛的で弱気だった。それに較べ、広開土王は、攻撃的で強気だった。広開土王は、恐るべきことを、二人に提言した。

「燕王、慕容煕を殺す方法はないだろうか?」

 再曽は唖然とした。何と恐ろしいことを。

「そんなことが可能なら、もうとっくに慕容煕は死んでいたでしょう」

「何か良い方法がある筈じゃ」

 広開土王は、考え込んだ。しかし、良い方法は思い浮かばなかった。名案を思いついたのは、若い高璉だった。

「父上。私にお任せ下さい。私に名案があります」

「どのような名案か?」

「燕王、慕容煕の臣下に馮跋という者がおります。一度、彼と面談したことがあります。彼は漢族の流れであり、鮮卑族に仕えていることを、不服としております。彼は罪を犯したとして、高句麗に近い所に潜んでおります。彼を利用し、慕容煕を殺させるのが良いと思います」

「成程。しかし、どのような説得で、彼を動かすというのか?」

 父王の問いに高璉は答えた。

「彼を燕王にするという約束をするのです」

「馮跋を燕王にする?」

「はい。一気に馮跋を燕王にすることは、国を治める上では、まずいので、一時、慕容宝の養子、雲を燕王にすることを馮跋に納得させ、慕容煕を馮跋に殺させるのです」

「それは名案。そして、それから馮跋を燕王にするのか?」

 すると高璉は怪しく笑った。

「いいえ、慕容宝の養子、雲は父上も御存知の通り、我ら高句麗王家の血を引く者。彼に王位を継がせ、高句麗から援軍を送り、役目の終わった馮跋を反逆者として処刑するという案に御座います」

 その高璉の計略を聞いて、広開土王は、自分の息子ながら、高璉のことを恐ろしい男だと思った。広開土王は、頷いた。

「成程。さすれば燕の国民も、高句麗の応援を不思議には思わぬということだな」

「その通りです。それから燕国を高句麗に併呑するかどうかは、父上の考え一つに御座います」

「お前はなら、どうする?」

 広開土王は、高璉に尋ねた。

「勿論、高句麗に併呑してしまいます」

 広開土王は、呆れ果てた。

「余の息子ながら、恐ろしい男じゃ。燕国が余の支配下に治められれば、向かうところ敵無しじゃ」

「矢張り広開土王様と高璉様は親子。意見が一致しております。この親子の絆をもって事に当たれば、計画は必ず成功致します」

 側で親子の会話を聞いていた再曽が、二人の決意に賛同した。広開土王は満足だった。広開土王は再曽に笑いを投げた。

「再曽も、やっと賛成してくれたか。では高璉、早速、燕に赴き、馮跋と密会し、燕王にすると約束せよ。もし、馮跋が断ったなら、その場で馮跋を殺せ」

「分かりました。雲には、あらかじめ知らせるべきでしょうか?」

 広開土王の顔が曇った。成長したとはいえ、まだ高璉は甘かった。広開土王は高璉を叱責した。

「愚か者。雲に計画を知らせる必要は無い。陰謀というものは、それを知る者が、少なければ少ない程、成功する確率が高いのじゃ。一人でも多くが知るということは、その分、秘密が漏洩するということじゃ」

 広開土王の言葉に再曽も同感だった。

「広開土王様の申される通りです。この秘密は、私達、三人だけのものと致しましょう。馮跋は必ず、高璉様の思うがままに動く筈です」

 叱られたり励まされたりして高璉の胸は高鳴った。

「これは面白くなりそうだぞ。燕王、慕容煕がいなくなれば、気になるのは北魏、道武帝だけじゃ。新羅百済は、こちらが攻撃せぬ限り、大人しい羊じゃ。何時でも攻め込むことが出来よう」

百済新羅を軽く見てはなりません。百済新羅の後ろには任那が控えております。そして、その背後には、倭国王、伊狭沙大王、讃が、じっと世界を見据えております。高句麗が一等、注意せねばならんのは、伊狭沙大王の動きです」

「再曽の言う通りである。高璉よ。倭国王、讃のことを忘れるでないぞ」

 広開土王は宿敵、倭国王、伊狭沙大王、讃、応神天皇のことを思った。

 

 

           〇

 四月、燕王、慕容煕の熱愛する皇后、符訓英が死亡した。慕容煕は気が狂わんばかりに慟哭した。宮廷内に混乱が生じた。慕容煕は自分が泣いているのに泣いていない者を見ると怒鳴り飛ばした。宮廷に仕える百官に皇后の位牌を立て、哀哭するよう強要した。群臣たちは、口に唐辛子を含んで、涙を零した。また街に密偵を放ち、泣いていない者がいると罰した。かと思うと、訓英皇后が眠る棺の中へ入り込み、訓英の死体と交合したりした。そして六月、訓英皇后の陵墓、徽平陵が完成すると、慕容煕は、訓英皇后の埋葬の為に大勢の臣下と兵を引き連れ龍城を出た。それを慕容煕から罪を受けて高句麗に亡命していた燕の武将、馮跋と馮素弗兄弟が、従兄の馮万泥や高句麗の高璉の兵と共に襲撃した。更に燕国内で反乱を企てていた連中が加わり、慕容雲を君主に推して、王城を占拠した。慕容煕は部下を引き連れ慌てて龍城に戻ったが、そこには禁衛兵が逃げ去っておらず、敵兵が守備を固めていた。将軍、慕容跋が怒って、龍城を攻撃したが、慕容煕が逃げるのを見て、慕容跋の部下も動揺し逃げ去った。将軍、慕容跋は、高句麗の計画通り、馮跋に殺された。燕王、慕容煕は庶民に変装し、林の中に隠れて様子を窺った。ところが直ぐに見つけられ、龍城に届けられた。そして今までの国家に対する悪業を並べ立てられ、諸子と共に殺された。在位六年。その屍は慕容煕が熱愛した、訓英皇后と同じ墓に葬られた。若さ故の暴君ぶりが、彼の寿命を短くさせたのであった。二十三歳の慕容煕の死は、高句麗の王子、高璉にとっては、衝撃的であった。父、広開土王との計略によって、ことを進めたが、残酷な気がした。自分よりちょっと年上の慕容煕の死は余りにも早過ぎた。慕容煕が殺され、燕国の政権交代の知らせを聞いた広開土王は息子、高璉に言った。

「慕容煕は燕王という立場でありながら、若さ故に、女に溺れ、世界の動きも分からず、数年前、倭国百済からの朝貢を受け、我が国への攻撃を依頼され、国民を犠牲にして来た。その結果が招いた不幸じゃ。国王たるもの、国の中心である。国民の事を一番に思い、最も国民から尊崇される王者らしくあらねばならぬ。慕容煕はそれを分かっていなかった」

 こうして高句麗、広開土王は、息子、高璉と重臣、再曽との陰謀を果たし、久しぶりに枕を高くして眠ることが出来るようになった。

 

 

          〇

 応神十四年(409年)七月、百済から弓月君がやって来た。弓月君は旧知の中臣烏賊津に案内され、接見室に入り、応神天皇に謁見した。

応神天皇様。はじめてお目にかかります。私は百済の月支の首長、弓月に御座います。百済の直支王様の御指示により、海を渡り、倭国にやって参りました」

 鄭重に挨拶する弓月君を見て、応神天皇は喜びを隠さず、歓迎した。

「遠路の船旅、御苦労であった。この春、二月にも、百済王の命により、縫衣工女、真毛津が、朕のもとに参った。全くもって百済王に感謝するばかりである」

「直支王様は私達の一族が持っている総ての技能を、倭国に伝えるようにと、私達を派遣されました。私達は、倭国に移住させていただき、持てる技術の総てを、倭国に伝授したいと思っております。どうか我ら一族を、よろしくお願い申し上げます」

「話は烏賊津臣から聞いている。そちたちは、烏賊津臣と同族だというが、本当か?」

 応神天皇の問いに、弓月君は答えた。

「確かに私達は中臣烏賊津様と同じ流れを汲む者です。私達は秦の始皇帝の後裔として、月支国に長年、住んでおりましたが、百済王様の計らいにより、同族の中臣烏賊津様が活躍している倭国に移住することを許されました」

「嫌々、倭国に来たのではあるまいな?」

「いいえ。私達は希望して倭国に参ったのです」

 弓月君は何か疑っていそうな応神天皇の発言に戸惑った。武内宿禰もまた応神天皇同様、戸惑っている弓月君の顔色が優れないのを見て、不審を抱いた。

「それは真実であろうな?」

 武内宿禰の威嚇するような言葉に、弓月君は緊張して、自分たちが如何に海洋国である倭国の自然に魅力を感じ、平和な倭国の暮らしに憧憬して来たかを説明した。

「虚偽は申しません。私達一族は、遠い昔より、蓬莱国の不死山に憧れて参りました。私達の先祖、秦の始皇帝は、その昔、不老不死の仙薬を得んが為に、徐福という者を東海の蓬莱国に送ったと聞いております。ところが、その徐福、不死山に至り、不老不死の仙薬を手に入れたのに、その蓬莱国が素晴らしい国なので、帰国しなかったとのことです。そのことを恨み、秦の始皇帝は薨じられたと伝えられております。その徐福が帰国したくない程、素晴らしい国、蓬莱国に私達一族は、いつの日にか、辿り着きたいと、長い長い間、願って、参ったのです」

「何と秦の始皇帝からはじまる長き夢か?」

 応神天皇弓月君たちの倭国への夢を抱いての来訪に感動した。

「秦国滅亡後、我ら扶蘇の子孫は、遼東に逃れ、子嬰、昭隆、安嬰と王位を引き継ぎながら、月支国に定住するようになったのです。そして、たまたま我らが先祖、天押雲将軍が、倭国を統治する為、渡海する辰国の邪馬幸王様のお側に従軍なされ、憧れの不死山に至ったと聞き、私達一族は、倭国こそが、蓬莱国であると知ったのです。それ故、応神天皇様が御統治なされている倭国は、私達の憧れの国です」

「そうであったか」

「その倭国から或る日、我ら一族出身の押雲将軍の後裔、中臣烏賊津様が、突然、月支国に現れたのです。私達は烏賊津様が押雲将軍の後裔と聞き、びっくり仰天しました。烏賊津様は五百城大王様と共に百済を救い、私達の窮状も救ってくれました。そして近い日に私達を倭国に迎えたいと仰有られました。そして今回、私達は百済の直支王様の命を受けて、やって参った次第です」

「それは実に両国にとって喜ばしいことである」

「しかしながら、私の率いて来た月支国の百二十軒の民は、途中、任那に入る寸前、加羅の地で、新羅の兵に捕まり、加羅の地に拘留されております。私達、数名、何とかして脱出し、渡海することが出来た訳ですが、是非とも残りの民を倭国へ迎えたいと思います。どうか応神天皇様のお力で、私達一族を御助け下さい」

 弓月君は涙ながらに、倭国へ渡海する前に起きた不幸を、応神天皇に訴えた。応神天皇武内宿禰は、希望した我が国にやって来たというのに、弓月君の顔色が優れなかった理由を理解することが出来た。

「何と百二十軒もの民が加羅の地に留まっているというのか。任那は如何している?」

任那の真若王様は病から回復したばかりで、新羅の動静を窺がっているところです。近く応神天皇様に、何らかの援助をお求めになって来られるものと思われます」

「義父、真若王様が病であったとは?何故、知らせて来なかったのであろう。景真王子は何をしているのか?」

 応神天皇は皇后、仲津姫の父、真若王が、病気であったことを知り、驚いた。武内宿禰は、一旦、安定化した半島の変化を知り、心配した。

「陛下。弓月君の報告が事実なら、それは大変なことです。任那のことが心配です。用心には用心を重ねた方が良かろうかと思います。早急に任那に使者を送り、現実を確かめましょう。使者は誰にしましょうか?」

「そのことは後にして、弓月君の来訪、心より歓迎する。倭国の習慣に慣れるまで大変だと思うが、何かあれば、中臣烏賊津に相談せよ」

「有難う御座います。今後ともよろしくお願い申し上げます」

 応神天皇との謁見が終わると、弓月君は、深く頭を下げ、中臣烏賊津と退室した。それを見送ってから、応神天皇は話を元に戻した。武内宿禰を見詰めて言った。

任那に襲津彦を遣わせ。襲津彦であれば、任那の木羅斤資とも兄弟であるし、加羅の地にも行ったこともある筈。適任と思うが・・・」

 応神天皇武内宿禰の六男、葛城襲津彦任那の使者に任命した。

「しかし、襲津彦は・・・」

 武内宿禰は口籠った。襲津彦のことを適任とは思わなかったのである。応神天皇は不審に思った。

「しかしとは、どういうことか。襲津彦派遣は、嫌だというのか。何故じゃ。宿禰の後継者として考えているからか?」

「いいえ」

「ならば良いではないか。朕の命令じゃ。襲津彦を任那加羅に遣わせ。真若王を見舞うと共に、景真王子とも良く打合せさせ、月支の民を倭国に連れて来させよ。良いな、宿禰

「畏まりました。襲津彦を任那加羅に遣わすことを御約束致します」

 武内宿禰は胸に一物があったが、息子、襲津彦を、任那加羅に派遣させることを、応神天皇に約束した。その葛城襲津彦は、七日後、難波津から軍船に乗って任那へと向かった。

 

 

          〇

 応神十五年(410年)春、加羅国王の妹、既殿至姫が倭国にやって来た。中臣烏賊津が、既殿至姫を応神天皇の謁見を希望している事を応神天皇に伝えた。

「陛下。加羅国王の妹、既殿至姫様が、陛下に直接、お会いしたいと、お見えになりました」

「何と。また異国より、人が参ったか。倭国には、そんなに魅力があるのだろうか?」

「今、三韓にとって平和で戦さの無い倭国が、憧れの楽園のような国と思えているのです。その為、沢山の貴族や難民が、倭国にやって来るのです」

 中臣烏賊津のその言葉に異論があるように、紀角鳥足が言った。

「しかし、加羅国王の妹、既殿至姫様がお見えとは、余程の要件があって来られたのでありましょう」

「襲津彦の奴が、また何か愚かな事をしでかしたのではあるまいな?」

 武内宿禰は息子、襲津彦のことを心配した。襲津彦を加羅国に遣わせたが、未だに戻って来ていない。息子が帰らず、加羅の既殿至姫が渡海して来るとは、一体、どういうことか?そこへ皇后、仲津姫が綺麗に化粧した既殿至姫を伴い、現れた。

「陛下。既殿至姫様をお連れしました」

 薄水色の表着を羽織った既殿至姫は応神天皇の前に跪き、拝眉の挨拶を申し上げた。

加羅国王、己本旱岐の妹、既殿至に御座います。応神天皇様におかれましては、益々、御壮健、御隆昌のよし、既殿至、心よりお慶び申し上げます。この度、故、あって、幼馴染みの仲津姫様のおられる倭国に訪問させていただきました」

「左様であるか。女の身でありながら、海を渡り、よくぞ倭国に参られた。倭国は今、百済新羅任那からの移民が増え、他国との文化が花開き、繁栄している。しかしながら女の移住者は、まだ少ない。貴女のような方が、仲津姫や高木入姫らと共に、女性文化の中心になって、我が国で活躍してくれれば、朕としても、この上なき喜びである。どうか、これを機会に倭国に長く留まって欲しいと願う」

 応神天皇は既殿至に優しく話しかけた。既殿至は真剣な面持ちで、それに答えた。

「有難きお言葉。もし私の願いが叶うなら、倭国に留まることも可能でしょう」

「その願いとは何か?」

 すると既殿至の表情が俄かに引き締まった。

「そ、それは・・・」

 既殿至姫が言いにくい様子なので、仲津姫が尋ねた。

「その願いとは、どんな事なの。気にしないで話して」

 仲津姫が聞いても既殿至姫は口を開かなかった。

「遠慮なく申せ」

 応神天皇は、その答えを求めた。

「でも・・・」

「大勢いては申せないというのか。恥ずかし事なのか?」

「いいえ」

 既殿至姫は声にならない程、低くささやいた。

「では申せ」

 すると更にその声は更に低くなった。

「それは・・・」

 その様子を見て傍らにいた武内宿禰が既殿至姫に言った。

「既殿至姫様。私のことなら気になさらずに、ありのままを仰有って下さい。私には予想が出来ております。襲津彦が問題を起こしたのでしょう」

 武内宿禰のその言葉に既殿至姫は安堵した。既殿至姫は、武内宿禰の息子の葛城襲津彦の問題を訴えに渡来したのであった。

「では遠慮なく申し上げます。武内宿禰様の御推察の通り、葛城襲津彦様のことに御座います」

「襲津彦が、どうかしたか?」

 襲津彦の名を聞き、応神天皇は驚いた。襲津彦の加羅派遣を決めた時、武内宿禰がためらったことを思い出した。既殿至姫は、胸に仕舞っていた葛城襲津彦の悪行を包み隠さず、応神天皇に報告した。

応神天皇様は新羅を討つ為に、襲津彦様を遣わしましたが、襲津彦様は、新羅の美女に夢中になり、新羅を討つこともせず、反対に加羅を滅ぼしました」

「何と。それは真実か?」

「襲津彦様は、新羅王に騙されたのです。新羅の実聖王は、美女二人を飾り、襲津彦様を達句城に招待し、襲津彦様を欺いたのです」

「どのように欺いたのか?」

 応神天皇は高座から身を乗り出して既殿至姫に訊いた。

「実聖王は襲津彦様に、こう申されました。〈月支の民が加羅に拘留されているのは、新羅が行っていることではありません。加羅国王、己本旱岐が、任那から分離独立せんが為に勝手にやっている事です。加羅国王は悪者です。貴奴は新羅任那を攻撃する為の援軍を要請して来ました。しかし新羅倭国に、弟、微叱許智王を人質として送っており、倭国と不可侵条約を結んでいます。かつまた任那とも同時に不可侵条約を締結していますので、援軍を提供することは出来ないと断りました。すると加羅国王、己本旱岐は我々に任那からの独立計画を吐露してしまったことで、窮地に立ち、任那に行こうとしていた月支の民を拘留し、我ら新羅兵に殺させようとしています。月支の民を新羅に送り、間諜という理由をもって、我ら新羅兵に殺害させることにより、加羅国王は任那百済からの信用を得ようと狙っているのです。それが現状です。今、月支の民は加羅国に拘留されております。新羅は月支の民を一人も殺しておりません。濡れ衣です。討つべきは新羅では無く、加羅国です。襲津彦将軍様が討伐すべきは加羅国です〉と」

「それで襲津彦が加羅国を攻めたというのか」

「はい。襲津彦様は新羅兵と一緒に高霊城に侵入して、加羅国を滅ぼしました」

 加羅の滅亡を語る既殿至姫の瞳から、涙が溢れ出た。話を聞いて武内宿禰は怒りと恥辱に赤面して呟いた。

「襲津彦の奴。何と愚かなことを。鳥足、お前を派遣しておけば良かった・・・」

「父上。私が派遣されても同じことです。新羅の実聖王が巧妙で上手だったのです」

 紀角鳥足は父、武内宿禰を宥めた。

「襲津彦は女に甘すぎる。神功皇太后様と新羅遠征に出かけた時も、女に騙されたという。儂の心配が、そのまま現実となってしまった。襲津彦を派遣したのは誤りであった」

 愕然とする武内宿禰を見かねて、応神天皇は仰せられた。

「襲津彦を任命したのは、朕である。総ては朕の責任である。直ちに新羅に使者を派遣し、襲津彦を呼び戻せ」

 応神天皇は、即刻、襲津彦を帰国させるよう指示した。それを武内宿禰の息子であり、襲津彦の兄である紀角鳥足が承った。

「分かりました。直ちに任那の木羅斤資殿に連絡をとり、襲津彦を帰還させます」

 鳥足の言葉に頷くと、応神天皇は、再び既殿至姫に向かい、加羅国王の安否を尋ねた。

「して、既殿至姫、加羅国王、己本旱岐殿は如何している?」

「はい。兄、己本旱岐は子供の百久至、阿首至、国沙利、伊羅麻酒、爾汶至をはじめ、従者をを連れて、百済に亡命しました」

百済は彼らを受け入れてくれたのか?」

百済の直支王様は、実情を良く理解し、兄をはじめ私達を大切に迎え入れてくれました。また私の願いを聞き入れ、倭国への船と付き人を準備して下さいました。直支王様の御配慮に深く感謝しております」

「流石、直支王である」

 応神天皇は、百済の直支王の計らいに感心すると共に、幼い時、遊んでくれた彼を、懐かしく思い出した。既殿至姫は尚も続けた。

百済、直支王様は立派な国王様です。それに引き換え、襲津彦様は余りにも理不尽過ぎました。兄弟や加羅の民は皆、涙を流しました。女の身で失礼とは思いましたが、憂え悲しみに堪えきれず参上し、加羅の窮状を申し上げた次第です」

 既殿至姫の訴えは執拗だった。その真剣な眼差しに応神天皇は納得した。

「良く分かった。襲津彦に人を送り、彼が犯した過誤を注意すると共に、即刻、帰国するよう命じる。朕の臣下の犯した過失を、深くお詫びする」

「畏れ多いことに御座います」

 応神天皇に頭を下げられ、既殿至姫は慌てて平伏した。伝えたかったことを総て訴え、既殿至姫は、すっきりした。直ぐに対策は取られそうだ。かくも素直に加羅国の窮状を理解していただき、応神天皇と、その皇后、仲津姫に既殿至姫は衷心より感謝した。

 

 

          〇

 同じ年の八月六日、百済から直支王の使者がやって来た。使者の阿直岐応神天皇に直支王からの贈り物として、良馬二頭を奉った。その阿直岐は大和の軽の坂上の厩で、応神天皇の馬飼いとして定住して励んだ。そした或る日、応神天皇は仲津姫から阿直岐百済の学者であると聞き、びっくりした。仲津姫が既殿至姫との雑談の折、それを知ったという。秋の終わり、応神天皇は、その阿直岐を豊明の宮に呼んだ。応神天皇から声がかかって参上した阿直岐は、中臣烏賊津について謁見室に行った。

「陛下。厩坂の阿直岐を、お連れしました」

 烏賊津に導かれ謁見室に入った馬飼い阿直岐は、応神天皇の前に跪いて挨拶した。

「厩坂の阿直岐です。お久しぶりに御座います」

 阿直岐の黒光りのする元気な顔を見て、応神天皇は微笑した。

阿直岐よ。そちの勤勉の程、皆から聞いておるぞ」

「お褒めにあずかり有難う御座います。百済の直支王様より、良馬二頭と共に遣わされてから早や半年。大和の軽の坂上の厩にて、只ひたすら馬の飼育に専念して参りました。その馬飼いの阿直岐をお召しとは一体、何事で御座いましょうか?」

「噂によれば、そちは経書を読むとのこと。経書を何処で学んだか?」

百済にて学びました」

「それは分かっている。何処の何という者に経書を習ったかを訊いている」

 阿直岐は、ようやく願っていた時が来たと思った。応神天皇のお召しの理由は、仏教にあるらしかった。阿直岐は恩師、摩羅難陀のことを思い出しながら、応神天皇に答えた。

「西域から来た摩羅難陀という僧侶に学びました。僧は百済の枕流王様の時代に西域から晋国を経て、百済にやって来ました。彼は枕流王様に仏教を説き、枕流王様に漢山に寺院を建立していただきました。私は、その寺で、摩羅難陀様から、直接、経書の指導をしていただいた者です」

「摩羅難陀の仏教の教えとは如何なるものであるか?」

 そう質問され、阿直岐は待ってましたとばかり説明した。

「その教えは国家の隆盛と人民救済に寄与する尊い教えで御座います。摩羅難陀様の説法を聞けば、誰もがこの世に生きる喜びと死後の世界の幸福を信じることが出来ます。私も仏法を信じたからこそ、倭国に遣わされ、倭国の平和を満喫しておられるのです」

 阿直岐の堂々とした自信溢れる説明に、応神天皇は感心した。このような者に馬飼いをさせておったとは。

阿直岐よ。その仏教とやらを朕に教えよ。また朕が皇子たちに経書の学習の指導をしてくれ」

「私のような馬飼いが、そのような役目を仰せつかってよろしいのでしょうか?」

 阿直岐の問いに対し、側で二人の話を聞いていた中臣烏賊津が応神天皇に奏上した。

「陛下。阿直岐は馬飼いです。それに仏教は天竺西域の教えです。何もここにおいて異端の宗教を採り入れることは、あってはならない事です。陛下には先祖代々受け継がれて来た天神、日神、大日霊尊、天照大神様の教えを守り、天皇家の祭祀を絶やさぬことが、第一です。ゆめゆめ他の宗教を採り入れるようなことがあってはなりません」

 すると応神天皇はムッとした。

「何を言うか。朕は遠い他国の教えを学び、幅広い国王になろうと考えているのじゃ。聖王になる為には、世界のことを学び、世界の書物を習得し、世界の哲人の教えを解析する必要がある」

 応神天皇は漢山に寺院を建立させる程の力のある仏教というものに強い興味を示した。

「とは言いましても、邪宗に迷い、道を失っては、国家の安寧が危ぶまれます」

 中臣烏賊津は応神天皇が仏教に心酔することを恐れた。その烏賊津の発言に、阿直岐が弁明を加えた。

「仏教とは、そのような危険なものでは御座いません。安穏な日々を送る為の尊い仏陀様の教えです。この教えに従えば、倭国は必ず、興隆致します」

「烏賊津よ。朕は天皇家に伝わる神道を捨てる訳では無い。神道を失っては天皇家の存在意義が無くなってしまう。しかし、他国の王道も勉強せねばならぬ。特に我が皇子、大中彦、大雀、大山守、菟道若らには、このことを理解してもらわねばならぬ。明日より、阿直岐を大中彦らの師として、迎え入れよ」

「畏まりました」

 中臣烏賊津には、不服に思えてもこれ以上、反対する理由が無かった。応神天皇阿直岐に質問した。

「して阿直岐よ。その西域の僧侶、摩羅難陀を倭国に招聘することは出来ないだろうか?」

「摩羅難陀様は年老いており、倭国への招聘は無理です。船に乗って倭国に来てもらうことは、師を殺すようなものです」

 阿直岐応神天皇の要請を難しいことだと説明した。

「朕は倭国の将来を思い、大中彦、大雀、大山守、菟道若らに、他国のことを沢山、学んでもらいたのじゃ。その為の学者や僧侶を知っていたら、是非、紹介して欲しい」

 応神天皇阿直岐に対する要望は執拗であった。阿直岐は考えに考え、一人の男を選出した。

「私の知人に王仁という秀才がいます。彼は経書は勿論のこと、天文地理、薬学、歴史等に詳しく、応神天皇様の要請とあらば、遠い倭国であっても、渡海して参りましょう」

「それは嬉しい話じゃ。王仁倭国に招こう。烏賊津よ。早速、迎えの使者を百済に派遣し、王仁を迎え入れよ」

「では百済への使者として、上野毛の荒田別を派遣致しましょう」

「ついでに平群木菟と砥田盾人を新羅に送れ。葛城襲津彦に早く帰国するよう、朕の意思を伝えよ。もし襲津彦が拒むようであったら、その場で殺すよう命ぜよ」

 武内宿禰が同席していないこともあってか、応神天皇の言葉には、何時もに無い厳しいところがあった。しかし、中臣烏賊津は、平群木菟に向かって、襲津彦が言う事を聞かなかったなら、弟、襲津彦を殺せなどと伝える事は出来なかった。

 

 

          〇

 応神十六年(411年)二月、応神天皇の命を受け、平群木菟の率いる砥田盾人と鹿我別の軍勢は任那にて、百済に行く荒田別と別れ、加羅の地に向かった。任那の将軍、木羅斤資も加羅に同行してくれた。木羅斤資は隠密、白都利を達句城に送り、葛城襲津彦が何をしているのか調べさせた。ところが葛城襲津彦は、達句城にはおらず、加羅の高霊城を守備しているとのことであった。そこで倭国の軍隊と任那の兵は加羅の高霊城へ行った。弟、襲津彦がいるので、簡単に高霊城に入れると思い、木羅斤資が城門に近づくと、おびただしい兵が、こちらに向かって見ているのを目にした。よく見ると城門の上には新羅の飛竜旗が掲げられていて、もともと掲げられていた黄色い三日月旗が掲げられていなかった。任那、木羅斤資の部下の安往平が入城することを門兵に交渉すると、門兵は許可しなかった。入れろ入れないですったもんだしていると、城門の上に新羅の居多智将軍が現れ、笑いながら大声で言った。

「木羅斤資殿。そんな大軍を率いて、何しに参られたられたか?」

 居多智将軍の問いに木羅斤資も、これまた大声で答えた。

倭国将軍、葛城襲津彦殿と面談する為にやって来た。速やかに城門を開け、我らと面談するよう、襲津彦殿に伝えてくれ」

 すると居多智将軍は寒風に髪をなびかせ、呵々と笑った。

「今、倭国の襲津彦は、加羅国王、己本旱岐と新羅を滅ぼそうとしたした罪で、この城に幽閉されている。それ故、木羅斤資殿の要請とあっても、おいそれと会わす訳にはいかぬ」

「ならば、どうすれば良い」

「我らが過ちであったと、倭国王及び任那王の詫状を我が国の実聖王様宛に書いて、ここに持って来い。さすれば、襲津彦を解放してやる」

 それを聞いて、木羅斤資は退却を拒否する平群木菟、砥田盾人、鹿我別を説得し、一時、退去することにした。ここで無理やり攻撃して、敢えて多くの味方の犠牲を払うことはない。一行は葛城襲津彦の所在を確かめると、一旦、金官城に戻り、真若大王と相談した。真若大王は、木羅斤資から居多智将軍の話を聞いて大笑いした。

「何と愚かな将軍であることか。貴奴は余の詫状と倭国王の詫状を受け取って自分の手柄にしようと思っているのじゃ。詫状など、何枚でも書いてやるわ。倭国王の詫状も金明由に書かせろ。何ら、慌てることは無い。半月後に、それを持って再び高霊城に行って、襲津彦殿と詫状を交換すれば良い」

 真若大王のその言葉に感心はしたものの、弟が捕らえられている実情を知ると、木羅斤資も平群木菟も気が気でなかった。それから半月後、木羅斤資と平群木菟の連合軍は再び加羅に向かい、兵を三方に分けて布陣した。そして木羅斤資と平群木菟は、高霊城に赴き、居多智将軍と会った。

「居多智将軍殿。先般は我らの願いをお聞き下だされ有難う御座いました。本日、御約束の両国王の詫状をお持ちしました。倭国王の詫状が届くまでに時を要した為、訪問するのが遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした。こちらが、その詫状と貢物に御座います。お確かめ下さい」

 居多智将軍は、木羅斤資の差し出した詫状を受け取ると、部下の朴異夫とその内容を確かめた。二人は書状を見て納得し、頷き合った。

「うん。これで良ろしい。有難や、有難や」

「では襲津彦殿を我らに解放して下さい」

「それはならぬ。実聖王様の御許可無くして、襲津彦を解き放つことは出来ない。儂が実聖王様の所に直ちに参り、詫状をお渡しし、実聖王様の御許可を得て、急いで戻って来よう。昼夜を通して急げば五日程で戻って来られよう」

「そこを何とか、行かれる前に」

「ならぬ。儂が御許可を得て戻って来るまで待たれよ」

「分かりました。よろしく、よろしくお願い申し上げます」

 木羅斤資は、手を合わせ、居多智将軍に実聖王への取り成しを依頼した。平群木菟も仕方なく、木羅斤資に従い、居多智将軍に頭を下げた。そして五日後に再会することを約束し、木羅斤資たちは高霊城から辞去した。

 

 

           〇

 翌日、居多智将軍は実聖王のいる金城へ馬を走らせた。その日の午後、木羅斤資は居多智将軍が不在になった高霊城を襲撃した。それを知った留守居の将軍、朴異夫は慌てた。倭国任那の連合軍はむちゃくちゃに矢を射かけて、たちまち城内に突入した。朴異夫は、直ぐに迎え打ったが、何しろ城内にいる衛兵の何十倍もの敵兵が襲い掛かってきたのであるから、どうにも防ぎようが無かった。倭国の将軍、砥田盾人は向かって来る敵の首を打落とし、襲津彦が閉じ込められている牢屋を捜した。平群木菟も鹿我別も襲津彦を捜して勇ましく戦った。木羅斤資は朴異夫に向かって怒鳴った。

「朴異夫。大人しく降参せよ。我ら連合軍に如何に防戦しても、お前らは台風の前の土塀のようなものだ。襲津彦のいる牢を開け放てば、お前の命だけは助けてやる」

 朴異夫は、ぶるぶると身を震わせ頷いた。そして一人の部下に襲津彦のいる牢を案内するよう指示して、城内から逃げ去った。木羅斤資が朴異夫の部下に案内され、地下牢に降りて行くと、砥田盾人に救出された襲津彦がよろよろと無様な格好をして上がって来るところであった。

「木羅斤資様・・」

 襲津彦は目に涙を浮かべていた。木羅斤資はこんなに打ちしおれている襲津彦を見たことが無かった。

「襲津彦。あれほど言ったではないか、女には気をつけろと」

「申し訳ありません」

「若い時より少し成長したかと思っていたが、相変わらずだな」

「面目御座いません」

「まあ良い。無事で良かった。仔細は金官城に戻って聞こう」

 朴異夫が逃げたのを知ると、新羅兵は一斉に、高霊城から逃亡した。それを見て鹿我別らが、勝利の気勢を上げた。平群木菟は、木羅斤資と相談し、鹿我別と安往平らに高霊城を守備するよう言い渡し、葛城襲津彦を連れて、新羅の達句城を攻めた。新羅の実聖王は倭国の力を恐れて、達句城で働かせていた月支の民を解放し、詫状を返却した。そして、居多智将軍の首を斬って、倭国への忠誠を誓った。襲津彦は、その居多智将軍の首を槍の先に高々と掲げ、まるで失敗が無かったかのように、木羅斤資軍の先頭に立って、真若大王のいる金官城に帰還した。

 

 

          〇

 同年の秋、平群木菟と砥田盾人は、葛城襲津彦と月支の民を連れて帰国した。葛城襲津彦は帰国するなり、父、武内宿禰から大目玉を食らった。その後、応神天皇に拝謁した。応神天皇は平伏する襲津彦を見るなり笑った。

「襲津彦。良く帰った。顔を上げよ。一体、長い間、どうして過ごしていたのか?」

 数年ぶりに拝顔する立派になった応神天皇に見詰められ、襲津彦は赤面した。

「お恥ずかしい話で御座います。新羅、実聖王の罠にはまり、部下たちを失い、月支の民と共に、新羅に拘留されていました」

加羅国王、己本旱岐の妹、既殿至姫の話によれば、そち自ら加羅国を攻撃したというではないか。それは本当か?」

「仰せの通り、私は加羅国を攻撃しました。加羅国王、己本旱岐は新羅、実聖王に月支の民を預けられ、百済新羅任那三国の板挟みになり、どうしたら良いのか迷っていました。私は自分が派遣された目的である月支の民の救出が進展しないので、新羅人を使い、加羅国を攻撃しました」

 襲津彦は加羅国に派遣された後の状況を在りのままに話した。応神天皇は襲津彦が加羅国を攻撃した事実を知り、怒った。

「そちは加羅国が任那の中の一国であることを忘れたのか?」

「忘れてはいません。私は何故、任那の中の一国である加羅が、月支の民を拘留し、倭国の要請を聞き入れないでいるのか、その原因を知る為に、新羅側より、加羅を攻撃したのです。陛下の仰せられる通り、加羅任那の中の一国であるなら、たとえ新羅の圧力があろうとも、月支の民の希望を聞き、素直に月支の民を任那に送り、倭国に届けてくれた筈です。それが出来なかったということは、加羅国王に何かの思惑があったからではないでしょうか?」

任那からの分離独立か?」

「その通りです。真若大王様が御病気をなされ、弱体化しつつある任那から独立せんが為に、任那を困らせようとしたのです。それを木羅斤資の弟である私が、何故、黙っていられましょう」

 襲津彦は加羅国攻撃の正当性を主張した。

「とはいえ、攻撃する前に話し合いは出来なかったのか?」

「木羅斤資の話によれば己本旱岐は真若大王様の命令を聞かず、高句麗、広開土王や新羅、実聖王の命令に従い、月支の民を捕え、任那を攻撃したとのことです。それで私は新羅、実聖王を口説き加羅国に進軍したのです。新羅、実聖王は加羅国を攻撃し、己本旱岐を加羅の地から追放し、私や月支の民を安心させました。そして私を罠にはめたのです」

「私は月支の民を取り戻した勝利の祝宴の後、深い眠りに陥り、目が覚めてみると、捕らわれの身となっていました。そして加羅の地は新羅のものとなり、加羅の民や月支の民は新羅人の奴婢にされて、私を恨みました。私は高霊城の牢獄にぶち込まれ、耐えに耐え、囚われている月支の主長たちと機会を待ちました。そして木羅斤資、平群木菟兄弟や砥田盾人らの決死の救出の手により、ようやく脱出することが出来ました。陛下のご指示により派遣された鹿我別軍の救援もあり、失った加羅の地を回復することが出来、月支の民をお連れすることが出来ました。本当に申し訳ありませんでした」

 襲津彦はそう報告すると、床に頭を付け、応神天皇に詫びた。応神天皇は襲津彦の苦しかった日々を理解した。

「複雑な話であるが、そちの話を信じよう」

 応神天皇は優しく申された。しかし、襲津彦は加羅国を滅ぼした罪は重いと覚悟した。

「私の話を聞いていただき、有難う御座います。しかし加羅国を滅ぼしたことは、私の過ちです。この襲津彦、潔くその罰を受けましょう。切り殺すなり、自害させるなり、御命じ下さい」

「確かに加羅国を滅ぼしたことは大罪である。しかしまた月支の民を救ったことも大功である。故に襲津彦の処罰については、賞罰、咎め無しとしよう」

「勿体無い御言葉。痛み入ります」

 応神天皇の慈悲ある言葉に葛城襲津彦は涙を流した。

「これに懲りず、倭国の為、国民の為、今後とも活躍して欲しい。朕はそちのことを、武内一族の頭領として、心から期待しているのじゃ。頑張ってくれ」

「御期待に副うよう、この襲津彦、心を入れ替え頑張ります。愚か者ではありますが、今後ともよろしくお願い申し上げます」

「何を卑下するか。そちのやったことは愚かな事では無い。正しかったのだ。もっと胸を張って、正々堂々と自分の功績を自慢するが良い」

 葛城襲津彦応神天皇に処罰されることを恐れて、一瞬、帰国するべきかどうか迷ったが、木羅斤資や平群木菟に励まされ、帰国して良かったと、兄たちに心から感謝した。応神天皇の喜びの顔が襲津彦には何とも嬉しかった。

 

 

          〇

 応神十八年(413年)十月、高句麗の暴れん坊、広開土王が逝去した。広開土王の子、高璉は父王の後を継いで高句麗王となった。彼もまた父王に似て、領土拡大に積極的だった。長寿王と称し、近隣諸国に恐怖を与えた。彼は新羅、実聖王に使者を遣わし、両国和合の為と言って、人質を求めた。実聖王は自分も高句麗の人質であった経験から、先王、奈勿王の次男、卜好王を人質として、高句麗に送った。高句麗に送られた卜好王は高句麗の国内城にて長寿王に謁見し、挨拶した。

「長寿王様。新羅、奈勿王の次男、卜好に御座います。叔父、実聖王の命により、丸都にやって参りました。長らくお世話になりますが、よろしくお頼み申し上げます」

「卜好王よ。そう緊張されなくて良い。余とそなたとの付き合いは、これからも長く続く。余り緊張ばかりしていると早死にするぞ。そなたは余よりずっと年長である。だから無理をしなくて良い。余は年長者を敬い、自分も長生きしたいと思っている」

 長寿王は緊張する卜好王に優しく話しかけた。しかし、人質の立場である卜好王にとって、緊張しないではいられなかった。

「私は人質の身です。何で緊張しないでいられましょうや」

「そう卑屈になられては困る。私がそなたを要求したのは、実聖王が高句麗に対して甘えているからである。彼は我が父、広開土王に私の弟のように可愛がられ、新羅国王となり、国民からも国王として信頼されるようになった。しかし、それは我が父、広開土王がいたからのことであって、本人の力で国王になれた訳ではない。そなたも存じておろうが、実聖王は奈勿王の子では無い。伊滄大臣、金大西知の子だ。我が父、広開土王と伊滄大臣によって王位に就くことが出来たのだ。実聖王は、そのことを忘れている。余は実聖王に、そのことを思い出させる為に、そなたを要求した」

 それを聞いて卜好王は質問した。

「何故に私を差し出せと?私の兄、訥祇王がいるではありませんか」

 卜好王は自分が自分より年下の長寿王に何故、選択されたのか、その理由が分からなかった。そこで長寿王は自分の帝王学の一旦を実名を使って説明した。

「国内を治めるには常に対抗する者が必要である。左と右。対抗者は時によっては殺されることもある。新羅において言えば、実聖王の対抗者はそなたの兄、訥祇王である。かって倭国の香坂王や忍熊王応神天皇の母、神功皇太后によって、殺されたと聞く。百済の辰斯王は阿花王によって殺された。後燕の慕容煕は、その臣下の馮跋に殺された。我が高句麗においても似たような事件もあった。歴史を振り返れば、誰の周囲にも常に対抗者が存在するという事が明確である。当然ながら、余にも対抗者がいる。そこで我が高句麗が、新羅の次期国王を決定する力を温存させる為には、実聖王の直接の対抗者では無い、第三の男を獲得しておくことが賢明であると考えた。その第三の男が、そなた、卜好王なのだ」

 長寿王の説明を聞き、卜好王は今まで用無しと思っていた自分の存在が重要であることを知った。十五歳も年下の長寿王に自分の命の尊さを教えられるとは情け無かった。

「そういう意味からすると、倭国にいる弟、微叱許智王も、その機会を狙う第三の男と言えるのでしょうか?」

倭国応神天皇は、それを考えているかも知れない。実聖王が訥祇王を殺した時、微叱許智王が新羅国王の位を狙う。その時、そなたと微叱許智王との兄弟による王位争いとなる。それは言い換えれば高句麗倭国との争いである。高句麗倭国に負けてはならない。倭国王は我らが騎馬民族の流れを汲む者であり、常に高句麗の下位にあらねばならぬ。それ故、そなたは微叱許智王に勝たねばならぬ運命にある。このことを考え、御身を大切に、ここにて日々、自信を蓄えお過ごし下さい」

 若き長寿王は卜好王を上手に誘引した。そして己を惚れさせた。

「良く分かりました。この卜好、長寿王様のお考えを肝深く刻み、下僕となって頑張ります。新羅の平和が私の存在により保証されるというのでれば、私の生きがいもあるというものです。長寿王様。この卜好を末永くよろしくお頼み申し上げます」

 卜好王は長寿王の前に深く頭を垂れた。長寿王は更に優しく仰せられた。

「そなたは私の宝です。何で大事にしないことがありましょうや。この高句麗は東に沃沮、北に扶余、そして北魏、西に馮跋の治める燕、南に直支王の治める新羅等、沢山の国々に囲まれています。このような環境の中にあって、自国を守って行くには、どの国とも争うことなく、仲良くやって行くことが肝要です。その為には、今、挙げた国々の更にその外側にある倭国や晋、それにそなたの母国、新羅とも交流を深めねばなりません。私は上手な外交を通じ、父、広開土王が拡大した高句麗を確固不動のものにする使命にあるのです。卜好王に頼まねばならるのは、この私の方です」

「畏れ多い話に御座います。この卜好、長寿王様の広い心を知り、心洗われた気持ちです。人質としての自分のことを、暗く暗く考えていましたが、それが誤りであることを悟り、心が晴れました。私の事は心配しないで下さい。高句麗の民になったつもりで、長寿王様にお仕えしますので、末永くよろしくお願い致します」

 長寿王も卜好王の素直な言葉に感激した。

「良く言ってくれた。そなたと私は友人です。私がそなたに気づいたことがあれば、そなたに注意しよう。そなたもまた私に気づいたことがあれば、進んで私に忠告して下さい。共に手を取り合って、平和な国造りに励みましょう」

 かくして高句麗新羅は固く結ばれることとなった。

 

 

          〇

 応神十九年(414年)春、応神天皇は昨年、荒田別が百済から連れて来た王仁博士と軽の坂上阿直岐とを朝廷に召して、中臣烏賊津、羽田八代らと倭国の教育と外交について語り合った。応神天皇が先ず、王室での教育状況について王仁に尋ねた。

王仁先生。我が皇子、大中彦、大山守、菟道若らの勉学ぶりは如何ですか?」

「はい。どの皇子様も勉学に熱心で、この王仁も驚く程です。百済の学校で教鞭を執って参った私も、これ程までに熱心な学徒を見たことがありません」

 王仁応神天皇の質問に答えると阿直岐も、自分の感想を伝えた。

「大中彦様、大山守様、菟道若様、いずれも皆、御聡明であり、経書の解説を担当するこの阿直岐も教えるのにたじたじです」

「お世辞ではあるまいの?」

 応神天皇が二人の報告に疑いをもって聞き返したので、阿直岐が言い返した。

「何故、お世辞でありましょう。事実、どの皇子様も勉学熱心で、その学識を相争っているようです。このような皇子様たちが成人され、国政を執られるようになるかと思うと、この阿直岐、胸の躍る思いです」

阿直岐殿の申される通りです。優秀な皇子様たちに支えられ、倭国は更に繁栄されることでありましょう」

 阿直岐王仁博士に続いて中臣烏賊津が奏上した。

「皇子様たちだけではありません。重臣たちの子弟も、両名の教導を受けて、立派に成長しつつあります。これからは増々、両名の講義を聞きたいという人たちが増えることでありましょう」

「烏賊津よ。そなたらの意見を採り入れ、百済より学問の師を招いたことは大成功じゃ。朕としても国民の能力向上は願ってもないことである。更にこれらの学問を広める為には如何すべきか?」

 応神天皇の問いに烏賊津は自分の考えを具申した。

「先程の王仁先生のお話にもありましたが、百済には学校というものがあります」

「学校?」

「はい。学校とは国費で建てた学問をする為の講堂のことです。学問をしたい者は、ここに集まり、王仁先生や阿直岐先生のような博士から、尊い講義をしていただくのです」

「うむ。それは良い提案である。烏賊津よ。早速、その学校の建設に着手すべく、そこの羽田八代ら各大臣と相談し、実行に移せ」

 応神天皇は教育の重要さを感じ、中臣烏賊津と羽田八代に学校建設を指示した。それを聞いて、王仁博士と阿直岐は学校建設の具申が受け入れられ喜んだ。羽田八代が指名を受けて申し上げた。

「畏まりました。我ら大臣、学校建設は勿論のこと、王仁先生に御紹介願い、更に沢山の博士を迎えたいと思います。よろしいでしょうか」

「良きに計らえ」

 この時とばかり王仁博士も自分の意見を奏上した。

「学問の師のみでは御座いません。百済には倭国に無い、高度な技術を備えた者が沢山おります。これらの者を迎え、医薬、織布、鋳造、鍍金、彫刻、染色、楽器等の技術を導入することも大切かと・・」

王仁先生の申される事に私も賛成です。百済秦氏は機織りや酒造りが得意の一族です。彼らを招き、衣服や酒造りの生産に励み、国民を寒さから守ることも、考えては如何でしょうか?」

 阿直岐百済秦氏の召喚を申請した。それを聞き、烏賊津は二人の意見を採り入れるよう、応神天皇に勧めた。

「二人の提案を採用しては如何でしょうか」

「それも良かろう」

 それから話題は外交へと発展した。

「ところで、広開土王亡き後の高句麗の状況は如何している?」

「広開土王の後継、長寿王は、目下のところ、大人しくしております。彼も積極的な男だということですが、利発な若者で、今のところ様子見をしているようです」

「卜好王を人質にしたと聞いているが」

「はい。我が国に対抗してのことでありましょう」

「いずれにせよ。任那百済に人を送り、用心を重ねよ」

「はい。百済に学問の師や技術者を求めに行く者と一緒に密偵を送り込みます」

 中臣烏賊津や羽田八代たちは応神天皇の質問に、それぞれの考えを伝えていたが、王仁博士は、それだけでは情報不足だと思った。王仁博士は、応神天皇に面談出来たこの機会に、日頃、感じている自分の考えを申し上げた。

「陛下。学問指導に倭国にやって来た王仁が、口出しすることでは無いかも知れませんが、倭国は海外から知識人を迎えると共に、倭国から海外への使者を、もっと派遣すべきだと思います」

王仁先生。それはどういうことかな。我が国は絶えず三韓の地に使者や兵を派遣していると思うが」

 大陸で暮らしていた王仁博士にとって、応神天皇は、余りにも世界の広大さを知らな過ぎた。王仁博士は外交について、応神天皇に提案した。

「世界にある国は三韓のみでありません。北魏、燕、晋など沢山の国々があります。その各国がそれぞれに優れた文化文明を持っております。その昔、倭国卑弥呼女王は魏に朝貢の使者を派遣し、倭国を繁栄させ、更には晋の国に渡られたとのことですが、陛下に於かれましても、これらの国々に朝貢の使者を送られることが、これから広く世界を治めて行く為に必要かと思われます」

「我が国に朝貢の使者を派遣せよというのか?」

「はい、そうです。高句麗、長寿王は即位するや、晋の安帝様に朝貢の使者を送り、安帝様より、使持節、都督営州諸軍事、征東将軍、高句麗王、楽浪公の称号をいただいております。百済の直支王様もまた安帝様より、使持節、都督百済諸軍事、鎮東将軍、百済王の称号をいただいております。陛下に於かれましても、これらのことをお考えになり、三韓以外の国々と交流されますことを、お勧め致します」

 すると応神天皇の顔つきが変わった。

「朕に安帝の下に付けと申すか。朕は世界を掌握する伊狭沙大王なるぞ。朝貢の使者を送って来るべきは安帝ではないか」

 応神天皇の怒りの発言に対して、王仁博士は怯まなかった。自分の意見を強く提言した。

倭国は島国です。世界は広う御座います。伊狭沙大王様が世界に雄飛される為には、先ずは朝貢の使者を安帝様のもとに送り、世界を知ることです。朝貢の使者を晋国に送れば、三韓以外の国が必ず見えて参ります」

 王仁博士の言葉に中臣烏賊津が助言した。

「陛下。そういえば羽田八代殿の弟、平群木菟殿が燕の都、幽州の薊城に訪問し、燕王、慕容煕に朝貢し、高句麗を攻撃してもらったことがあります。彼の話によれば、その繁栄ぶりは驚く程であったとか・・」

「そういえば、弟、木菟は燕国の薊城に行った時のことを何時も自慢してます」

王仁先生の申される通りかもしれません。この烏賊津も、百済新羅任那については知っていますが、それ以外の国々には足を踏み入れてはおらず、それらの国々が、どんな風俗習慣を持っており、どんな王制のもとに組織されており、どれだけの軍事力を有しているか知りません。陛下。我が国は邪馬幸王と麗英皇后及び卑弥呼女王の時代に魏に朝貢の使者を派遣した過去があります。その交流も何時の間にか途絶えてしまいましたが、今、再び王仁先生の意見を採り入れ、晋の安帝に朝貢の使者を送るべきかと思います」

 応神天皇はしばし沈黙した。一旦、瞑目してから、再び目を開け、王仁博士に言った。

王仁先生。朕の怒ることをも恐れずに、よくぞ正しき意見を具申してくれた。心から感謝する。朕は先生の意見を採り入れ、即刻、安帝のもとに使者を送ろう。そして広く世界を俯瞰し、誰からも尊敬される聖王になろう」

「私の意見をお聞きいただき、有難う御座います。王仁倭国に来た甲斐がありました」

 応神天皇の聖断に中臣烏賊津ら重臣は感激した。王仁博士も阿直岐も、その目に涙をにじませた。

 

 

          〇

 応神十九年(414年)九月二十九日、高句麗、長寿王は父、広開土王陵の陵碑を建立した。その式典が終わって、丸都に戻った長寿王は、新羅の王子、卜好王を王宮殿の部屋に招き、会話した。

「卜好王よ。我が父、広開土王の眠る大王陵は如何でしたか?」

「威厳ある広開土大王様の御陵墓に参拝させていただき、その素晴らしさに、ただただ感嘆させられるばかりでした。流石、高句麗国を隆盛させた広開土大王、談徳様にお相応しい御陵墓そのものと感心しました。また陵碑の建立は、歴史を後世に伝える為に大切であるものであると知りました」

 卜好王の返答に長寿王は満足した。自分の為したことは正しかったと頷いた。そして、父と共に戦場で過ごした日々のことを回想した。

「父、広開土王の努力は並々ならぬものであった。命を賭けての領土拡大は、建国者、朱蒙に次ぐ偉大な功績である。私は、その父を尊敬し、国民にその功績を納得してもらう為、大王陵を築いた・・・」

「広開土大王、談徳様も、さぞ、お喜びのことでありましょう。特に大王様の功績を記録された石柱碑は、異国の私をも感動させるものでありました。後代の者も、あの石柱碑を見て、広開土大王、談徳様の偉大さを、千年も万年も後へと語り継がれることでありましょう」

「私もまた、父のようになりたいものである」

 長寿王は、口元にかすかな微笑を浮かべ、卜好王を見た。卜好王は答えた。

「長寿王様なら、きっと広開土大王様のような功績を残すことが出来ます」

 卜好王は長寿王を煽てた。

「石柱碑には、高句麗の建国者、朱蒙に関すること、父、広開土王が四方に領土を拡大したこと、王の死後、広開土王の陵墓を広開土王が侵略した韓人や濊人たちによって万年にわたって守護させること、この三項目を重点に記した。これから私が成さねばならぬことは、この記録以上の業績を残すことである。晋をはじめ、北魏や秦、倭といった国々との交流を深め、世界の大王になることが、私の描いている夢である」

「長寿王様なら、きっと世界の大王になれます。この卜好、新羅の国民と共に、その手助けをさせていただきます」

 卜好王の言葉に長寿王は感激した。

「そなたの協力と意見には、長寿王、心から感謝する。特に倭国との一戦が生じた時、そなたに活躍してもらわねばならぬ。ある時は、弟、微叱許智王と手を結び、ある時は微叱許智王と敵対関係にならねばならぬこともあるでしょう。しかし、それは新羅王家に生まれた者の宿命と思い、割り切って、我が高句麗の為に協力願いたい。長い年月、一つ屋根の下で、共に寝食をする卜好王は、私にとって、家族同然である。私の事を兄弟と思い、協力願いたい」

「勿論です。私は、その為に新羅からやって来たのです」

「その新羅は今、秘かに動き始めている」

 長寿王のその言葉に卜好王の顔色が変わった。

「どのようにですか?」

「語るまでもない。実聖王が、そなたの兄、訥祇王を亡き者にしようとしている」

 卜好王は衝撃に胸を押さえた。予想されていたこととはいえ、余りにも早すぎる。卜好王は顔を曇らせ、長寿王に言った。

「兄の人気が高まり始めたからでありましょう。兄は昔から国民の人気者です。父、奈勿王や実聖王と異なり、人を愛し、国を愛し、勤勉を愛する素晴らしい人です」

 卜好王は幼い時から兄、訥祇王を敬愛して来た。そんな兄を敬慕する卜好王を見て、長寿王は意地悪く笑った。

「しかしながら、優秀な人物が国を立派に治められるとは限らない。国とは不思議な生き物で、人の計算通りには動かないものだ」

 言い終えてから長寿王は、自分の発言を反省した。自分には卜好王のように心から信頼出来る兄弟がいない。自分は信頼する兄を持つ卜好王に嫉妬しているのであろうか。長寿王が、そんな考えをしていると、突然、卜好王が、長寿王の前に平伏した。

「長寿王様。私に長寿王様の兵士をお貸し下さい。二名、お貸しいただければ充分です。お願いします」

「我が兵を貸すのは容易い御用である。しかし、たった二名だけでよろしいのか?実聖王と戦うには、もっと沢山の兵士が必要と思われるが・・・」

 長寿王の発言に卜好王は首を傾げた。

「何を申されます。私が実聖王と戦うことを、お望みですか?私はただ新羅の実情を探る為の間諜が欲しいと考えただけのことです」

「そうであったか。私はそなたが兄、訥祇王を助ける為、兵を起こすのかと思った」

「兵を起こして如何なされるのです。私が兵を起こすのは、長寿王様が兵を起こされた時、それに従軍する場合だけです。実聖王を殺すのに兵は不要です」

「では間諜に、実聖王を殺させるのか?」

「分かりません。でも長寿王様が、それを御希望なら、そうさせましょう。兄、訥祇王を殺したいなら、兄を殺させましょう。総ては長寿王様の御希望通りです」

 卜好王の言葉に長寿王は身の毛がよだった。先程の兄弟愛は何処へ行ってしまったのか。長寿王は卜好王の顔を覗き込み、質問した。

「凄まじい自信じゃあないか。それは何ゆえの自信か?」

 その質問に卜好王は冷たい目をして答えた。

「私は孤独です。天下に只一人です。一人程、強いものはありません。世界の総てが己の望むままです。その上、高句麗王様がついているとなれば、天下無敵です」

「して卜好王よ。そなたは新羅王として実聖王と訥祇王のいずれを採るか?」

「私には決められません」

「ならば、そなた自身が新羅王になるか?」

 長寿王は卜好王の王位への願望の有無を確認した。卜好王はそれに関して、至って冷淡だった。

「私は国王に成りたいとは思いません。強力な長寿王様にお仕えすることが自由であり、安全であり、最高です。いずれを採るかと問われるならば、お貸しいただく間諜に選択させたいと思います」

「何故じゃ?」

「私には恩讐があります。白紙の間諜に、いずれの人物が新羅王に相応しいか、選択させます。その者たちが新羅王に相応しいと思った人物が、新羅王であるべきです」

 長寿王は卜好王の弁論を分析し、新羅新羅国として存在しているが、揺れ動いている国であり、自分の考えで、どのようにでもなる国であると理解した。そして卜好王との会談において、自分が高句麗は言うに及ばず、新羅、沃沮、扶余、燕、百済任那の国々を統べる大王に成り得ると自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波濤を越えて『応神の巻』②

■ 百済救援

 

 応神三年(398年)七月、国民の力を結集して、故神功皇太后の立派な陵墓が狭城の盾列に完成した。また、それに合わせるように大和の軽島豊明の宮が完成した。その落成の式典の為、倭国任那をはじめ、百済新羅高句麗、秦、燕、晋といった国々に使者を派遣し、出席を要請した。しかし世界は応神天皇が考えている程、甘いものでは無かった。倭国の烈女、神功女王が死去したことを知った高句麗の広開土王は、突如、新羅侵攻を開始した。新羅に駐留していた倭国兵と任那兵は、新羅の奈勿王を助け、防戦に防戦を重ねた。神功皇太后大喪の礼の参列者招聘を高句麗に要請したが為に、倭国が弱体化したと判断した広開土王の愚行が始まったのを知った応神天皇は激怒した。

高句麗の広開土王とは何と道義を知らぬ奴じゃ。百済の阿花王に反攻され、大人しくなったかと思うと、再びまた方向転換し、新羅への攻撃を開始しようとは。余程、南下したいらしいようだな」

 その怒りを聞いた武内宿禰が答えた。

高句麗は夏が短く、冬の長い国です。その為、農作物等の収穫が少なく、何時も食糧不足に悩まされています。短い夏に洪水に遭ったりしたら、それこそ不幸。飢饉により、数万の国民が死亡すると聞いております。それ故、洪水の少ない温暖の地を求めて、南下したがっているのです」

 武内宿禰の説明を聞いて、応神天皇は納得した。しかし、その理由が納得出来たからといって、その南下の為の他国への侵略を伊狭沙大王として許す訳には行かなかった。

「広開土王は、朕のことを軽く見ている。年齢が若いとはいえ、朕がかかえている配下は、母、神功皇太后の時と何ら変わらない。そのことを理解せず、南下しようとは、全くもって愚かなことである」

「その通りです。それに新羅に駐留する倭国兵や任那兵も、屈強の者ばかりです。また百済の阿花王も頑張っておられます。直支王子様が、皇太后陵の建設の為、倭国に留まっていても、立派に国土を守っておられ、高句麗の南下は不可能なことです」

 二人の会話に中臣烏賊津が口を挟んだ。

「その不可能を可能にしようとするのが、広開土王の恐ろしいところです。陛下。油断は禁物です。広開土王を甘く見てはなりません」

 百済にて高句麗の恐ろしさを味わったことのある中臣烏賊津が、応神天皇の慢心を諫めた。

「烏賊津。お前は広開土王を称賛するのか」

「いいえ。狡猾きわまりない広開土王には、厳しい対応が必要だと申し上げているので御座います」

「左様か。ならば朕は貴奴に対し、何を為すべきか?」

 応神天皇の問いに中臣烏賊津は待ってましたとばかり、己の意見を具申した。

「神功皇太后様の御陵築造の為に倭国に留まっていただきました直支王子様に、百済への援軍として、倭国兵一万人をお付けになり、高句麗への派兵を考えるべきです。さすれば流石の広開土王も、慌てて新羅から撤退するでありましょう。いずれにせよ、倭国のもとにある新羅百済任那の辰国軍団が一体であることを高句麗に示すべきです」

「成程」

「烏賊津臣の申される通りかも知れません。この武内宿禰、歳ばかりとって迂闊でした。御陵墓完成に夢中になり、直支王子様からの援軍要請に対し、未達成であることを、忘れていました。それに豊明の宮の落成と大喪の礼のことを考え、襲津彦に帰国を命じたのが、高句麗に漏洩したのかも知れません。直ちに軍船を集め、百済へ一万の援軍を送りましょう」

 応神天皇重臣、二人の提案を受理し、即日、その準備を始めるよう指示した。そして豊明の宮の落成と大喪の礼を八月末、質素に行った。それでも諸外国から何人かの賓客が訪れた。任那から誉田真若王子、新羅から阿利叱智、百済から真在仲、耽羅から高世良、燕から慕容明、晋から桓建といった、それ相応の人物たちの来臨があった。お陰で東海に浮かぶ倭国が如何に発展を遂げ、周辺諸国に如何に影響を及ぼしているか海外に誇示することが出来たとして、応神天皇は大満足した。

 

 

          〇

 応神三年(398年)十月、応神天皇は先ず、新羅から帰っていた毛野別軍を再度、千熊長彦と共に新羅に出兵させた。翌四年(399年)三月には百済の直支王子に、斯摩那加彦以下、一万の倭国兵を随行させ、百済への援軍とした。一行は難波津から出航し、松浦で筑紫勢と合流し、巨文、珍島、白村江、金浦と進み、五月の初め、百済王都の漢城に入城した。直支王子は入城するや、父、阿花王に挨拶した。

「父上。直支王子、只今、倭国より戻りました」

「おうっ、待ちかねたぞ、直支王子。聞き及びと思うが我が百済軍は、高句麗と向かい合い、敵の変幻自在な攻撃に敗れ、沢山の兵を失った。捕虜になった者が七千人もおり、南に退却しようか、どうしようか悩んでいたところじゃ」

 直支王子にとって、しばらくぶりに見る父、阿花王は何となく覇気が無かった。それに較べ、倭国から戻った直支王子と斯摩那加彦は意気揚々としていた。直支王子は落ち込んでいる父を笑うかのように言った。

「父上。直支王子が戻ったからには心配無用です。倭国では神功女王様が薨去なされ、直ぐに御要望の兵の応援をいただけませんでしたが、このような辛い時にも関わらず、応神天皇様はこの直支王子の為に、一万の援軍を、お与え下さいました。この一万の援軍の力を借り、今までの援軍と共に、高句麗を攻めれば、捕虜の奪還は勿論のこと、大同江まで進軍出来ます。私が戻ったからには高句麗を徹底的に攻撃して見せますので、気を強くして下さい」

高句麗は日々、強力になっている。広開土王の大軍の機動力は抜群であり、我らが巧妙な戦略をもってしても、防ぎきれるものでは無い」

「何と弱気な。百済王の発言とは思われません。ならば私の倭国への訪問は何だったのでしょう。無理を押して、一万の応援兵と沢山の武器をお借りして来た私の面目はどうなるのでしょう。我が国の領土と捕虜になった我が国民を何としても取り戻すのです」

 直支王子は父王の弱気に腹が立った。しかし阿花王は大きな試練に耐えるべきであると痛論した。

「今は反抗する時ではない。耐えるのじゃ。こちらが攻めなければ高句麗は南下して来ない。しかし万が一を考え、都を一時、南に移そうというのが、わしの考えじゃ。高句麗を攻めるのは、それからじゃ。その時にこそ、倭国の援軍、一万の活躍の場が出来るというものじゃ」

「それで倭国兵が納得すると、お思いでしょうか。斯摩那加彦様以下、一万の精兵は、血気盛んな倭国の若者です。放っておいたら何をしでかすか分かりません。戦場に送り出してやるべきです」

 直支王子の隣りに平伏していた倭国の将軍、斯摩那加彦が、直支王子の言葉に付け加えて進言した。

「直支王子様の言う通りです。応神天皇様が私たちにお与え下さったのは倭国の暴れ者ばかしです。目的を中途半端にして放置しておいたら、彼らは百済国内をも乱しかねません。一時も早く戦場に案内し、荒田別将軍率いる倭国軍と合流させ、高句麗と対戦させるべきです」

「お前たちは広開土王の恐ろしさを知らない。お前たちが倭国に行っていた間、百済がどれだけ戦ったか、葛城将軍が帰国されてから、どれだけ死者を出したか、どれだけ捕虜を取られ、城を破壊されたか、お前たちは知らないのだ」

 そう叫ぶ阿花王に続いて大臣の余信が言った。

高句麗、広開土王は智将、孫漱、孟光らを四方に走らせ、新羅百済、帯方、楽浪は言うに及ばず、燕にまで、その手を伸ばし、その悪逆非道の戦いぶりに、誰も対抗することが出来ません」

「それを我ら倭国軍が懲らしめてやろうというのです。この度、私が引き連れて来た倭国兵は屈強中の屈強。豪傑ぞろいです。高句麗の精兵に拮抗する闘志と技量を充分に兼ね備えています。いや、それ以上の戦闘能力を持っております。もし、高句麗と戦わば、我が倭国の精兵は必ずや高句麗軍を北方に追いやることでありましょう」

 斯摩那加彦の鼻息は高かった。阿花王は、千熊長彦の兄の以前と変わらぬ勇猛さに感心した。

「斯摩殿。今、荒田別将軍と千熊長彦将軍は百済の司馬晃将軍や張威、解丘らと松岳の地で高句麗との攻防戦を繰り広げている。倭国の援軍が、このまま戦地に赴いてくれると言うのなら、阿花王、願ったり叶ったりである。到着早々、誠に申し訳ないが、倭国兵一万に百済兵一万を加え、北に向かってくれるか」

「斯摩那加彦、喜んで参ります。総勢二万の兵が応援に駈けつければ、我ら連合軍、大洞江や薩水を越え、更に燕の西安平のある鴨緑江の対岸まで侵攻することも夢ではありません」

「父上。直支王子を、その総大将に任命して下さい」

 直支王子は、戦線の先頭に立つことを阿花王に申し出た。斯摩那加彦が、首を振って、それを制した。

「直支王子様。それはなりません。既に百済の将軍、司馬晃殿が百済軍と倭国軍と任那軍の総大将として、戦場で指揮を執られているのです。司馬晃将軍と荒田別の指揮のもとで、我ら連合軍は活動致します」

 百済の大臣、余信が斯摩那加彦に同感して言った。

「直支王子様。斯摩那加彦様の申される通りです。戦場のことは戦場に詳しい荒田別様や司馬晃にお任せするのが一等です」

「そうは言っても・・・」

 不満そうな直支王子の顔を見て斯摩那加彦は諭すように言った。

「直支王子様。貴男様は百済は勿論のこと、我ら倭国にとっても大事なお方。先陣に立たず、後方にあって、阿花王様の補佐役として、百済の政治をまとめて下さい。我らの参戦により、広開土王は驚愕し、後退するに違いありません」

 斯摩那加彦は直支王子に漢城で守備していてくれるようにと懇願した。直支王子は那加彦の説得を聞いて頷いた。

「よう分かった。倭国からの帰国の旅の間、ずっと一緒だった斯摩那加彦殿と別れるのは辛いが、那加彦殿の忠告に従い、私は漢城に残りましょう。北への進軍の指揮、よろしくお願い致します」

 阿花王と直支王子の了解を得ると斯摩那加彦は荒田別ら陸軍部隊のいる松岳に、倭軍、百済連合軍一万と黄海の沿岸、長池から上陸する海軍部隊一万を進軍させた。突然の百済軍の両面攻撃に驚いた高句麗軍は恐れをなし、雉壌沙里まで後退した。高句麗、広開土王は勇猛果敢な倭国兵を援軍としている南方に向かい、百済新羅と激突することを避けた。新羅百済の背後にいる任那倭国の連合軍が強力であることを察知したのである。そして軟弱な濊や扶餘への東進と、かって高句麗を穢した燕への西進に方向転換した。このことにより倭国から派遣された斯摩那加彦は多くの倭国兵を引き上げさせたが、現地が気に入り残る倭国兵もいた。

 

 

          〇

 応神七年(402年)新羅の奈勿王が逝去した。この時を待っていた高句麗の広開土王は、新羅との和合の為、人質として預かっていた実聖王を即刻、新羅に帰し、十八代目の王位を継がせた。倭国が、このことを知ったのは四ヶ月後であった。武内宿禰と中臣烏賊津が応神天皇の妃について相談している所へ、葛城襲津彦が駆け込んで来た。

「父上。任那の使者からの伝えがありました。新羅、奈勿王が死去されたそうです。そして高句麗の指示により、奈勿王の弟の実聖王が即位されたとのことです」

 息子、葛城襲津彦の慌てた報告にも、武内宿禰は驚かなかった。

「実聖王が即位したか。倭国にとって芳しくない話じゃ。しかし儀礼だけは忘れてはならぬ。直ちに任那を通じ、祝いの使者を派遣せよ」

「誰を派遣したら良いでしょうか?」

 すると中臣烏賊津が提言した。

「紀角鳥足殿では如何でしょう。鳥足殿なら、木羅斤資や新羅の阿智らとも知己の間柄。きっと役目を成功させて戻って来るでありましょう」

 中臣烏賊津の言葉に武内宿禰は、かって自分が任那の使者について渡海した時、現地で知った忽温女との間に生まれた我が息子、木羅斤資のことを思い出した。そして呟くように言った。

「それにしても高句麗から帰った実聖王が即位したとは困ったことだ。かって鳥足たちが人質として連れて来た奈勿王の王子、微叱許智王子は、どうなるのだ。彼は新羅の人質として役立つのだろうか?」

「それは鳥足殿に調べてもらえば分かることです。いずれにせよ、父、奈勿王が亡くなり、微叱許智王子の叔父が国王になられたのですから、人質としての価値は減少して当然です。従って、新羅倭国に対する態度も変化するでしょう」

「と、なると再び任那百済が、彼らに脅かされるというのか」

 武内宿禰は顔をしかめた。その武内宿禰に向かって中臣烏賊津が同調した。

「その通りです。新羅高句麗の力を借りて、任那百済に攻撃を仕掛けて来るに違いありません。その時は再び、大陸に大軍を送らねばなりません」

「そうなったら当然のこと。また大軍を送る。倭国にとって任那は本家であり、百済は分家である。両家の窮状を黙視している訳にはいかない」

 それを聞くと葛城襲津彦は、父に言った。

「その時は我ら兄弟、力を合わせ、大陸に進出します」

任那の五百城大王も、儂と同様、相当に老いぼれている。百済の阿花王も気が弱い。倭国の応援が無いと、両国とも滅亡するかも知れない。余程、お前らに頑張ってもらわないと、お先、真っ暗である」

 すると葛城襲津彦は、父の心配を跳ね返すが如く、元気に答えた。

「この襲津彦にお任せ下さい」

「女たらしのお前に任せて大丈夫かな」

 襲津彦は憤然とした。

「女たらしは父親譲りです」

 襲津彦の言葉には皮肉が込められていた。

「何をいうか。儂は曽祖父、孝元天皇様の血を継ぐ者であり、祖父、彦太忍信命も、父、武雄心命も、皆、真面目であったと聞く。儂はお前のように年がら年中、女の尻を追っかけたりしてはいなかったぞ」

「それにしては、余りにも異母兄弟が多いと思われますが。羽田、巨勢、曽我、木羅、若子、紀、平群、葛城、久米と兄弟の母方の姓を上げても、九姓になります」

「年寄りをからかうものでは無い。それより、新羅への対応、真剣に検討せよ。任那百済を孤立させてはならぬ。彼らは倭国天皇家の親戚なのだからな」

 武内宿禰葛城襲津彦に説教した。襲津彦は父の言葉に真剣な顔つきになり、百済のことを口にした。

「その通りです。特に誉田真若様は神功皇太后様の時代、倭国の為に援軍を準備してくれました。この御恩を私たちは忘れてはなりません」

「そう言えば誉田真若様には、姫様がおられると聞いているが、それは真実か?」

「はい。仲津姫という姫君がおられます。任那一の美女との噂です。私も彼女が幼い時に会いましたが、幼いながら成人したら絶世の美女になるであろうと、私の心を揺さぶる程の可愛さでした」

 襲津彦は、そう答えながら、何故、父が仲津姫のことを質問されたのか、その理由が分からなかった。

応神天皇様も最早、大人じゃ。もうそろそろ妃を迎えても良いと思うがどうであろう」

「その誉田真若様の姫君を陛下の妃にと?」

 中臣烏賊津が、そう言うと、襲津彦はようやく武内宿禰の真意を読み取った。

「流石、父上。それは名案です。早速、兄、木羅斤資に書状を送り、誉田真若様の御意見を、お伺いしましょう。陛下の妃として、任那王家の姫君にお越しいただければ、任那倭国の関係は、より深いものになります」

「その昔、崇神天皇様は孝元天皇様の王子、任那王、大彦大王様の姫君、御間城姫様を皇后とされ、倭国を大いに繁栄させました。陛下におかれましても、崇神天皇様同様、仲津姫様を皇后とされ、倭国を一層、繁栄させ、任那との結びつきを強固にすることは、両国にとって喜ばしいことです」

 中臣烏賊津も武内宿禰の意見に賛成だった。襲津彦も当然、賛成だった。

「父上の意見に私も賛成です。紀角鳥足兄にも、このことを良く説明し、任那に行き、新羅の動静を確認し、帰国する時、必ず仲津姫様をお連れするよう伝えましょう」

「そうしてくれ。それと新羅、奈勿王には訥祇王子と卜好王子がいた筈。彼らがどうなっているかも、鳥足に調査させよ。彼ら二人は微叱許智王子の兄であり、もしかすると、実聖王に殺されているかも知れない」

 武内宿禰は奈勿王の遺児たちのことを心配した。

「実聖王が訥祇王子らを殺すなんて?そんなことがありましょうか?」

「知っての通り、実聖王は人質として高句麗に長年いた男。言って見れば実聖王は高句麗の意のままに動く男。奈勿王のように倭国と往来するような連中は、高句麗にとっては邪魔者。高句麗の広開土王は、きっと訥祇王子らを、倭国と誼を通じたという理由で殺害しようとするに違いない」

「何と恐ろしいことを」

 父の言葉に襲津彦は驚愕した。

倭国新羅を再征するには訥祇王子が殺された、その時である。その時に倭国新羅を再征する総ての条件が整うのだ」

「条件が整う?」

「そうではないか。訥祇王子を殺せば、実聖王は悪人である。悪しきは後継者を亡き者にした国賊である。当然、それが判明したら、新羅国民からの信用を失う。その時、倭国は奈勿王の遺児、微叱許智王子を正しき王として擁立し、新羅を再征する。百済の辰斯王を殺し、阿花王を立てた時と同じだ。正当性は倭国にある」

 武内宿禰は己の深謀遠慮の素晴らしさを息子に告白し、不気味に笑った。そして新羅からの人質、微叱許智王子の重要性を息子に諭した。襲津彦は感嘆した。

「となると、兄、鳥足と親しくしている微叱許智王子は、私の考えとは裏腹に、人質としての価値が高く、増々大事にせねばならぬ御仁ということですか?」

「そうじゃ。今まで以上に、その身辺を警護し、大事に扱うよう心掛けよ。それは、お前たちの為でもある」

「畏まりました。兄上と共に、より一層、微叱許智王子のお世話に細心の注意を払います」

 思わぬ新羅奈勿王の死により、忘れかけ始めていた新羅の微叱許智王子のことが、突如、国際政治の表面に浮上することとなった。

 

 

          〇

 応神八年(403年)春三月、百済人が何人も来朝した。その団長は何んと百済の直支王子その人であった。応神天皇をはじめ武内宿禰ら大臣百官は何事かと、突然の来朝に驚いた。

「陛下。百済の直支王子様が、お見えになりました」

 中臣烏賊津のの報告に応神天皇が接見の間に入って行くと、既に目の前に直支王子他五名が跪いていた。

応神天皇様。お懐かしゅう御座います。直支王子、昨夜、難波津に到着し、朝一番で参上させていただきました」

「おお、直支王子。久しぶりです。突然の御来訪、何事かありましたか?」

「父、阿花王任那の木羅斤資様の指示により、倭国に参りました。私に百済の人質として、倭国に留まるようにとの命令です」

 その言葉を聞いて応神天皇以下、倭国重臣たちは吃驚した。

「朕は百済王に人質を所望した覚えは無いぞ。一体、どうしたというのです?」

 堂々とした応神天皇の問いに、直支王子は大陸の状況と百済王の考えを応神天皇に報告した。

百済は今、高句麗新羅の連合軍に圧迫され、徐々に北から後退しています。このままですと、百済高句麗に併呑されてしまいます。それを恐れ、父、阿花王は私を倭国に亡命させることにしたのです。私の身の安全と、高句麗への対抗姿勢を強力に全面に押し出す為の父王の行動と思われます」

「ならば朕は、またまた百済に援軍を送らなければならないではないか」

 応神天皇は刻々と変化する大陸の情勢と同じ事を繰り返す新羅の愚かさに呆れ果てた。何とかならぬものか。そんな応神天皇武内宿禰が答えた。

「陛下。その手筈は既に整っております。紀角鳥足からの応援要請があり、その兄、平群木菟を筑紫に遣わし、今、軍船の用意をさせております。軍船が揃い次第、三万の兵を百済に送り込みます」

「三万もの兵を渡海させることが出来るのか?」

倭国の海軍力は、神功皇太后様の時代から世界最大最強となっております。今や天下無敵。海から高句麗を攻め上げます」

「そうは言っても平群木菟らは、そちの息子。本当に海に強いのか?」

平群木菟は初めてなので少々、心配です。しかしながら安曇大浜と岡塩土の一族が海上の総ての指揮を執ってくれることになっております。海戦に熟練している彼らの案内により、任那百済経由で、海上から高句麗に突入出来ます」

 応神天皇武内宿禰の手筈の早さに感心した。また百済の直支王子も、武内宿禰の計略に感心した。

「流石、武内宿禰様。海上から高句麗に侵攻するなど、現地を知らぬお方が、考えられるとは、驚きです」

 すると武内宿禰は首を振った。

「その昔、神功皇太后様は海上から新羅を攻め、瞬く間に新羅王を降伏させました。また先般、斯摩那加彦は、黄海の沿岸、長池から高句麗に攻め込み、雉壌沙里まで敵を追いやったと聞いております。この戦略は、それらにあやかっての作戦です」

「この考えは、もともと宿禰の考えではないのか?」

「いえ、この戦略は任那の誉田真若様のお考えです。誉田真若様は広く周囲の国々の状況を把握されており、任那の統領に相応しいお方です。真若様のお考えでは、倭国の大船団が突如、高句麗の側面、帯方の海上に現われれば、陸地から百済を攻めている高句麗軍が、挟撃されることを恐れて、一挙に後退するであろうという計算です」

 武内宿禰は誉田真若王子の作戦計画を説明した。その説明を聞いて、直支王子は頷き応神天皇に言った。

「確かに海上からの上陸作戦は、理に適っています。挟撃を恐れ後退する高句麗軍を追撃すれば、帯方は勿論のこと、楽浪から輯安の都まで攻め入ることが出来ます」

「誉田真若王については、母、神功皇太后により、その人柄等、伺っていたし、朕の即位の祝いに来朝した時にお会いしたが、まさに朕が幼名をいただいた人物に相応しい英智ある作戦の策士である。人のやらないことをやる。それが勝利の秘訣であるということを、充分に理解しておられる」

「その誉田真若様には、任那一番の美女と噂の仲津姫という姫君がおられると聞いております。見た者の話では皇太后様の若き日のお姿に、とても似ておいでですとか・・」

 中臣烏賊津が、この時とばかり、仲津姫の話題を持ち出した。母、神功皇太后の名を耳にして、応神天皇は目を輝かせた。

「母上に似ておられる姫君がおられると。それは面白い。一度、見てみたいものじゃ」

 それを聞いて、武内宿禰が透かさず応神天皇に言った。

「紀角鳥足からの報告によれば、仲津姫様も陛下に是非、お会いしたいと申しておられたとのことです。一度、お召しになられては如何でしょうか」

 武内宿禰の薦めに、応神天皇は赤面した。

「何を言うか。相手は遠い海の彼方にいる人。会いに来られる筈が無い」

「何を仰せられます。その昔、任那大王、大彦王様の姫君、御間城姫様は、海を渡って崇神天皇様の妃となり、倭国を大いに繁栄させてくれました。垂仁天皇様は、その皇子として御生まれになりました。何で仲津姫様が、海を渡って、お越しになれない筈がありましょう」

 すると横道に外れた話題を聞いていた百済の直支王子が話に加わった。

武内宿禰様の申される通りです。海を渡るということは、そんなに難しいことでは御座いません。私も、これで二度目の海を渡っての訪問になります。二度とも、天候を読んでの乗船でしたので、別段、難しい渡海ではありませんでした」

 直支王子は仲津姫の招聘をすすめる発言をした。

「とはいえ、女の渡海じゃ。大変だと思う」

「ならば神功皇太后様はどうなのです。陛下を身籠られていながら渡海したのですぞ」

 武内宿禰応神天皇の昔のことを語った。

「母上は特別じゃ」

「その母上様に、とても似ておいでの姫君です。必ず渡海して参ります」

「ならば勝手にさせるが良い。来たら会ってつかわす」

「畏まりました。このことを紀角鳥足を通じ、誉田真若様にお伝え致しましょう」

 武内宿禰や中臣烏賊津は応神天皇が仲津姫の招聘に同意してくれたことを喜んだ。応神天皇百済、直支王子に尋ねた。

「それはそうとして、直支王子よ。宿禰のいう三万の兵を渡海させるが、貴男はどうする?軍船に乗って百済へ帰るか?」

「私は百済の人質として倭国に留まるよう父、阿花王に言われてやって参りました。私は倭国にいて、百済の様子を見させていただきたいと思います。父、阿花王の指示無しで、帰国する訳には参りません。勝手を言わせていただければ、緊急時、百済に直行出来るよう、筑紫で待機したいと思います」

「朕は貴男を人質に出すよう要請していない。従って、万一を考え筑紫で待機しているのが最良である。しかしながら知人のいない筑紫での生活は、堅苦しかろう。宿禰は同行出来るか?」

 応神天皇は直支王子の身を案じて、武内宿禰に筑紫への同行が出来るか伺った。武内宿禰はこの要請に自分は今や朝廷では、それ程、重要でない存在になったしまったのかと思った。

「陛下の御命令とあらば、筑紫にでも、何処にでも、お伴を致しましょう」

「ならば宿禰よ。筑紫へ出向き、筑紫の現況を把握すると共に、直支王子の面倒を見よ」

 武内宿禰は、この老体をして筑紫に出向くことは苦痛であったが、天皇の命令とあっては、逆らう訳には行かなかった。気が進まないまま、武内宿禰は数日後、直支王子一行と筑紫へと向かった。

 

 

          〇

 応神九年(404年)応神天皇は全国の船大工に軍船、千五百隻を造らせ、筑紫にいる武内宿禰大臣に観船確認の出航式を行わせ、百済に三万の兵を向かわせた。その大船団が出て行くのを百済の直支王子も武内宿禰と共に見送った。武内宿禰の息子、平群木菟を総大将として、安曇大浜の一族を案内役として大船団は威風堂々、大潮に乗り百済、帯方の地へと向かった。途中、平群木菟任那で、兄、木羅斤資と合流し、帯方の西海岸、甕津と長池から上陸、紀角鳥足らが陣を構える牛峰へ向かった。その牛峰の陣では紀角鳥足が、荒田別将軍や百済の将軍、司馬晃、莫古たちと作戦会議を行っていた。そこへ久氐が現れ、報告した。

「紀角様。倭国の大船団が、甕津に上陸し、間もなく、その将軍が、こちらにお見えになられるとのことで御座います」

 その久氐の報告に、高句麗との戦いで苦戦を続けていた紀角鳥足は歓喜した。

「それは本当か。誉田真若様は御一緒か?」

「いいえ、誉田真若様は新羅方面に出向いており、今回は木羅斤資様が、御一緒とのことです」

「兄、木羅斤資将軍が、途中、任那から乗船したのだろうか?」

「そのようで御座います」

 そんな会話の中に解丘が割り込んで来た。

「紀角様。木羅斤資様がお見えになりました」

 噂をすれば影とやらである。紀角鳥足は解丘に命じた。

「ここに、お通し申せ」

 解丘は直ぐに引き返し、間もなくして木羅斤資たち一行が、解丘に案内され、陣中の広間に現れた。広間に入って来るや木羅斤資は、両手を広げて再会の笑顔を見せた。

「おおっ。鳥足。それに久氐殿。久しぶりで御座る。二人とも随分、頑張ったな。高句麗の広開土王も、今まで以上の百済の粘りに吃驚しているらしいぞ」

 木羅斤資は紀角鳥足らの活躍を称賛した。続いて平群木菟が前に進み出て挨拶した。

「鳥足。儂、木菟もやって来たぞ。今回、父上の命令で、海軍大将として、安曇大浜と一緒に馳せ参じた」

「両兄上、良くぞ来てくれました。助かります。安曇大浜も良くここまで倭国の兵を導いてくれました。心から感謝申し上げます。ここにおられるのは百済の将軍、司馬晃殿じゃ。これから更に皆と力を合わせ、高句麗王都まで進撃したいと思います」

百済、阿花王様から、百済国軍の総指揮を委譲されております司馬晃です。よろしくお願い致します」

 初めてお会いする逞しい百済の将軍、司馬晃を見て、平群木菟は深々と頭を下げて挨拶した。

「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」

 すると強面の司馬晃が心持ち緩んだ顔を見せて言った。

「それにしても、この司馬晃、大満足です。武内の三兄弟を味方にし、かつまた安曇の大船団を海上に侍らせ、まさに天下無敵。心強く、勇気百倍です」

「言われてみれば、我ら三兄弟、合同で戦さをするのは、これが初めて。それだけに任那倭国両国は、この度の百済高句麗の戦いを重要視しているということです。阿花王様には勿論のこと、我々が百済のことを大切に思っていることを、百済国民にも、心から理解していただきたい」

 木羅斤資は任那倭国の協調の理由を、百済将軍、司馬晃、莫古、久氐らに伝えた。平群木菟が兄に続いて言った。

「この度の戦さは百済が栄えるか滅びるかの、まさに国を賭けての戦さである。任那倭国の兵が頑張っているから、自分たちは傍観していれば良いなどという考えを持った百済兵がいたなら、直ちに処罰してもらいたい。我らは百済を親類と思って、遥々、海を渡って応援に来たのである。家族を故国に残し、命懸けでやって来たのである。そのことを理解し、百済の皆さんも命懸けで戦って欲しい」

 紀角鳥足や葛城襲津彦の兄というだけあって、平群木菟のその口から吐き出された言葉は厳しかった。海軍大将と言う重責を担っての使命感が働いての発言かも知れなかった。

「仰せの通りです。この戦さの重要さについて、再度、阿花王様にお仕えする大臣たちは勿論のこと、参戦兵や国民一人一人に認識させます」

 百済重臣、久氐が緊張して返答した。紀角鳥足も口を開いた。

百済倭国天皇家にとって、故国である。それだけに何時も栄えていて欲しい。我ら三兄弟は、百済を占領する為に来たのでは無く、あくまでも阿花王様に百済王家を存続させて欲しいが為に、応援に駆けつけたのである。それを忘れないで欲しい」

「弟の申す通り、応神天皇伊狭沙大王様は百済王家の存続を願っております。その存続の為になら、何万の兵を送っても惜しくないと申されておられます」

 平群木菟兄弟の言葉に久氐らは低頭した。

応神天皇様の偉大さに感服致します」

 平群木菟は更に、自分の父についても語った。

「我が父、武内宿禰は、何時にでも百済に駈けつけられるように、倭国で一等、百済に近い筑紫に都から移動し、その地で直支王子様と待機しておられます。我が武内一族も天皇家同様、百済に命を懸けているのです」

「この久氐、唯々、感動するばかりです」

「して久氐殿、前線の状況は如何、相なっているか?」

 任那の将軍、木羅斤資が高句麗との戦況を尋ねた。

「はい。前線には百済の将軍、弥州流と張威と馬韓玄を差し向け、現在、牟水城を攻撃しているところです。牟水城を陥落させれば、楽浪への道も広がり、海上から沢山の兵を送り込めます。楽浪の地を固めれば、輯安まで、あとわずかです」

 久氐は倭国任那連合軍の援軍を迎え、水を得た魚のように張り切って答えた。しかし、任那の木羅斤資は冷静だった。

「久氐殿。功を焦って深追いはなりませんぞ。楽浪の攻撃には特に注意しないと・・・」

「どんな注意でしょうか?」

「楽浪には鮮卑漢人もいる。鮮卑漢人を敵にまわしてはならぬ。彼らには燕国がついている。今は漢人を味方にすることが得策である。そうでないと燕国を敵にすることになる」

 木羅斤資の忠告を聞いて、久氐が対策を提案した。

「ならば先手を打って、燕国へ朝貢の使者を出しましょう」

 木羅斤資は儀礼の活用によって相手に取り入って、物事を有利に進めようとする久氐の考えに感心した。

「流石、久氐殿。それは名案。燕王、慕容煕様に拝眉し、任那百済の状況を話せば、燕王はきっと、私達の味方になってくれるであろう。早速、燕国へ使者を出そう」

 木羅斤資の決断に紀角鳥足が兄に尋ねた。

「使者を誰にしましょうか」

「それなら、申し訳ないが、木菟に行ってもらおう。来て早々だが、海軍大将、行ってくれるか?部下の安曇大浜も、海上で、我らの凱旋を待っているのも退屈であろう。船で行けば、燕国は近い」

「言葉は出来ませんが、通訳をつけていただければ、お役目を果たせると思います。安曇大浜の船に乗って燕の都、幽州の薊城に朝貢に向かいます」

 それを受けて、百済の将軍、司馬晃が言った。

「では我々、百済からは、ここにいる久氐にお伴をさせましょう。久氐は多くの異国語を話し、朝貢にも慣れております。燕王も倭国百済からの朝貢の使者が行けば、大喜びするに違いありません」

 精鋭の大軍を率いて進攻しても、戦さが如何に危険なものであるか、木羅斤資も司馬晃も良く知っていた。その為、近隣の国々の助けを借りる為の対応にも、木羅斤資や久氐は油断が無かった。

 

 

          〇

 同年初夏、倭国では、武内宿禰の弟、甘美内宿禰応神天皇と面談し、何を考えてか、兄の悪業を天皇に直訴した。

「陛下。我が兄、武内宿禰には天下を狙う野心があります。陛下を亡き者にしてしまうことが、倭国の将来の為であると、臣下の数人に打ち明けたそうです。今、筑紫にいて、秘かにその時を狙っているとのことです」

 それを聞いて、応神天皇は顔色を変えた。

「そんな馬鹿な。武内宿禰に、そのような野心がある筈が無い」

 応神天皇は甘美内宿禰の訴えを信じなかった。何故、自分を孫のように可愛がってくれて来た武内宿禰が、自分を邪魔者と思うのか、理由が見当たらなかった。

「それは甘い考えです。兄は筑紫を自分のものとし、更に三韓を自分に従わせ、天下を取ると言っておるそうです」

武内宿禰を筑紫に行かせたのは朕である。お前は兄弟であるのに何故、兄弟の悪口を言うのか?」

 応神天皇は兄の悪口を言う弟の心が理解出来なかった。その理由を知りたくて、甘美内宿禰を問い詰めた。甘美内宿禰は答えた。

「兄弟より、陛下のことを大切に思っているからです」

「ならば朕に陰口を伝える前に、兄を説得し、天下を取ろうなどと、国を乱すようなことをするなと、諫めるのが先ではないか」

「私も、それを考えました。しかし兄は私を馬鹿にして、相手にしてくれません。甥の襲津彦が勢力を振るい、私と兄が会うことも許してくれません」

武内宿禰に会えずに、何故、噂だけで武内宿禰に野心ありと分かるのか。朕は、その理由を知りたい」

 甘美内宿禰は真剣な目をして応神天皇を見詰めた。自分の訴えを信じてくれと云わんばかりの視線だった。

「この間、和邇比布礼に会った時、彼から私に筑紫に行かないかと誘いがありました。和邇の説明によれば、武内の縁者は、筑紫に行けば、王族扱いされるという話です」

「ほほう」

「更に言うには、武内一族が三韓を手中に収めるのは、兄の息子たちが倭国の大軍を率いて現地に行っているので、時間の問題とのことです」

三韓はもともと倭国の系統国であり、友好国でもある。何も武力で手中にするものではない。何かの間違いであろう」

 応神天皇は甘美内宿禰の主張に反発した。だが甘美内宿禰は引き下がらなかった。

「いいえ、間違いではありません。武内王国の構想は、既に決められております」

 武内王国と聞いて、応神天皇の顔色が更に変化した。

「武内王国の構想じゃと。何と言う話か。朕は津守住吉を父とし、武内宿禰を師と考え、今まで、武内宿禰を疑ってもみなかった・・・」

「陛下が心の父と崇められて来られた住吉様も、皇太后様を追って自害されたということですが、これも自害か、どうか分かりません。我が兄、武内宿禰に殺されたという風聞もあります」

「では朕を養育して来たのは、総て天下を取る為。その為に香坂皇子や忍熊皇子を殺害し、朕を利用して来たということか。倭国の軍隊を掌握する為に、朕を利用して来たということか」

 応神天皇は拳を固く握りしめ、ワナワナと震えた。

「その通りです。武内王国の構想は、筑紫を襲津彦に治めさせ、新羅を紀角鳥足に与え、百済平群木菟のものとし、任那を木羅斤資に治めさせるという構想です」

「言われてみれば、その構想通り、武内宿禰の息子たちが、それぞれの場所に配置されているな・・」

「陛下。禍の根は早いうちに断ち切りませんと、太さを増し、大変なことになり、後々、悔いが残ります。私の説明を聞かずとも、現実を直視すれば分かる筈です。武内宿禰は間違いなく筑紫で軍備を強化し、重要な地位を、自分の息子たち、武内一族の者で独占しています。こうなっては他の豪族たちが、どんなに素晴らしい提案をしても、それが武内一族にとって都合の悪い事であれば、総て反故にされてしまいます。それでは国家の発展はありません」

 この時とばかり、甘美内宿禰は兄の傍若無人の振舞を応神天皇に告げた。

「甘美内宿禰の考えは最もである。総ての権力を一つの一族に占有されてしまうということは、朕の政治の至らぬところである。武内宿禰の親族でありながら、良く思い切って、朕に忠告してくれた。朕はお前の忠告を有難く思うぞ」

「陛下に仕える者として、当然のことです。どうか、この私に武内宿禰の成敗を御命じ下さい。甘美内宿禰、喜んでお引き受け致します」

 甘美内宿禰の進言に、応神天皇は感激した。

「良くぞ言ってくれた。甘美内宿禰に筑紫討伐を命ずる。お前に五千の兵を与える。十日後、筑紫に立て」

「有難きお言葉。この甘美内宿禰、一族郎党を引き連れ、筑紫へ参ります。筑紫に至れば、武内宿禰の勝手な振舞いに反感を抱いている連中が、我らの味方に加わり、我らは首尾よく武内宿禰一族を討伐することが出来ましょう」

武内宿禰は策士。決して油断するで無いぞ」

「分かっております。甘美内宿禰、必ずや武内宿禰の命を頂戴して帰ります」

 かくて応神天皇に忠誠を尽くして来た武内宿禰は、弟、甘美内宿禰の兄を除こうとする逆心の為に、応神天皇から命を狙われることとなった。そして武内宿禰は、突然、押し寄せて来た甘美内宿禰の兵に囲まれ、六月末に落命した。

 

 

          〇

 八月末、任那の将軍、木羅斤資が安曇大浜の軍船に乗って、平群木菟らと倭国の都にやって来た。中臣烏賊津は、その一行を難波津に迎え、その中に亡くなった筈の武内宿禰がいるのを見て、吃驚した。武内宿禰は、命拾いした経緯を烏賊津に話し、作戦を練った。それから中臣烏賊津は、応神天皇のいる軽島の明宮に行き、応神天皇任那の木羅斤資が応神天皇に拝顔したいと願い出ていると申し上げ、その許可をいただいた。そして中臣烏賊津は木羅斤資を応神天皇の接見の間に案内した。

「陛下。任那の将軍、木羅斤資殿をお連れしました」

 高座に座って、先に待っていた応神天皇が、烏賊津の後ろにいる木羅斤資を見るや口走った。

任那の木羅斤資が直々に参るとは、如何なることか?」

 逞しい体格の木羅斤資は床に手をつき、深々と頭を下げ、応神天皇に挨拶した。その彫りの深い容貌、教養豊かな振舞いは、応神天皇を見惚れさせた。

応神天皇様。はじめて、お目にかかります。任那の木羅斤資です」

「そちが木羅斤資か。よう参った。朕はそちに会えて嬉しい。そちの活躍の程は、海を隔てたこの倭国でも有名である。倭国に参ったのは、父の墓参りか?」

「いいえ」

 木羅斤資は、この六月末に甘美内宿禰に殺された武内宿禰の墓参りに来たのではなかった。応神天皇は緊張した。

「ならば、朕の命をもらいに来たのか?」

「いいえ」

「そちの叔父、甘美内宿禰は、そちが参ったと聞いて、ここから慌てて退去したぞ」

「何故でありましょうか?私が遥々、任那から参ったのは、任那の誉田真若様の姫君、仲津姫様を応神天皇様のもとへお連れする為に、同行して参ったのです。叔父上に歓迎されることはあっても、叔父上が逃げ惑われるような覚えは御座いません」

 木羅斤資の口から次いで出た言葉は、応神天皇にとって意外だった。予想したこととは全く裏腹であった。

「何んと。真若殿の姫君、仲津姫をお連れして来たのか」

「その通りです。父、武内宿禰の命により、任那、随一の美しき姫君を、お連れ致しました」

武内宿禰の命令じゃと?」

「はい。左様で御座います。間もなく父と共に、仲津姫様が参られましょう」

 白い歯をこぼして笑う木羅斤資の態度は、人品骨格、堂々として、まさに信頼に値する風格に溢れていた。応神天皇は驚嘆した。

「何じゃと。武内宿禰が生きているじゃと。そんな馬鹿な。武内宿禰は甘美内宿禰の家来に殺された筈。生きている筈が無い。幽霊になって蘇ったというのか?」

 そこへ中臣烏賊津が、その武内宿禰と仲津姫を連れて、部屋に入って来た。武内宿禰が挨拶した。

「陛下。お懐かしゅう御座います。幽霊の武内宿禰です。死ぬに死にきれず、任那の仲津姫様を、お連れ致しました」

 確かに武内宿禰である。幽霊では無い。足もちゃんと付いている。応神天皇は自分の目を疑った。武内宿禰の傍らにいた仲津姫が、応神天皇に挨拶した。

任那、五百城大王の孫、仲津姫に御座います。応神天皇様に於かれましては御壮健で何よりです。遠い海の彼方より、応神天皇様をお慕いして、倭国にやって参りました」

 その仲津姫の瞳は青い星のように美しかった。応神天皇は赤面した。母、神功皇太后に似ているところもある。応神天皇は赤面しながらも歓迎の言葉を述べた。

「噂に違わぬ美人じゃ。仲津姫よ。海を渡って、良くぞ参られた。朕は心より、そなたを歓迎する」

「何もかも武内宿禰様のお力に御座います。武内宿禰様は、この仲津姫を応神天皇様の妃にと推奨して下さいました。父、真若王も、それに賛成され、私に渡海を命じたのです。伝え聞くところによると、応神天皇様は、武内宿禰様を討伐するよう、甘美内宿禰という方にお命じになられたそうですが、応神天皇様にしては、軽率な御指示をなされたものと思われます」

「これは初対面から厳しいことを。しかし、言われてみれば、朕としても愚かなことをしたと反省している。宿禰には何と言って詫びたら良いのやら、詫びようが無い。申し訳ないと言うしかない。許してくれ、宿禰

 素直な応神天皇の顔を見て、武内宿禰の憂いは吹き飛んだ。武内宿禰は笑って済ませた。応神天皇は仲津姫に痛い処をつかれ、返す言葉が無く、黙り込んだ。仲津姫は続けた。

応神天皇様は、国民が応神天皇様の為、倭国の為にと、懸命に頑張っているのが、お分かりでしょうか。応神天皇様の軽率な指示の為に、命を失くした人がいるのを、お分かりでしょうか」

「さて、誰のことかな?」

「名前は知りません。武内宿禰様にお聞き下さい」

宿禰よ。それは誰のことだ?」

 応神天皇は、命を失くした者の名前を武内宿禰に尋ねた。すると武内宿禰は、筑紫にいた時のことを思い起こし、涙ぐんで答えた。

「それは壱岐真根子に御座います。私は筑紫にいる時、応神天皇様の命令により、弟、甘美内の兵が私を殺しに来たことを知り、真根子を呼びました。そして真根子に頼みました」

「何を頼んだのじゃ」

「自分はもとより疑われるようなニ心は無い。忠心をもって陛下にお仕えして来たが、今、何の罪科で、罪無くして死なねばならぬの分からぬ。とはいえ、陛下の命令とあらば、大人しく死ぬのが、自分の為、国の為であろう。お前は私に良く似ている。自分が死んだ後は、武内宿禰を名乗り、国を守って欲しいと・・・」

「後事を真根子に頼んだのか?」

「左様に御座います。しかし、断わられました。彼は私が罪無くして空しく死ぬのを惜しみ、私に言いました」

「何と?」

 武内宿禰は涙をぬぐった。

「大臣が忠心をもって、応神天皇様にお仕えし、腹黒い心の人で無いことは、天下の総ての人が知っておられます。後日、秘かに朝廷に参り、自ら罪の無いことを弁明し、その後に死んでも遅くはないでしょう。他の人も私の顔形は、武内宿禰様と、そっくりであると言っています。今、私が大臣に代わって死んで、大臣の赤心を明らかにしましょう」

「むむっ・・」

 応神天皇武内宿禰から、壱岐真根子の話を聞き、胸を詰まらせた。武内宿禰は続けて話した。

壱岐真根子は甘美内の兵がやって来ると、即座に自分の腹に剣を当て、自害しました。自分が武内宿禰だと言って。私は彼の死を悲しみながら秘かに筑紫を逃れ、船で壱岐を経由して任那に行き、時を待つことにしました。その壱岐にいるところへ、息子、平群木菟と木羅斤資が、仲津姫様をお連れしてやって来たのです」

 武内宿禰が筑紫での出来事と今日までの経緯を説明し終えると、木羅斤資が応神天皇に進言した。

応神天皇様。父、武内宿禰の言葉を信じて下さい。私も父の言葉を信じ、五百城大王様や誉田真若王と相談し、応神天皇様のもとへ、任那の姫君を、お連れしたので御座います。もし応神天皇様が、我ら一族を、お疑いであるなら、私は仲津姫様を連れて、任那に帰ります。父も任那へ連れて行きます」

 木羅斤資の言葉に応神天皇は、慌てた。言葉は鄭重だが、応神天皇にとっては、さながら脅迫されているような気分になった。

「分かった。分かった。そう怒るでない。お前たちの言う事を信じよう」

 木羅斤資は執拗だった。

応神天皇様。甘美内宿禰に会わせて下さい。会って、どちらが正しいか、はっきりさせたいと思います。私たちは言葉で応神天皇様に信じていただくのでは無く、真実を、その目でとらえて、我らの正しきことを、理解していただきたいのです」

 木羅斤資は甘美内宿禰に会わせてもらうべく、応神天皇にお願いした。

「武内一族の申し出、良く分かった。甘美内宿禰を呼び寄せ、どちらが正しいか、判断しよう」

「有難う御座います」

「烏賊津臣よ。直ちに甘美内宿禰を参上させるべく手配せよ」

「畏まりました」

 応神天皇の指示により、中臣烏賊津は、甘美内宿禰を宮中に呼び寄せ、事の次第を明確にすることとなった。

 

 

          〇

 応神天皇は、翌日九月四日、武内宿禰と甘美内宿禰を中央院に呼び寄せた。重臣たちの中に百済の直支王子や百済にいる筈の平群木菟がいたのを見て、甘美内宿禰は驚いた。最も驚いたのは、死んだ筈の兄、武内宿禰重臣たちと一緒に、そこに並んでいる姿を目撃したことだった。重臣一同が集まったのを確かめ、応神天皇が口火をきった。

「さて、本日は、武内宿禰が亡くなったという噂の真相武内宿禰天皇家に反旗を翻したという真相を確かめる為、朕は武内宿禰とその弟、甘美内宿禰をここに呼び、朕の前で、その真実を追求することとした。まずは、甘美内宿禰よ。お前が朕に武内宿禰の謀反の計画を話したが、その理由を申せ。そして武内宿禰は、それが事実であったか否かを説明せよ」

 こうして甘美内宿禰の兄の謀反計画の説明が始まった。話は武内王国の構想にまで及んだ。一方、武内宿禰応神天皇の命令で、筑紫に行き、百済兵を集めていただけで、天皇家に反旗を翻すような愚かな考えをした覚えは無いと断言した。応神天皇は二人を対決させたが、二人の弁明は互いに譲らず、是非を決めかねた。応神天皇は、どうしたものかと、一時、席を外し、中臣烏賊津に相談した。そして、磯城川の畔で、探湯をして、その是非を決めることにした。一同は、磯城川の畔に移動した。探湯をする前に中臣烏賊津が二人に再確認した。

「只今より、この清き磯城川の畔で、盟神探湯の儀式を始めます。この儀式はとても厳しいもので、火傷を負って死ぬこともあります。その前に、もう一度、互いの是非を論じ合い、いずれかが謝罪すれば、この探湯の儀式を取り止めと致します」

 中臣烏賊津に、そう言わせて、応神天皇は仰せられた。

「如何じゃ。互いの弁明の程は?」

 応神天皇は二人を見詰めた。甘美内宿禰応神天皇に訴えた。

「私は嘘、偽りは申しません。兄を除こうとしての讒言だと、兄は申しますが、私は決して嘘など言っておりません。兄は確実に、武内王国の構想に取り組み、筑紫にて、その行動を開始されていた筈です」

宿禰よ。それは真実か?」

 応神天皇は直接、武内宿禰に問うた。武内宿禰は、自分に向かって、そんな愚かな質問をする応神天皇に、哀しそうな顔をして答えた。

「陛下。この武内宿禰が何故、武内王国などというものを考える必要が何処にありましょうや。私の曽祖父は孝元天皇様であり、私、その者が天皇家の一員であります。その天皇家の一員であり、かつ大臣を務める私めが、何故、陛下に背くことがありましょうか?」

「ならば何故、兄者は、壱岐真根子を替え玉にしたのでありましょう。替え玉を作ることそのものが、陛下への裏切りではないでしょうか?」

「私は自分の身の正しきを証明する為、倭国の為に生き残ったのです。真根子は私の為に死んでくれたのです」

 甘美内宿禰は兄の反論に興奮した。

「人の為に死ぬ者がありましょうか。真根子は兄者に殺されたのです」

 武内宿禰は、その弟の言葉に激昂した。

「何ということを。人の為、国の為に死んだ者が、お前の事を知ったなら、きっと、その人たちは、お前を地獄に陥れるであろう。情けなや。お前のような弟を持って・・・」

「では何処に、国の為、人の為に死んだ人がいるというのでしょう」

 甘美内宿禰は兄に食って掛かった。武内宿禰は心を鎮め、弟を諭した。

「陛下の祖父、倭武尊様、陛下の父王、仲哀天皇様はじめ、弟橘姫様、津守住吉様、我が息子、石川、それから壱岐真根子ら沢山の人たちが、国の為、人の為に死んでいる。そればかりではない。今、大陸では、高句麗の南下を防ぐ為、百済任那倭国の兵士たちが、それぞれの国の為に命を懸けて戦い死んでいる。その人たちの心を、お前は信じないのか?」

「人の心は分かりません。私は自分のみを信じております。陛下の御前で、平然と嘘を言ってのける兄者の気持が分かりません。今回の木羅斤資の来訪は、兄者の正当性を証明する為のからくりであり、一方では倭国への脅しです」

 武内宿禰は自分を貶めようとする弟の発言に唖然とした。

「自分の兄弟とは思えぬ発言。木羅斤資は任那、五百城大王様の使者として、倭国にやって来たのじゃ。それが分らぬのか」

 武内宿禰は激憤して、弟を叱咤した。甘美内宿禰は、兄の叱咤の言葉にひるむことは無かった。

「それが脅しだと言っているのです。自分の背後には任那がついている。そう、言いたいのでしょう」

 二人の口論は終わる様子が無かった。応神天皇はしびれを切らした。

「もう良い。二人をこれ以上、弁論で対決させても、二人とも互いに譲らず、是非は決め難い。烏賊津よ。探湯の式を始めよう」

 盟神探湯の儀式で、負傷者が出ることを避けようとしていた烏賊津は応神天皇の指示に従い、探湯の式の開始を告げ、応神天皇に祈願をお願いした。

「では探湯の式に入ります。陛下に神判の祈りをお願いします」

 烏賊津の言葉を受けて、応神天皇磯城川の畔に設けた二つの鉄釜の向こうの御神木に向かって祈った。

「皇祖、日神、大日霊尊、天照大神様。我が下臣、武内宿禰と甘美内宿禰兄弟が、相争うております。朕は、この二人の争いを成敗せねばなりませんが、その成敗を決め難く、ここに盟神探湯の儀式を挙行致します。どうか、我ら、皇孫を正しくお導きいただきますよう、神の御心をお告げ下さい」

 応神天皇の祈願が終わると烏賊津は二人の重臣に向かって言った。

武内宿禰殿、甘美内宿禰殿。前に出て神に祈誓して下さい」

 烏賊津の合図に従い、武内宿禰と甘美内宿禰は神前に進み出て、神に宣誓した。それを確認し、烏賊津が二人に号令した。

「では熱湯に手を入れて下さい。始め!」

 神に宣誓した二人は鉄釜の熱湯に手を突っ込んだ。武内宿禰は祈った。

「神よ。私は忠心をもって君にお仕えしております。如何に探湯が熱かろうと、私の手は爛れる事はありません」

 甘美内宿禰も祈った。

「神よ。悪いのは兄者です。兄者の手を爛れさせて下さい」

 武内宿禰は自分の反応を神に伝えた。

「私の手は正義の心に燃えております。それ故、少しも熱く感じません」

 武内宿禰は顔色ひとつ変えなかった。甘美内宿禰も鉄釜に手を入れ熱さを堪えた。

「熱い。熱い。熱いぞ。何の、これしき」

 しかし、甘美内宿禰は余りにもの熱湯の熱さに堪えきれなくり、手を釜から出そうか出すまいか、泣きそうな顔になった。それを見て、烏賊津が甘美内宿禰に声をかけた。

「甘美内宿禰殿。観念されては如何です。まだ入れていますか?」

「参った。参った。烏賊津臣殿。助けてくれ。助けてくれ」

 中臣烏賊津は両名の様子を見較べて、審判を下した。

「両名、熱湯から、お手をお出し下さい。これにて盟神探湯の儀を終わります」

 中臣烏賊津は鉄釜から取り出した二人の手を両手で掴み、上に挙げ、一同に示した。二人の手のうち、武内宿禰の手は赤かったが、何とも無かった。甘美内宿禰の手は、紫色に爛れて、見るも無惨であった。結果を見て、応神天皇は激怒した。

「甘美内よ。よくも朕を欺いてくれたな。何という、不忠義者であることか」

「申し訳、御座いません」

 応神天皇にひれ伏して許しを願う弟を見て、武内宿禰が怒鳴った。

「謝って、ことが済むと思うか。その場に首を垂れよ。兄が、この手で殺してくれるわ。襲津彦。太刀を持って参れ!」

 武内宿禰は父がどうなるかと側で見ていた葛城襲津彦に命じ、太刀を取り寄せ、弟を殺そうとした。その葛城襲津彦応神天皇が待ったをかけた。

「襲津彦。その必要は無い。総ては朕が悪いのじゃ。甘美内とて、軽い兄への嫉妬で、朕に在りもしないことを告げ口したに違いない。そのことを読めず、大袈裟にし、兵を差し向けたのは朕じゃ。許してくれ。武内宿禰よ。血を分けた兄弟、殺し合って何になる。許してやれ」

「しかし・・・」

「お前を信じなかったのは朕じゃ。朕にお前を信じる心があったなら、壱岐真根子も死なずに済んだであろう。朕が悪かった。許してくれ。宿禰

「勿体無い、お言葉・・」

 武内宿禰は慈悲深い応神天皇に助けられた思いだった。応神天皇は続けて申された。

「この上、お前の弟まで殺したとあっては、朕の愚かさが、後々まで人に伝えられよう。甘美内を殺すでないぞ」

「陛下のお言葉に従い、弟を大切に致します」

 武内宿禰の目から涙が溢れ出た。甘美内宿禰磯城川の砂に這い蹲り、応神天皇武内宿禰に泣いて詫びた。

「陛下。命を救っていただき有難う御座います。この甘美内宿禰、この日のことを忘れず、以後、心改め、天皇家の為に、命を懸けて頑張ります。兄上、誠に申し訳ありませんでした」

 そんな弟を武内宿禰は肩から抱き寄せ、優しく労わった。以後、甘美内宿禰は兄に従って、応神天皇をたすけ、大いに政治に貢献した。

 

 

          〇

 応神十年(405年)九月、百済の阿花王が薨御した。応神天皇はその知らせを、百済の使者から受けると、倭国に亡命していた阿花王の長男、直支王子を部屋に呼び寄せ、武内宿禰と共に、そのことを直支王子に話した。

「直支王よ。貴男に伝えなければならない事がある。落ち着いて聞け」

「何で御座いましょう?」

「貴男の父、阿花王が逝去された」

「えっ!父上が。信じられないことです」

 直支王子は唖然とした。次の言葉に窮した。応神天皇は直支王子の心中を気遣い、優しく話した。

百済から使者が参った。貴男の弟の訓解王が、貴男の帰国をお願いして来た」

「訓解が?」

「使者の話では、貴男の弟、訓解王は、どうして良いか分からず、慌てふためいているようだ」

「訓解は気の優しい弟で、父の摂政として、真面目に政治を行って来た男です。さぞ困っていることでしょう。応神天皇様。こんなことになろうとは、夢にも思っていなかったことです。どうか私を、百済に帰して下さい」

 直支王子は応神天皇に帰国の許可を、お願いした。応神天皇はそれに答えた。

「帰すも帰さないも無いではないか。百済は貴男の故国。また我が天皇家の故国でもある。直ちに百済に帰り、百済王の位に着かれるが良い」

「有難う御座います」

「とは言っても、一人では帰れまい。兵士百名をつけ、百済までお送りしよう」

 応神天皇は護衛兵百名を帯同させることを約束した。武内宿禰が付け加えた。

「護衛兵として直支王様の顔見知りの屈強の者を、お付けしましょう」

「何と言って感謝して良いやら。お礼の申し上げようが御座いません」

 直支王子は応神天皇武内宿禰に深く感謝の意を述べた。応神天皇は直支王子の誠実さに、日頃から感心していたので、直支王子と別れるのが辛かった。

「貴男と別れるに際し、その記念として、倭国兵が駐留している甘羅城、高難城、爾林城の東韓の地を、貴男に与えよう」

「そんなにまで、御配慮していただかなくても・・・」

「貴男は今日から百済王である。その為の朕の配慮である。受け取るがよい。任那大王には書簡で伝えておく」

 応神天皇は直支王子を百済王として崇め、自分の良き友となることを願って、任那の北、東韓の地を彼に与えた。直支王子は感極まって、応神天皇に申し上げた。

「直支王。この御恩、一生忘れません」

 直支王子の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「泣くでない。国王が泣いたとあっては、笑われるぞ」

「何で泣かないで、おられましょう。この直支王、倭国の為、任那の為、百済の為、粉骨砕身、頑張ります」

 直支王子は倭国任那への忠誠を誓った。応神天皇は、直支王子が帰国し、無事、百済王に即位し、活躍することを願った。

「先にも言ったように、百済は我が天皇家にとっての故国である。その故国の危急を、何で放っておけよう。先祖代々、助け合って来た百済を、ここで助けなかったなら、朕は後世の笑い者となろう。阿花王の御逝去により、百済国内が乱れたりしたら、それこそ、高句麗新羅の思う壺である。一刻も早く帰国されるが良い」

 武内宿禰も同じようなことを言われた。

「陛下の申される通りです。貴男様の弟、訓解王は貴男の席を空けて待っているのです。一時も早く百済に戻り、百済王として御即位下さい。そうでないと、高句麗新羅が、再び侵攻して来ます。折角、後退させた高句麗を、再び蘇らせてはなりません」

 直支王子は二人の意見と要望を良く理解した。自分がしっかりしなければならないと思った。

「分かっています。帯方、楽浪界にまで及んだ父王の努力と倭国任那の皆様の努力を、ここで後退させる訳には参りません」

 応神天皇も同感であった。

「その通りである。貴男も倭国にいたので、お分かりと思うが、甘美内宿禰の讒言により、朕は百済に駐留させておいた平群木菟の軍隊を一人残らず、倭国に引き上げさせた。そして百済百済王と任那に任せた。以後、阿花王百済の総てを、自分の力で統治し、守護して来た。阿花王の薨じた今、その百済を守るのは、阿花王の子である貴男たちである。朕は百済の総てを貴男に任せるので、頑張って欲しい」

 応神天皇の言葉に直支王子は、胸を張って答えた。

「頑張ります。倭国で身につけさせていただきました帝王学や戦略戦術をもとに、高句麗新羅から国を守り、百済を立派に統治して見せます。百済を今まで以上に、確固不動の国家にしてみせます」

「何と頼もしいお言葉。亡き阿花王様が天上にて直支王様のお言葉を耳にし、きっと涙を流して、お喜びの事と思います」

 武内宿禰は直支王子の未来に対する気概に喝采を送った。

 

 

          〇

 十月、百済の直支王子は応神天皇が準備してくれた津守の船団に自分の従者、莫勇や倭国兵、平群木菟らの護衛兵二百人と共に、任那経由で百済に向かった。任那に着くや、五百城大王、誉田真若王、木羅斤資らに挨拶し、それから黄海に回って北上した。そして扶餘に近い三賢の浜に上陸し、陸路を公山、天安、駒城を経て、王都、漢山に入城する予定だった。ところが三賢に至り、陣営を準備している時、倭国将軍、平群木菟は思わぬ人物に出会った。怪しい男が、木立の暗蔭から、こちらの様子を窺っているではないか。木菟は闇の中に身を低くして、その男の背後に回り、声をかけた。

「そこにいるのは何者じゃ。出て参られよ」

 すると男は素直に答えた。

「私は漢山に住む解忠という者です。どうか、お許し下さい」

「何故、そんな所に潜伏していたのだ?」

 平群木菟は男を捕まえると、厳しく解忠に詰問した。解忠は恐る恐る答えた。

倭国の人にお会いする為、ここに潜んでいたのです」

「我は倭国の将軍、平群木菟である。願い出たいことがあれば、素直に申すが良い」

倭国におられます直支王様に御報告せねばならないことがありまして・・・」

「何を伝えたいのじゃ?」

「それは・・・・」

「直支王様でなければ、言えないということなのか」

「はい」

「殺されても言えないということなのか?」

 平群木菟は解忠を威嚇した。解忠の覚悟は揺ぎ無かった。殺されても仕方ないといった固い覚悟だった。

「ならば、どうせよと?」

「私を倭国に連れて行って貰いたいのです。直支王様に直接お会いしたいのです」

 それを近くで聞いていた直支王子が、解忠に歩み寄った。

「解忠とやら、顔を上げるが良い。私はお前が会いたいと願っている阿花王の長子、直支王である。これから、この倭国将軍と百済王都に入ろうという矢先に、何事であるか?」

 直支王子の突然の出現に、解忠は唖然とした。そして慌てて後退すると、地面に両手をつき、涙流して言った。

「直支王様。お帰りなさいませ。私は余信大臣様の下臣、解忠です。よくぞ、お帰り下さいました。このような所で、お会い出来るとは、まるで夢のようです」

「歓迎してくれて有難う。して、私に報告したいこととは何事じゃ?」

 すると解忠は、百済王家の現状を説明した。

「まことに哀切きわまる建言に御座いますが、只今、百済では阿花王様が薨じられ、直支王様の末の弟、碟礼王様が、上の弟、訓解王様を殺して、勝手に百済王を名乗っておられます。どうか軽々しく百済の都に入らないで下さい」

 解忠の報告を聞いて直支王子の顔色が変わった。

「何じゃと。碟礼が、あの優しい訓解を殺しただと。何と愚かな。碟礼の奴、許せぬ」

 直支王子は百済王朝の現状を聞いて興奮した。解忠がそれを諫めた。

「直支王様。落ち着いて下さい。直支王様を支持する貴族や兵士たちが今、駒城や水城に集まっております。私の主人、余信に総てをお任せ下さい。必ずや碟礼王様を捕え、排斥される筈です」

 平群木菟は解忠の報告により、百済国内の乱れを知り、直支王子に一時の避難を勧めた。

「直支王様。ここは解忠殿の意見に従い、一時、避難されていた方が、得策かと思われます」

 直支王子も百済国内の詳しい状況が分らぬ為、平群木菟の意見に従うより他に方法が無いと思った。

「分かった。解忠。お前に総てを任せる。余信と共に力を合わせ、碟礼を捕えよ」

「では直支王様、一時、ここから退去願い、島に立て籠もり、吉報を待っていて下さい」

「島と言っても、何処の島が安全か?」

「ここから西に行けば、安眠島という大きな島があります。そこであれば敵に気づかれずに済むでありましょう。私の下来に案内させます。私がお迎えに上がるまで、平群木菟様と一緒に安眠島に隠れていて下さい」

 そう言われても直支王子は不安であった。平群木菟は、直支王子が不安でいるのを感じてか、直支王子が今、何を考えているのか、確認した。

「直支王様。平群木菟、何処へでもお伴致します。安眠島が嫌であるなら、任那に引き返しても構いません。何なりと、この平群木菟に遠慮なく申しつけ下さい」

「私は解忠の言葉を信じようと思う。従って私は護衛兵の半分を、任那に退却させる。そして自らは安眠島に移らず、ここに残り、五十名と一緒に隠れて、余信からの連絡を待つことにしよう」

「そんなに少ない護衛兵の数で大丈夫ですか?」

 平群木菟は心配した。すると、そんな心配は無用であると解忠が返事した。

「人数が少なければ少ない程、相手に気づかれません。大勢でいると、かえって危険です。直支王様の考えが正解だと思います」

「分かりました。では一部の兵を、任那に戻し、私は軍船にて半分の兵と共に待機しております。そして何時でも救援出来る体制にしておきます」

「有難う。それにしても、弟の碟礼の奴、とんでもないことをしてくれたものだ。何故に訓解を殺す必要があったのであろう。もし器量があるなら、自ずと百済王になれたものを・・・・」

 直支王子には弟、碟礼の愚行が信じられなかった。何故、兄弟で争わなければならないのか。解忠が、その問いに答えた。

高句麗の間諜にそそのかされたのです。兄王たちを殺せば、高句麗が応援すると、そそのかされたに決まっています。そうでなくして、摂政であった自分の兄、訓解王様を何故、殺せましょう」

「ということは、碟礼の背後に高句麗がついているということか」

「そうです」

「それはまずい。そんな事をしたら、いずれ百済王家は、高句麗によって消滅されてしまう。高句麗百済とが、倭国百済のような関係になることは、如何に考えても不可能である。海を隔てての王朝同志の交流といった美しい絆は、高句麗との間では、とても考えられない。大陸国家というものは、陸続きであるが為に、強い者が弱い者を支配する一国一王朝の権力構造になっているのだ。高句麗百済を支配するには、百済王朝は不要であり、何らその王朝の存在理由は無い。必要なのは只一つ、高句麗王朝だけなのだ。百済高句麗の配下になれば、我が一族は抹殺されること必定である」

 直支王子は自分の前に立ちはだかる大きな壁に唇を噛み締めた。解忠も同感だった。

百済王家だけでは御座いません。百済の貴族たちや倭国関係者等の総てが抹殺されるでありましょう」

「考えれば考える程、碟礼のとった行動は、国を亡ぼす行為だといえる」

 その直支王子と解忠の会話に平群木菟が加わった。

「ならば応神天皇様に救援を申し出て、一挙に碟礼王を討伐しましょうか?」

 平群木菟の提案に直支王子は首を振った。

「待って下さい。余信や解忠が百済国内のこととして処理しようとしているのです。むしろ、平群木菟殿には事態を静観願い、私、自ら方向を決めなければならぬ状況かと判断致します。何よりも重要なのは百済国民の声です」

平群将軍様。直支王様に御一任下さい。百済国内の恥ずべき事を他国の人に相談する訳には参りません」

 直支王子と解忠は、今まだ、この状態で倭国に救援を依頼する時ではないと、救援を希望しなかった。平群木菟は不満だった。

「とは言っても、百済倭国は親戚の間柄・・・」

「そのことは充分に分かっております。御恩は決して忘れません。平群将軍には、百済まで送っていただいたことだけで充分です。これからは自分で何とかやります。護衛兵五十名だけ、お貸し下さい」

 平群木菟は直支王子に随行することを断られ、面目を失ったが、直支王子の自分の国の問題は自分で解決しようという熱意に心打たれ同意した。

「分かりました。直支王様の意気込みを聞き安心しました。平群木菟、五十名の兵を置いて、船上に帰ります。首尾よく王位につかれましたら五十名を、お返し下さい。解忠殿。直支王さまを、よろしく頼みます」

 平群木菟は直支王子と解忠に、以上を言って別れを告げた。

平群将軍様。有難う御座いました。この解忠、平群将軍様に代わり、しっかりと直支王様を、お守り致します。本当に有難う御座いました」

 解忠は陣屋へと立ち去る平群木菟を平伏して見送った。

「木菟!」

 直支王子が、木菟の名を呼んだが、平群木菟は振り返らなかった。武人らしい立ち去り方だった。自分は何処へ行けば良いのか。平群木菟は星空を見上げて呟いた。

 

 

          〇

 応神十一年(406年)三月、武内宿禰百済に派遣した息子、平群木菟からの便りを受け、応神天皇に奏上した。

「陛下。百済へ戻られた直支王様が、内紛を鎮め、無事、百済王位に着かれたとの平群木菟からの知らせがありました」

「おおっ、そうか。それは良かった。目出度いことじゃ」

 応神天皇武内宿禰からの報告を受け、笑みを浮かべ、百済の直支王の即位を心から喜んだ。武内宿禰は更に説明した。

「息子、木菟からの書面によれば、直支王様は、高句麗と共に碟礼王を支持した真一族を打ち破り、直支王様を指示した解一族の力を得て、政権を握ったようです」

「解一族?」

「解一族は百済の大臣、余信の配下で、元王族の解須、解丘、解忠といった将軍が、直支王様、御即位の為、命を懸けて活躍したとのことで御座います。倭国に来ていた莫勇も大いに奮闘したとのことです」

 武内宿禰の報告は、平群木菟の報告を忠実に伝え、落度か無かった。正月の百済からの帰国者から、百済の内紛の知らせを受けていた応神天皇は、武内宿禰の報告に、ほっとした。

「阿花王の後継者が、希望通り直支王と決まり、一安心じゃ。もし直支王が王都入り出来ず、安眠島に幽閉されてしまうようなことになったら、如何しようかと思っていた。しかし、直支王を支持した余信は勿論のこと、解一族や平群木菟らの活躍により、それを回避出来て本当に良かった。内紛を鎮めた連中に心から感謝する」

 応神天皇百済王朝の内紛が、自らの理想通りに収まって、満足だった。武内宿禰も同じ心境だった。

「もし、碟礼王が百済王位にあのまま就いていたら、多分、百済高句麗に占領され、今頃、百済王朝は滅亡していたでありましょう。そして更に広開土王は南下を狙い、高句麗の大軍を、任那へと進軍させたでありましょう」

「恐ろしいことになるところであった」

「勿論、そんなことになれば、新羅もまた、高句麗の命令に従い、任那を攻撃するでありましょう。そうなっては、如何に精鋭をそろえている任那とて、ひとたまりもありません。任那は完全に高句麗支配下になってしまうでありましょう」

 武内宿禰の言葉を聞いて、応神天皇の顔色が変わった。

「となると、辰国のあった半島総てが高句麗のものになってしまう可能性があったということか?」

「はい。更に調子に乗れば、高句麗は海を渡って、倭国にまで、攻撃をしかけて来るかも知れません」

「そんなことになったら大変じゃ。そういう意味でも、倭国に留学していた直支王が王位に就いてくれたことは、倭国にとっても喜びであり、心強い」

「仰せの通りです。倭国にとっても、任那にとっても、直支王様が王位に就かれたことは実に喜ばしきことです」

 応神天皇武内宿禰がそんな話をしている所へ、中臣烏賊津が仲津姫と共にやって来た。

「お話し中、失礼します。仲津姫様が、お見えになりました」

「おう、仲津姫どうした?」

 応神天皇は微笑し、美しく着飾った王妃、仲津姫に尋ねた。仲津姫は明るく笑って、参上の理由を述べた。

任那からの使者が文書を届けに来たと聞き、何事かと、伺いに上がりました」

「そのことか。百済に戻った直支王が無事、百済王になられたとのことじゃ。その文書が、平群木菟から届いた」

「それはそれは、お目出度いことに御座います。私の祖父、五百城大王も、父、誉田真若王も、きっとお喜びのことでしょう」

 仲津姫もまた直支王の即位を祝福した。応神天皇は仲津姫に言った。

「最もなことである。任那にとっても直支王が王位に就けば安泰である。高句麗からの攻撃を直接、受けることなく、国民に平和な暮らしをしてもらえるだろう」

「それにしても人は何故、争い合わなければならないのでしょう?」

 仲津姫の素朴な質問に、長老、武内宿禰が敬意を払って答えた。

「それは長い因縁によるものです。たとえ血縁であっても、殺したり殺されたり、人は愚行を繰り返す愚か者です」

「それを止めさせる方法は無いのでしょうか?」

「それを止めさせる為、陛下が御苦労なされているのです。それを止めさせることが出来るのは、陛下、伊狭沙大王様をおいて他におられません」

 武内宿禰の言葉に、仲津姫は自分の夫、応神天皇をじっと見詰めた。仲津姫の視線を感じて、応神天皇は一瞬、ドキッとしたが、落ち着きを取り戻して自分の考えを仰られた。

「朕に、その力があるかどうか分からない。しかし、それを止めさせるべく、朕は努力する。他国を占領することなく、絶えず人的交流を行い、友好国を衛星的に増やし、世界の恒久平和を目指して行きたい。それが朕の夢である」

「流石、私の夫。しかし、その夢を実現させるには、高句麗の広開土王を倒さぬ限り、不可能ではないでしょうか?」

「倒す必要など無い。広開土王に南下を諦めさせ、倭国との親善を深めさせれば良いのだ」

「それは無理です。広開土王は辰国の祖は東明王であり、自分と同じ血が流れている故に、一国に統合したいと思っているのです。それ故、広開土王の、その考えを改めさせない限り、何時までも混乱が続きます。広開土王を倒すべきです」

 仲津姫は宿敵、広開土王を倒さぬ限り、平和は訪れないと主張した。しかし、応神天皇は、殺し合いを好まなかった。

「そうは言っても、時代は変わっている。朕の父、仲哀天皇百済任那倭人であり、母、神功皇太后新羅倭人である。高句麗との縁は薄くなっている。従って、高句麗に統合される謂われなど無い。朕は周辺国との人的交流を深め、高句麗とも仲良くしたいと思っている。それが伊狭沙大王の役目だと思っている。朕と広開土王の時代には不可能であっても、倭国は世界の友好平和を推進せねばならない。朕の時代は不可能であっても朕と仲津姫の子供の時代に、それが実現されれば、それで良い。朕の子供の時代に不可能であれば、そのまた息子の時代に実現させれば、それで良いのだ」

 応神天皇は、静かな声で未来を語った。仲津姫は夫、応神天皇の心の広さと、平和への情熱に、深く感銘を受けた。

波濤を越えて『応神の巻』①

■ 応神天皇即位と海外派兵

 

 神功六年(396年)二月十七日、誉田皇子は敦賀にて元服の式を終え大和国の磐余の若桜宮に戻った。母親の神功皇太后はじめ、群臣たちは、その元服祝をしようと、宴の準備をして待っていた。誉田皇子と武内宿禰は、まず神功皇太后に笥飯神社で無事、元服式を済ませて戻って来たことの報告を行った。一番先に武内宿禰が挨拶した。

「皇太后様。誉田皇子様は敦賀笥飯神社にて元服式を挙げ、ここに目出度く都に御帰還なされましたことを、ご報告申し上げます」

 その武内宿禰の言葉に間髪入れず、誉田皇子が続いて挨拶した。

「母上。誉田皇子、無事、元服の式を相済ませて戻りました。伊狭沙和気大神様にもお目にかかり、伊狭沙和気の御名を頂戴して参りましたこと、ご報告申し上げます」

 神功皇太后は、頭髪を束ね雄々しくなった誉田皇子を瞬きしながら見詰め、微笑して言った。

「御苦労様でした。淡海の坂田から若狭を経て敦賀への長旅、さぞ疲れたことでありましょう。群臣たちが、朝から待ち酒を並べ、祝宴の席を準備して待っております。私はその祝宴の席にて、誉田皇子の天皇即位を群臣に告げようかと思います。この考えについて、宿禰はどう思いますか?」

 神功皇太后の言葉に、二人は驚いた。武内宿禰は一瞬、考えた。女帝らしい息子への後継の布石の機会であると考えての周到な計算に相違なかった。武内宿禰は皇太后に答えた。

「異論は御座いません。誉田皇子様は敦賀伊狭沙和気大神様に認められました。その御告げは、立派な聖王になられるであろうとの事でした。まだお若いですが、皇太后様に摂政になっていただければ、無事、天皇としての御役目を果たせるものと確信しております」

 神功皇后武内宿禰の言葉に頷き、誉田皇子に質問した。

「誉田皇子よ。貴男は天皇となって国を治める自信がありますか?」

 母、皇太后の質問に誉田皇子は元服した今の自分には皇位を受け継ぐ資格が備わっていると思えた。誉田皇子はこう答えた。

「私は選ばれた日嗣の皇子です。元服したからには、何時であろうと即位することに何ら躊躇することは御座いません。父上、母上の政治精神を引き継ぎ、倭国を繁栄させる夢でいっぱいです」

「何という心強い御言葉・・・」

 武内宿禰は誉田皇子の言葉を聞いて感激し、涙が出そうになった。神功皇太后もまた息子の成長に胸がいっぱいになった。夫、仲哀天皇に、この言葉を聞かせてやりたかった。

「誉田皇子よ。私は貴男の覚悟の程を知ることが出来ました。私は自信を持って貴男を天皇に推挙出来ます」

「有難う御座います。天皇になるということは幼い私にとって、厳しく辛く苦しい重荷であるかと存じますが、これは皇室に生まれたが故の天より与えられた私の運命と思い、誠心誠意頑張ります」

 神功皇太后は、元服し、落ち着き払った誉田皇子に対面し、これまでに成長させてくれたのは武内宿禰の教育指導よる賜物であると思った。

武内宿禰よ。私は誉田皇子をこのように立派に教育成長させてくれた宿禰にお礼を言います。烏賊津が任那に駐留させておいた倭国の将軍、斯摩那加彦も、木羅斤資の力を借り、新羅を攻め、早羅城と金城の近くまで平らげ、立派な成果を上げ、数日前、沢山の土産を持って帰国しました。このような倭国の勝利により、これからは世界のあらゆる国が、倭国を偉大に思い、幼き天皇に跪き、倭国朝貢して来るでしょう。これらは総て武内宿禰一族のお陰です。この御恩は天皇家の子々孫々、忘れずに引き継いで参ります。武内宿禰の一族に皇太后、心より感謝申し上げます」

「何と勿体無く有難い御言葉。天孫降臨のその昔より、天皇家にお仕えして来た我が一族にとって、当然のことをしたまでです。今後も全身全霊頑張りますので、我が一族をよろしく御引き立ていただきますよう心よりお願い申し上げます」

 武内宿禰は、そう答えてひれ伏し、元服式を終えての帰国報告を終えた。

 

 

          〇

 誉田皇子と武内宿禰の報告を聞き終えると、神功皇太后は群臣たちが成人した誉田皇子を迎える祝宴の席に向かうべく立ち上がった。皇太后は侍従に言った。

「では、これから宴会場に出席します。案内して下さい」

 会場に向かいながら誉田皇子は若桜宮の庭の梅の花が散って、桜の蕾が膨らみ、色づき初めているのを目にした。間もなく桜の花が咲こうとしている。宴会場の入り口近くに行くと、中臣烏賊津が待ってましたとばかり、駆け寄って来た。

「群臣一同、皇太后さまと誉田皇子様が現れるのを今か今かと待ち焦がれています」

 それから物部胆昨が先導を務めた。

「こちらになります。御足元にお気をつけ下さい」

 物部胆昨の後について、神功皇太后、誉田皇子、武内宿禰が宴会場に入って行くと、会場に集まった二百人程の群臣たちが、一斉に拍手した。大三輪大友主が深々と頭を下げ、言上した。

「皇太后様、誉田皇子様。奥の高台にお座り下さい。武内宿禰様はこちらの席へ」

 三人が指定された席に着席したのを確認すると、大三輪大友主に代わって、中臣烏賊津が一同に伝えた。

「只今より、誉田皇子様の元服祝の酒宴を行います。御神前に大神酒を奉献する前に、皇太后様より、お言葉をいただきます」

 中臣烏賊津の案内を受けて頷くと、神功皇太后は高台から群臣を一望し、静かに口を開いた。

「一同に告げる。我らが日嗣の皇子、誉田皇子は敦賀にて、元服式を挙げ、本日、この磐余の若桜宮に戻った。その元服された姿は、御覧の通り凛々しく、英知に満ち溢れている。仲哀天皇が御逝去されてより七年、我は皇后として、その空席を、皆さんの力を借りながら、お守りして来た。しかし日嗣の皇子が成人した今、その空席は日嗣の皇子に引き継がれ、我が守る必要が無くなりました。日嗣の皇子には、只今より、亡き仲哀天皇の遺言に従い、称号を応神とし、天皇に即位していただきたいと思っています。皆さんの賛同を得られればと願っております」

 その言葉が終わるや否や、すかさず武内宿禰が、声を張り上げ、誉田皇子に向かって挨拶した。

「御意に御座りまする。応神天皇様、御即位、お目出とう御座います」

 続いて大三輪大友主も応神天皇の即位を祝福した。

応神天皇様、お目出とう御座います!」

応神天皇様、お目出とう御座います!」

 群臣一同が、大友主に従い、賛同の意を表した。神功皇后は満足して、何度も頷いた。神功皇太后から指名され、即位した応神天皇は、立ち上がり、一同に一礼すると、一同を見やり、挨拶した。

「朕は父、仲哀天皇と入れ替わる為、この世に生を受けた。爾来、朕は住吉を親として、武内宿禰を師匠として成長して来た。本日、ここに天皇として即位することを許されたが、万民の期待を裏切らぬよう、正しい政治に励んで行きたいと思う。一同の協力を、ここの場を借りて、よろしくお願いする」

 その応神天皇の言葉に大三輪大友主が答えた。

「我ら群臣一同、応神天皇様のお言葉に従い、倭国隆盛の為、応神天皇様に一致団結し、努力協力することを誓います」

 大友主の誓いの後、中臣烏賊津が再び、司会を始め、神功皇太后の御神前への礼拝をお願いした。神功皇太后は一同を代表して御神前に立って唱えた。

「遠き御祖よりの神々様、お慶び下さい。ここに応神天皇様の御即位をご報告致します。その御即位を祝福して、御神前に大神酒を捧げます。これからも神々様のお力により、我らをお守り下さい。我々に幸せをお与え下さい。よろしく、よろしく、お願い申し上げます」

 神功皇太后はそう唱えてから、大神酒を御神前に奉献した。それを見届けてから、中臣烏賊津が、神功皇太后にお願いした。

「皇太后様。ここで、お祝いの御歌をお願い致します」

 すると、皇太后は直ぐに歌を詠まれた。

  この御酒は 我が御酒ならず

  酒の司 常世に坐す 石立たす

  少名御神の 豊寿ぎ 寿ぎ廻ほし

  神寿ぎ 寿ぎ狂ほし 献り来し御酒ぞ

  あさず食せ ささ

 それは〈この酒は常世の神が醸し出してくれた御酒です。すっかり飲み干して下さい。さあ〉という歌であった。皇太后は、歌い終わると、応神天皇に大神酒を献ぜられた。中臣烏賊津は、続いて武内宿禰にお願いした。

「返歌を武内宿禰様にお願いします」

 武内宿禰が待っていたかとばかし、応神天皇に代わって返歌を詠った。

  この御酒を 醸みけむ人は

  その鼓 臼に立てて 歌ひつつ

  醸みけめかも 舞ひつつ 醸みけめかも

  この御酒の あやに うた楽し ささ

 そう歌って武内宿禰もまた応神天皇に大神酒を献ぜられた。続いて群臣一同、応神天皇に祝杯を捧げるよう、中臣烏賊津が一同に伝えた。

「では御歌に従い、我ら一同、応神天皇様の御即位を祝し、乾杯したいと思います。乾杯の音頭は大三輪大友主様にお願い致します」

 烏賊津の指名により、大三輪大友主が杯を取り、大声を発した。

「天より遣わされた倭王応神天皇様の御即位を喜ぶと共に倭国の繁栄を願って乾杯致します。乾杯!」

「乾杯!」

 一同が大友主に合わせて大声で乾杯した。大友主は更に杯を上げて叫んだ。

応神天皇様、万歳!」

「万歳!」

 群臣一同、応神天皇の御即位を衷心より祝福して叫んだ。応神天皇も神功皇太后も大満足だった。その母子の姿を見て武内宿禰が、二人に向かって再度、お祝いの言葉を述べた。

「ここに目出度く、応神天皇様が御即位あそばされました。群臣一同、国民と共に心より、御即位を、お慶び申し上げます」

 中臣烏賊津が念押しするかのように、高台の二人にお辞儀をした。

「お目出とう御座います」

「お目出とう御座います」

群臣一同、口々に祝福を称え合った。中臣烏賊津がその一同に開宴を伝えた。

「では酒宴に入ります。あらゆる美酒と沢山の料理、珍味、果物などが準備されております。気兼ね無く、飲んで、食べ、歌い、踊り、楽しい時をお過ごし下さい」

 大三輪大友主と中臣烏賊津の段取りにより、応神天皇の御元服と御即位発表の祝宴はこうして、開催された。和気満堂。酒宴は夜になるまで、賑やかに続いた。そして十日後、応神天皇の即位礼が若桜宮の神殿で賑々しく行われ、応神天皇は戴冠した御姿を国民に披露し、第十六代の倭国王としての地位を確実に継承した。

 

 

          〇

 応神元年(396年)春、四月、大和の磐余若桜宮に、任那から、応神天皇祝賀の使者がやって来た。その使者が、誉田真若、羽田矢代、白都利らであると知ると、神功皇太后は大喜びして、使者を迎えた。神功皇太后は、応神天皇武内宿禰重臣たちと大広間で、使者たちに接した。応神天皇と神功皇太后が着席するや、使者の代表、誉田真若が、皇太后親子の顔をじっと見上げて挨拶した。

「神功皇太后様、お久しぶりに御座います。皇太后様におかれましては益々の御健勝であられますこと、心よりお慶び申し上げます。また応神天皇様、御即位、誠にお目出とう御座います。父、任那大王を始めとする任那国民を代表して、心よりお祝い申し上げます。この誉田真若、この度、その御即位のお祝いの品々をお届けに任那任那からやって参りました。どうぞ、お受け取り下さい」

 誉田真若の祝いの言葉に、神功皇太后が優しい声で、ゆっくりと声をかけた。

「有難う。遠い所を海を渡り、よく来てくれました」

 応神天皇も続いて同じような歓迎の言葉を言った。

「有難う御座います。英明な真若殿のことは、幼い時より、皆から伺っております。よくお出で下さいました。応神天皇、心より御礼を申し上げると共に歓迎致します」

「歓迎、有難う御座います。こちらこそ、応神天皇様がここにいる羽田矢代の父君、武内宿禰殿より英才教育をお受けになり、実に英明なお方であると存じております。皇太后様の豊かな経験と見識及び応神天皇様の若き力により、倭国が益々、発展を遂げられますことを、真若、心より願っております」

「有難う御座います。朕の名は真若殿の凛々しさに肖り、誉田となっております。朕は、それ故、任那の次代を引き継ぐ真若殿を兄のようにお慕いしております。そうした間柄にあって、我々は先人たちから引き継いだ両国の平和と繁栄を守り抜いて行かなければなりません。新しい時代に相応しい希望に溢れ、誇りある倭人の国造りを互いに果たして行きましょう」

 応神天皇はそう言って、高台から降り、皇太后の御前で、誉田真若と互いの手を強く握り合った。それを見た神功皇太后の瞳に涙が光るのを武内宿禰は見逃さなかった。使者たちの歓迎はこうして行われ、その後、朝堂院で盛大な宴が開かれた。新羅遠征に行った顔見知りの連中の歓迎に誉田真若は満足した。そして四月末、任那の使者、誉田真若らは羽田矢代を大和に残し、難波津から船に乗り、倭国を後に任那へ帰国した。

 

 

          〇

 応神元年(396年)秋九月、新羅百済の両国から、朝貢の使者が一緒にやって来た。大三輪大友主が、そのことを応神天皇に伝えた。

「陛下。新羅、奈勿王の使者が朝貢に参りました。百済、阿花王の使者も一緒です」

 それを聞いて、応神天皇は喜びの声を上げた。

「おお、そうか。先王の望んでおられた国々から、朝貢の使者がやって来られたか。父、仲哀天皇の時代でなくて、誠に残念である。父、仲哀天皇が御存命であったなら、さぞかし喜ばれたことであろう。皇太后様にはお伝えしたか?」

「皇太后様は御体調が芳しくなく臥せっておられますので、まだ伝えておりません」

 大三輪大友主は、神功皇太后の容態が悪い事を応神天皇に語った。応神天皇は、母親の調子が悪い事を耳にして、一瞬、顔を曇らせたが、朝貢の使者の来訪に直ぐに対処すべく、大友主に答えた。

「左様か。ならば朕と武内宿禰とで、使者の引見をしよう。中央院に通せ」

「では彼らを中央院に案内致します」

 大三輪大友主は、そう答えて、御座所から消えた。応神天皇は一緒にいた武内宿禰に話しかけた。

「それにしても、新羅百済朝貢の使者が一緒に来るとは不思議な事もあるものだ」

「それだけ陛下が偉大であるからでありましょう。彼らは沢山の珍しい物を持って来てくれたに違いありません」

朝貢の使者は優秀な者が多い。何を考えているか分からぬ。気を許してはならぬぞ」

 応神天皇は積極的であるが、母に似て用心深いところがあった。

「勿論、その点については充分、注意致します」

 武内宿禰応神天皇の成長の程に感心しながらも、朝貢の使者には用心せねばならぬと思った。応神天皇武内宿禰は、そんな会話をしてから中央院に向かった。二人が中央院の高座に着いてから、間もなくして大三輪大友主が、朝貢の使者を連れて中央院の部屋に現れた。

「陛下。新羅ならびに百済朝貢の使者を、お連れしました」

 大友主が部屋の奥の高台に座っている応神天皇と脇に座る武内宿禰の前に進み出て、平伏し奏上すると、朝貢の使者六名も、大友主同様、大友主の後方に平伏し、挨拶した。まずは新羅の使者が口上を述べた。

倭国王応神天皇様におかれましては、御壮健、この上無く、心よりお喜び申し上げます。新羅の奈勿王の使者、阿利叱智、安良可也、曽利万智です。新羅内宮家として、新羅の産物を、お届けに上がりました」

 続いて百済の使者が挨拶した。

百済の阿花王の使者、久氐、弥州流、莫古に御座います。阿花王の命により、新大王、応神天皇様に朝貢に上がりました」

 応神天皇は高座から一同を見下ろし、頷くと落ち着いて使者と会見した。

「海を渡った遥か向こうの国からの、はるばるの朝貢、心より感謝する。誠に大儀であった。倭国にて、ゆっくり休養され、いろんな場所を見学して行くが良い。ところで奈勿王は元気であるか」

「我が奈勿王は倭国女王様に無礼を働いた将軍たちを処刑し、その一族を奴婢に落とし、深く反省されておられます。任那におられた斯摩那加将軍様の部隊に早羅城と金城を攻められ、初めて、約束の朝貢を続けていなかったことを知った次第であり、実に申し訳なく思っておられます。奈勿王は新大王様の御即位を耳にし、即刻、我々三名を朝貢の使者に立てられました。応神天皇様に呉々もよろしくとのことで御座います」

 新羅の使者、阿利叱智は奈勿王からの言葉を伝えた。応神天皇は、この新羅の状況を、誉田真若や斯摩長彦からも聞いていたので、冷静に受け止めた。

「奈勿王の恭順の程、良く分かった。朕は貴国とこれから長く交流を深めて行きたい。裏切りさえ無ければ、我が国は大人しい国である。朕は伊狭沙大王として、これから世界を治めて行くよう、天の神様より、宣旨を賜った。新羅はもともと伊狭沙大王の統治下にあった国の一つであり、朕も大切な国の一つであると考えている。故に帰国したなら、奈勿王に、このことを知らしめ、定期的に我が国と交流されるよう希望すると伝達されよ」

「有難きお言葉。我ら三名、帰国し次第、奈勿王に、この旨、必ずお伝え致します」

 少年王とは思えぬ応神天皇の威厳ある威圧的言葉に、阿利叱智らは頭を上げることが出来なかった。続いて応神天皇は、阿利叱智らと並列している百済の使者らに目をやった。

「ところで久氐。百済王阿花は元気でいるか?」

「はい。健やかに御座います。皇太后様や応神天皇様に呉々もよろしくとのことで御座います」

高句麗新羅任那とは友好的にやっているか?」

 応神天皇新羅の使者が同席していることも気にせず、思いのままを尋ねた。久氐は新羅の使者もいることもあり、戸惑いを内に秘め、応神天皇の質問に答えた。

任那の五百城大王様の警護により、燕国や高句麗からの侵略はありません。また新羅国とも親交が深まり、この度、このようにして同じ船にて、朝貢に参りました。このような平和は、応神天皇様が伊狭沙大王となられ、世界を監督なさっているからでありましょう。」

「朕はまだ充分に世界を監督しきっていない。任那を通じ、世界を見ているが、これでは真実を把握することが出来る筈が無い。朕自ら、母上同様、渡海し、任那新羅百済高句麗、燕、秦らを踏査して、はじめて世界を知り、世界を監督出来ると言えよう。それ故、朕は近いうちに、汝等の国をはじめとする大陸の諸国を訪問することを計画している」

 その応神天皇の言葉に逸早く新羅の阿利叱智が世辞を言った。

「その時は是非、新羅にお立ち寄り下さい。お待ちしております」

「勿論、訪問する」

百済にも、お越し下さい」

 久氐の真剣な顔を見て、応神天皇は笑った。そして優しく弁じた。

百済にも訪問する。自ら各国を巡回踏査し、各国の実情を知り、伊狭沙大王としての指示をしよう。今、人々は他人の物を奪い合うことに狂奔しているが、これは大きな誤りである。己自身の弛まぬ努力によって、食糧や財物を得、保存することが、真の人の姿であらねばならぬ。朕は国民、一人一人の努力によって、平和で豊かな時代になると信じている。悪い者は必ず滅び、善い者は必ず栄える筈じゃ」

 応神天皇に続いて、天皇の側の席に座っていた老臣、武内宿禰が、付け加えるように喋った。

「その通りで御座います。その昔、晋の昭候を殺した大臣、潘父は昭候の子、孝候に処刑されました。焚書坑儒を行った秦の始皇帝は、側に仕える宦官、趙高に毒薬を飲まされ死にました。楚の項羽を裏切って劉邦に仕えた韓信は、謀反を計ったという理由で処刑されました。悪い者は真実、必ず滅びるもので御座います」

 応神天皇は頷き、目の前の使者たちを見下ろして続けた。

「ここに朝貢に来られた新羅百済の両国においては、そのような悪い者は滅亡し、今や平和な国となった。朕は、はるばる海を渡って朝貢に来られた汝ら使者一同に心から感謝の意を表する」

「有難き仕合せに御座います」

「有難き仕合せに御座います」

 使者六人は応神天皇に再び平伏し敬礼した。そして朝貢の品々を天皇の前に並べて、説明したりした。かくて応神天皇新羅百済朝貢の使者との面談は終了した。

 

 

          〇

 新羅百済朝貢の使者との面談を終えた武内宿禰は、中央院の部屋の中に運び込まれた朝貢の品々を検閲整理させながら、何故か疑問を抱いた。両国の貢物の差異が余りにも大きかったからである。武内宿禰は、そのことが気になったので、百済の使者、久氐らと親しい中臣烏賊津に命じ、その理由を調べさせた。それを受けて中臣烏賊津は、斯摩那加彦に声をかけ、理由を審問することにした。まずは百済の三人を大臣室に呼んで面談した。

「久氐殿、弥州流殿、莫古殿。この烏賊津、那加彦と共に百済滞在中は大変、お世話になった」

「いいえ。私たちこそ、烏賊津様や那加彦様に種々、御支援いただき、国内をまとめることが出来、有難う御座いました」

 久氐と一緒に弥州流、莫古の二人が、深く頭を下げるので、烏賊津も那加彦も赤面した。烏賊津は三人に言った。

「あれらの支援は任那国の五百城大王様からの支援であり、私たちの力では無い。お礼は任那大王様に言ってくれ」

「我らが王、阿花王も、今、王位にあるのは神功皇太后様と五十城大王様の御支援によるものと良く理解しておられます。それ故、我らは倭国朝貢の途中、任那国に立ち寄り、五十城大王様に会うことを命ぜられました。ところが道に迷ってしまい・・・」

 そこまで喋ると、久氐は突然、泣き出しそうになり、声を詰まらせた。一体どうしたというのか?那加彦が声をかけた。

「おい、どうした、久氐。そんな情けない顔をして?」

 すると久氐は一旦、目を伏せてから再び目を開け、思いを決したように話を続けた。

「私たちは運悪く、途中、新羅国に迷い込んでしまったのです。私たちは新羅王に捕らえられ、牢屋に閉じ込められていました。そして三ヶ月経って、私たちは殺されそうになりました。私たちは天に向かって新羅王を呪いました。すると新羅王は、その呪いを恐れ、私たちを殺すのを止めました」

 武内宿禰が何かあるなと予想していた通りであった。烏賊津と那加彦は久氐の話を聞き、怒りを覚えた。

「それで?」

新羅王は私たちの貢物を奪って、自分の国の貢物としました。新羅の賎しい物と、我が国の貢物を入れ替えました。ですから、この度、応神天皇様にお届けした百済の貢物は内容も少なく、良い品物を抜き取られ、粗末な物になっていたかと思われます」

 久氐の説明に、那加彦は頷いた。

「その通りじゃ」

新羅の贈り物は珍しい物が多く、素晴らしかった。それで私も、不思議に思い、その理由を知りたくて、那加彦と親しい貴男方を、この大臣室に呼んだのじゃ」

 烏賊津の言葉に今まで無口だった莫古が、少し震えながら話した。

新羅王は私たちに言いました。もし、このことを漏らせば、同行した新羅の兵が、お前たちを殺すと・・・」

「私たちは、それを恐れ、彼らに従い、新羅より、新羅朝貢の船に乗って、百済の使者としてやって参りました」

 久氐は、両目に涙を溢れさせた。弥州流も、もらい泣きして烏賊津に訴えた。

「私たちは、倭国に、あの烏賊津臣様がいる。斯摩那加彦様がいる。だから、きっと助かる。そう信じて、私たちは励まし合い、今日まで頑張って参りました」

「左様であったか。新羅王は何と小狡い悪賢い事をする奴じゃ。この悪事は必ず、伊狭沙大王様に知れて、彼らは再び罰せられるであろう」

 すると、大臣室の扉が開いた。

「その通りじゃ」

 突然、武内宿禰が一同の前に現れた。

宿禰様。いつの間に・・・」

「立ち聞きして申し訳ない。陛下が、百済の実態を知りたいとのことで、皆様をお迎えに上がったところ、この部屋にいるとのことで、つい立ち聞きしてしまった。それにしても、新羅の奈勿王という男は何と悪質な男であることか」

「全くもって同感です。人を謀ることを何とも思っていない腹黒い奴です。攻められ、不利と思えば降伏し、和解すれば、また裏切る。この繰り返しです。かような悪人は徹底的に傷めつけないとことには、同じ悪事を繰り替えし続けるでありましょう。何とかしないと・・・・」

 中臣烏賊津は奈勿王への憤りで腹が立って、気分が治まらなかった。那加彦は怒りに唇を噛み締めていた。久氐が武内宿禰にすがりついた。

「烏賊津臣様の仰せの通りです。武内宿禰様、どうか、このことを応神天皇様に奏上願い、新羅王を懲らしめて下さい」

「お願いします」

「お願いします」

 莫古と弥州流も武内宿禰に切願した。武内宿禰百済の使者三人に答えた。

「分かった。ことの経過を陛下に説明し、新羅に兵を送ろうと思う。私について来られたい。陛下の所へ案内する」

「畏れ多いことに御座います」

 百済の使者三人は、武内宿禰、中臣烏賊津、斯摩那加彦の後に従い、大臣室を出た。

 

 

          〇

 幾つかの廊下を通り、百済の久氐、弥州流、莫古の三人は、中央院内の応接室に案内された。精緻な彫刻をほどこした扉の前に、警備兵が立っており、武内宿禰を見るや、深く頭を下げた。

「こちらじゃ」

「久氐殿、弥州流殿、莫古殿。どうぞ、どうぞ」

 武内宿禰と中臣烏賊津と斯摩那加彦の三人が百済の使者、三人を応接室に招き入れた。部屋に入るや大三輪大友主が立っていて、口火を切った。

「先程より、陛下が首を長くしてお待ちしておられます」

 すると武内宿禰は、部屋の中央に座る応神天皇の前に向かい、百済の使者を自分の横一列に並べさせて平伏した。中臣烏賊津と斯摩那加彦も、その後に並んで平伏した。

「長らくお待たせ致しました。百済からの使者を、お連れしました」

「ご苦労」

 応神天皇は、そう武内宿禰に答えてから、目の前で恐縮している三人に優しく声をかけた。

「折角の休養のところ、呼び立てして済まぬ。先日も質問させてもらったが、大陸の状況をもっと詳しく知りたい。汝たちの報告によれば、百済は何処からも侵略されることも無く、平穏であるとのことであったが、何故か、すっきりしない。新羅の使者たちと汝ら百済の使者の顔つきに相違をあった。朕としては気がかりである。隠すことなく、大陸の実情を教えて欲しい」

 すると久氐が即座に答えた。

「伊狭沙大王、応神天皇様のお見通し、恐れ入ります。このことについて、中臣烏賊津様と斯摩那加彦様に先程まで質問されていたところです」

 百済朝貢使、久氐の苦し気な返答に、中臣烏賊津が代わって、応神天皇に言上した。

「久氐殿の説明によれば、新羅の奈勿王の使者、阿利叱智、安良可や曽利万智は新羅王から派遣された悪人とのことです。今回、献上された品々は、百済任那倭国の為に準備したもので、それを新羅王が奪って、自分たち新羅の貢物にしたとのことです」

「それは酷いな。新羅王とは、そんな悪知恵を働かせる卑劣な男なのか?」

 応神天皇新羅の奈勿王の悪質な行為を聞いて、呆れ果てた。百済の使者、久氐は、この時とばかり、応神天皇に上訴した。

新羅は今、高句麗の手先になり、百済任那への侵略準備を秘かに進めております。この度の新羅の使者、三名も、倭国の内情を把握する為、派遣された密偵のようなものです。倭国内が乱れていれば、倭国にも侵攻しようという奈勿王の考えです」

 若き応神天皇は、久氐の訴えを耳にして、怒りが身体中に熱く駆け巡るのを抑えきれなかった。応神天皇は激昂した。

「何と道理をわきまえぬ新羅王であろうか。武内宿禰よ、問答無用じゃ。新羅朝貢使を直ちに帰国させよ。そして、この百済の者たちについては、身の安全を考え、後日、帰国させよ」

「ははーっ」

 武内宿禰応神天皇の指示に従うことにし、百済の使者三名の護衛兵を増やすことにした。

 

 

           〇

 数日後、武内宿禰の命を受け、斯摩那加彦は新羅朝貢使、阿利叱智に百済の使者を倭国に置いて行くよう指示し、新羅に帰国させた。頭の回転の速い阿利叱智は新羅の悪事が露見したと気付いたのか、直ぐに来た時の船の帆をあげ、慌てて難波津から帰って行った。一方、応神天皇は、母、神功皇后新羅朝貢の使者を帰国させたことを打ち明けた。それを聞いた神功皇后の反応は厳しいものであった。

「あの奈勿王、私との約束を覚えているでしょうに。何ということを・・・」

「でも本当に、新羅の奈勿王は母上に、服従を誓ったのですか?」

「勿論よ。彼は、あの時、女王様の御統治下にしていただきたいとまで言った筈よ。余りにも低姿勢だったので、私は任那と同様、兄弟国として付き合いましょうと約束したの。それがいけなかったのかしら。奈勿王の王子、微叱許智を人質にしていたのに、彼にも騙され逃げ帰られてしまったりして・・・」

「ということは、新羅とは、戦っていないのですね。国王会談で済ませたということですね」

 応神天皇が厳しい顔つきで母を見詰めた。自分は生まれてからずっと、母、神功皇太后が大軍を率いて、新羅を討伐して帰られたものと教えられて来たが、実際は違っていたのだ。総ては初めて聞くことばかりであった。神功皇太后は、応神天皇の問いに無言で頷いた。

「烏賊津、今の話は本当か?」

「はい、事実です。その後は、何度か、任那新羅の小競り合いがありましたが、何とか平和は保たれておりました。しかし、今回の百済の使者からの報告は異常です」

 烏賊津は、そう答えて息を吐いた。それを確認し、応神天皇は苛立った。

「何と道理をわきまえぬ新羅の奈勿王であろうか。こうなったからには、再び新羅に遠征し、新羅王を懲らしめるしか方法は無いと思う。皇太后様、再度の新羅討伐を決行しようと思いますが、よろしいでしょうか?」

「私も話を聞いて立腹しました。このまま黙っている訳には行きません。陛下の御裁可にお任せします」

 「ならば決まりです。直ちに兵を新羅に向けるよう軍船の手配から始めよ」

 応神天皇の裁可を受け、その場にいた武内宿禰、大三輪大友主、中臣烏賊津、物部胆昨、津守住吉、大伴武持たち重臣での遠征作戦会議が直ちに開催された。武内宿禰が口火を切った。

「誰を新羅に派遣しましょうか?」

 応神天皇が直ぐに答えた。

倭国最強の兵を引き連れ、朕自ら奈勿王討伐に向かう」

「そ、それはなりません。陛下自ら異国に赴かれることは、私が許しません」

 神功皇太后が強い声で反対した。それに対し、応神天皇が反論した。

「何で朕が出向くことに反対されるのです。母上も行かれたではありませんか?」

「あの時とは、状況が違います。倭国王は、じっと若櫻宮で待っていれば良いのです」

「そうで御座います。陛下が御出でになるまでもありません。ここは新羅遠征を体験された皇太后様の御意見に従い、ことを進めましょう」

 武内宿禰が血気に逸る応神天皇を諫めた。応神天皇が納得したところで、再度、武内宿禰が言った。

「誰を派遣しましょうか?」

倭国最強の兵を差し向けよ」

 応神天皇の余りにも積極的な新羅遠征の決断に、重臣たちは吃驚した。命令を受けた武内宿禰重臣たちの決断も早かった。

「ならば、新羅遠征の経験者、葛城襲津彦新羅征討の大将軍役を命じましょう」

武内宿禰よ。またも襲津彦を派遣して構わぬのか?」

「大丈夫です」

 武内宿禰は、この際、幾度かの失敗はあるが、自分の息子を派遣すべきだと思った。続いて津守住吉が発言した。

「軍船と船長及び武器、兵糧の手配については、前回同様で良かろうかと思います」

「そうだな。それで良かろう。大友主に意見はあるか?」

 応神天皇は、武内宿禰に次ぐ重鎮、大三輪大友主にも意見を訊いた。

「はい。私は今回、斯摩那加彦の弟、千熊長彦を襲津彦殿に同行させてみてはどうかと思っております」

「それも良かろう。では長彦を副将軍としよう。烏賊津に何か意見はあるか?」

 その問いに中臣烏賊津は待っていましたとばかり意見を述べた。

新羅遠征はつい昨日のようなこと。重要視すべきは、かの地での経験と実力です。それを考えると、前回、活躍した東国の武将、荒田別、鹿我別と毛野別を差し向けるべきでしょう。彼らは騎馬を得意とし、勇猛果敢、大陸の山河を侵攻するのに最適の軍団を所有しております。彼らなら陛下の願い通り、思う存分、暴れまくってくれるでありましょう」

「まさに適任じゃな」

「はい。烏賊津臣の意見、この武内宿禰も賛成です。彼ら東国勢は風雲にも強く、強馬精兵の集団です。任那の兵と共に、あっという間に新羅を退治してくれるでありましょう」

 武内宿禰の言葉に応神天皇は満足そうに頷いた。かくてまた倭国新羅討伐が決行されることになった。この決断を聞いて、百済の使者三人は、喜んだ。

 

 

          〇

 応神二年(397年)正月、倭国王応神天皇は母、神功皇后新羅遠征を行った時とほぼ同じ、安曇、岡、伊都、武、穴門、出雲、佐波、松浦の船団に、七万の兵を乗せて、新羅に向かわせた。新羅征討大将軍葛城襲津彦新羅の東岸、太白山に沿って、四万の兵を乗せた二千隻を待機させ、任那に訪問し、金官城にて任那大王、五百城入彦と誉田真若王子に会い、今回の渡海の説明を行い、百済の使者と貢物を渡し、兄、木羅斤資らと、今後の作戦について相談した。そして先ずは、千熊長彦と白都利を新羅に遣わし、新羅百済の献上物を穢したことを責めさせた。ところが奈勿王は知らぬ存ぜぬで、千熊長彦の抗議を一向に聞き入れようとしなかった。三月、業を煮やした葛城襲津彦は荒田別、鹿我別、毛野別を大将とした軍勢を卓淳、伊西、干尸山に配置し、自らは卓淳に本陣を構え、新羅を攻めさせた。しかし、いざ戦ってみると戦況は葛城襲津彦の思うように進行しなかった。白都利と前戦に偵察に行って、戻って来た千熊長彦は倭国の大将軍、葛城襲津彦に苦戦状況を説明した。

「襲津彦様。新羅軍は思ったより強力な精兵を集めており、荒田別軍は中々、進軍することが出来ずにおります。何か対策を考えませんと」

 葛城襲津彦は、それを聞いて、どうして新羅軍がそんなに強くなったのか、不思議でならなかった。千熊長彦の説明に首を傾げた。

「以前、斯摩那加彦殿が新羅を攻めた時は、敵が簡単に後退したと聞いているが、今回は、どうしたことか?」

 そこへ荒田別大将が現れ、葛城大将軍に言った。

新羅軍の中に、高句麗兵がいるのかも知れません。敵は今までと違う武器を所有し、今まで以上に執拗です」

 荒田別は新羅の背後で高句麗が動いているのではないかと推定した。葛城襲津彦は千熊長彦に尋ねた。

任那からの応援は、どうなっている?」

「久氐殿の依頼を受けて、五百城大王様の皇子、誉田真若様、自ら、私たちの応援に駆けつけていただけるとの伝令がありました。真若様の軍は、高句麗軍も恐れる程の粒揃いとのことです」

「久氐殿は、百済に戻られたのか?」

 襲津彦は自分たちと一緒に卓淳にまで来ていた久氐の動きを確認した。すると白都利が答えた。

「いえ。真若様と一緒に、こちらに再び向かっている筈です。彼は新羅の地理に詳しく、私たちと一緒に、新羅を懲らしめたいと願っております」

「中々、根性のある男だ。普通なら、百済へ逸早く逃げ帰るものを・・・」

「彼ら百済の三人は、彼らの窮状を理解し、直ぐさま、新羅攻撃を決断された応神天皇様をお慕い申し上げております。彼らは応神天皇様と百済の為なら、命を失っても惜しくは無いと言っております」

 白都利の言葉に、荒田別が、ぽつりと言った。

「異国人にも尊敬されるとは、応神天皇様も大したものだ。流石、我ら倭国の大王である」

 荒田別は応神天皇が異国人にまで与えている魅力に感心した。卓淳国の末錦旱岐もまた、会ったことも無い噂の応神天皇を崇拝していた。

応神天皇様のことは、我々、卓淳の者たちも、任那五百城大王様や真若様から、お伺いしております。我々も百済の者と同様、応神天皇様を尊敬しております」

 そんな会話をしている最中、末錦旱岐の従者の過去が、卓淳の本陣に入って来て伝えた。

「末錦旱岐様。誉田真若様が、お見えになりました。如何致しましょう」

「おお、お見えになられたか。ここにお通し申せ」

 末錦旱岐の指示を受け、過去は誉田真若とその従者をお迎えした。最初に顔を現わした木羅斤資が、弟、襲津彦を見て、苦笑いした。それから卓淳の末錦旱岐に言った。

「末錦旱岐殿。しばらくぶり。沙白と蓋盧からの連絡を受け、若をお連れ申した」

 木羅斤資が誉田真若王子を紹介すると、木羅斤資の後ろから武装した誉田真若が笑顔を見せた。その輝くばかりの真若王子の姿は、不思議な程、大きく見えた。末錦旱岐ら卓淳の者は勿論のこと倭国兵も、誉田真若を見て、その前にひれ伏した。末錦旱岐は平伏しながら挨拶した。

「誉田真若様。突然の無理なお願いにも関わらず、こんなに早くお越しいただき、誠に有難う御座います。卓淳を治めている末錦旱岐、お恥ずかしい話ですが、敵の猛烈な攻撃に難儀しております。葛城襲津彦様も悩まれておられましたので、百済の久氐殿に沙白と蓋盧を連れて行ってもらい、救援をお願いした次第です。誠に申し訳ありません」

 すると誉田真若は倭国の将軍たちのいる前で、末錦旱岐の肩を叩いた。

「末錦旱岐よ。そう恐縮するでない。葛城襲津彦殿からの一大事との知らせに、父、五百城大王の命を受け、助っ人に参ったのじゃ。気にするな」

 その様子を見て、葛城襲津彦が、誉田真若に礼を言った。

「真若様。有難う御座います。本来なら、私自ら金官城に出向き、五百城大王様に実情を説明し、お願いせねばならぬところを、他国の使者を使っての無礼、お許し下さい」

 葛城襲津彦は、百済の久氐を代理にしたことを詫びた。

「名将、襲津彦殿が来られない程までに苦戦しているのであろうとの、父の言葉であった。従って我も木羅斤資、沙沙奴跪といった任那最高の将軍を引き連れてやって来た。もう心配することは無い。任那倭国が一つになれば天下無敵じゃ」

「それにしても、今回の新羅兵は予想以上に騎馬を使い攻撃して参ります。我ら倭国軍の半分は船乗りであり、馬に乗ることが出来ません。我ら荒田別軍も奮戦していますが、敵の突然の襲撃に遇い、散々に痛め付けられております」

 葛城襲津彦は苦戦している状況を誉田真若に語った。真若は自信満々に答えた。

「我ら任那の兵は騎馬の民である。誰もが馬を巧みに乗り回す。遠慮することは無い。応援が少なければ少ないと正直に言ってくれれば良い。如何に倭国の精兵であっても、高句麗を後ろ楯にした新羅を自分たちだけで討伐しようなどと、余りにも滅茶苦茶だ。神功皇太后様をはじめ、今までの戦闘には、必ず任那に加担するよう、数ヶ月前に、倭国からの使者が来られた。今回は突然過ぎた。それに苦戦してからの応援要請とは余りにも水臭いぞ」

「申し訳ありません。葛城襲津彦、周囲の状況が変化していることもわきまえず、功のみに焦り、とんだ失敗をしてしまいました。新羅、奈勿王の倭国に対する無礼の怒りに、余りにも無謀な挑戦をしてしまいました」

「何もかも、この荒田別が悪いのです。敵を甘く見過ぎました」

 荒田別は頭を下げっぱなしだった。百済の久氐が、頭を下げる葛城大将軍や荒田別大将を見かねて、誉田真若に詫びた。

「私が悪いのです。奈勿王、憎しの余り、荒田別様をはじめとする倭国兵と卓淳国兵を、直接、敵の陣地、達句まで案内したのが、いけなかったのです。深くお詫び申し上げます」

 誉田真若は、ひととおり、各人の話を聞いて、頷いてから言った。

「各人、何も謝る事は無い。倭国任那は海を挟んでの同一の国であり、心を一つにしなければならないと言っているのです。我が父、五百城大王は、成務天皇様の弟であり、任那にある五百の城を護る為、倭国より派遣された任那総督府の総責任者です。従って貴男方が困っていれば進んで手を差し伸べるのが我々、任那の者の役目です。貴男方の敵は我ら任那の者にとっても敵なのです。新羅は今、奈勿王の弟、実聖王が高句麗に加担し、奈勿王から、その王権を奪おうとしています。その為、高句麗、広開土王の兵が、百済任那倭国を征服することを理由に、新羅になだれ込んで来ています。このことは我ら任那は勿論のこと、百済倭国にとっても、相当に危険な状況が迫って来ているということです」

「と言うことは、新羅高句麗に併呑される可能性があるということですね」

 誉田真若の言葉に、倭国大将軍、葛城襲津彦は唖然とした。新羅は只単に倭国王室の内宮家の存在から脱皮しようとしているのだと思っていた。ところが違ったのだ。襲津彦の兄、木羅斤資が凛然として答えた。

「その通りです。倭国に従うとした新羅が滅んで、高句麗に統合されようとしているのです」

「そればかりではありません。高句麗百済をも併呑しようとしています」

 任那の将軍、沙沙奴跪が付け加えた。真若は倭国の将軍や任那の将軍たちを前に、自分の考えを伝えた。

「調査によれば事態は急変している。高句麗の広開土王が新羅に足を踏み入れる前に、我らは新羅倭国支配下に治めねばならぬ。それ故、明朝、久氐、曽利万智の道案内で、再び新羅に突入する。総ての指揮は、この真若が行なう。倭国の将軍、任那の将軍ともに差別無く、我に従え」

「私たち倭国の者、一同、誉田真若様の指揮のもとに、一致団結して頑張ります。よろしくお願い致します」

 葛城襲津彦は、倭国軍を代表して、誉田真若の指揮に従うことを誓った。荒田別、千熊長彦らも、それに唱和した。

「よろしくお願い致します」

 かくて倭国任那の連合軍は新羅に突入することとなった。

 

 

          〇

 誉田真若の率いる倭国任那連合軍は、高句麗の先鋒になろうとしていた新羅に攻め入った。しかし、新羅の味方をする高句麗軍も兵を動かし防戦体制をみせた。その為、合戦は思うように行かなかった。それでも倭国任那連合軍は奮戦、奮戦を繰り返し,勇敢に戦った。激しい戦いは何日も続いた。一方、伊西に布陣した鹿我別軍と干尸山に布陣した毛野別軍は己抵で合流し、雑林に攻め上った。また安曇磯良と武宗方の海兵隊が東海の迎日湾から勤耆に侵入し、漁村を支配下に治め、高句麗軍を北方に追いやった。三方を倭国任那連合軍に囲まれた新羅の奈勿王をはじめ、その重臣たちが、慌てふためいたことは言うまでも無い。前方には任那の誉田真若王子軍と倭国の大将軍、葛城襲津彦軍の脅威を控え、左には荒っぽい倭国の騎馬軍団が侵攻しており、背後の海岸から剛勇な倭国水軍が上陸し、こうなっては、前回、倭国に攻められた時と同様、奈勿王みずから、倭国任那連合軍の前に跪いて、倭国の内宮家であることを再度、訴え、まずもって、この度の不祥事を詫びることだと決断した。奈勿王は、護衛兵を従え、任那の誉田真若と倭国の大将軍、葛城襲津彦のいる高霊城にやって来て、降伏を伝えた。

「誉田真若様、葛城襲津彦様。お久しゆう御座います。本日、新羅王、奈勿尼師今、我が国が倭国応神天皇様に対して無礼を働き、かつまた悪賢い私の弟が高句麗と結託し、南に侵攻した過ちを犯したことのお詫びに伺いました。先般、御使者、千熊長彦様がお越しになられた時は、委細分からず、知らぬ存ぜぬと申し上げましたが、その後の調べで弊方の過ちと判明致しました。ここに深くお詫び申し上げます。私の知らなかった事とはいえ、実際に行った事ですから、本日、その御処罰を仰ぐつもりで、ここまでやって参りました。倭国王に無礼を働いた罪、高句麗と結託した罪、どうかお許し下さい」

 葛城襲津彦は考えた。もし任那の誉田真若王子軍が駈けつけてくれていなかったなら、高句麗新羅の連合軍の猛威に倭国軍は沢山の兵を失い、敗北していたかも知れない。今日の大勝の処置については勝利を導いてくれた誉田真若王子に任せようと、襲津彦は黙っていた。すると、誉田真若が奈勿王に対応した。

新羅の悪業については、今更、繰り返し述べる必要もあるまい。人の生涯、国の約束には、守らねばならぬ誠意というものがあるものだが、汝らは、それを破った。その罪は重い。しかしながら、首を刎ねられることを覚悟して来られた奈勿王の狼藉を咎めまい。倭国天皇家の内宮家であることに免じ、許す。しかし、今回の犯行に関わった者は、貴国内で必ず処罰せよ。その結果をもって、倭国応神天皇様へ報告する。忘れてならないのは、我らは辰国民の後裔であり、ひとつ主をいただく兄弟国である。そのことを理解せず、高句麗と結託するなど、身の程知らずのことをすれば、また同じことになる。再び、同じ事あらば、新羅王とて命は無いと思え」

 誉田真若に諭されると奈勿王は床に手をついて真若と襲津彦に答えた。

「分かりました。もう二度と同じ事を繰り返しません。自らの失敗を悔い改め、償いを実施し、御身内から信頼されるよう努力致します」

 その答えを聞いて、誉田真若が襲津彦に話を振った。

「襲津彦殿から何か御意見ありますか?」

 襲津彦は一瞬、考えたが直ぐにこう言った。

「奈勿王様は、神功皇太后様と御縁のある新羅の代表者です。皇太后様は、今回の応神天皇様への対応を大変、憂えておられました。あのお優しい皇太后様の為にも、皇太后様とお約束なされたことは今後も遵守して下さい。さすれば、奈勿王様も任那大王様と同様、倭国の人々から高く評価されるでありましょう。倭国への忠誠は新羅の平穏を約束するものです。このことを肝に命じ、政務を行って下さい。本日の申し出、神功皇太后様と応神天皇様にお伝え致します」

「よろしくお願い申し上げます」

 高霊城での戦争終結の会談は短時間で終わった。奈勿王はほっとした面持ちで、護衛兵と共に新羅の王都、金城に帰って行った。真若王子と葛城襲津彦たちは、無事、役目を果たし、任那金官城に凱旋した。そして任那大王に、新羅平定の報告をした。

 

 

          〇

 新羅平定を終えて、任那に戻った葛城襲津彦と荒田別、千熊長彦は、それから数日して、兵を西方に移し、木羅斤資を筆頭に、百済の阿花王と直支王子に会う為、百済に向かった。何故なら、任那倭国新羅を相手に戦っている間、高句麗百済に侵攻し、王族が南に避難しているという任那大王、五百城入彦からの話を受けたからであった。一行は百済の久氐らの案内で阿花王が避難している意流村に到着するや、阿花王と面談した。隊長の木羅斤資は、阿花王に会うと、阿花王倭国任那連合と手を組むことを勧めた。

「阿花王様。直支王子様。倭国任那の連合軍は今や完全に新羅支配下に治め、その力は抜群です。貴国が今、高句麗の襲撃に苦しんでおられると聞き、その支援にやって参りました。高句麗の広開土王の南下政策を防ぐには、百済もまた倭国任那連合軍と手を組み、積極的に高句麗に立ち向かうべきです。まずは高句麗を討ち破り、外患を無くし、民を安んじ、国を守るべきだと思いますが・・・」

 阿花王は、その木羅斤資の真心のこもった言葉に喜びを露わにした。

「私も、そう思い、皆様と合流する為、やって参りました。叔父、辰斯王に奪われた王位を取り戻して下された神功皇太后様や五百城大王様や中臣烏賊津様の大恩は決して忘れておりません。その大恩に報いるには、百済を守り続けることだと思っております。私たち親子は身命を賭して、倭国任那連合軍に御支援いただき、高句麗を撃破するつもりです」

 阿花王は木羅斤資の意見を従順に受け止め、素直だった。木羅斤資は、任那倭国兵が、ここまで来るまでの経緯を語った。

「我々は、誉田真若王子様と、ここにおられる倭国の大将軍、葛城襲津彦様、副将軍、荒田別様、千熊長彦様たちと新羅征服後、主浦から船に乗り、西方の古奚津に至り、南蛮の耽羅の島を服属させ、北上して来ました。つまり、黄海を南下し、耽羅まで占領しようとしていた広開土王の水軍を打ち破って、ここまでやって来たということです」

「私も息子、直支王子と共に、比利、辟中、布弥支、半古の村などを降伏させ、意流村にやって参りました。ここで、倭国任那連合軍の皆さまと合流出来たことは、天の助けです。倭国任那百済の三国の力が一つになれば、流石の高句麗軍も尻尾を巻いて逃げ去るでしょう」

 すると木羅斤資は阿花王親子に対し、首を横に振った。そんなに簡単では無いという示唆であった。

高句麗の広開土王は相当のやり手と聞いています。新羅でも高句麗兵と対戦しましたが、彼らは騎馬の機動力を駆使して、倭国の騎馬軍団をもものともせず、暴れまくりました。任那の皇子、誉田真若様が出陣し、やっと彼らを後退させることが出来ました。真若様の指揮は抜群で、倭国の将軍たちもそれに従い、大勝利を得ました。現在、新羅には鹿我別殿と沙沙奴丐跪殿と毛野別殿と安曇磯良殿が四方に駐留しており、新羅、奈勿王も、それらの軍に守られております。その為、高句麗新羅からの南下を諦め、百済からの南下に全勢力を傾注し始めています。それ故、私たち任那倭国の兵は、阿花王様の危急を感じ、応援に参った次第です」

「有難う御座います。父、枕流王の命に従い、皆さんと親しく交流させていただいて来たことが、このような天祐となって返って来るとは、まるで夢のようです」

 阿花王は木羅斤資に感謝の意を述べた。木羅斤資は、それから倭国の将軍たちを部屋に呼んでもらい、阿花王に将軍たちを紹介した。

倭国の将軍、葛城襲津彦様、荒田別様、千熊長彦様です」

「只今、ご紹介いただきました葛城襲津彦です。任那の五百城大王様の御指示により、応援に駈けつけました。よろしくお願い申し上げます」

「荒田別です。よろしくお願い申し上げます」

「千熊長彦です。よろしくお願い申し上げます」

 倭国の武将三人は、百済の阿花王と直支王子の前に平伏し、挨拶をした。阿花王はそんな三人に優しく語りかけた。

葛城襲津彦様、荒田別様、千熊長彦様。私が百済の阿花王です。ようこそ百済へお越し下さいました。倭国では、我が国の使節、久氐らが大変、お世話になりました。心より御礼申し上げます。この度はまた、高句麗、広開土王の攻撃により、もっと南に退却しようか、どうしようか悩んでいるところでした。私は、任那軍と共に倭国の騎馬軍団と海軍団の皆さんの来援をいただき、勇気百倍になりました。本当に良く、お出で下さいました。阿花王、深く深く感謝申し上げます」

 阿花王の感謝をこめた言葉に葛城襲津彦が答えた。

「阿花王様。戦さに勝つには、その勇気が必要なのです。先頭に立つ者に勇気が無ければ、部下は付いて来ません。上に立つ者が自信を持てば、部下もまた自信満々になります。ましてや国王様自ら兵を指揮すれば、国民全員が付いて参ります。私は新羅との対戦の時、それを強く感じました。私が指揮しても、新羅の卓淳の兵は熱心でありませんでした。卓淳国の末錦干岐は、新羅とも交流があり、戦さに積極的で無かったのです。彼らは新羅と嫌々、戦っていたのです。その為、倭国軍は全滅しそうになりました。しかし、どうでしょう。任那王子、誉田真若様や、ここにおられる木羅斤資様が応援に駈けつけ、先頭に立ち、指揮した途端、任那や卓淳の兵は人が変わったように積極的に行動を開始しました。誉田真若様の為に、命を賭して、新羅国に侵攻しました。そして、あっという間に、新羅、奈勿王を降伏させ、今や任那の沙沙奴跪将軍は倭国の将軍、鹿我別殿らと共に新羅に駐留し、完全に政権を連合軍のものと致しております」

「流石、任那の真若王子。凄いです」

百済についても同じことが言えます。百済の中には高句麗や、燕に傾いている者もいる筈です。しかし、阿花王様が自ら勇気をもって先頭に立てば、そういった者も、阿花王様に従います。百済国民全員が、阿花王様の為に頑張ります。命を投げ出して百済国の為に敵と戦ってくれます」

 葛城襲津彦百済王に、先頭に立って戦うよう煽動した。阿花王は勇気百倍になったと言ったものの国民が付いて来るか自信が無かった。

「本当でしょうか?」

「本当ですとも。もし阿花王様が私たちの言う事を信じないで、高句麗との戦いを私たち連合軍だけに任せるとするなら、百済の国民は愛国心を失い、自分たちの山河を、荒れ果てた戦場にしてしまうでありましょう。国民は守るということを忘れ、倭国任那の力無さを恨み、高句麗を恐れ、阿花王様を憎むでありましょう。それは哀しいことです」

 阿花王は、葛城襲津彦の言葉に感動して答えた。

「言われる通りです。私は百済の山河を愛しています。百済国民を大切に思っております。そうで無くして、どうして百済国王と言えましょう。私は百済国民を流浪させるような不幸を招いてはならないと思っております。直支王子と共に、百済を守るべく、先頭に立って戦います。百済はその昔、中臣烏賊津様の御先祖、秦の王子、昭安様をお守りした程の強力な国家でした。その国家を私の代で滅ぼす訳には参りません。何が何でも、この国家を守らねばなりません。どうか皆さんの御協力の程、阿花王、伏してお願い申し上げます」

 百済の阿花王の返事と願いを聞いて、葛城襲津彦は満足した。

倭国任那百済は昔からの友人です。倭国任那の兄弟国家は、可能な限り、その友人、百済を応援する為、頑張ります」

「実を言うと、任那の私と倭国の葛城将軍は実の兄弟です。私たち兄弟は、百済を救済する為、命懸けで尽力致します。高句麗討伐の為、私たち兄弟に出来ることがあれば、何なりと遠慮なく申し出て下さい。私たち両国は、阿花王様の味方です」

 襲津彦の言葉に続いて発せられた木羅斤資の言葉もまた百済王の胸を打った。それにしても木羅斤資と葛城襲津彦が兄弟とは驚きであった。

「私も、以前、百済に滞在していた斯摩那加彦の弟の千熊長彦です。百済の為に頑張ります。よろしくお願いします」

 これまた驚きであった。どうも長彦が那加彦に何処か似ているところがあると思っていたが、それが事実であったとは。阿花王倭国任那両国から派遣された武将たちの百済への思いを聞いて感激した。

「有難う御座います。この阿花王、皆さんの応援に違わぬよう、必ず高句麗軍を撤退させてみせます」

 阿花王は自信溢れる発言をした。かくて倭国任那百済の強力な連合軍が意流村で結成された。

 

 

          〇

 意流村で結成された倭国任那百済の連合軍は、阿花王を中心に戦闘力を高め、北に向かって進軍した。今までに無い、陸海両面からの攻撃と、百済兵の気迫に、高句麗軍は驚き、後退をし始めた。阿花王任那倭国の将軍たちと共に百済の都に向かった。連合軍は途中、古沙山にて休息した。百済の風景を眺め、千熊長彦が言った。

「阿花王様。百済の国は、真実、中臣烏賊津様が申しておられた通り、景色の美しい素晴らしい国です。高句麗のような気性の激しい邪悪な隣国が無ければ、最高の国です」

 すると阿花王が、千熊長彦に百済の歴史を語った。

「海と山のあるこの百済の国は、もともと高句麗から分かれた国です。高句麗の始祖、朱蒙の三男、温祚王が慰礼に城を築いてより、兄弟、親族の戦いが続き、百済高句麗から独立したのです。しかしながら高句麗は、何時までも百済を自分の属国と考えております。絶えず百済を自分たちの支配下に治めようと攻撃して参ります。私は、それに絶えず悩まされ、恐れたり、発憤したり、心の休まる日がありません」

 千熊長彦は阿花王の言葉に疑問を感じた。百済は、あの辰国の仲間では無かったのか。その経緯が良く分からなかった。

「何故、兄弟の国でありながら争わなければならないのでしょう。哀しいことです。倭国任那を見て下さい。この兄弟の国は非常にうまく行っています。もしかすると、過去に争ったこともありましょう。しかし、現在は王家が交流し、婚姻を結び、争いを無くしています。互いに相談し合い、皇位を譲り合っています。百済高句麗もまた、倭国任那のように、邪悪な高句麗王を排斥し、親しく交流し、平和な兄弟国となるべきです」

 千熊長彦の率直な意見に、阿花王は敗北に追い込まれながらも、倭国任那の連合軍に支援を受けることになって、強気になっていた。

「言われることは良く分かります。しかし、それは理想であって、現実ではありません。現実は百済を属国と考える高句麗の偏見です。支配する者と支配される者。この偏見が続く限り、百済に平和はやって参りません。今や百済は、倭国任那の連合軍を背後に高句麗に侵攻し、今までとは逆に、支配される者から支配する者に変身しようとしております。百済が支配する者に変身出来れば、両国の統一も可能です。私たちの国は倭国任那のように大海で分断されている国ではありません。陸続きの国と国です。分断しなくても良いのです。ですから私は、この際、両国を統一しようと考えております」

 傍で父、阿花王と千熊長彦の会話を聞いていた直支王子が、千熊長彦に向かって言った。

「父上の申される通りです。両国は統一されるべきです。しかし無理な統一は、後日、再び分断のもとになります。千熊将軍様の申される通り、倭国任那例規は実に素晴らしく、我々も、それを見習い統一すべきだと思います」

「直支王子様。倭国任那の強い絆が何であるか、お分かりになっていただけたでしょうか?」

「私は倭国任那の結びつきは、互いの守るべき約定がきちんと結ばれていて、実に素晴らしいものだと思っております。出来るなら、自分は倭国を訪ね、留学し、これらのことを修得したいと願っています」

「何と嬉しいお言葉でしょう。直支王子様が倭国に訪問されることを知ったなら、我が応神天皇様は心から喜ばれることでありましょう。是非、機会を作り、倭国に訪問して下さい」

 千熊長彦は直支王子の言葉を聞いて喜んだ。阿花王は直支王子の軽率な発言が気になったが、話題をもとに戻した。

「それは良い事である。しかし今、直面している問題は、如何にして高句麗に逆襲を加え、如何にして高句麗の領土を占領するかということである。司馬晃、莫古、解曽利をはじめとする百済の将軍たちが、皆さんの応援を得て、百済の領土を取り戻しつつありますが、何しろ高句麗の領土は拡大しております。そこを占領するには沢山の進駐軍が要ります。これら進駐軍の要請にも時間がかかります。どうしたら良いでしょうか」

進駐軍の養成には、任那の木羅斤資様が適任です。倭国の将軍たちも、その占領方法を木羅斤資様から指導していただき、新羅に駐留しています。木羅斤資様の母上様はもともと新羅の人で、木羅斤資様は他国人との折衝方法がとても上手です。その細かな手ほどきを駐留兵に指導していただければ、安心です」

 千熊長彦は木羅斤資を進駐軍の指導官にしてはと推奨した。

「それは良いことを教えていただきました。木羅斤資殿に進駐軍の養成をしていただこうと思います」

 古沙山での百済の阿花王親子と千熊長彦の休息時の談笑は百済の親子にとって将来の励ましとなった。阿花王親子は勇気づけられ、古沙山から漢城へ向かった。

 

 

          〇

 数日後、百済の阿花王は、倭国任那連合軍に付き添われて、王都、漢城に戻った。入城すると直ぐ、阿花王は木羅斤資や葛城襲津彦や千熊長彦と随臣、首里芳、久氐、弥州流を集め、今後の作戦会議を始めた。そこへ直支王子がやって来た。

倭国の将軍、荒田別様がお越しになられました」

「おお、丁度、良かった。ここにお通ししなさい」

「荒田別様。こちらへどうぞ、お入り下さい」

 その荒田別は直支王子に案内されて会議室に入って来ると、兜を脱ぎ、百済王たちの前に平伏した。

「阿花王様。葛城襲津彦様。お久しぶりに御座います。荒田別、戦況報告に参りました」

「荒田別殿。大儀であった。高句麗との戦況は如何であるか?」

 葛城襲津彦の問いに荒田別が答えた。

百済の司馬晃将軍をはじめとする百済の精鋭軍は臨津江を渡り、帯方を占領しようと、積極的な侵攻を進めております」

「おお、そうか。帯方まで侵攻しようとは、天晴なことじゃ」

 阿花王は喜んだ。

「しかしながら高句麗軍は、まだ沢山の兵力を背後に抱えているようであり、中々の強敵です。これ以上、進撃するには、あと二万の百済兵が必要です」

「あと二万の百済兵を準備せよと言うのか」

「はい。強敵、高句麗を打ち破るには、どうしても、あと二万の百済兵が必要です」

倭国任那からの援軍を頼むことは出来ないだろうか?」

 何と阿花王は他国からの援軍を当てにした。直ぐに他国に頼る阿花王の考えに葛城襲津彦は不満を覚えた。

「それは無理です。倭国任那の兵の半分は新羅に駐留しています。それらの兵を新羅から移動させる訳には参りません。新羅倭国任那連合軍を駐留させていることは、新羅を監視するというより、むしろ新羅側から高句麗を攻撃していとも言えるのです。このことも百済の北上復帰を楽にさせてくれた筈です。荒田別の要請に従い、百済兵二万を増員して下さい」

 襲津彦の心中を察した直支王子は父、阿花王に言った。

「父上。何とか百済兵二万を準備しましょう」

 だが阿花王はしばらく黙考した。同族の戦さの為に、同族の兵を集めることは如何なものか。直支王子は百済兵を集めることを回避したがる父王に百済兵を集めることを何度も要請した。千熊長彦が首を傾げる木羅斤資と葛城襲津彦の様子を窺い、阿花王に厳しく進言した。

「阿花王様。阿花王様は古沙山で私に、高句麗百済両国を統一したいと仰せられたではありませんか。両国を統一するには百済の兵が必要なのです。高句麗を打ち破るには、他国の救援も必要でしょうが、先ずは百済の兵を使い、高句麗兵を百済兵に寝返らせることです。高句麗兵を説得出来るのは百済兵をおいて他におりません。両国を統一するには、百済王様みずから、脇目も振らず、あらん限りの百済兵を徴集し、強い集中力をもって同族の味方を増やすことです。両国を統一する中心力は百済の民でなければならんのです」

 斯摩那加彦に似て、親しみのある千熊長彦の進言に、阿花王は頷いた。

「分かった。何とかして百済兵二万を集めよう。そして帯方を占領し、更に楽浪の平壌城を攻めよう。その昔、我が先祖、近肖古王は太子、近仇首王と共に高句麗を攻め、三万の兵を率いて平壌城に侵入し、故国原王を戦死させ、高句麗に大勝し、高句麗を弱体化させた。その時、近肖古王は、兄弟の国ということで、高句麗を滅亡させず、統一しようとしなかった。それが誤りであった。その結果、再びまた高句麗が力を増し、支配する国と支配される国の関係に復帰してしまった。百済はもう、これ以上、支配される国でありたくない。支配する国にならねばならぬ」

 阿花王は征服者たらんと欲した。千熊長彦は現実を理解していない阿花王に奏上した。

「阿花王様。その為には二万の兵では足りません。荒田別殿が二万の兵が必要と申し上げたのは、帯方の地を占領する為の兵です。平壌のある楽浪を攻めるには更に二万の兵が必要です」

「それは無理じゃ」

 阿花王は顔をしかめた。何と不安定な精神の持ち主であろうか。およそ一国の首長たる者、何時如何なる時に於いても不動の精神を持ち、常に死と対峙する覚悟がなければならないものを、阿花王は違った。葛城襲津彦は愕然とした。しかし、この輝かしい戦勝の栄光を、手にしようとしている千載一隅の機会をみすみす見逃すことは無い。葛城襲津彦は決断した。

「仕方ありません。楽浪まで攻め込む御積りでしたら、倭国より、更に二万の援軍を出しましょう。応神天皇様に阿花王様の夢を語れば、必ずやお聞き入れ下される筈です」

「有難う御座います。この阿花王、葛城大将軍様の御恩、決して忘れません」

 阿花王百済王の威厳をかなぐり捨て、葛城襲津彦の前に低頭した。葛城襲津彦は、まるで国王にでもなったような気分になった。強く胸を張って阿花王に言った。

「総ては伊狭沙大王、応神天皇様のお力によるものです。礼は応神天皇様に述べて下さい」

 阿花王は涙を流して言った。

「分かりました。阿花王応神天皇様に感謝申し上げます。もし草を敷いて座れば、その草は何時か火に焼かれるかも知れません。木の葉を取って座るとすれば、その木の葉は何時か水の為に流されるかも知れません。それ故、私が皆さまの力を借り、高句麗を併呑した暁には、私は不変の岩上に座り、万世に至るまで、倭国朝貢することを誓います。このことは百済が永遠に朽ちないということです。今から後、百済から倭国への朝貢は千秋万歳に絶えることはないでしょう。常に西蕃と称して、春秋に朝貢致しましょう。このことを応神天皇様にお伝え下さい」

「阿花王様の心の程、葛城襲津彦、良く分かりました。早速、倭国に使者を送り、応神天皇様に、二万の兵を派遣していただきましょう」

 葛城襲津彦は阿花王に二万の援軍を約束し、千熊長彦を即刻、倭国に帰還させることにした。

 

 

          〇

 応神二年(397年)九月十日、千熊長彦は、百済の直支王子と久氐らを従え、百済より倭国へ帰った。武宗方の軍船に乗り、任那の主浦から対馬壱岐、岡水門を経て瀬戸内海を通過し、難波津に入つた。一同は、大和に着いて早々、磐余の若桜宮に伺い、神功皇太后応神天皇に拝謁した。

「皇太后様。応神天皇様。千熊長彦、本日、任那より、帰国しました」

 神功皇太后応神天皇は一同を優しく迎え入れた。

「御苦労様でした。新羅及び百済に留まっての長彦の活躍、毛野別から聞きました。良く頑張ってくれました。感謝してます」

 そして皇太后の目は、隣りの直支王子や久氐らに移った。久氐がその視線を感じ、挨拶した。

百済、阿花王様の使者、久氐で御座います。阿花王様の命により、百済の直支王子様と共にやって参りました。お懐かしゅう御座います」

 神功皇太后は一年前に久氐に会った時のことを思い出した。

「海を渡っての再度の訪問、疲れたであろう。倭国まで若い王子を連れて良くぞ参られた」

 すると久氐に続いて、直支王子が挨拶した。

「神功女王様におかれましては、御壮健で何よりです。父、阿花王から神功女王様に、呉々も、よろしくとのことです」

 直支王子の挨拶は、初めてお会いする神功皇太后応神天皇の前に平伏し、緊張しての挨拶であった。

「有難う。私は直支王子に会えて、とても嬉しい。心行くまで倭国に留まり、聖王の政治について学んで帰られるが良い」

「神功女王様のお言葉、有難くお受け致します。久氐、貢物を・・・」

 直支王子の指示により、久氐は持参した代表的貢物を神功皇太后応神天皇の前に差し出た。

「阿花王からの貢物です。七枝太刀と七鈴鏡他、絹綾織物、鉄鋌など、沢山の物を、お持ち致しました。どうぞ、お受け取り下さい」

 神功皇太后応神天皇は、それらの品々を見て、深く頭を下げた。

「有難う。有難く頂戴致します。心より礼を申します」

 久氐は百済の鉄製品の品々を指さしながら、説明をした。

「私たちの国、百済の西には大きな河があります。その流れは谷那の鉄山より流れ出ています。水源は遠く、七日、行っても行き着きません。私たちは、まさにその河の水を飲み、その山の鉄を掘り、ひたすら聖朝に奉る者であります」

 久氐の献上の言葉に直支王子が加えた。

「今、私たちが通う所の東の海に浮かぶ貴い国、倭国は、天の啓かれた国です。その倭国の聖王様は私たちに天恩を垂れて、海の西の地を割き、その地を私たちにお与え下さいました。そのお蔭で、我が百済の基礎は強固なものとなりました。私の父は絶えず私に申しております。お前もまた、よく倭国と好みを修め、倭国に産物を献上することを絶やさぬよう心掛けよ。ならば、我も悔いは無いと・・・。私はこの言葉に従い、千熊長彦様が帰国なされるのを機会に、早速、朝貢に参りました」

 神功皇太后は直支王子の言葉に感激した。胸のつまる思いだった。

百済の忠誠の程、よく分かった。私も直支王子の言葉を聞き、もう、この世に思い残すことは無くなった。ここにいるのは私の後継、応神天皇です。直支王子よ。百済の次代を継ぐのは、そなたじゃ。応神天皇のこと、呉々も頼みますよ」

「ははっ。この直支王子、応神天皇様への忠誠を、ここに誓います」

 直支王子は久氐ら百済の使者らと共に、床に手をつき、忠誠を誓った。すると応神天皇が、それに応えた。

「有難う、直支王子よ。朕は、この日のことを忘れないぞ。汝も朕も若い。この若さをもってすれば、高句麗など、恐れるに足らん。朕は汝らと手を取り合い、伊狭沙大王となって、世界を監督しようと思う。我らを敬慕する民草の為に共に頑張ろう」

「何と立派なお言葉!」

 千熊長彦は応神天皇の直支王子への対応の言葉に、涙が溢れそうになった。拝謁の儀は円滑に運び、一同はほっとした。

 

 

          〇

 翌日、千熊長彦は中央院の会議室に集まった神功皇后応神天皇武内宿禰、大三輪大友主、津守住吉、中臣烏賊津らの前で、新羅百済任那の状況について報告した。

「先般、帰国された毛野別将軍から、お聞き及びと思いますが、新羅の奈勿王は、我ら倭国任那の連合軍に服従することを約束し、任那を盗ってやろういう野心を捨てました。しかし高句麗の広開土王は南下を諦めず、今は百済側から南下しようとしております。高句麗は、かって魏が直接支配していた玄菟、楽浪、臨屯、帯方の四郡を滅ぼし、国境線を越え、百済に攻め込み、漣川で攻防戦を繰り広げ、漢城近くまで攻め込んで来ております。その為、百済の阿花王は、危険を避け、南の泗沘まで逃げていましたが、我ら倭国任那連合軍の援護を受け、再び漢城に戻り、高句麗と戦っております。しかし強大になった高句麗軍を粉砕するには、現在の軍隊だけでは足りません。そこで、百済王様や任那大王様や葛城将軍様から、倭国軍二万の援軍をお願いしたいとの申請があり、私は、その使者として、直支王子を連れて戻って参りました。百済の為、いや任那を含む倭国防衛網の為、是非、二万の援軍を提供されますよう、ご報告方々、申請申し上げます」

 千熊長彦の真剣な申告に神功皇太后は黙考し、目をふさいだ。武内宿禰が少し怒った表情になって千熊長彦に確認した。

「すると、襲津彦も倭国の援軍が必要だと申しているのだな」

「はい。そうです。襲津彦様は木羅斤資様と百済の陣頭に立って戦っておられます。敵を打ち破り、高句麗に奪われた領土を取り返す、絶好の機会だと考えておられます」

「然らば、即時に対応せねばならぬな」

「はい。よろしくお願い致します」

 千熊長彦は、武内宿禰に深く頭を下げた。武内宿禰は神功皇太后の顔を見ながら呟いた。

「さあて、どうしようか?」

「それは一大事です。直ぐに援軍兵二万を集め、船を任那に向けなさい」

 神功皇太后はそう叫んだかと思うと、座っていた椅子から、崩れ落ちそうになった。隣りにいた武内宿禰は慌てた。

「如何なされました?皇太后様!」

 武内宿禰が倒れそうになった神功皇太后を咄嗟に支えた。

「母上。どうなされましたか?」

 応神天皇が母親に駆け寄った。大三輪大友が気を利かせて、会議を中止し、津守住吉に侍医を呼ばせた。津守住吉は典薬寮に走った。応神天皇は母の急変の状況に動揺し、何度も同じ言葉を繰り返した。

「母上、大丈夫ですか?」

「母上、大丈夫ですか?」

 中臣烏賊津は、畏れ多いが神功皇太后の身体を抱え上げ、会議机の上に安臥させた。侍医、吉備再利が駈けつけ、神功皇太后の容態を確認した。

「皇太后様。侍医の再利です。どう致しましたか?ご気分は如何ですか?」

「ああ、再利先生ですか。お世話になりました。私はもう御終いです」

「何を申されます」

「それより、応神と宿禰をここへ・・」

 その言葉に侍医、吉備再利が一歩後退し、応神天皇武内宿禰が近寄った。神功皇太后は息子、応神天皇の手を握りながら瞑想の中で喋った。

「応神よ。宿禰よ。私は昨日、百済からの使者に会い、安心した。周辺国の多くが倭国を頼りにしている。そして応神天皇を尊崇している。私の摂政としての役目も終わった。今まで張り詰めていたものが無くなり、急に生きる力を失った。長い人生であった。いろんな人生であった・・・」

 その言葉に応神天皇は泣き出しそうな顔をした。

「母上。そんな情け無いことを言わないで下さい。しっかりして下さい」

 武内宿禰も神功皇太后を励ました。

「皇太后様。お気を強くなされて下さい。この宿禰より、まだまだお若いではありませんか。病雲は直ぐに去って行きます。まだ倭国の為に頑張っていただかねばなりません。貴女様は私たちの光で御座います。しっかりして下さい」

 武内宿禰の言葉に神功皇太后は突然、目を大きく見開いた。残る力を振り絞り、重臣たちに宣告した。

重臣たちよ。許しておくれ。私は悪い女であったかも知れません。倭国隆盛の為、汝らに沢山の無理を命じました。倭国内や海外での戦さで、沢山の人命を失わせてしまいました。しかし、これは汝ら国民を愛しているが故に犯した罪であり、私一人で、あの世まで抱いて参りましょう。今や倭国は新国王、応神天皇が即位し、平和に満ち溢れています。異国の王子が朝貢に訪れる程の大国になっております。しかし、重臣たちよ。汝らが、もし応神天皇に背くようなことがあったなら、この平和は、あっという間の夢に終わるであろう。汝らが倭国の繁栄と恒久平和を願うなら、それは先ず、伊狭沙大王、応神天皇を奉ることです。よろしくお願いします。お願いします」

 言い終わると、神功皇太后は、瞼を閉じた。

「皇太后様!」

「皇太后様!」

 武内宿禰をはじめ、重臣たちが叫んだ。神功皇太后は今を最期と武内宿禰に言った。

「胸が痛い、苦しい。宿禰、頼みますよ・・・」

「お任せ下さい」

「母上。母上。母上が・・・・」

 応神天皇は誰はばかることなく、神功皇太后の身体にしがみついて泣き喚いた。武内宿禰は、もう何も喋らず、昏々と眠りに入った神功皇太后を吉備再利と津守住吉らに皇太后の寝室へ運ばせた。

 

 

          〇

 九月十七日、神功皇太后は磐余の若桜宮にて崩御された。神功皇太后の看病をしていた侍医、吉備再利から、皇太后の死去を知らされた武内宿禰応神天皇に、その不幸を伝えた。

「陛下。先程、皇太后様が、御寝所にて大往生なされました」

「何と。母上、母上が亡くなられたと」

 応神天皇は何時か告げられる言葉とは思っていたが、かくも早くその時が来るとは思っていなかった。応神天皇は顔を歪めた。

「はい。喪礼の係が、御遺体を棺に納めた為、もう、お会いすることは出来ません」

「そんな無体な。皇太后は朕の母上ぞ」

「でも、これは昔からの決まりです」

「何とかならぬか?」

 応神天皇は一目だけでも母の顔を拝見したかった。あの世に引きずり込まれて行く母、神功皇太后の眠った顔を見てやりたかった。しかし、それはならぬことだった。応神天皇はどうしたら良いのか頭の中が真っ白になり、肩を震わせて、涙した。

「陛下。皇太后様がお亡くなりになった今、倭国の最高位は名実共に陛下です。泣いている時ではありません。国王は国王らしく、皇太后様の御逝去を悼み、大きな心をもって、倭国の大王として振る舞わなければなりません。泣いてはなりません」

 武内宿禰応神天皇を諫めた。

宿禰よ。朕の母上が亡くなられたのだ。朕が泣いて何故、悪い。朕は泣いてはならぬのか?」

「それが天皇というものです」

「そうか、分かった。朕は泣かぬ」

「分かって下さいましたか」

 武内宿禰は胸を撫で下ろした。応神天皇は涙をぬぐい、武内宿禰に言った。

宿禰よ。朕は母上の為、墳墓を造る。素晴らしい墳墓を造り、天皇家の偉大さを誇示する。異国からの品々を墳墓に納め、後世にも、その偉大さを継承させる。朕は今や完全に倭国のみならず、世界の王の中の王、伊狭沙大王になったのだ」

「その通りで御座います。陛下は倭国のみで無く、世界の中の王の王になられたのです。神功皇后様の墳墓造りについては、この宿禰にお任せ下さい。武振熊に命じ、狭城の盾列に、その墳墓を築かせましょう。武振熊は、かっての倭国女王、卑弥呼様に劣らぬ皇太后様の墳墓を築き、その墓守を務めるでありましょう」

宿禰よ。お前の言う通り、母上の墳墓のことは武振熊に任せよう。完成は来年八月とする」

「ははーっ」

「大葬の式典には任那をはじめ、百済新羅高句麗、秦、燕、晋などから、沢山の客人を招く。その準備等についても怠ることなく、万全の手配をしてくれ」

 応神天皇は新しい覇者としての貫禄に満ち溢れた発言をした。その変化の程に、武内宿禰も驚嘆した。

「畏まりました。武内宿禰、老体に鞭うち、各大臣と共に、手落ちの無いよう、最大の企画を行います」

「それと百済への援軍の二万については、墳墓造りのこともあり、取敢えず、一万で我慢して貰おう」

「了解しました。徴兵については大三輪大友主殿と斯摩那加彦に、早急に手配させます」

 神功皇太后の死。それは偉大な死であった。名門、息長家の姫君として生まれ、その美貌と英知により、仲哀天皇の皇后となり、熊襲討伐の折、夫、仲哀天皇を失うや、烈女に変身し、敵の女王、田油津媛を打ち破り、その勢いを得て、新羅出兵を実行に移した。そして新羅、奈勿王をひれ伏させ、任那との親交を深めて帰国するや、仲哀天皇の皇子を産み、その皇子、誉田皇子に敵対する仲哀天皇の王子たち、香坂皇子、忍熊皇子らを払拭し、自ら倭王となられた。誉田皇子が成長すると、自ら退位し、我が子、誉田皇子を応神天皇として即位させた。退位後は摂政の座に就き、応神天皇を補佐すると共に新羅百済任那耽羅琉球の政治にも影響を与えた。その神功皇太后の死は、まさに青天の霹靂であった。老臣、武内宿禰は群臣百寮に神功皇太后が御逝去されたが混乱無きよう下知し、百済から来訪していた直支王子とその従者に、皇太后陵墓築造の手助けの為、倭国に留まるよう依頼した。かくて神功皇太后は狭城の盾列の御陵で永眠することになった。神功皇太后仲哀天皇に続いて天下を治めること六年。四十五歳の生涯であった。

 

 

 

 

 

 

 

波濤を越えて『神功の巻』②

■ 王位継承

 

 神功元年(391年)十一月末、神功皇后新羅遠征を終え、無事、任那から倭国に帰国し、筑紫、香椎の宮に凱旋し、侍女、但馬由良媛を連れ、宇美野での産休に入った。そして十二月十四日、目出たく太子を出産した。それから数日後、津守住吉と物部胆昨が神功皇后の出産祝いに香椎の宮からやって来た。津守住吉は神功皇后を見舞い、皇后の元気な姿を見て安心した。

「皇后様。皇子様の御誕生、誠におめでとう御座います。生まれながらにして気品ある皇子様の御誕生を、誰もが喜んでおられます」

「有難う。総てが計画通りに進んでいます。これも、新羅征討に同行してくれた、住吉や、筑紫で留守をしてくれていた胆昨のお陰です」

 神功皇后の言葉に、津守住吉は赤面した。

「いいえ、私の力など、ほんの微々たるもので、お役に立つことが出来ませんでした。総ては皇后様の念力にて引き寄せられたものです」

「それにしても、新羅との交渉といい、皇子の誕生といい、まるで夢のようです。これもみな、住吉が傍にいてくれたお陰です」

「勿体無いお言葉です」

 住吉が深く頭を下げている間、神功皇后は物部胆炸に指示した。

「私は今回の新羅征討の功労者の先祖を敬い、神として祀ってやろうと思っております。穴門践立や田裳見宿禰らと相談し、それぞれに社殿を建ててやって下さい。大三輪神社、葛城神社、穴門神社、住吉神社、安曇神社、出雲神社、岡湊神社、宗方神社など、それぞれの神様が居りたいと思う地を定めてやって下さい。また、私と中臣烏賊津については、宇佐の社殿に祀って下さい。

「承知しました。早速、関係者と相談し、このことを功労者に伝え手配致します」

 津守住吉は、神功皇后の言葉の中に自分の名も上がったので、驚いた。

「皇后様。有難う御座います。かって日向の地より神武天皇様の東征に従い、天皇家に仕えて来た我が一族にとって、只今いただきました皇后様の御言葉は最高の栄誉です。早速、一族の者に伝えます」

 津守住吉は新羅の国のみでなく、倭国に於いても自分の先祖の神を祀ることを許され、狂喜した。何と幸せなことであろうか。そんな喜びに溢れた住吉に神功皇后は相談した。

「ところで私は皇子の名を付けなければなりません。武内宿禰に名付け親になってもらおうと思っているのですが、何があってか、武内宿禰からの便りが未だに届かず、放っておけないので、自分で皇子の名前を付けたいと思っています。既に考えてみたのですが、如何でしょう?」

「何時までも、お名前が無いのは良くないことです。我が子の名前をご自分で付けるのも良い事です。して、お考えの皇子様の御名前は?」

「誉田皇子です」

「誉田皇子。何処かで聞いたような?」

「この可愛い皇子は、私の体内にあった時に、何かにぶつかったのか、左腕に瘤があります。その形は弓を引く時、手に着ける皮の鞆に似ています。それで誉田と考えました。また任那でお会いした誉田真若殿の如く、雄々しい若者に成長して欲しいと願い、その文字をいただこうかと」

 神功皇后は自分が考えた名前に酔っている風であった。物部胆炸にも津守住吉にも反対する理由は何処にも無かった。神功皇后の考えに物部胆炸が答えた。

「素晴らしいお名前です。皇后様が男装をして、鞆を着けた御姿のように、凛々しく聡明で、物事を遠くまで見通せる立派な皇子様に相応しい、御名前です」

「私は、この誉田皇子を次の天皇にと考えております。この子はきっと聖王になられます。その為に私は大和に帰らなければなりません」

 神功皇后は自分の子の将来を明確に意識すると共に、大和の都に帰還せねばならぬことを、二人に語った。それにしても大和の武内宿禰との連絡が取れていないということは、住吉にとっても大変、気がかりであった。

「胆昨殿。大和の都は、あの武内宿禰様がお守りしているのに、武内宿禰様からの便りが全く無いのですか?」

「はい。一ヶ月程前から、便りが無くて困っております」

 物部胆炸が、そう答えると、神功皇后は大きく息を吸い込み、顔を曇らせて言った。

「先日、葛城襲津彦と紀角の兄弟を様子見に大和に派遣しました。その原因が何なのか、調べさせています。仲哀天皇と共に大和から離れ、熊襲討伐、新羅遠征にかかわっている間、大和朝廷で、何かが起こっているのかも知れません。その様子を私は早く知りたいと思っています。その調査結果によっては、都への帰還の仕方が変わってしまいます」

 神功皇后は自分の胸に抱いている不安を二人に話した。その神功皇后の沈鬱な不安の吐露に、津守住吉は、神功皇后の次なる苦悩を知った。

 

 

          〇

 数日後の晴れて暖かな日、神功皇后は生まれて間もない皇子を連れて香椎の宮に戻った。そして侍女、但馬由良媛らと、可愛い皇子をあやして、楽しい日々を送っていた。そんな所へ、大三輪鴨積が緊張した面持ちで姿を見せた。

「鴨積。突然、こんな所まで、何事です?」

「皇后様。武内宿禰様の使者がやって参りました」

「ま、それは良かった」

「緊急の知らせのようです」

「ならば、広間で聞きましよう」

 神功皇后は由良媛に皇子を頼み、大広間の高御座に座った。重臣を集めたところで、神功皇后が鴨積に言った。

「ここに通せ」

 すると鹿我別に連れられ、体格の良い男が現れた。神功皇后は待っていたぞとばかし、その使者を迎えた。その使者は神功皇后の前に進み出て武内宿禰の伝言を話した。

神功皇后様に申し上げます。私は武内宿禰様の使者、難波の建振熊です。武内宿禰様、御老体の為、筑紫まで来られず、その使者として建振熊、やって参りました」

「遠い筑紫まで御苦労様。武内宿禰は元気ですか?」

「はい。お元気です。自ら、大和での事の次第を伝えるべく、筑紫まで出向くと仰せられたのですが、一刻も猶予の無い状況が差し迫っている為、武内宿禰様を吉備に残し、私のみ急いで、筑紫にやって参りました。今、大和や近江では悪辣な豪族たちが、神功皇后様が留守であるのを良い事に、自分の権勢を拡大しようと兵を強化し、武内宿禰様の意見もないがしろにし、勝手気侭な行動をしている状況です。武内宿禰様も、彼らと周辺の異様さを恐れ、急遽、私と一緒に大和を脱出しました」

「すると武内宿禰は今、大和にはいないのですね」

「はい」 

 神功皇后は建振熊の報告を聞いて、自分の顔からさっと血の気が退くのを覚えた。

「して私に、どんな連絡を・・・」

 建振熊は神功皇后の顔を見詰め、最後の力をふりしぼるみたいに申し上げた。

「兵の準備をして凱旋されたいとのことです」

「兵の準備を?」

 神功皇后には理解し難い要請であった。その場にいた物部胆炸、大伴武持、大三輪鴨積、津守住吉、吉備御友別や筑紫の県主たちにとっても同じことであった。大三輪鴨積が建振熊に言った。

「兵なら、我々一族の兵が畿内に残っているではないか?それに動員した兵も新羅から戻り、大和や近江に返したではないか?」

 その鴨積の不満に対し、建振熊も黙っていなかった。

「長旅の戦さを終えて疲れ切って戻って来た兵では、当てに出来ません。これから戦さを始める勇猛な兵を準備し、大和に帰還して欲しいとの武内宿禰様の御言葉です」

 その建振熊の要請に神功皇后重臣たちも、事が尋常でないと知った。大三輪鴨積は苛立った。

「我らが大三輪一族はどうしている?」

「豪族たちの動きを静観している様子です。鴨積様の、早い帰りを待たれているようです」

「何たることじゃ。都をお守り出来ないとは・・・」

 建振熊は更に続けた。

「それは鴨積様の一族だけではありません。今までが余りにも長すぎたのです。主人が不在となれば、誰かが次の主人になろうとします。新しい主人を求めて、悪辣な連中が暗躍します。仲哀天皇様が御隠れになったと知り、次に天皇に御即位されるのは、香坂皇子様か忍熊皇子様かと、豪族たちが右往左往しています。武内宿禰様が、神功皇后様が戻られるまで、次の天皇様や日嗣皇子様を決める訳にはいかぬと説得しても、彼らは言う事を聞きません。中には密かに武内宿禰様を抹殺しようと企んだ者もいます。そんな状況ですので、一時も早く、兵を準備し、大和に戻って下さい。神功皇后様が大和に戻って、仲哀天皇様の後を継いで、女王様になるのは、今が絶好の機会です。沢山の軍兵を従え、大和の日代の宮に凱旋すれば、神功皇后様は必ず女王様になれるとの武内宿禰様からの御伝言です」

 武内宿禰の使者、建振熊の言葉は熱を帯び、大きな衝撃となって神功皇后の胸に迫った。自分が新羅の女王になる。それは遊びの夢物語であったが、今、聞いた武内宿禰からの伝言は、自分が倭国の次期天皇に正式に即位するという話であった。それは今まで考えてもみなかったことであった。しかし、大和朝廷の重鎮、武内宿禰の言葉となれば、それは実現不可能なことではないかも知れなかった。神功皇后は瞑目し考えた。熊襲討伐や新羅征伐の功績を国民に報告し、朝廷や民衆の支持を得て、夫、仲哀天皇の後を継ぐ。その実績と王権相続の正当性を演説し、国民に納得いただき、皆に祝福され、堂々と天皇に即位する。そして我が子、誉田皇子に皇位を引き継がせる・・・。さまざまな思いが神功皇后の脳裏を駆け巡った。何という夢のような話か。されど、その為には自分が猛女とならねばならぬ。神功皇后は、建振熊に伝えた。

「状況、良く分かりました。今年中は無理ですが、来年一月中に兵を整え、二月、大和に凱旋すると、武内宿禰に伝えて下さい。それまで、御苦労なことですが、持ちこたえて下さい。取敢えず、武内宿禰を護衛する兵を連れて行って下さい」

「有難きお言葉、早速、この事、武内宿禰様にお伝え致します」

 建振熊は、神功皇后に深く頭を下げ、礼を述べた。神功皇后は、その場で、吉備御友別に指示した。

「吉備御友別。汝は吉備の兵を引き連れ、建振熊と共に大和に向かい、武内宿禰と合流し、武内宿禰を護衛して下さい。良いですね」

「ははーっ」

 吉備御友別は指名を受け、その任務を誇りに思った。そして翌日には建振熊と共に吉備軍の先頭に立って、大和へ向かった。

 

 

          〇

 神功二年(392年)正月、近江で暮らす仲哀天皇の皇子、香坂皇子と忍熊皇子の兄弟は、神功皇后新羅から戻り、大和に帰って来る噂を耳にし、どうしたものかと話し合った。二人は仲哀天皇が、叔父、彦人大兄の娘、大中姫に産ませた真の兄弟であった。周囲の豪族たちは、どちらを次期天皇に据えようかと、勢力争いをしていたが、本人たちは至って仲良く、兄、弟の順に皇位を継承しようと考えていた。兄弟は仲哀天皇の陵墓を先ず築き、その後、即位することを相談しあった。

「忍熊よ。父上、仲哀天皇様は去年の二月六日に亡くなったと聞く。神功皇后熊襲新羅が、父上の死亡を知り、強気になり、侵略して来ることを恐れて、父上の死を秘密にし、豊浦宮で、灯火も焚かず、密葬したそうだ。そして熊襲を滅亡させ、海を渡って新羅をも降伏させたという。今や女王気取りだという」

神功皇后は女だてらに恐ろしき人です。あの鋭い目には、私も身震いしました。そんな皇后に連れ回され亡くなったのですから、父上も、可哀想な人です。そして、その陵墓も築いてもらえていないなんて・・・」

 忍熊皇子の言う通り、仲哀天皇の陵墓は未だ築かれていなかった。香坂皇子は、仲哀天皇の後継者として、陵墓築造の使命を感じていた。

「そこで私は、父上の陵墓を造ろうと思っている。私たち兄弟が父上とお別れしたのは、明石の港であった。それ故、父上の陵墓は明石に築こうと思う。お前は私の意見に賛成してくれるか?」

 弟、忍熊皇子には同じ思い出があり、異論は無かった。

「勿論、兄上の意見に賛成です。淡路島より石を運び、大きな陵墓を造って上げましょう」

「早速、犬上、𠮷師といった豪族たちを母の故郷、播磨に送ろう」

 兄、香坂皇子は自分を支援する犬上一族や吉師一族の名を上げた。弟、忍熊皇子も負けていなかった。

「私も巨勢、平群らの一族を従え、明石に参ります。そして力を合わせ、立派な父上の陵墓を築いて上げましょう」

 二人は真の兄弟とは言え、親密であるが、取り巻く豪族たちの影響もあり、決して仲良しだけでなく、相手を牽制しあうところがあった。香坂皇子は弟に訊ねた。

「ところで忍熊。神功皇后新羅から戻って皇子を産んだというが、お前は、そのことを知っているか?」

「はい。知っております。その皇子の名は誉田皇子というそうです。私たちの弟になる訳ですが、会っていないので、弟が出来たという実感がありません」

「それはそうじゃ。突然、近江にやって来て、弟だと言われても、納得出来ない」

 香坂皇子は神功皇后のことを良く思っていなかった。母の大仲津姫から妖しい美しさで、父を奪い、皇后の座に就いたと聞かされていたからであった。しかし忍熊皇子の方は、それ程でも無かった。

神功皇后は何故、父上の陵墓のことを忘れ、誉田皇子の誕生の喜びに浮かれているのでしょうか」

「決まっているではないか。私たち兄弟を押しやって、自分の産んだ誉田皇子を天皇にと考えておられるからだ」

「兄上はそれを黙って見ているのですか?」

 忍熊皇子の質問に香坂皇子の眼が輝いた。神功皇后は今、誉田皇子を次の天皇にしようと考えている。恐るべき敵であり、何としてもそれを阻止せねばならない。香坂皇子は弟に答えた。

「何故、黙っていよう。私たちは兄であるのに、どうして血の通わない弟に従うことが出来ようか」

「血の通わない弟。それはどういうことですか?」

「父上、仲哀天皇様がお亡くなりになられたのは、昨年の二月。誉田皇子が産まれたのは昨年の暮れ、十二月。余りにも話が出来過ぎていると思わないか。父上の死と同時に皇后が懐妊されたなどということは考えにくい」

 香坂皇子は、誉田皇子の父親が仲哀天皇でないと疑っていた。

「でも神功皇后は、お産の日を延ばす為、腹に神石を巻き付け、新羅征討に向かわれたというではありませんか」

「何と愚かな。お前は、そんな話を信じているのか。腹に石を巻き付けた程度で、お産が延びると思うか。流産することはあっても、お産を引き延ばすことは出来ない。子供だましも良いとこだ。私たちは父上、仲哀天皇様の血を継承する為にも、誉田皇子を天皇にさせる訳には行かぬのだ」

 香坂皇子は父、仲哀天皇のことを思えば思う程、神功皇后の不義が許せなかった。激しい憤怒が嵐のように心中で吹き荒れた。それに較べ、弟の忍熊皇子は冷静だった。

「もし、それが事実であるとしたなら、私たちはどうしたら良いのでしょう」

神功皇后の帰還を阻止し、神功皇后と誉田皇子を亡き者にする。天皇家の正しき血を絶やしてはならぬ」

「そうとなれば、陵墓造りより、神功皇后打倒の方が先決です。神功皇后は何時、戻って来るのでしょう」

 忍熊皇子神功皇后殺害に乗る気になった。神功皇后が何時、大和に来るのか気になった。兄の香坂皇子はその時期を来月二月と読んだ。

「二月六日の父上の一周忌が終わり、神功皇后の体調が回復し次第、誉田皇子を連れて、大三輪鴨積や葛城襲津彦、中臣烏賊津らと帰ってくるであろう。従って私たちは秘密裏に兵を招集し、その時の為に備えねばならぬ」

「兄上。ならば父上の陵墓を造るということで、墓造りの人足の他に播磨に兵を集めては如何でしょう。播磨の国に砦を築き、沢山の武器を内密に調達するのです。筑紫に密偵を送り込み、何時、移動して来るか敵の動静をさぐりましょう。彼らは戦さ戦さに明け暮れて、相当に疲弊している筈です。それ故、播磨で戦えば勝利は私たちの上に輝くこと間違いありません。播磨に兵を集めましょう」

「忍熊よ。ことを軽く考えてはならぬ。神功皇后は百戦錬磨の武将を従え、凱旋して来るのだ。新羅を討ち破ったという勇猛な軍隊を引き連れて来るのだぞ。そう簡単に勝てると思ったら、大間違いするぞ」

「では、どうすれば良いのです?」

 忍熊皇子の問いに香坂皇子は不気味に笑った。

「大軍を相手にするのでは無く、誉田皇子、一人を狙うことだ。彼は生まれたばかりで、何も出来ない。誰かが守っていなければ、生きて行けない。逃走することも出来なければ、声を潜めることも出来ない。従って彼の動きは分かりやすく、また狙いやすい筈じゃ」

「ならば刺客を差し向けましょう。男より女の方が良いと思います」

 何という恐ろしい弟の考えであることか。香坂皇子は忍熊皇子の狡猾な悪知恵に感心した。

「お前は大人しそうであるが、考えることは大胆で悪賢い。私より、お前の方が悪人かも知れぬ。お前は私を出し抜いて、天皇の位を狙っているのではあるまいな」

「滅相もありません。私は兄上と血を分けた真の弟です。兄上の命令に従い、就いて行くだけです」

 この日の兄弟の話し合いにより、香坂皇子と忍熊皇子は大和に戻ろうとする神功皇后と誉田皇子の命を狙うことの密約をした。

 

 

          〇

 神功二年(392年)二月、筑紫の香椎の宮で産後の体力を回復された神功皇后は、筑紫の重臣たちを引き連れ、穴門の豊浦宮に移動し、仲哀天皇の一周忌を済ませた。それから群臣百寮に詔した。

「群臣に告げる。我が夫、仲哀天皇様は既に身罷られて、この世にはいません。我はこの天皇薨御を、熊襲を退治し、新羅を討伐するまでの一年間、国民に秘密にして参りました。本日、ここに国民に秘密にして来た事を解除し、その公表を許可します。一年前、仲哀天皇様の不運の亡骸を、この穴門に密かに運び、豊浦に殯の宮を建て、灯火を焚かずに弔いました。今、ようやく一同と共に厳粛な一周忌を済ませることが出来、安堵しております。我はこれを機に、仲哀天皇様の遺品を持って大和に帰り、仲哀天皇様の遺族と、皇位継承について相談します。仲哀天皇様が大和の纏向の日代の宮から去って九年。地方の豪族たちが今、仲哀天皇様不在の為、その皇位の継承者の選定をめぐって分裂していると聞いております。我は、その分裂状態を一つに鎮める為、大和に戻ります。故をもって、筑紫の香椎の宮に関係勤務する者以外の者は我と一緒に大和の都に同行せられよ」

 それを聞いた群臣百寮は神功皇后の決意に固唾を飲んだ。大三輪鴨積が臣下の代表として神功皇后に誓った。

神功皇后様の大和への凱旋に、私たち新羅に出かけた者、熊襲退治で活躍した者、喜んで同行致します。また新羅遠征時の動員兵たちも、こぞって参加するでしょう。我々は、その凱旋の道々で多くの民草から喝采を受けることを誇りに思い、神功皇后様に随行することを誓います」

 続いて吉備から神功皇后を再び迎えに来た大男、建振熊将軍が一同に伝えた。

「私は武内宿禰様の命により、穴門にやって来た難波の建振熊です。今、皆さんが留守にしていた大和や近江では、皇位継承の座を巡って香坂皇子様派と忍熊皇子様派が分裂して争っています。このままにしておくと倭国は内乱となり、再び新羅高句麗や燕からの攻撃を受けかねません。香坂皇子様は十七歳、忍熊皇子様は十五歳。二人はまだ何も分からぬ少年です。いずれが皇位につかれても倭国を治められるものではありません。只今、現在、倭国を治められる力量があるのは、神功皇后様の他に誰もいません。神功皇后様におかれましては一時も早く大和に戻り、朝議を執られますようにとの武内宿禰様からの申し出が御座いました。このことを私から皆さんにお伝えしておきます」

 建振熊の伝えた内容は、神功皇后が、正式に天皇に即位すべきであるという主旨であった。神功皇后は建振熊の言葉に頷くと、堂々と群臣に告げた。

「いずれにせよ我は大和に戻り、仲哀天皇様の大和での葬儀を行い、仲哀天皇の御遺族と皇位継承の相談をし、次の天皇を決めねばなりません。建振熊の申す通り、皇位継承候補の二人、香坂皇子と忍熊皇子は、まだ年齢が若く、国政を執ることは不可能です。それ故、この神功皇后が当分の間、摂政を務めるか、あるいは天皇を名乗ろうかと思っております。この考えを大和に戻り、提案するにしても、皆さんの参道と協力なくしては、神功皇后、自信をもって皇位継承の提案が出来ません。その為、皆さんには、この神功皇后と共に大和に凱旋していただきます。新羅遠征を終え、再び大和まで出かけねばならない筑紫や穴門の人たちにも苦労をおかけしますが、倭国内乱を防止する為と思って、是非、協力願い度い」

 この神功皇后の言葉に穴門践立が奏上した。

「私たちが今、ここにあるのは神功皇后様のお陰です。もし神功皇后様がおられなかったならば、私たちは熊襲の田油津媛と羽白熊鷲に全滅にされていたに違いありません。それ故、私たち穴門や筑紫の連中も喜んで大和凱旋の御伴を致します。そして神功皇后様が倭国王になられますことを切に希望致してやみません。私たちは喜んで大和へ向かいます」

 こうして仲哀天皇の一周忌と大和凱旋の報告は終わった。大和凱旋が決定すると、群臣たちは、それぞれの役目に応じて、その準備を開始しすることとなった。

 

 

          〇

 その後、神功皇后は大三輪鴨積、物部胆炸、大伴武持、津守住吉、穴門践立、安曇磯良、建振熊と振熊が連れて来た皇后の弟、息長日照彦の九人で、凱旋の順路等についての打ち合わせに入った。その席でも神功皇后は群臣に伝えたと同じようなことを喋った。

「穴門から大和への道は遠い。敵が私たちの行動を阻止しようと策謀しているからには、途中、どんな苦難が待ち構えているか分かりません。しかし、どんな事があっても私は大和に凱旋します。仲哀天皇様の遺品を持って、私たち夫婦が熊襲を退治し、新羅を討伐したことを報告に、大和に戻ります」

 神功皇后の固い決意を聞いたところで、建振熊が大和への帰還の順路についての意見を述べた。

「大和帰還の注意点について、建振熊から皇后様に進言致します」

「はい。お願いします」

「大和への帰還の順路は、皇后様を狙う、香坂皇子様や忍熊皇子様を支援する豪族たちの兵が潜伏しているかも知れませんので、陸路ではなく、海路で帰還されることをお勧め致します」

「陸路では駄目なのですか?」

「陸路では、どう考えても危険です。何時、敵に襲われるか分かりません。敵の潜伏兵だけでなく、山賊もおります。それに徒歩兵が、くたびれてしまいます。船での移動が安心かと・・・」

 建振熊の意見に津守住吉が同調した。

「皇后様。建振熊殿の考えに、私も賛成です。海上ならば、襲って来る敵を直ぐに発見することが出来ます。それに我々が保有する船団は、新羅が戦慄した世界最強の船団です。どんな敵に遭遇しても、決して負けることはありません」

「そうです。何処の誰も、皇后様の船を攻め立てることは出来ません。ただ陸路を進む皇軍がいないのも問題です。民草に凱旋